岩田亨の短歌工房 -斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・短歌・日本語-

短歌・日本語・斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・社会・歴史について考える

「詩人の聲」:2014年7月

2014年07月31日 23時59分59秒 | 短歌の周辺
天童大人プロデュース「詩人の聲」2014年7月

1、紫圭子 (第29回公演)7月4日 於)ギャルリー東京ユニマテ

 紫は愛知の詩人。「聲」を聞くのは3回目か。今までは、日本の伝統的神をたたえる詩が多かったが、今回はそういう素材の詩はなかった。だが作品は紫らしさが出ている。風格があり、リズムが快い。文語をまじえた重厚な作品だった。全作品を通じて、自然への祈り、自然との一体化、が感じられた。立葵、花など自然を素材としたものが多かったためだろうか。


2、天童大人(第43回公演)7月5日 於)カシュカシュダール

 イタリア、アフリカ、中東を素材とした作品が読まれた。聲の力を感じさせ、また、聲の命を感じさせた。重厚な作風。これは天童の独壇場だ。特に、「時を越えて」「青ざめた顔」「ウォルタービットの雪」「バビロン詩篇」は圧巻だ。作品の重厚さは、声の重厚さからきているのか。これは紫にも共通している。


3、長谷川忍 (第18回公演) 7月9日 於)ギャルリー東京ユニマテ

 新作3篇を含む作品が読まれた。月に新作を2編か3篇作り、「聲」に乗せるという。このプロジェクトが創作活動の不可欠の要素になっているようだ。都市に住む人間を表現するのが、長谷川の真骨頂。人間の営みを何とか作品化しようとしている。こういう素材は、散文的になりやすいので、その辺が課題なのだろうか。天童から様々アドヴァイスをされていた。


4、清水弘子 (第3回公演)7月22日 於)東京平和教会駒込チャペル

 清水は四日市の詩人。第三詩集『しらゆきひめと古代魚ゴンドウ』の中から、「しらゆきひめ」の作品が読まれた。散文詩が多く、もう少し言葉を整理する必要があるのではないかと思った。最近作が4編読まれたが、こちらは言葉に無駄がない。特に「鳥」を題材とした作品に独自性があると思った。四日市でも野鳥の生態に興味をもって生活しているという。この辺りに清水の資質があるのかと思った。

5、竹内美智代 (第28回公演)7月18日 於)ギャルリー東京ユニマテ

 竹内は鹿児島出身の詩人だ。鹿児島弁で日常生活を掬い取り、飾らぬ言葉で等身大の作品を作っている。難解語がなく、ゆったりとしたリズムで、言葉に無駄がない。ふるさとへの思いが、作品の主題だが、原発問題、戦争など社会の問題にも素材が広がっている。


6、柴田友理 (第25回公演)7月25日 於)真美ローズガーデン(西ヶ原)

 屋外で「声を初めて撃った」柴田。炎天下だったが、暑さを感じさせないほど、聲が通っていた。今までの柴田は、才能に任せ、小器用に言葉を連ねていたが、言葉遊びの要素があった。今回はそれがなくなりつつあるのが感じられた。新境地を開拓しつつある。言葉の無駄もなくなってきた。人間の葛藤や、世界観を表わす作品も増えて来た。言葉が研ぎ澄まされてきた感じだ。だが、この日よまれた旧作には、言葉遊びに終わった作品があった。そこを整理できるかが課題だろう。



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