「与える」教育ではなく「引き出す」教育を目指そう。
天外伺朗:「生きる力」の強い子を育てる より
*すべての子どもは、自分自身の中に神を持っている。自我が満たされた自由な子ど もはその神を発揮する。善悪や正邪の価値基準を与え、子どもを型にはめようとすると、その内にある神を悪魔に変えてしまう。つまり、法律や規則でしばり、道徳で押さえ込もうとするから、罪を作り、反逆者を作り出すのだ(ニイル)
*子どもは「フロー」(集中)に達すると「内的動機」が満足するまで、何度でも同じ作業を繰り返す。その途中で妨害が入ると、子どもは意識的に悪いことをしてウップンを晴らす。それが度々起きると、行儀が悪く、気まぐれで、不注意で、不機嫌な子供が育つ。それに対して罰則で対処すると、非行少年・少女が生まれる。 教育の場に、規律の欠如や無秩序が観察されたら、その原因は大人の側にあり、子どもに責任はない。指導者がどこかで子どもを奴隷として扱っていないか疑った方がいい。 大人であっても、決断力や忍耐力が欠如していたり、怠惰、優柔不断な性格で、恐怖や不安を抱いている人は、子供時代にひんぱんに「フロー」(集中)の妨害を受けてきた可能性が髙い(モンテッソーリ)
*教育の根本目的は、子どもたちが伝統的な価値観や世界観の権威、大人の権威、因習、迷信、偽善、憎しみ、不安、偏見、幼稚な態度や物の見方から解放されること。つまり、他人の自由を侵害しない限り自由に行動し、自らの判断で人生を歩む態度と力を身に付け、「生きることはすばらしい」という喜びに満ちた「自由な人間」を育てること(ニイル)
*子どもに関する真理はひとつしかない。それは、愛され、自由であり、自分自身であることが許されるなら、誰しもが攻撃性が少なく、表裏のない、誠実さと思いやりの心にあふれた、善良で、平和で社交的な人間になることだ。(ニイル)
夏休みも半ばにさしかかり、子どもたちは宿題に追われているころだろうか。「夏の休み」なんだから、のびのびと自由に好きなことをして過ごす時間をいっぱい持たせてあげて欲しいと思う。子育てを卒業している私ですが、道場という場で子ども達と接するありがたくも尊い時間を頂き、今更ながら、教育とは?を突き詰める機会を持てることを厳粛に受け止める次第です。反省と気づきを希望に変えて一歩一歩でも・・子どもたちの個性を大切に。
<連絡事項>
8月16日(水)名塩道場 17日(木)エコール道場 支部夏休み
8月26日(土) 山口道場休み 東山台サマーフェスティバル参加