友愛労働歴史館の解説員便り

当館は2009年8月で一時休館いたしました。しかし資料の収集・研究、PR活動等は継続します。再開は2012年8月1日!

社会民衆党結党から83年、12月5日!

2009-12-03 15:25:53 | Weblog
●大正15年から続く政党と労働組合の支持・協力関係!
 2009年12月5日は、社会民衆党結成から83年目の記念日となります。大正15(1926)12月5日、安部磯雄、片山哲、鈴木文治、西尾末広らにより社会民衆党が結成され、その流れは社会大衆党(戦前)、日本社会党・民社党(戦後)を経て、現在の民主党へと続いています(民主党の中の旧民社党系グループ。民社協会)。
 社会民衆党は国民政党を標榜した無産政党であり、支持母体として当時の労働組合のナショナル・センター、総同盟がありました。
 現在、中央労働団体の連合は民主党を支えていますが、これは大正15年の社会民衆党・総同盟以来の支持・協力関係が続いていることを意味しています。HP「友愛会歴史研究」http://www15.ocn.ne.jp/~uirekisi/に資料「社会民衆党結成と主な人々」を掲載いたしました。
                              以上

小論「賀川豊彦と労働運動」をHPに掲載、11月26日!

2009-11-26 10:26:18 | Weblog
●「賀川イズム」とは何かを考える!
 11月25日に小論「賀川豊彦と労働運動―賀川イズムとは何か」を、「友愛会歴史研究」HPに掲載いたしました。
 本小論は賀川豊彦と労働運動の関係について簡単にスケッチし、彼が唱えた「自由労働組合主義」が今日、「賀川イズム」として継承されていることを述べたものです。
 賀川イズムは「自由組合」論であり、それは「労働者一人ひとりの自由な意志による労働組合」を追究したもので、「人間の尊厳」・「産業民主主義」・「労働軍政・無産者専制批判」・「合法主義、漸進主義、非暴力主義」などを内容としています。
 賀川イズムは今日なお、自由にして民主的な労働運動に引き継がれ、その背骨(はいこつ)となっているのです。
 「友愛会歴史研究」HP http://www15.ocn.ne.jp/~uirekisi/
                              以上

労働資料協の総会に参加して、11月12~13日!

2009-11-16 15:49:09 | Weblog
●100年後の一人の研究者のために!
 11月12~13日、東京・練馬の上石神井にある独立行政法人「労働政策研究・研修機構」で開かれた労働資料協第24回総会に行ってきました。
 労働資料協は正式名称を「社会・労働関係資料センター連絡協議会」といい、社会・労働関係の図書館、資料館などで組織する団体で、「社会・労働関係資料の収集・整理・保存・利用に関与する全国の諸機関が、社会・労働関係資料の保全を図り、公開利用の促進に寄与することを目的として、1986年に発足」したものです。
 労働資料協は①情報交換・MLの運営、②刊行物・資料交換、③加盟機関の不要・廃棄資料のリユース斡旋、④相互協力の推進・労働資料リサーチソースの充実などに取り組んでいますが、加盟団体にとって大きなメリットは「加盟機関の不要・廃棄資料のリユース斡旋」です。
 当歴史館も今までに書籍資料をダンボール箱で約20箱分を受け取っており、とても便利なシステムと思っています。
 ところで労働資料協に加盟している団体は、法政大学大原社会問題研究所、労働政策研究・研修機構、埼玉大学共生社会教育研究センターなどの他、東京大学・同志社大学・日本福祉大学などの図書館も加盟しており、資料の収集・管理、調査・研究などのプロが集まっています。
 このため私のようなガサツな労働組合書記上がりの人間には、理解しにくい点もあります。例えば昨年の総会で「100年後に訪れるかも知れない一人の研究者のために資料を集め、整理し、保管し続けることが私たちの仕事」という言葉を聴いたときは、椅子からずり落ちそうになりました。
 労働組合は「今日の雇用を守り、明日の賃上げをめざす」もので、100年後のことなどは念頭にないからです。また、労働組合が多くの貴重な資料を平気で処分してしまうのも、「100年後の一人の研究者のために」という発想がないからでしょう。
 当館も単なる労働組合関連資料館ではなく、一人前の歴史資料館として機能していくためには、労働資料協のプロの人たちの発想に近づかないといけないと感じました。この世の中、何年も何十年も「一枚のチラシ」を探し求める人がいるのです。
                             以上

落選論文「友愛個人主義を育む労働組合」!

2009-11-02 15:15:24 | Weblog
○連合20周年記念「論文募集」に落選しました!
 今年は連合結成(1989年11月)から20年、これを記念した(財)労働教育財団の「私の提言 第6回連合論文募集」に応募しましたが、見事に落選いたしました。
 しかし、このまま没にするのも残念なので、恥を忍んで応募論文(約7000字)の結語部分「5.連合への提言」を、以下に掲載いたします。関心のある方はお読みいただければ幸いです。
 論旨は、本当の個人主義(個人の自由と権利を守り、義務と責任を発現する)は「友愛と協同」の労働運動により育まれ、またそのような個人主義(友愛個人主義)を身に着けた労働者により労働組合は社会運動団体に成長できる、というものです。

○「友愛個人主義を育む労働組合―福沢諭吉・賀川豊彦・松岡駒吉を読み解くー」
                      友愛労働歴史館 間宮悠紀雄
1.全体主義へのプロテスト(抵抗)   略
2.福沢諭吉と「独立自尊」       略
3.賀川豊彦の「労働者の自由な意思」  略
4.松岡駒吉の「産業人として労働者」論 略
5.連合への提言
 明治30年の労働組合期成会、大正元年の友愛会以来、戦前期の労働者は労働組合の法認、労働諸条件の維持向上に取り組み、また個人の自由・権利を無視する全体主義へプロテスト(抵抗)してきた。それらはいま概ね成就し、労働組合は合法化され、労働条件は一定の水準を確保した。全体主義的政治支配は終焉した。
 しかし、最近の世界同時不況により日本は厳しい経済状況に落ち込み、非正規労働者は増大し、新たな貧困層が出現している。またコスト競争、企業生き残りを大義名分に企業至上主義が蔓延している。労働者はこのような企業至上主義に抵抗し、自らの労働環境と労働基本権を守っていかなければならない。そのために先達者のメッセージを読み解き、新たな労働組合運動構築の羅針盤とする必要がある。
いま福沢のメッセージを「独立自尊」と読み解き、賀川のそれを「一人ひとりの労働者の自由な意志」と受け止め、松岡のメッセージを「産業人としての労働者」として読み解くとき、そこに「人間の尊厳」という共通項が浮かび上がり、これは「個人の意義と価値を重視し、個人の権利や自由を尊重」する個人主義と同義である。
 個人主義は時として利己主義を連想させ、団結・連帯を旨とする労働組合にとって使いたくない言葉かも知れない。しかし、現実に労働組合、労働運動は「人間の尊厳=個人主義」を掲げた先達者により育まれ、またその運動を通して個人主義(個人の自由と権利)に目覚めた労働者を育んできたのである。
 個人主義の徹底こそが、問題意識を持って前向きに自主的に生きる労働者を生み出し、結果として労働組合を活性化できるのである。また、企業も悪しき企業至上主義から解放される。福沢流に「個人の独立なくして国家の独立なし」と言うならば、「個人主義の強化なくして組織の充実・発展はない」ことになる。
一人ひとりの労働者が本当の意味で個人主義者に成長するとき、そのような労働者で構成される労働組合は「人間の尊厳」を追求する社会運動団体となり、企業はステークホルダーの信頼を勝ち得る社会的存在となる。このとき個人主義は「個々の人格を至上のものとして個人の良心と自由による思想・行為を重視し、そこに義務と責任の発現を考える立場」(スーパー大辞林)となるのである。
 ソ連型全体主義が崩壊した1989年に創設され、結成20年の節目を迎えた連合。いま新たな労働運動を再構築しようとするとき、大切なことは先達者のメッセージを読み解き、再発信し、彼らが見詰めたものを見詰めることではないか。
 その一つが個人主義(個人の自由と権利を守り、義務と責任を発現する)であり、それは現在の企業至上主義と将来復活するかもしれない全体主義にプロテスト(抵抗)する有力な武器となり、また労働組合・労働運動を強化し、活性化するのである。連合は個人主義を育み、育まれる労働組合、労働運動をめざし努力して欲しい。
                               以上

「労働運動の黎明 友愛会から100年」を『JP総研リサーチ』に掲載!

2009-10-13 16:16:52 | Weblog
○ゆかりの人、福沢諭吉・鈴木文治・賀川豊彦・松岡駒吉のメッセージを読み解く!
 日本の労働運動の源流とされる友愛会(1912年)の略史(戦前)と、そのゆかりの人たちのメッセージをまとめた私(間宮悠紀雄)の小論「労働運動の黎明 友愛会から100年ーその略史と先達者のメッセージ」が、『JP総研リサーチ』Vol.7・2009年9月号に掲載されました。『JP総研リサーチ』は、日本郵政グループ労働組合・JP総合研究所が発行している月刊誌です。
 これは戦前期の友愛会・総同盟の歩みについて記述するとともに、ゆかりの人である福沢諭吉(慶応義塾創立者)、鈴木文治(友愛会創立者、逓友同志会初代会長)、賀川豊彦(キリスト教伝道者、社会運動家)、松岡駒吉(総同盟第二代会長、日本労働運動育ての親)のメッセージを読み解き、その今日的な意味を探ろうとしたものです。
 福沢のメッセージを「独立自尊」、鈴木のメッセージを「労働者の人間性の向上」、賀川のメッセージを「労働者の自由な意思による労働組合」、松岡のメッセージを「産業人としての労働者」として読み解き、それを一人ひとりの組合員・労働者が共有するとき、「労働運動は労働組合主義と階級意識の限界を超えて社会運動の一つとなり、『人間の尊厳』をめざす運動となる」と結んでいます。関心のある方はJP総合研究所(03-5830-2613)にお問合せください。
                               以上

副島伯爵の揮毫「惟一館」!

2009-09-28 15:56:21 | Weblog
●アメリカで発刊された『惟一館献堂式の記録』
 新友愛会館建設(2012年竣工予定)へ向け、まもなく友愛会館・ホテル三田会館が解体されますが、これらの建物の前身であるユニテリアン教会・惟一館について一言述べます。
 明治20年、明治政府高官や福沢諭吉らの招請により来日したユニテリアンは、その活動拠点となる惟一館を明治27(1894)年3月、東京・芝に竣工します。その竣工式(献堂式)の模様は、クレイ・マッコーレイ牧師によりアメリカ・ユニテリアン協会(A.U.A.)へ報告され、『惟一館献堂式の記録』としてまとめられています。
 序文でマッコーレイ牧師は、「このパンフレットは日本におけるユニテリアンの本部、惟一館の建設ならびに、使節団の支援により設立された先進学院についての記録として、特別に準備されたものです」と述べ、以下、丁寧な説明を行っていますが、惟一館の内部構造については次のように記述しています。
 「建物の内装は必要な机、椅子、棚、テーブル、その他の設備が施されました。集会室には説経壇とそれにあわせた椅子があり、これは水戸藩の領地で昔から伝わる有名な古木を使用しています。建物全体は電灯を使用しています。塗装していない木の色、壁や廊下の天井に当たる光、また羽目板の漆喰塗りに当たる光、黄褐色や灰色、黄緑色、薄黄色、など色々な色調をかもし出し、それが大変ユニークで賞賛されています。集会室は簡素な点や、家具や色調との調和が特に喜ばれます。特に人目を引くものは、教壇中央の後ろにある大きな黒いパネルの上に、金色の古風な漢字で書かれているもの、ホール献堂の標語“至誠 正義 雍穆”で、その上には、尊敬すべき副島伯爵の手描きによる「惟一館」の名が、美しい額に納められています。日本人は、こうした歴史上良く知られた、尊敬すべき人物による手描きの宝物を持つことに、特別の誇りを持っています(間宮繁子訳)」
●副島伯爵の揮毫「惟一館」
 これにより「惟一館」の書が、副島伯爵の揮毫によるものであることが判ります。副島伯爵とは明治政府の参議・外務卿などを務めた副島種臣のことで、書家として「豪快な書」を書くことでも知られています。
 この頃、明治政府は教育勅語(明治23年)を発布し、天皇中心の国家体制を強め、反キリスト教の姿勢を明らかにしていました。しかし、惟一館に副島伯爵が揮毫した書「惟一館」が飾られたということは、明治政府の中にもまだユニテリアンやユニテリアン・ミッションに好意的な人々がいたことを示すものと言えます。
 ユニテリアン教会・惟一館が竣工した4カ月後、日本は清国と戦争状態に入り(日清戦争、明治27年7月~明治28年3月)、国家主義・軍国主義は大きな高まりを見せていくことになります。
                              以上


福沢諭吉の祝辞「現代の道徳の必要性」!

2009-09-04 15:59:40 | Weblog
●惟一館献堂式での福沢諭吉の祝辞「現代の道徳の必要性」
 友愛労働歴史館は現在(2009年9月4日)、引越し準備で大忙しです。引越し、移転作業が一段落したら、①友愛会から同盟までの民主的労働運動資料、②社会民主党・社会民衆党から民社党までの社会主義運動資料、③ユニテリアン関連資料の収集・保管、調査・研究などに取り組んでいきます。そして先達者の様々なメッセージを読み解き、再発信していきたいと思っています。
 そこで友愛労働歴史館のデジタル・ライブラリーに掲載中ですが、明治27年の惟一館献堂式における福沢諭吉の祝辞を紹介いたします。福沢諭吉は労働運動にも社会主義運動にも無縁のリベラリストですが、明治政府高官らの招請によりアメリカから来日したユニテリアンを支え、日本に定着させた大恩人です。後にユニテリアンの安部磯雄や鈴木文治らが惟一館で日本の社会主義運動、労働運動をスタートさせたことで、福沢諭吉は結果として日本の社会運動ゆかりの人となりました。
 
        「現代の道徳の必要性」
                      福沢諭吉
 人生における道徳の必要性は今、議論の領域を超えて求められております。現在日本では、道徳こそが最も重要なものであります。西洋文明が到来して以来、変化が我々の慣習全てに、瞬く間に広がっています。封建主義が立憲政体に屈し、新たな風習や習慣が過去のものに取って代わりつつあります。勿論、多かれ少なかれ、その結果我々の社会秩序に混乱が起きています。個人も社会も拠り所としている道徳については、その規範が不明瞭になってきました。我々は古いものと新しいものとの岐路で困惑しております。しかし、開国したこと、あるいは政体の変化は、人々の心の在りように根本的な影響をもたらすものではなく、道徳律が完全に消滅するわけではありません。
 我々日本人は、いまもって日本人であり、過去の日本人と同じものです。我々の先祖にとっての道徳は、我々にとっての道徳と同じものです。我々の周囲で起きた事柄によって、道徳の基準が変わったのかというと、質量ともに変わっていません。改革の影響は、むしろ水を激しくかき混ぜた時の効果に似ています。水は同じ水ですが、鮮明でなくなります。我々はこれを不透明と称します。今、大いに必要なのは、我々の生活が静まり、道徳律が再び明らかになり、我々が個人として、また一つの団体として、真っ直ぐに正しい道を前進できることです。これが私の長年の願望であります。
 道徳律の問題については、多くの議論があります。一国民として、我々は三つの宗教を持ってきました。神道、儒教、仏教です。近年は、西洋からキリスト教がもたらされました。これらの信仰はそれぞれ独自の価値を持ってしかるべきでありますが、私はどの宗教に対しても、批判をしたことは一度もありません。それぞれの道徳律は同じであるべきだと思うからであります。即ち、善は善であり、悪は悪だからです。
 私はいずれの宗教に対しても公平な姿勢を保ってきましたし、それぞれの繁栄を期待してきました。しかしながら、これら全ての宗教が教えている人生の教訓を実践しようと努めており、そのことが私の周囲の人々の助けになるであろうと思っています。目から得た教訓は、耳から得た教訓より優っているというのが、私の好む信念です。実践された徳は多くの議論よりはるかに力強いものであります。議論ではなくむしろ実践こそが世界を変えるでありましょう。
 道徳律は今、興味の尽きない議論のテーマです。道徳律を出発点とするものがいかに少ないことでしょう。まことに嘆かわしいことです。皆さんの校長、マッコーレイ氏は私の友人の一人です。彼の日々の行いは、世界中に知れわたっています。彼の信念と行動は、調和しています。道徳律を科学の真理を通して明らかにすること、日本の人々が道徳的な生活に、自分たちの進むべき道をはっきりと見出してくれることが、彼の目的です。私は心から、彼に賛同します。この学校の生徒全員が校長の教えを入念に学ぶと共に、信念に基づいて生きることによって、自分たちの行為を測るよう望みます。彼らは校長の生き方や教えに従って進むでありましょう。
                              以上

友愛労働歴史館移転先は興和三田ビル!

2009-08-19 13:25:48 | Weblog
●9月14日から新事務所で事務作業スタート!
 新友愛会館(竣工予定2012年春)建設に伴い友愛労働歴史館は、9月14日から下記住所へ移転いたします。
 新事務所では展示会活動は行いませんが、資料の収集・管理、研究、PR活動などは継続いたします。また、公開講演会なども計画していく予定ですので、今後ともよろしくお願いいたします。
 なお、新友愛労働歴史館は新友愛会館8階に入居し、2012年8月にオープンする予定です。

 <友愛労働歴史館>
  〒108-0018 東京都港区芝4-8-2 興和三田ビル(旧松下電工ビル)3F
  ℡050-3473-5325(現在と同じ)
  Fax03-3451-1710(現在と同じ)

●当館が品川経済新聞サイトに登場!
 友愛労働歴史館は去る8月7日に品川経済新聞の取材を受けました。品川経済新聞はインターネットにより品川区を中心に隣接する地域の店舗、イベント情報などの提供を行っています。
 取材(7日)の折の記事が18日の品川経済新聞サイトに掲載されましたので、ご紹介いたします。これにより当館は6月3日・毎日新聞、6月19日・東京新聞に続いてのマスコミ登場となりました。

 品川経済新聞 http://shinagawa.keizai.biz/
                                 以上

友愛労働歴史館一時休館のお知らせ!

2009-08-04 17:47:23 | Weblog
●最終日の今日の見学者は2名!
 友愛労働歴史館は本4日をもって特別展「賀川豊彦と労働運動」展を終了いたしました。最後の日となった本日、見学者ゼロと思っていたら閉館時間ぎりぎりに2名の方が来館されました。6月3日の毎日新聞に「ほとんど訪れる人がいない史料館」と紹介されましたが最終日の今日、何とか2名の見学者をお迎えでき、それなりに安心いたしました。
 さて当館は今秋の友愛会館解体に伴う移転のため、展示会活動を一時休止いたします。再開は2012年8月の予定で、新友愛会館8階に入居いたします。
 想えば当館が友愛会館(旧ユニテリアン教会・惟一館)6階に仮オープンし、特別展「鈴木文治―没後60年、その人と生涯―」展を開催したのが2006年10月。以来、4年間で8回の常設展・特別展を開催することができました。また、公開講演会を4回、開催いたしました。
 これらの活動を通して①福沢諭吉が初期のユニテリアン教会を支えたこと、②新渡戸稲造らが日本労働会館建設を支援した、③賀川豊彦が3つの側面で労働運動を支えたことなどを紹介し、一定の役割を果たしえたと思っています。
 ご来館いただいた皆様、当館HPを閲覧いただいた方々、激励のメールを下さった人たちに心より感謝いたします。なお、展示会活動休止中も資料の収集・管理、インターネット等によるPR活動などは継続いたしますので、よろしくお願いいたします。
                    記
 <友愛労働歴史館常設展・特別展の記録・2006年10月~2009年8月>
 ①特別展「鈴木文治―没後60年、その人と生涯―」展・2006年10月25日~2007年3月12日
  特別展特別企画「社会民衆党と鈴木文治」展・2006年12月5日~12月26日
 ②常設展「日本の労働運動(戦前)と友愛会・総同盟」展・2007年3月15日~9月28日
 ③特別展「目で見る同盟23年史―友愛会から連合への歩みの中で」展・2007年10月1日~2007年12月25日
 ④常設展「日本の労働運動(戦前)―新渡戸稲造らはなぜ労働会館を支えたのか」・2008年1月8日~3月31日
 ⑤特別展「労働組合主義の確立者 松岡駒吉―生誕120年、没後50年―」展・2008年4月8日~8月14日
 ⑥特別展「民社党の35年―100年余の民主社会主義運動の中でー」展・2008年9月2日~12月26日
 ⑦常設展「日本の労働運動(戦前)―福沢諭吉と友愛会の精神―」展・2009年1月8日~3月26日
 ⑧特別展「賀川豊彦と労働運動―献身100年記念」展・2009年4月2日~8月4日
 <友愛労働歴史館公開講演会の記録・2007年11月~2009年7月>
 ①第1回公開講演会「鈴木文治が語りかけるもの」 芳賀清明氏・2007年11月7日
 ②第2回公開講演会「松岡駒吉を語るー労働組合主義の確立者」 天池清次氏・2008年6月18日
 ③第3回公開講演会「風雪の友愛・民社路線―光を掲げた先人に学ぶ」 芳賀綏氏・2008年11月14日
 ④第4回公開講演会「友愛の理念ーその歴史と今日的意義」 小林正弥氏・2009年7月17日
                          以上

武藤光朗氏と「友愛社会主義」!

2009-07-25 14:12:50 | Weblog
●武藤光朗氏逝去から11年!
 今から11年前の1998年7月25日、元民社研議長・武藤光朗氏が逝去されました。昨年9月22日の本ブログで武藤光朗氏について、「中央大学教授・早稲田大学客員教授などを歴任し、哲学者ヤスパースの研究で知られていました。民社研議長の他、インドシナ難民連帯委員会会長なども歴任し、知る人ぞ知る研究・発言・行動の人でした。著書として『経済学史の哲学』など経済哲学三部作、『社会主義と実存哲学』、『現代日本の挫折と超越―友愛哲学の研究―』などがあります。武藤氏は実存哲学に立った民主社会主義論を展開し、旧民社党・同盟関係者や学生、若者に一定の影響力を持った学者でした。晩年は余り一般的ではない「社会思想家」という肩書きを好んで使っていましたが、私はそこに研究し、発言し、行動する武藤光朗氏の矜持を見る思いがしたものです」と書きました。
 ところで今年は鳩山由紀夫氏の民主党代表就任により、「友愛」という言葉が注目されています。武藤光朗氏もしばしば「友愛」に言及されていましたし、日本の政治風土の中で「民主社会主義」が定着しないことを憂い、晩年は「友愛社会主義」という言葉を提唱されていました。
 毎年、7月が来ると友愛会館地下1階の居酒屋で、武藤光朗先生や民社研事務局の浜田さんらとお酒を酌み交わしたことを思い出します。
 
                         以上