マラソンからトラック競技になった感が強いボクシング世界戦

 先日82年11月13日にラスベガスで行われたWBAライト級タイト ルマッチのレイ・マンシーニVS金得九戦でKO負けした金が、試合 後意識を失い亡くなった事故のおかげで世界戦が15Rから12Rに なったという記事を上げたが最初はWBCから始まり88年頃には 全て12R制になってからでも30年近くなる。  当初は‘13R以降こそが本当の世界戦なのに’と否定的な意見が多 くを占めたもので、初めて見た時などは妙に物足りなさを感じた わけだ。  ところが12R制が定着した現在‘15Rに戻せ’という声を耳にしな いのは、どうしてだろうか?と思ったりする。 . . . 本文を読む
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平成ゴジラの功労者・大森一樹氏を偲ぶ

 先ほどネットを見ていたら映画監督の大森一樹氏が亡くなったと いうニュースが載っており、驚くと共に昭和~平成の監督がまた… という気分になった。  死因が急性骨髄性白血病だというが、70歳とは若過ぎると実感す るもの。  大森監督といえば古尾谷雅人のヒポクラテスたちや吉川晃司の す かんぴんウォークに、斉藤由貴のトットチャンネルら若手俳優達の デビュー作品を撮っていたという感じだが個人的には平成ゴジラシ リーズの第一人者でゴジラを復活させてくれた人というイメージだ。  しかも監督だけでなく脚本まで担当していたのだから、平成初期 のゴジラは完全に大森一樹ワールドだったという事。 . . . 本文を読む
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