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保守記事.457 寿司は世界を救う

2016-01-21 16:38:58 | 記事保守

すしざんまい社長が語る「築地市場移転問題」と「ソマリア海賊問題」

ビジネス

 ’01年に第1号店を東京・築地場外市場に「すしざんまい 本店」をオープン。現在では北海道から九州まで、51店舗を展開。その多くが年中無休24時 間営業で、本格的な寿司を手ごろな価格で楽しむことができるという、それまでの寿司屋の常識を覆したのが、株式会社喜代村の木村清社長だ。

「すしざんまい」が年間300件の海賊被害をゼロに

――「『すしざんまい』の社長が、アフリカのソマリアで、元海賊とマグロ漁をやっている……と話題になったことがありましたね。

木村:今でもやってますよ。ソマリアの沖というのは、キハダマグロのいい漁場なんです。ところが海賊が出るようにな り、危なくてマグロを獲りに行けなくなってしまったんです。しかし、聞いてみると誰も海賊とは話していないという。おかしいじゃないですか。海賊といっ たって相手は人間なんですから。それでさっそく、伝手を頼ってソマリアの海賊たちに会いに行きました。そこでわかったことは、彼らだってなにも好き好んで 海賊をやっているわけじゃないということです。だったらこの海で、マグロを獲ればいいじゃないか。自分で稼いだ金で家族を養うという、誇りを持った人生に しなくちゃいかん――と、彼らと話し合ったんです。

――ソマリアの人たちは、内戦で国を失い、無法地帯となった彼らの海が荒らされたため、海賊になったと主張しているそうですが、自力では対抗できなかったのでしょうか……?

木村:口で言うのは簡単ですが……、まず彼らは、マグロ漁の技術をもっていないし、船もありません。マグロを獲っても それを入れておく冷凍倉庫が使えなくなっている。獲ったマグロは売らなければなりませんが、そのルートをもっていない。IOTC(インド洋まぐろ類委員 会)に加盟していないから、輸出ができなかったんです。じゃあ、仕方がない。うちの船を4隻もっていった。漁の技術も教えましょう。冷凍倉庫も使えるよう にする。ソマリア政府にはたらきかけてIOTCにも加盟する。獲ったマグロをうちが買えば、販売ルートも確保できる。こうやって一緒になってマグロ漁で生 活ができるようにしていったんです。

――「民間外交」の枠を超えた貢献ですね。なぜそこまで?

木村:いろんな国や国際機関も援助をやっていますが、どれも上滑りのことばかりであまり役に立っていないことも少なく ありません。相手の視線に立って、相手の悩みに気がついてあげることが必要なんです。ソマリア沖じゃ一時は年間300件、海賊による被害があったそうです が、うちが行くようになって、この3年間の海賊の被害はゼロだと聞いています。よくやってくれたと、ジブチ政府から勲章までいただきました。

――そこまでして、事業として採算はとれるんですか。

木村:んー。まあ、正直言って今のところまだ採算はとれていませんね。しかし、将来的にはきちんと利益が出る目論見は たっていますよ。それに商売というのは、目の前の利益、儲けのことを第一に考えていたんではうまくいかないものなんです。まず考えなくてはならないのは、 どうやったら喜んでもらえるか、何を求められているかということ。それに応える算段をするのが「商売」なのではないですか。

――儲けと言えば、築地市場の豊洲移転に関連して、大和ハウス工業と共同して大型商業施設の進出を計画されたものの、最終的に断念されました。会見で「私利私欲でやったことではない……」と涙を流されました。

木村:「築地市場」という文化を守りたかったんですよ。考えてみてください。世界中どれだけ探したって、生で食べられ る魚をこれだけ扱っている市場は築地だけですよ。そのことを私たちはもっと誇りに思うべきでしょう。ご存じのように築地市場というのは、卸売市場である 「場内」と、一般客向けの「場外」とで成り立っています。2016年の11月に「場内」は豊洲に移転し、「場外」は基本的には築地に残ることが決まってい ます。それはそれでいいけれど、やっぱり「場内」と「場外」がセットになった良さもあったほうがいいと、私は思うんです。豊洲移転を成功させ、東京、ひい ては日本の魅力を国内外に発信していくためには豊洲に新たな「場外」を作ることが必要なんです。ならば、かつて寂れかけていた築地場外に「すしざんまい」 を初めて開店させたときと同じ気持ちで私が豊洲に「場外」を作ろう、そう考えていたのです。

 いろいろな問題があり結局実現させられませんでしたが、これからも「日本の食文化と市場は私たちが守る!」という気持ちに、今も変わりはありません。

築地市場移転問題とは


 いわゆる「場内」である築地卸売市場は1935年に開設されたもので、施設の老朽化が進んでいる上、貨物列車による輸送を前提とした建物の配置が非効率 になっている。一方、輸送の主力がトラックに変わったにもかかわらず、駐車場が狭小で、ピークの時間帯には市場近くの道路に入場待ちの車がずらりと並ぶほ どであった。さらに施設の規模そのものが、世界最大の市場と言われる扱い量をさばくにはあまりにも手狭となっていたため江東区豊洲の、東京ガス工場の跡地 への移転計画が持ち上がった。

 予定地の土壌が汚染されていることが判明したことなどで移転反対運動が起こったが、2012年に移転が正式に決定。2016年11月の新市場開所が決まった。

 公設の市場である「場内」の移転が決まる一方で、一般の商店街と同じ扱いの「場外」の動向が注目されたが、これまで通り都心の飲食店関係者が日常的な買 い回りを続けられるよう、築地に残ることになった。しかし、建物の老朽化が進んでいるのは場外も同じ。そのため、隣接地に新市場を建設し、場内の移転と時 期を合わせ「築地魚河岸」の名称でオープンする予定で整備が進められている。

 なお、豊洲の新市場では、隣接地に「新たな場外市場」ともいうべき商業施設「千客万来」を、喜代村と大和ハウス工業が共同で設置すると発表されたが、その後、条件面での折り合いがつかず、計画は撤回された。

― すしざんまい木村清社長「ニッポンのマグロは私たちが守る!!」 ―

 

 


 

ソマリアの海賊がいなければ、マグロは絶滅していた!?

2013.02.26

 2月25日、東京地裁でソマリア海賊の18歳少年(犯行時16歳。以下、少年A)に対して、海賊対処法違反の罪で懲役5~9年の不定期刑判決が言い渡された。

 一連の裁判では、4人の海賊が日本で裁判員裁判を受けており、判決が下るのは3人目(事件と裁判の詳細は記事末尾を参照)。少年Aは「自分は小型ボート の運転助手でしかなく、伝令役としてタンカーに乗船しただけ」と供述していたが、裁判所は「ソマリアの海賊行為は計画的に行われており、海賊のリーダーが 事情のわからない人物を標的の船に乗せるのは不自然」と認定。

 また、タンカー乗船後も「大人2名はバールを使ってドアを壊して回っていて、自分も『一緒にやれ』と言われたが、恐怖心から参加せず、もう1人の少年と 一緒に操舵室にいた」と少年Aは主張していたが、「操舵室で録音された音声にそのような会話はない」「少年Aは一番最初にビスケットを食べたり、ポスター に『I Love SOMALI』と落書きをするなど率先して動いていた」と、単に見張りをしていただけとは認められなかった。

 少年Aは4人のうちで唯一英語をしゃべれたことから、人質交渉や船の移動の指示を出す重要な役目を担っていたとして、大人の指示に従ったのではなく共同 正犯と認定。サブリーダー的役割を担っていたことから、先に判決が下った成人男性2人の懲役10年よりも重い刑罰であるべきではないか、という議論もあっ たが、「海賊行為は未遂に終わった」「犯行当時は16歳だった」「内戦状態のソマリアで育った」などが考慮され、懲役5~9年になったという。

 さて、ソマリアはおおまかに「北部のソマリランド」「北東部のプントランド」「南部ソマリア」に別れており、海賊はほとんどがプントランドから出撃するという。先頃、『謎の独立国家ソマリランド』(本の雑誌社)を上梓し、すでに4回ソマリアを訪れているノンフィクション作家の高野秀行氏に「海賊国家プントランド」の事情を聞いた(高野氏もこの海賊裁判は数度傍聴している)。

「英語ができる16歳、というのはプントランドでも珍しいはず。もしかしたら、少年Aはいい家柄に育ったのかもしれませんね。プントランドは初代大統領のアブドゥラヒ・ユスフも海賊だったと言われており、海賊と人質の母国政府との仲介ビジネスで潤っています」

 実際、高野氏はソマリアで海賊にさらわれたドイツ人夫婦と接触しているが、彼らをさらった海賊とドイツ政府との仲介をしたのもプントランド政府だったという。

「とにかく、プントランドでは大半の人がなんらかの形で海賊ビジネスに関わっていると言っていいでしょう。前大統領が『プントランドの兵士が大量に、直接 海賊行為に関与している』と証言していますし、プントランドは民主主義国家ですが、海賊マネーがないと選挙に勝てないですからね」

 ちなみに、最近、プントランド関連で話題になったのが、あの「すしざんまい」の木村清社長だという。昨年11月にプントランドを訪れ、漁業支援を申し出たのだそうだ。

「まあ、すしざんまいの話はテレビで知ったのですが(笑)、ソマリア沖は世界有数のマグロの漁場で、『ソマリアの海賊がいなければマグロは絶滅していたか もしれない』と、本当に言われているほどなんです。プントランドに目をつけるとは、あの社長さんはさすがにやり手ですね」

 プントランドで海賊がビジネス化していった背景には、ソマリアが無政府状態になり各国の漁船がソマリア沖の漁場を荒らし、地元漁民が武装化していったと いう事情がある。逆説的ではあるが、ソマリア海賊たちが外国船を襲いまくったことで、ソマリア沖にやってくる外国漁船による乱獲が収まり、潤沢な海洋資源 が守られてきたということだ。

 さて、先の成人海賊2人が控訴したことを考えると、少年Aも恐らくこれから控訴し、裁判は長引きそうだ。現在の判決から考えても、彼らはおおよそあと 10年ぐらいは日本にいることになるかもしれない。少年Aたち海賊4人が母国に帰る頃には、海賊ビジネスが根絶されているだろうか……。 <取材・文/織 田曜一郎(本誌兼「HCTV」東京支局ボランティアスタッフ)>

【付録】
※日刊SPA!ではこの一連のソマリア海賊裁判について報じてきているが、改めてこの事件と日本で行われている裁判員裁判について整理しておきたい。

【海賊襲撃事件について】

 2011年3月5日、商船三井のタンカー「グアナバラ号」がソマリアの海賊の襲撃を受けた。海賊たちは全部で21人からなり、母船となる漁船から小型 ボートで6人が出撃。6人のうち4人がグアナバラ号に乗り込み、自動小銃を発射したり、バールで船室のドアをこじ開けたりといった海賊行為を行った。

 これに対し、グアナバラ号の24人の船員は海賊対策マニュアルに従い、監視役の2人を除いて機関室に立てこもり、海賊に船のコントロールを奪わせなかった。

 海賊たち4人は船のコントロールを奪えないまま、小型ボートに戻ることができなくなり、翌3月6日に米海軍に白旗を揚げて降伏。身柄を拘束され、東日本大震災直後の3月13日に日本へ連行されてきた。

【裁判員裁判の推移】

 4人の取調べと裁判は、年齢確認を巡って混乱した。結論から言うと、4人のうち2人が未成年ということが判明したが、当初は今回判決を受けた少年Aだけが未成年とされ、家裁に送られたが逆送され裁判員裁判を受けることになった。

 もう1人の少年Bは2011年11月4日に初公判が行われたが、未成年ということが判明し公訴棄却。家裁に送られたが、やはり逆送された。

 当初から成人と目されていたマハムッド・ウルグス・アデッセイ被告と、アブデヌール・フセイン・アリ被告の2人の初公判は2013年1月15日から行われ、2月1日に懲役10年の判決が下った。両名は判決を不服とし、控訴している。

 2013年、2月4日に少年Aの公判が始まり、2月25日に懲役5~9年の不定期刑の判決が下った。

 今後、少年Bの公判が行われるものと思われる。

 

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【過去記事】保守記事.16-4 日本でも、とりあげてね
保守記事.16-4-2 どうにかならんのかねぇ
保守記事.16-4-3 どうにかなりませんか?
保守記事.16-4-4 紛争を呼ぶ紛争
保守記事.16-4-5 思惑と人命
保守記事.16-4-6 一応、平定、なの、これ?
 保守記事.16-4-7 最悪のパターンの悪寒
保守記事.16-4-8 終わらない。。。。
保守記事.16-4-9 終わらない。。。。
保守記事.16-4-10 終わらない。。。。
保守記事.16-4-11 終わらない。。。。
保守記事.16-4-12 終わらない。。。。
保守記事.16-4-13 終わらない。。。。
保守記事.16-4-14 更に悪化している。。。。
保守記事.16-4-14-2 予想できた事態
保守記事.16-4-14-3 非道な将軍様
保守記事.16-4-14-4 将軍様におこられるぅ~
保守記事.16-4-15 またか!
保守記事.16-4-16 真の修羅場
保守記事.16-4-17 バカがタンクでやってくる
保守記事.16-4-18 はにーとらっぷ
保守記事.16-4-19 風雲急を告げる
保守記事.16-4-20 ファイナルアンサー?
保守記事.16-4-21 だれも介入できない。。。。




保守記事.456 社会のひずみ

2016-01-21 16:22:56 | 記事保守

スキーバス事故で犠牲 阿部真理絵さんの通夜

1月20日 21時42分

乗客乗員15人が死亡した長野県軽井沢町のバス事故で亡くなった早稲田大学の4年生、阿部真理絵さん(22)の通夜が、20日夜、さいたま市の寺で営まれました。
阿部さんは早稲田大学国際教養学部の4年生で、イギリスへの留学経験があり、将来、交通インフラの分野で日本の技術を世界に広めたいという夢を持ち、この春からは大手重工メーカーへの就職も決まっていました。
阿部さんの通夜は20日午後6時から、自宅があるさいたま市大宮区の寺で営まれました。
通 夜に先立って会場が公開され、家族が選んだという真理絵さんが笑顔でケーキを食べようとしている写真や、着物姿の写真などが飾られていました。またその脇 には、父親の知和さんが真理絵さんをしのんで書いたというメッセージが張り出され、「今でも思い出すのはイギリスで親子4人で暮らしていたころの記憶で す。まだ中学生だった真理絵は、転校初日、ことばや文化の違いに悩み、泣きながら帰ってきました。しかし、翌日からはきちんと学校に通い、次第に新しい環 境に慣れていき、いつもの笑顔に戻っていったのです。思えば、あのときから芯のある子だったと改めて感じています」と、イギリスでの生活を振り返っていま す。
そして、メッセージの最後では「未来に向かって夢を抱きしめ、瞳を輝かせていた真理絵。これからも私達の心の中であの子は生き続けます」と娘をしのんでいます。
大 学や地元の友人は、写真を見たり、知和さんのメッセージを読んだりして阿部さんの突然の死を悼んでいました。高校の同級生で、同じ大学に通っていた男性は 「真理絵さんはいつも明るく、みんなの中心にいる女性でした。事故がなぜ起こってしまったか分からず、バス会社には怒りを感じています」と話していまし た。また、高校と大学が同じだったという女性は、「真理絵さんは、明るくて優しい友達でした。事故で亡くなってしまったことが、まだ信じられません」と、 涙ながらに話していました。

父親がコメント「自慢の娘だった」

今回の事故で亡くなった阿部真理絵さん(22)の父親の知和さん(56)が、通夜のあと報道各社の取材に応じ、用意したコメントを読み上げました。
「本 当に明るく、誰とでも仲良くできる自慢の娘でした。真理絵は突然の事故により、非常に短い人生を終えることになりましたが、多くの友人や恩師のお言葉を聞 き、とても楽しく、充実した22年間を過ごせたことが分かりました。今回の事故については、憤りを禁じ得ませんが、多くの報道を見ていると、今の日本が抱 える、偏った労働力の不足や、過度な利益の追求、安全の軽視など、社会問題によって生じた、ひずみによって発生したように思えてなりません。今回の事故に ついては、警察によって原因と責任の追及がなされ、また、行政による旅行業者の問題の洗い出しや、改善が行われることを期待しておりますが、すぐによくな るものではないと思っております。きょうも多くの若者がバスツアーに出かけているでしょう。ぜひ、自分の身は自分で守るということを考えてください。優先 順位を間違えないこと、安全は『マスト項目』であり、費用削減は『ウォント項目』であることを冷静に考えてほしいと思います。今回の事故につながったツ アーに関して、私たちは娘を信用しきって、内容をほとんど確認せずに参加させてしまいました。あとの祭りにはなりますが、『ツアーがどんな内容か』とか、 『ちゃんとシートベルトを締めろよ』とかの声がけをすべきであったと悔いております。親兄弟、おじいちゃんおばあちゃんとして、子どもたちに何が大切なの かを気付けるような声がけをしてほしいと思います。お節介だとか、うざいとか思われるかも知れませんが、年長者の役割のように思っております。1月15日 は、私たち家族やほかの遺族にとっては命日になりますが、報道関係者や旅行業者の関係者などにおかれましては、このような事故が起こらないように、毎年、 何らかの発信、行動をなすようにしていただければ、今回の事故の犠牲者がみなさんの心の中に生き続け、安全に対する心のたがが緩むことを防げる一助になる のではないかと思っております」。