嶽南亭主人 ディベート心得帳

ディベートとブラスバンドを双璧に、とにかく道楽のことばっかり・・・

【解釈に係る雑感1-4】 苦言を少々

2009-06-11 21:39:29 | ディベート
否定側から肯定側の資料改変の可能性が示唆されたのは、否定側質疑の場面であった。

否定側は、以下のように問いかけた

●否定側質疑
「重要性二点目の資料の[中略]部分には、「「小さな政府」実現を目指した*行政改革*をはじめとする…[強調は私がつけました]」という記述がありますが、ここを飛ばした意図は何ですか?」

これに対して、肯定側は、このように答えた。

●肯定側応答
「立論の文字制限上、こちらの都合で中略しました。 中略をしてもしなくても、私達の主張の根拠となることにかわりはないと考えます。」

これを受けて否定側は、立論において、以下のように申し立て、資料改変問題の口火が切られた。

●否定側立論 
「最後に肯定側資料の歪曲について。肯定側立論重要性二枚目の資料では、中略部分で「行政改革をはじめとする…」という文言があります。これを意図的に飛ばすことは、著者の意図を歪曲しています。肯定側は「中略しても意味が変わらない」などと言っていますが、この中略は、行政改革なしに、あたかも立法の改革だけで、理想的な政府ができると見せかけ、否定側の反論機会を奪う、極めて悪質な歪曲であり、甲子園ルール細則C-1-6に基づき肯定側を敗戦とすべきです。 」

*****

中略の有無による意味の変動についての検討は、あとでじっくり考えるとして、ディベートの運びに関して、いくつかコメントしておきたい。少々の苦言を含むので、御容赦被下度。

○不思議なことに、この試合では、当該中略の有無による意味の変動に起因する証拠資料の当否が論点となっているにもかかわらず、否定側、肯定側とも、試合中の議論として、その中略部分を引用していない。第三者としては、否定側の問題提起によって、「中略しても意味が変わらない」かどうかを、検証したいという気になったのである。その検討素材となるデータを示してくれないのは、まったくもって解せない。

○確かに、今回のオンラインディベートは、証拠資料の出典リンクを明らかにするという約束のもとに試合が進行しているので、第三者は、いつでもアクセスして、当該資料の中略部分に何が書かれていたかを、別途確認することはできる。また、ディベート甲子園の通常の試合においても、審判は準備時間あるいは試合終了後に証拠資料を適宜請求して、自ら確認することができる。審判が勝手にチェックすればよい、との考え方は、ありうる。

○しかしながら、試合中の議論の一環として、中略部分を引用・提示したうえで、自説を展開する方がはるかに優る(文字制限がきついのは、よく理解するし、それを承知の上で申し上げている)。審判は、資料を自ら見られるのだから、どうぞ勝手にご確認くださいというのでは、それこそ審判に勝手に解釈されてしまう危険性がある。

そもそも自らの言説で、審判の認識を制御=説得してこそのディベートである。

問題となっている中略部分を試合中に提示した上で、主張を展開しないのは、悪く言えば、説明放棄に近い。

○第三者が自ら中略部分を確認しなかった場合、中略部分に関わる情報として、試合中で提示されている情報は、

(否定側立論) 中略部分で「行政改革をはじめとする・・・・」という文言があります。

(肯定側第1反駁) 中略には”行政改革をはじめとする”という言葉が入っていますが、立法過程の改革は不要だ、ということまでは述べられていません。

(否定側第2反駁) 肯定側資料の中略は、行政に関する話を隠蔽し「行政改革無しには事態が改善しない」という反論の機会を奪う意図があったと取られても仕方のない省略です。

・・・といったところしかない。いずれも中略文の一部のみが言及されているため、自己に都合の良いように、つまみぐいをしているかのような印象を禁じえない。望むらくは、肯定・否定双方とも、中略部分の全文を示した上で:

「【この文】を中略することによって、これこれこのような理由により、文意が変わったといえる⇒ゆえに歪曲である」

もしくは

「【この文】を中略しても、これこれこのような理由により、文意は変わらないといえる⇒ゆえに歪曲にはあたらない」

などと、言葉を尽くして説明して頂きたかった、と強く感じる。

***

さてさて、中略部分には、いったい何が書かれていたのか。

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