すなば たかひろ

「元気で人に優しい鳥取」を取り戻すため、県議になった元新聞記者の挑戦記。みんなで鳥取の未来像を考えましょう!

メニュー

これほどまでの対策が必要なのか? 島根原子力発電所

2014年05月06日 | 日記

 美保基地に言った4月18日の県内調査では島根原子力発電所まで足を伸ばしました。現在、新基準の適合審査中で、近い将来、再稼働に向け、鳥取県議会も意見を述べることになります。その時、感情や机上の論理ではなく、現実をしっかり把握した上で、しっかりとした意見を述べることが、県民の皆様から信託を受けた私たちの責任だと思っています。

 島根原発では、古林常務(原子力本部長)、長谷川副本部長、岩崎島根原子力発電所所長兼原子力建設所長、小倉地域共生部専任部長らから話を伺いました。

 免許書などでの身元確認の上、中国電力の制服に着替え、IDカードを首から下げて、厳しい検問所を通って入構です。侵入者を防ぐ整備はなるほどというものがありましたが、警備の関係上公表はできません。

貯水池では非常時に備え、3万5千トンの水を貯めていますが、うち、1万5千トンは耐震構造の池に改善したそうです。

建設中の免震需要棟です。緊急時、300人の職員がここに篭って対応します。

横には水のタンクも建設中です。

外部からの非常用電源を取り入れる装置の建設も進んでいました。

非常用発電装置です。

3号機の前までやってきました。これより先は写真撮影ができません。

3号機の周にはずっと海面から高さ15メートルの防潮堤に囲まれています。扉は気密性の高い水密扉で金庫メ-カーの特注だそうです。ガスタービン発電車など電源喪失にならないよう電源の多重化には力が入れられていました。中では核容器の蓋が開いていて、ほんとうに近くまで寄れました。様々な質問もさせていただきましたが、真摯に対応していただきました。でも、これほどまでに神経弼に、しかも、これほど多くの経費をかけてまで稼働させないといけないのかと正直、疑問も大きくなりました。今後、真剣に議論して参ります。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

美保基地を訪れ、意見交換しました。

2014年05月06日 | 日記

 4月18日に境港市の美保基地を訪問しましたが、まだ、ブログにはアップしていなかったので、少し遅くなりましたが、ご報告します。

 御存知の通り、私は平和憲法を大切にしたと思っていますが、現実にある自衛隊を即時なくせとは思っていません。ご存知のように東日本大震災や四川大地震の救難活動の状況を見ますと、平和維持活動で海外に出たり、集団自衛権の行使に踏み込むのではなく、国民の生命を守るという視点から最小限度の自衛力を持ちつつ、救急救命活動に力を入れて欲しいと思っています。そういう意味で今回、防衛議員連盟が出来ましたので、勉強をさせていただく意味も込めて、議連に参加させていただき、基地見学にも同行させていただきました。

 

基地では美保基地司令兼第三輸送航空隊指令の野中盛一等空佐、副司令の進藤昭彦一等空佐、監理部長の山内成樹二等空佐、基地渉外室長の渡辺博三等空佐らにお出迎えいただき、恐縮しました。

 原子力事故が発災したとき、たくさんの避難民が発生することになるのですが、その中には、要介護の方や病気の方など自力では避難が困難な方が多数含まれていることが予想されます。そこで、そのことについて、お聞きしたところ、第三輸送航空隊は防衛大臣直下の組織であるため、航空隊独自の判断では回答できかねるが、「東日本大震災のような巨大災害時は、防衛大臣から救難指示が出されるだろうし、そうなれば、ストレッチャーのママ、飛行機にのっていただけるCー1輸送機などで地域の皆さんのお役に立ちたい」などと話されました。

 美保基地の概要などの説明を受けた後、駐機場で航空機を見せていただきました。

Cー1輸送機です。8000キロの荷物を積んで、1460キロを飛行することができます。

垂直尾翼には、大黒様と白ウサギが描かれていました。地域とのつながっりを大切にされているのだそうです。

機内も見せていただきました。

YSー11です。戦後初の国産の航空機でした。4機配備されています。

Tー400ジェット練習機です。三菱重工が開発したMU-300を米国のレイセオン社に譲渡した後、逆輸入したそうです。

後ろに見えるのが、新しい管制塔です。ここも見学させていただきました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする