日常

宇多田ヒカルさん

2016-06-18 16:50:20 | 
宇多田ヒカルさんが「カラオケでどうやったらうまく歌えるの?」と友人に聞かれたとき、その答えが示唆に富む。
宇多田さんは本当にすごい。
彼女の音楽を聴いていると、そのすべてが証明していると思う。


ひとつひとつの音。

音は生まれた時から無意識に発し続けているけれど、細部に神が宿るという意識や、一音一音をどれだけ丁寧に愛しんで発するか、ということが大事なようだ。

音は振動の重ね合わせ。
それは音となり、声となり、唄となる。

言霊(ことだま)というのは、そう神秘的なことでも特別なことでもなくて、日常のすべての瞬間で求められている。

それは、あまりにも暴力的、洗脳的、中毒的、催眠的・・・な言葉に溢れている言語空間にいるときに、反面教師として感じる。

自分はそうした場から負の影響を受けないよう、宇多田さんのようなことを考えつつ、言葉は正しく使いたい。
それは音であり、声であり、唄だから。


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(宇多田ヒカルさん)
○簡単に言うと音符一つ一つの、入り方、のばし方、終わらせ方
○フィギュアスケートのジャンプでいうところの、ステップからの踏み切り、回転、着地、みたいなもの
○「あ~♪」ひとつでも、可能性は無限大
○音程きっちりで入るか、ちょっと上から落ちるように登場するか、低めの音から上がるように入ってくか。
声の音量は全開でいくかのどに引っ掛けながら艶っぽく入るか小さめか。
その後はヴィブラートかけるかかけないか、音量に大きな波をつけてみるか。
息の量を増やして明るく開放的にするか制限して沈んだ声にするか。
最後はフェードアウトするかぷつっときるか、どこまでのばすか、クセを出すために終わった後に口と息でなんか音をつけたすか。
・・・・・・言い出したらキリがない。
○そういう全てが、マイケルジャクソンは完璧。最高の選択をしてる。
○ギターやベースもこういう風に聴くと、うまい人と下手な人の差が分かる。
○グルーブ感があってノリが心地いい人は、特に終わり方がうまいはず。のばすとこはきれいにのばす、切るとこはすぱっと切る(R&Bとかソウルの良い歌手は異常なほどこれがうまい)
○音一つずつでそこまではちょっと無理と思う人も、とりあえずフレーズの終わり方だけでも意識してみるとちょっとうまく聞こえるんじゃないかな。


・・・・・
NHKのとと姉ちゃんで宇多田さんの音楽が印象的に流れる。


改めて「花束を君に」の歌詞を読んでいると、亡くなったお母様への追悼の曲なのかな、とも思える。
「花束を君に」 歌詞

芸術には、そうした深い悲しみを、何か別の形に変容する力がある。
故人の思いを受け取りながら、さらに次へと伝えていく力として。

心の深い場所を無視せず見据え続けた人に、芸術の神様はそっと力を貸してくれるのだろう。