東方不敗の幻想
インターネットのジャーナリズムについての覚書

touhou_huhai@gemini.livedoor.com
 



教育再生会議:「道徳」を正式教科に 第1分科会で一致
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070330k0000m010103000c.html

mixiニュースがいみじくも「道徳に成績がつく?」と題名をつけていたが、うまく本質をとらえている。
そう、個人の思想に、政府が評価をつけ、将来を左右するのだ。
おおげさだろうか?
だが子供はれっきとした個人であり、そして子供は大人になる。小さいうちから、こういうことに慣れさせておけば、将来とも同じような行為に抵抗を感じる度合は低くなるだろう。

子供にICタグを持たせたり、フィルタリングサービスを使ったりして、追跡や検閲に違和感を持たない大人へと育てあげるように。

諸君。子供はすべてだ。
すべてなのだ。
このゲームの要なのだ。
相手プレーヤーはよく承知している。

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国会図書館の闘いがまさにそうだ。
一つ、また一つとリベラル派が解体していくまで、国会図書館はいわば、目立たない存在だった。だがいまや、彼等のほかに戦うものはなくなり、自ら打ってでるリスクはとてつもなく大きくなってしまった。

「日本国憲法の誕生」
http://www.ndl.go.jp/constitution/
を組んだときには、まだいくつか矢面に立つ盾があって、ここまで向かい風はきつくなかった。

マイク・ホンダ議員が決議案を提出したのだって、おそらく第一には日本国内での従軍慰安婦問題の盛り上がりを期待したからだろうし、国会図書館が今回の資料を公開したのもやはり、それによって言論人や教育者や、さまざまな人々が立ち上がるのを願えばこそだ。

しかし、反応はといえば、

「がんばってほしい」

なんて逃げ腰の応援だけだ。温和な良識人を装う観客は要らない(本当の良識と、卑劣と怯懦をごまかすためのスノッブはまったく異なる)。ともに肩を並べる勇気がある同志が必要なのだ。「新聞」「テレビ」「雑誌」はといった組織に責任を転嫁するのではなくて、一人一人の戦う意志が切実に求められている。

国会図書館はいつまでも単独では持ちこたえられない。
あそこはもう、随分長いあいだ、にらまれているのだ。

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あそこは志賀原発のあるところだ。
不安だ。親戚がいる。


【追記】2007/03/25
不幸中の幸いというか、臨界事故隠しや品質管理の問題で、
志賀原発1号機、2号機とも停止中だった。それなら放射能漏れの危険は少ないだろう。
志賀原発の臨界事故隠しについては、あまり詳しく知らなかったが、なんというか。
地震がおきたときに原子炉が動いていなくて本当によかった。

親戚の女の子はもう輪島市にはいないらしい。
でもそんなことと関係なく被害は、かなりひどい。


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予想に違わぬ悪夢の展開だ。
盗聴法のときと同じ、ほぼ無風状態での通過。
競艇場から見た風景「スパイ義務法」あっさりと衆院通過という記事では、民主党が賛成に回った点を問題視しているが、残念ながら私はそうなるだろうと思っていた。

今回の法案から焦点が逸れるが、民主党というのは、自民党の一党独裁が反体制運動の温床になるとみた誰かが、いわば「ガス抜き」として指導、組成を促したものだ。

確か、こんな言葉があったと思う。「アメリカという飛行機には二枚の右翼がある。民主党と共和党だ。だからいつも同じ場所を回りつづける」

この仕組みを、そっくり日本に移し変え、見せかけの保守と革新、与野党とも右派で固めた安定した体制を作り上げようという実験が、いまの民主党なのだ。

教育基本法改正案のころから、いやもっと前から私は民主党を嫌っており、憎んでいる。はっきりいって民主党の議員に比べれば、自民党に所属する議員に立派な人物がいる位だ。

だがそんな、猿芝居じみた政党の話はどうでもいい。我々は、1984年を通り過ぎ、もうSF作家の想像さえつかない世界に踏み込んでしまった。

心ある弁護士や代議士は「反体制運動などするつもりのない、良識ある市民を監視するとはなにごとか」と訴えている。公の身分がある人ではそうだろう。

しかし真の危機は、この国の次の世代に反体制運動が必要になったとき、海外で多くの人がそうしているように、信じる自由や正義を手に入れるために命を賭けて政府と戦わなくてはならなくなったとき、我々の世代が許した、政府を護るシステムが壁となって立ち塞がることだ。

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誹謗中傷となるおそれはあるが、半ばは覚書として、意見表明として、オーマイニュースがらみで知った二人の記者について、書きとめておこう。

佐々木俊尚
著作において、インターネットをほとんど宗教として扱っているが、多くの司祭がそうであるように、信仰の表明は極めて外面上の要素が強い。野心家だが、説得力のある記事が書けないのに自己顕示欲を制御できず、すぐ馬脚をあらわす。さほどの危険はない。しかし見苦しい。

岡田有花
ものを書く力は…好みからいえば下卑ているが…そこそこ高い。己の扇動家としての側面を理解し、楽しんでいる。人心をくすぐるのにも長けている。記事を読む限り、ジャーナリストから政治家になる型。出世し、崇拝者を集めるだろう。権力を握ったとき脅威となるのは間違いない。

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http://news.livedoor.com/article/detail/3084100/

http://english.aljazeera.net/NR/exeres/479434AB-B7CF-490E-89C4-E01D4A1697F2.htm
(誤)「さらに、改憲案は政党の政治活動を禁じており」
(正)「さらに、改憲案は宗教にもとづく政党の政治活動を禁じており」
こんなバカていねいで分りやすいBBCクォリティの英文を誤訳できるベリタ通信というのは、ものすごく急がしいか、最低に怠慢なのかどっちかだな。

とにかく、エジプトはひどいありさまだ。
まるで世界中が警察国家への道をひた走っているように見える。
この世のどこかには、本当に、
自由で平和な国があるのだろうか。
寛容で安全な国というのではなく。

いや、つまりそれはタネローンであって、それを欲しいと渇望し、そのために行動する人がある一定の数に達したときのみに得られるのだ。
私に嘆いてみせる資格なんかない。

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http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=6561

中国側の政策は着々と進行しているもよう。
なにも知らなかった。そういう計画があるというだけしか。
ひどい。


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http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=AS1G1502U%2016032007

不公正だ。
ライブドアの堀江は刑事裁判にかけながら、日興コーディアルグループは課徴金で済ませておいて。

その挙句が2年半の実刑。

地裁でこういう判決が出れば、控訴しても覆すのは難しい。
上にいくほど行政や立法の影響力が強くなる。

ちくしょう。



【追記】2007/03/16

小坂裁判長。最低の男だ。
そのくだらない手紙で、司法の公正さをふみにじったことへの批判を逸らせると考えているのか。
そんな小細工さえしなければ、ただ、権力に折れた裁判官で済んだ。
だが、今や彼は、世論に向かって芝居する三文役者だ。

よく分った。堀江はやっぱりバカだ。
また、信じてはならない相手を信じた。

この国の上層部は、下劣で、薄汚くて芯まで腐りきってる。
ロシアや中国となに一つ変わらない。


いや。今度のことについても、なんて情けないんだ私は。
こうやってネットで怒りをぶちまければ事態がよくなるとでもいうのか。
何もしないで、横暴をまかり通らせているだけじゃないか。

だがとにかく、咎なきものを獄につなぎ、
罪びとを自由にしておくのが、公然と許される、
そういう状況にみんなもっと恐怖すべきだ。
マスメディアが嫌う「堀江が被告だから」非道が認められる、でいいのか。


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警察施設襲撃、49人殺害、インド中部で毛派武装集団
http://www.47news.jp/CN/200703/CN2007031501000497.html



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これをもってガ島通信に対する最後の論評とする。
かつて私はブロガー×オーマイのシンポも見に行ったし、次代のオピニオン・リーダーとして、藤代に期待をかけていたこともある。だが今こそ幻滅に終わった結果を断ち切るべき時だろう。

ガ島通信[ネット時代の新聞]「ネット君臨」問題が明らかにしたものは何か」を読んで、藤代は、ジャーナリズムの世界に未練をひきずる己をすこし客観視すべきだと思った。

いつまでマスメディアの批判者という地位に色気を出すのか。CGMマーケティングの世界に道を見出したなら、迷わず邁進する方がずっといさぎよくて有益だ。

マスメディアの批判者を気取るとき、藤代は元マスメディア関係者らしい歪みを剥き出しにする。

毎日新聞社の取材内容の選択の恣意性を突きながら、自身も同じ手法で、マスメディア批判に都合のいい意見だけ、CGMから切り取っているのが好例だ。J-CASTニュースばりのつまみぐいこそ、昔ながらのマスメディアの詐術ではないか。

シンポの時にも感じたが、藤代は実に元マスメディア関係者らしい啓蒙思想に満ちている。私は啓蒙思想そのものを悪いと思っていない。だが啓蒙思想を隠すため、わざとらしいCGMへの迎合姿勢をとるやり口は認めがたい。

ガ島通信のこの記事にトラックバックを送っている「la_causette ネットの匿名さんの方が啓蒙思想丸出しでは?」で述べられているような匿名による批判の醜さ、おぞましさは厳然としてある。

それをあえて無視する藤代も、内心はCGMの負の側面に関して外聞が悪いと感じている。かかるバランス感覚は元マスメディア関係者の特性を示しており、さらに邪推すれば、CGMなんぞどうとでも調理できる、という侮りすらあるようだ。

藤代はCGMの負の側面を甘く見ており、危険性、強大さを直視したがらない。年老いながらCGMの負の側面を憂慮し、戦い、ぶざまに負けた鳥越や、毎日の記者にすら及ばない。
彼等の敗北の原因は、なりふり構わぬ戦いになると分っていながら、貴族であるのをやめられなかったためだが…同じ傲りはまた秘かに藤代をも支えており、同時につまづきの石にもなるだろう。

「私ならこの、いとしきものをうまく使いこなせると思う」か。

さて、予言しよう。

時が来れば、新聞をはじめとするマスメディアは、ヤメ記者ブロガーよりはるかに迅速、的確にCGMへ迎合し、それを取り込むだろう。izaの試みがしくじるにしても、同様のものが勝利を収める。

あいにくと、マスメディアは、滅びないのだ。
そこから弾き出された者たちは永遠に二流だ。いいか。永遠にだ。
とってかわることはできない。

佐々木俊尚のように必死にやろうと、藤代のように恥らいながらやろうと無駄だ。
野心を最優先にしたものは、野心を満たされないが故に苦しむだろう。

やがて、マスメディアの頭を持ち、CGMの耳目、手足を持つ怪物が誕生する。
いや、逆かもしれない。渾然一体となっているかもしれない。
CGM礼讚を唱えるブロガーたちは、こいつの助産婦だ。運が良ければ怪物の体の一部として生きていけるかもしれない。

そいつが、すべてを統べ、すべてを見つけ、すべてを捕えて、闇の中につなぎとめるとき、良心の呵責を覚えずに済むとしても、無事生き残れる可能性にあまり大きく賭けないことだ。

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