東方不敗の幻想

インターネットのジャーナリズムについての覚書

touhou_huhai@gemini.livedoor.com

北方領土

2006-08-29 21:10:50 | Weblog
ロシアの警備艇が日本の領海内で日本の漁船を銃撃し、
日本人を死に至らしめた事件から、すでに2週間が経とうとしている。

大手メディアの熱のなさ、2ちゃんねるでの盛り上がりのなさに愕然としている。
いつも派手やかな韓国、朝鮮への非難に比べ、ロシアへの非難は圧倒的に少ない。

やはり大国相手には、本能的に腰が引けるのだろうか。

いや、共産党政権時代、ソ連は日本の主要な仮想敵国であり、クレムリンといえば、右翼にとって悪の代名詞だった。
当時のソ連は世界の半分に影響力を持つとされ、圧倒的な存在感があった。
それでも日本の右翼は、しばしば激しい反ソ・キャンペーンを展開した。

今のロシアは、エネルギー特需で経済成長を遂げ、新興4カ国に数えられるようになったとはいえ、かつてほど大きな影を持たない。
ではペレストロイカ以降、急速に資本主義国家化したロシアは、もはや、
右翼にとってさほど興味を惹かないのか。

このままでは漁船の乗組員たちの、
「自己責任論」でも飛び出しかねないような雰囲気だ。

私の知人は、
なぜ拉致問題のときのような長期、大規模の報道特集が組まれないのか、
不審がっていた。

私自身、北方領土が日本の領土であるという感覚が、
身に沁みて分るという訳ではない。
しかし、この違和感はなんだろう。

ナショナリズムの神聖さとは、こんなものなのか。
つまりそれは、ただ単に「時代の流行」ということなのか?

この人の心の動きと、現実の事件と乖離した感覚。
いや、無感覚。

我々にとって「心から大事なこと」というのは何なのだ。
何になら、心から突き動かされるのだろう。
それは結局、個人個人でぶつかる不幸や苦しみであって、

「共同体として大事なこと」というのは、
そのときどきで変わる、幻のようなものでしかないんだろうか。
ではどうして、そんな幻によって苦しまなければならない人が居るのだろうか。

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