この本は「一流の人」「すごい人」「面白い人」たちの「美学=マイルール」をまとめた本です。28のマイルールが紹介されています。生き方や考え方は個性的かつ刺激的で 、ドキドキワクワク~へえー!なるほど~はあーすげえ!全マイルール感嘆符付きで読み終えました。超お薦めの一冊です。その中から一つのマイルールを紹介します。
古代日本人に学ぶルール「正しいかどうかより、美しいかどうかで判断する」
序文省略~日本人は災いだって神様の働きだって考えていたんです。災いが起きたとき、人は前に進めなくなります。右にも左にも行き場を失う。だからこそ、唯一残された道、空にジャンプするしかない。つまり、災いは、ひとつ上の次元に誘ってくれる源となるのです。これが「災い転じて福となす」ということわざです。
日本では災いだって神様だし、貧乏だって「貧乏神」。疫病だって「疫病神」。どちらも神様なんです。日本人は「八百万」というように、ありとあらゆるものに、聖なるもの(神)を感じていたってことです。
だから、これは正しい、これは間違いという基準で人を裁かずに、どんなものにだって、そこに聖なるものを見出していたのが、僕ら日本人のご先祖さんたちなんです。正しい、正しくないで人を裁かなかったから、争いが極端に少なかったのです。日本の縄文時代、人と人が争った形跡が一万年以上ないんだそうです。縄文期の遺跡は、数千箇所発掘されていますが、外国に見られるような、頭に矢じりが突き刺さっているような遺体が発見されていないのです。
人類史とは、戦争の歴史だと言っても過言ではありません。今日も地球のどこかで戦争が行われています。しかし、日本では、一万年以上、争った形跡がほとんど見つかっていない。植物採取や狩猟のための道具はあっても、人を殺すための武器、刀剣や槍などの武器も出土していないんです。これは人類史上の奇跡(ミラクル)と言っていい。そのかわりに、貝殻の裏側を表にしたオシャレな腕飾りや耳飾りなど、ファッションの装飾品が多数出土しています。~古代日本人は、どんなものにも聖なる美しさを見出して、武器ではなく、装飾品をつくり、オシャレを楽しんでいたんです。
以前、熊本の幣立神宮で正式参拝をさせてもらったときに、神主さんがこんな話をしてくれました。「日本人が大事にしてきた叡智である「神道」には、あるものがないんです。他の宗教だったら考えられない、決定的なものがない、なんだと思いますか?」 「教えがない」んだそうです。教えがない宗教なんて、ほかに考えられます?でも、教えがないから相手を裁かないし、ケンカせずに相手に合わすことができるんです。教えがないということは、教えを守らなかったときに落ちる地獄もないということ。地獄がないから、誰かに救ってもらうべく救世主も必要ないのです。日本人は、救世主を持たなくてもひとりひとりが自分の内なる叡智とつながっていけると考えていたのです。教えはない。救世主もいない。そんなの宗教じゃない(笑)。そう、宗教じゃないんです。「神道」は宗教ではなく、日本人の「生活」だったんです。
「では、教えがない代わりに、何があったと思いますか?」神主さんの話にはまだ続きがありました。
「美しいか、美しくないかで判断する感性があったんです。」これが答えでした。「その行為は美しいのか?」 これが日本人の生活(神道)の本質だったわけです。だから火薬で爆発させる技術が日本に伝わったときに、日本人は、それを鉱物資源の発掘として自然を破壊することに使うのではなく、なんと花火に使った。これが日本人のかつての感性なんです。損か得かではなく、美しいか美しくないかを基準にして生きる。それは江戸時代には「粋」か「野暮」かという言葉に変わります。お金を借りる時の借用書は、普通は、期日はいつで、それまでに返せなかった場合は利子がこうとあるところ、江戸時代に交わされた但し書きは違うんです。期日までに返せなかった場合は。 「お笑い下され」 この一言だけなんです。借金を返せなくて逃げるなんて、野暮も野暮、粋じゃないんです。当時は、美しくない生き方が最大の恥になるので、この一言だけで約束を守れたんです。
かつての日本人が大切にしてきたルール、その判断基準は、美しいかどうかだった。まさに美学です。古代中国で書かれた「魏志倭人伝」の中にも、「邪馬台国は盗みが少ない」と書かれています。人のものを盗むなんて美しくないからです。
すべての戦争は「私が正しい。あなたが間違っている」とお互いに思っているからこそ起きています。正しさを基準にする限り、そこに永遠に戦いがあります。だから、美しいか、美しくないかを基準にして、どんな相手にも、そこに聖なるものを見いだせたら、きっと、そこにあるのは人類初の世界平和です。正しさで争う時代を終わらせて、美しさで魅せ合う時代を僕らはつくっていく使命があると思ってます。
古代日本人が大切にしてきたその感性を、今こそ復活させるときだと思います。
なんてシンプルで、美しいルールでしょう。
美しいかどうか、生きる基準はそれだけなんて。 以上
私たちのご先祖様は素晴らしいですね。 discover Japan!!