東北発 歴史調査隊

明治維新の嘘を暴くブログです。

千葉

2023-10-30 23:01:30 | 日記
 疲れたなあ。
 
 茨城県の東海村に村松山虚空蔵堂があって、日本三体虚空蔵尊のひとつともいわれるらしい。村松山虚空蔵堂は村松山日高寺という真言宗豊山派の寺らしい。日本三体虚空蔵尊は村松虚空蔵尊と伊勢の朝熊虚空蔵尊と会津の柳津虚空蔵尊らしい。
 
 明け方に見える金星を明けの明星というらしく、明けの明星は虚空蔵菩薩の化身や象徴ともいわれるらしく、明星天子ともいわれるらしい。
 
 中国では北極星は北辰といって宇宙の中心と考えられていたようだ。中国の道教では北極星が神格化して天皇大帝になったようだ。北極紫微大帝も北極星が神格化して、北斗真君は北斗七星が神格化したようだ。北辰妙見菩薩は中国の道教に由来するらしい。ウィキペディアの妙見菩薩のところに詳しいことが載ってる。
 
 千葉県千葉市にある千葉神社は妙見本宮といってるようだけど、北辰妙見尊星王といって祀ってるようだ。本当に妙見宮だったのか知らないけど、呪われた人生だったなあ、俺の人生は。
 
 千葉神社ですか・・・。
 
 
 火をつけるか

水沢

2023-10-30 22:58:54 | 日記
 疲れたなあ。
 
 第一次桂内閣が明治34年(1901年)から始まって、第一次桂内閣、第一次西園寺内閣、第二次桂内閣、第二次西園寺内閣、第三次桂内閣と続いて、第三次桂内閣は大正2年(1913年)まで続いたようだ。桂太郎と西園寺公望が交代で総理大臣に就いてた時代を桂園時代というらしい。
 
 桂太郎には、お鯉という妾がいたらしいけど、お鯉は安藤照という女性で、東京の出身で小久江家から安藤家に入った後に芸妓になったらしく、その後に桂太郎の妾になったようだ。お鯉は昭和9年(1934年)にあった帝人事件の後に出家して妙照尼と名乗り、昭和13年(1938年)に東京にある五百羅漢寺の住職になったようだ。
 
 東京都目黒区に五百羅漢寺があって、HPがある。天恩山羅漢寺というみたいだけど、明治41年(1908年)に今の場所に移ったらしい。羅漢寺は鉄眼道光の開山らしい。河口慧海は明治23年(1890年)に羅漢寺の住職になったようだけど、明治24年(1891年)に羅漢寺の住職を辞めて僧籍返上したらしい。その後に、また僧籍を取ったようだ。河口慧海は日本人で初めてチベットに行ってきたらしい。本当に日本人か知らないけど・・・。
 
 明治時代にも大蔵経の編纂が行われたみたいだけど、大正13年(1924年)から昭和9年(1934年)の10年間かけて編纂された大正新脩大蔵経が仏教界や仏教研究に大きく影響を与えてるらしい。
 
 大蔵経の中に七佛八菩薩所説大陀羅尼神呪経があって、その中に「妙見」という言葉の説明があるらしい。大蔵経について詳しく知らないけど、仏教の経典などをまとめた仏教の総合書籍みたいなもんなんでしょうか?。
 
 中国では北極星は北辰といって宇宙の中心と考えられていたようだ。中国の道教では北極星が神格化して天皇大帝になったようだ。北極紫微大帝も北極星が神格化して、北斗真君は北斗七星が神格化したようだ。北辰妙見菩薩は中国の道教に由来するらしい。ウィキペディアの妙見菩薩のところに詳しいことが載ってる。
 
 岩手県奥州市の水沢の街には日高神社という妙見宮だった神社があって、境内に水沢伊達氏の留守氏の祖霊社の瑞山神社がある。本当に妙見宮だったのか知らないけど、呪われた人生だったなあ、俺の人生は。
 
 日高神社ですか・・・。
 
 
 火をつけるか

チベット

2023-10-30 22:57:30 | 日記
 疲れたなあ。
 
 第一次桂内閣が明治34年(1901年)から始まって、第一次桂内閣、第一次西園寺内閣、第二次桂内閣、第二次西園寺内閣、第三次桂内閣と続いて、第三次桂内閣は大正2年(1913年)まで続いたようだ。桂太郎と西園寺公望が交代で総理大臣に就いてた時代を桂園時代というらしい。
 
 桂太郎には、お鯉という妾がいたらしいけど、お鯉は安藤照という女性で、東京の出身で小久江家から安藤家に入った後に芸妓になったらしく、その後に桂太郎の妾になったようだ。お鯉は昭和9年(1934年)にあった帝人事件の後に出家して妙照尼と名乗り、昭和13年(1938年)に東京にある五百羅漢寺の住職になったようだ。
 
 東京都目黒区に五百羅漢寺があって、HPがある。天恩山羅漢寺というみたいだけど、明治41年(1908年)に今の場所に移ったらしい。羅漢寺は鉄眼道光の開山らしい。河口慧海は明治23年(1890年)に羅漢寺の住職になったようだけど、明治24年(1891年)に羅漢寺の住職を辞めて僧籍返上したらしい。その後に、また僧籍を取ったようだ。河口慧海は日本人で初めてチベットに行ってきたらしい。本当に日本人か知らないけど・・・。
 
 河口慧海は明治30年(1897年)に日本を出発してチベットに行って、明治36年(1903年)に帰国したらしい。帰国した次の年の明治37年(1904年)に「西蔵旅行記」を出版し、また日本を出発してチベットに行って、大正4年(1915年)に帰国したらしい。河口慧海はチベットにいって、たくさんの仏教関連のものを持ち帰ってきたらしい。河口慧海は大正10年(1921年)には僧籍返還したらしいけど、経典の翻訳や研究をしたり、仏教やチベットに関する著作を続けたようだ。
 
 多田等観という人は岩手県花巻市に疎開してたらしいけど、多田等観は浄土真宗本願寺派の法主だった大谷光瑞の援助を受けてチベットにいたようだ。多田等観はダライ・ラマ13世とも懇意にしてたらしい。浄土真宗本願寺派はチベットと交換留学もしていたようだ。
 
 ウィキペディアで調べると、ダライ・ラマは1642年にチベット政府の長になって、1959年までチベット政府の長だったようだ。チベットのラサというところにポタラ宮という宮殿があるらしい。今のダライ・ラマは14世のようだ。
 
 ポタラ宮ですか・・・。
 
 
 火をつけるか

華厳宗

2023-10-30 22:53:05 | 日記
 疲れたなあ。日本の歴史は嘘の気がするけど、桂園時代って時代が怪しいんだけど、なんでだろう?。
 
 奈良県桜井市の阿部というところに安倍文珠院があるらしいけど、安倍文珠院は華厳宗の寺らしく、華厳宗の寺の東大寺の別格本山らしい。安倍文珠院のHPに、そう載ってる。安倍文珠院は安倍倉梯麻呂が安倍氏の氏寺として創建した安倍山崇敬寺(安倍寺)が始まりらしい。安倍文珠院には安倍仲麻呂像と安倍晴明像があるらしく、安倍仲麻呂と安倍晴明は奈良県桜井市の出身ということになってるらしい。
 
 奈良県奈良市にある東大寺は華厳宗の寺で、東大寺は金光明四天王護国之寺というらしい。ウィキペディアの東大寺の歴史のところを見ると、東大寺は明治19年(1886年)に華厳宗の寺になったらしい。本当か知らないけど・・・。明治時代には大仏殿の修理が行われたようだ。
 
 東大寺ですか・・・。
 
 
 火をつけるか

平泉

2023-10-30 22:46:11 | 日記
 どうなってんすかね?。隠蔽工作が凄いんですけど・・・。
 
 平安時代に岩手県にいた安倍氏の人たちは奥六郡といわれる岩手県にあった6つの郡に勢力を広げてたことになってる。安倍氏の棟梁は安倍貞任で、安倍貞任は盛岡にあった厨川柵にいて、厨川次郎といわれるらしい。
 
 安倍貞任の息子が津軽に逃げて安藤氏(安東氏)の祖になったらしいけど、安藤氏(安東氏)は戦国時代は秋田県にいたらしい。安藤氏(安東氏)は江戸時代は秋田氏を名乗っていて、福島県にあった三春藩の藩主だったらしい。本当か知らないけど・・・。三春藩の最後の藩主は秋田映季で、次の秋田氏の秋田重季は公家の大原氏から来た人で、明治40年(1907年)に家督を継いだようだ。秋田重季の時に太平洋戦争の終戦を迎えて華族制度が廃止になったようだ。
 
 岩手県一関市にあった田村藩の田村氏は坂上田村麻呂の子孫ということになってる。田村氏は戦国時代は福島県の三春町にいて、戦国時代の終わり頃に途絶え、伊達政宗の妻の愛姫が田村氏の出身ということになっていて、伊達家が再興したことになってる。田村氏は伊達騒動の後に一関に来たことになっていて、伊達藩の中でも一つの藩のような扱いを幕府から受けてたらしい。本当か知らない。
 
 江戸時代の宮城県角田市には石川氏がいて、伊達藩の家臣団の序列の一番上の一門の首席だったようだ。本当か知らないけど・・・。伊達藩では仙台と白石に城があって、他は城といっても要害というらしい。江戸時代の最後の石川家の石川邦光という人は石川義光の息子らしい。
 
 戊辰戦争の頃の田村氏の田村邦栄という人は角田石川家から来た人で、石川義光の息子らしい。戊辰戦争の後に弟の田村崇顕に家督を譲ったみたいだけど、再び家督を継いだようだ。田村崇顕という人も角田石川家から来た人で、石川義光の息子らしい。次の田村氏の田村丕顕は田村邦栄の息子で明治20年(1887年)に家督を継いだようだ。田村丕顕は海軍の軍人だったようだ。
 
 坂上田村麻呂の征夷の話も嘘の気がするけど、坂上田村麻呂の敵の蝦夷には安倍高丸や悪事の高丸や大嶽丸という人が登場するようだ。東北だけじゃなく、日本各地に坂上田村麻呂伝説があるみたいだけど、字は違っても高丸という人が登場することが多いようだ。
 
 一関市の隣の平泉町に達谷窟毘沙門堂があって、坂上田村麻呂が悪路王を倒したという伝説がある。達谷窟毘沙門堂には達谷西光寺という別当寺があって、達谷西光寺は天台宗の寺だ。坂上田村麻呂の征夷の話も嘘の気がするけど、呪われた人生だったなあ、俺の人生は。
 
 達谷窟毘沙門堂ですか・・・。
 
 
 火をつけるか