投稿レポート なら学びの会 主任研究員 丸本 佳則 先生より投稿いただきました。
金岡中学校公開授業研究会(12月11日)に参加して
1、本研究会の目的及び開会の意義について
東大阪市立金岡中学校は、規模は各学年2クラスずつの6クラス。そんな学校が2003年度から「すべての子供に、学びを保障する授業改革」をスタートさせ、今年で17年目を迎えられました。指導助言者は学習院大学教授の佐藤学先生、「学びの共同体」を提唱された先生です。(本校にも2014年1月に来校いただき、本校の取組を雑誌に紹介していただいたこともありました)。また、佐藤先生は、金岡中学校区にある長瀬北小学校、長瀬東小学校にも指導助言を行っておられるそうで、金岡中の教育活動がまさに小中一貫の取組となっていることも注目していました。
そして金岡中学校の取り組みは、まさに本校が2009年から目指してきた取り組みであり、公開研究授業を見学することで、「継続していくことの意義」を再確認できると考え、本研究会に参加させていただきました。なお、東大阪市教育委員会では「トライアルスクール推進事業」の一環として、本研究会の支援をされているなど、市を挙げての取組であり、教育的活動の効果を学ぶ上で、大変参考になるのではないかと期待して参加しました。
2、午前の公開授業を見学しての印象
9:55から始まる公開授業5分前に流れる予鈴の音楽の効果もあって、すべての学級がチャイムと同時に授業を開始します(15年前に取り組みはじめたころから、課題の抱えた生徒たちが、授業に遅れないようにしていたそうです【佐藤学先生談】)。各教室の様子を参観しました。
(公開授業Ⅰ)
① 1年1組英語科
ジャクソン5の「ママがサンタにキスをした」をリスニングして、( )内に入る単語を聞き取る作業から開始。ジャンプの課題は「現在形と現在進行形の意味の違いについて考える」でした。
② 1年2組社会科
最初に「東方見聞録」を読み、自分が外国の王ならどうするかを考えました。ジャンプの課題は「モンゴルの繁栄と衰退について考える」でした。
※1年2クラスとも班(金岡中では「文殊」と呼んでいます。「三人寄れば文殊の知恵」が由来のようです)になることがスムーズ。学びから離れている生徒は、ほぼいませんでした。教師も低く張り上げることもなく穏やかな声で話しておられるのが印象的でした。)
③ 2年1組技術科
プログラミングを行い、コースの課題を行うがジャンプの課題でした。
④ 2年2組理科
回路を流れる電流の大きさを考えるがジャンプの課題でした。
⑤ 3年1組美術科
市販のフィギィアなどの表情の効果的な使い方を考え、自身の作成するフィギィアに使用することが課題でした。
⑥ 3年2組数学科
円周角の定理を使い、角度を求めていました。普段からグループ学習が有効に生かされていることがうかがえました。
※3年生は、誰ひとり学びから外れている生徒はいません。班での学び合いが成立しています。特にわからない生徒に対してわかるまで説明している場面がたくさん見られました。本当に落ち着いて、しっかりと学習に取り組んでいました。
(公開授業Ⅱ)
⑦ 1年1組数学科
角の二等分線の作図から始まり、ジャンプの課題は宝さがしの要素を取り入れ、作図で場所を探し当てるというものでした。生徒たちは、難問にしっかり取り組んでいました。
⑧ 1年2組理科
凸レンズでできる実像虚像について、ロウソクを使って実験する取組でした。グループで協力をしっかりと行っていました。
※両クラスともグループ(文殊)活動にしっかりと取り組んでいました。
⑨ 2年1組保健体育科
めあては、「ごみ処理の流れを考える」で、自分ができることを考える、がジャンプの課題でした。
⑩ 2年2組音楽科
合唱で「愛唄」。器楽はギター。ともにジャンプの課題は、全員で合唱合奏を行う、でした。とてもいきいきと取り組んでいました。
⑪ 3年1組国語科
単元は、「故郷」。共有の課題は、最後の三行が伝えたかったこと、とジャンプの課題は、「副題を考える」でした。普段、佐藤先生がおっしゃる、文学作品を学ぶ際には「主題や『なぜ』、『作者の気持ち』を問わない」からすると、逆の取り組みをされていたので、興味深く見させていただきました。生徒たちは、一所懸命考えて答えていました。
⑫ 3年2組社会科
市場経済で価格の決まるしくみを考えていました。黒板にプロジェクターを使用してプリントと同じ画像を投影し、そこに答えを書かせて確認をしていました。
※3年生はやはり、一人も学びから外れることなく学習に取り組んでおり、感動すら覚えました。ちなみに、公開授業Ⅰ・Ⅱともに見た中で、ICT機器をうまく使った授業がたくさんありました。また、教師から答えを出すのではなく、考えた生徒が答えを出し、学級の仲間に自信をもって説明している姿が印象的でした。
3、研究授業を見学しての印象
午後からは体育館で2年2組の研究授業。授業者は、Y先生。20代の先生です。100名を超える見学者のために、職員写真を撮影する際に使用するアルミ製の段も用意されています。せっかくなのでその段の上に立って見学をさせていただきました。
単元は、「走れメロス」。共有の課題は「主要三人の素敵だと思うところを見つける」。生徒たちは、ワークシートにペンを走らせます。ただ、グループ活動の必要性はなかったかもしれません。ひたすらワークシートに集中している生徒。的を射た答えを書き込んだ生徒の名前を、Y先生が前のホワイトボードに書き込んでいきます。名前を書かれた生徒は、自分の考えをホワイトボードに書き込み、その後一斉(コの字)形態で意見交流。ホワイトボードの生徒の意見に赤ペンで◎を授業者のY先生はつけていきました。面白かったのは、暴君ディオニスには「いいところがない」とつぶやく生徒がいたことでした。
さて、ジャンプの課題は、「『走れメロス』のテーマを考える」。先述したように、「文学作品を学ぶ際は、『主題を問わない』」なのですが、それを破ってまで、生徒に考えさせようとしたことに大変興味を持ちました。そして、生徒がどんな答えを出すのか、固唾をのんでみつめました。出てきた答えは、「あきらめるな」「信実」「まかされたことはちゃんとやりきる」「信実の先にあるもの」など多種多様。生徒一人ひとりの読みを大切にすることのできた授業となりました。
4、研究討議の印象
研究討議及びグループ討議が授業を終えた体育館で行われました。私の方からはさきほどから述べていたように、文学作品は主題を問わないという要点があるが、「なぜ、あえてテーマ(主題)を問うとされたのか」という質問をぶつけてみました。Y先生は「『文学作品を学ぶ際、主題を問わない』という鉄則は、知っています。主題を問うと様々な生徒の読みとりが一つの答えにまとめられ、違うとらえをしている生徒にとっては、自分が間違ったと考えてしまうという理由もわかっています。でも、今回、子どもたちがどんな読み取りをしたのかを取り上げたいと考えた時に、『主題』とは違ったニュアンスとして、“テーマ”という言葉にして考えさせようと思いました。」とお答えいただきました。その答えを聞いて、様々な試行錯誤をされた先生のご苦労を感じ取ることができました。
5、指導助言から学んだこと
本日一日金岡中学校を参観された佐藤先生の指導助言が最後1時間15分にわたって行われました。学んだことを共有するためにここに挙げさせていただきます。
★「走れメロス」と太宰治
・太宰が「友情」とか「信実」を主題にテーマを書くような健全な精神の持ち主ではない。太宰は三人の女性と心中し、三人目の女性が自殺願望者だったから、自身も命を落としてしまう。三人の女性の命を奪ってでも、太宰は精神的なつながりをもとめていた。しかし、作品は一人歩きしていく。駄作と評価される作品でも、様々な主題を見つけられる本作品が文学作品となっていったのは、太宰の文章力のパワー。
・「走れメロス」は太宰が金策に困って仕方なしに書いた駄作と評価されているのに、何十年も教科書に掲載されている。太宰の文章にそれだけのエネルギーがあるからだろう。秀逸なのは「人間失格」「斜陽」。太宰の人間性がしっかり描かれ、文章に引き込まれる力がある。
・シラーの詩を基に「走れメロス」を書いたのだが、根底にあるのは、「友情」ではなく「男性同士の恋愛」。そこに太宰は心しびれたのだろう。「走れメロス」で太宰が描きたかったのは、「友情」や「信実」よりも「愛の極致」。でも、そう読み取る必要はない。作品は独立している。
(Y先生の授業から学ぶこと)
・文学作品を学ぶ際に、「主題を問わない」と言っているのは、文学は、読み手にとっては様々な読み取りができるから。読み取りは人それぞれ。そこで主題はこうだと決めつけられるのは、妨げになる。教師が主題を限定してしまえば、生徒が楽しんだ読み取りを否定してしまう。しかし、今回は“テーマ”を出し合い、自分の頭に生まれた物語を語っていた。今日の一番のポイント。この子たちは育っているので、先生の課題を超えていったのだろうと思う。
・共有の課題は「三人の素敵なところを見つける」だったが、「三人の様子をよく表現しているところを見つけよう」の方がよかったのではないか。そうすると王のところは矛盾をはらんだ姿が二重に出てくる。その部分を三か所ずつ上げて意見交流するのがよかったと思う。
・そして、ジャンプの課題は、「この話をみて一番素敵だと思ったところ(自分が一番面白いと思ったところ)はどこか」を意見交流すればよかったと思う。
・今日の子供たちはテキストにしっかりと向き合っていた。最初の12分間は、音読黙読で読まさないといけない。そうでないと読み取ることはできない。
・指名するタイミングや順番が素晴らしかった。上手につないでいた。
・改善点はグループでの摺合せ。文学の授業は極論を言うと一人で読むもの。文学の力の凄いところは一人になれるところ。満員電車に乗っていても文学作品と向き合えば、一人の世界に浸れる。だから、グループにこだわる(みんなで読む)必要はない。それが文学を学習する際の特徴。文学は特殊。
・文学を味わうことをたとえて言うなら、映画を何人かで観た後に「少しお茶でも飲んで話さない?」といって意見を摺り寄せる。その摺り寄せが文学作品の味わいと似ている。だから、みんなの前で、自分の意見を発表するというのは、意を異にする。究極はみんなと意見をすり合わせて、新しい観点に気づき「この作品好き」となること。
(文学の授業の要点)
佐藤先生が文学作品を学習する際のポイントを提示してくださいました。そのスライドを次に紹介いたします。
【佐藤先生のスライド】
(学校全体として)
・佐藤先生が公開授業で学級を回っていた時、学びに向き合えていない子どもがいたとおっしゃっていました。金岡中の学級だけではなく、私たちもそのような、自身や他人に対して「あきらめてしまっている」子どもを見捨てていないかと考えさせられました。
・「白紙」の子どもをなくしていこう、と佐藤先生が提案されていました。他人の考えを真似したりしてもかまわない、とにかく、白紙でいる子どもをなくすよう私たちも見習っていくべきではないかと考えました。
(最後に)
印象的なエピソードとして「東京大学大学院の学生の実習で、特別支援学校によく連れて行った。子どもは自分を見下したり、心を許さないでいたりする人間をよく見抜く。ひどいときには大学院の学生の高慢ちきな態度に腹を立て、目を突きにいったりすることもある」というのがありました。佐藤先生は、そのような目に遭って「なんでこんな思いをしなきゃならないんだ」といって泣いている学生に、「その子を明日は抱きしめなさい」とアドバイスをされました。翌日、鼻水だらけの子どもを抱きしめるのですが、腰が引けています。それを乗り越え、子どもを本当の意味でハグできるようになった学生の話をされ、子どもと向き合う大切さをお話していただきました。
つい子どもの悪いところばかりを見て、指導に従わないことを他人のせいにしてしまうところがある私自身を戒める話でもありました。
このようにしてわずか一日ではありましたが、大変深い学びができた一日でありました。
丸本 佳則( 学び合う教室・育ち合う学校 佐藤 学著 小学館 真正の学びによる授業づくり 国語 「大阿蘇」)をご参照ください。
尚、本文等個人の感想につき、掲載に関する責任はなら学びの会にあることを申し添えておきます。
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