嶽南亭主人 ディベート心得帳

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DB甲子園中学論題2012:救急車利用料の還付プランに関して留意して頂きたいこと

2012-06-08 21:58:11 | ディベート
ディベート甲子園シーズンになり、今年も何がしか論じてみんとてするなり。

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中学論題で、付帯文に関連し、特定の人への「還付」が許容されるか否かが話題になったと耳にした。

実際、「世帯収入が年間235万円以下の世帯に属するものが救急車を利用した場合、当該年収を確認した後、徴収した料金X万円を返還する」といったようなプランをもって、立論を提出する肯定側がおられるのだそうだ。

かくして、主人、こう考えた。


●千代田区では、こどもの医療費が「無料」だ。

主人が居を構えるところの千代田区では、現在、15歳までのこども、及び高校生相当の年齢のこどもの医療費が「無料」という制度が実施されている(硬いコトバで申さば、「医療費助成制度」である。当該制度には、細かい規定はあるが、話の大筋には影響を与えないので、この際、その説明は省く)。

具体的には、対象となるこどもが病院に行って治療を受けた場合、15歳までのこどもの場合、区が発行する医療証を提示すれば、本人負担額分の医療費は医療機関に支払わなくても良い(区が、代わりに支払ってくれる)。

それに加えて、こどもはどこで病気やケガをするかわからんので、区外等の未契約医療機関を受診した場合のことも考えて、制度が設計されている。すなわち、領収証、口座番号等、必要な書類を区に申請する手続きをとると、「後日口座振込で【還付】致します」(千代田区HPより)。

また、高校生相当のこどもの医療費は、受診の日から3か月以内に、医療機関に支払ったお金の領収証等、必要書類を区に申請すれば、「内容等を審査のうえ、申請からおおむね2ヶ月以内に保護者の口座へ振り込みます。」(同HP)。

以上、ここでは、こども医療費助成制度および高校生等医療費助成制度において、「納付したお金を【還付】する」という制度が現に行われているということを確認して頂ければよろしい。

●さて、次が重要なところなのだが、この制度は「高校生までの子どもの医療費を【無料化】する制度」として、一般には認識されている。あるいは、実際にそのように呼称されている。

主人もそのように認識しておるし、ご近所の皆さんに聞いてみても、同様に、「千代田区は、こどもの医療費が無料だよ」と仰るであろう。ほかにも、例えば、共産党さんは、次のように自画自賛しておられる。

「千代田区は25日、現在、就学前まで対称にしている子どもの医療費無料化を、10月から中学生まで拡大する方針を明らかにしました。2007年度予算案に盛り込みました。(中略)。日本共産党千代田区議団は、06年第一回定例議会で、子どもの医療費無料化を中学3年生まで拡充する条例案を提案。また、毎議会の質問で子育て世代の切実な声を紹介し、中学3年生までの医療費無料化を求めてきました。」(2007年1月26日(金)「しんぶん赤旗」)

この制度が、共産党さんのおかげで実現したのかどうかは、全くの別問題であるので、それはさておくが、医療証の交付及び、一次的な立替払いに対する「還付」を通じて、こどもの医療サービスが「無料化」されるという言葉づかいが、実際に、かつ普通に行われているということなのだ。

よろしいか。この点、付帯文1の解釈におおきく関わってくる。

●付帯文の一つ目は、かく言う。「有料化とは一回の利用につき定額の支払いを義務づけることとする」。

ここで、追加プランによって「還付で費用がまるまる戻ってくる人」が生ずる場合、その人の救急車の利用は、果たして「有料化されたと呼んで良いのか、どうか」、と言う問題が、直ちに生ずる。

焦点は、付帯文のなかの「支払い」という語句の解釈である。

つまり、「支払い」という語句を、

A:「一方から他方への金銭の移動」として解釈できるならば、<全額>還付プランは論題内となるかもしれない(だって、還付対象者も、とりあえずお金は一時的に納付してるもんね、とか言いながら)。

それに対して、

B:「出し手に経済的負担の生ずる金銭の納付」として解釈できるならば、<全額>還付プランは論題外となるかもしれない(だって、還付で<全額>お金がもどってくるから、経済的負担は発生しない。負担のないものが「有料」のはずがない!、とか言いながら)。

●AとB、どちらの解釈が妥当か、あるいは試合において相応しい定義・解釈なのかは、基本的には当事者による試合上の議論に委ねるべきであろう。しかし、主人のデフォールトの解釈は、Bの方だ。さきに事例で述べたとおり、「有料と無料の差異は、納付者に生ずる経済的負担の有無で決まる」という理解に基づく語句の用例が、現にあるからである。

●もしBの解釈が成立した場合、試合において、特定の人向けの<全額>還付プランを出した肯定側は、ちょっと苦労することになるであろう。付帯分2「有料化の対象はすべての利用者とする」が合わせて効いてくるので、「肯定側プランは、一部の利用者が【無料】のままになるので、すべての利用者を有料化の対象とするという付帯文に抵触する」と否定側に指摘されて、良くて追加プランの効力喪失、最悪、プラン全体として論題を充当しなくなるとみなされて敗戦というリスクにさらされることになるからである。老婆心ながら、追加プランを出すならば、そのリスクマネジメントもちゃんとやっておいて欲しい

●もののついでにもう一点。低所得者層への政策的配慮は良いとして、もし現状での救急車の不適切利用が低所得者層において集中的に発生しているという分析が提出されたなら、金銭的負担が救急車利用の抑制インセンティブである以上、還付プランは、みずからのメリットの問題解決性を相当に傷つけるということを、肯定側は認識しておくべきであろう。

●最後に、これは発展的課題になるが、「定額の支払い」が意味するところは何か、あるいは妥当な解釈は何か、お考えになってみるのもよかろう。さすれば、その解釈の埒内において、論題充当性を欠くことのない追加プランが検討できるようになるであろう。

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以上、ちょっと長文になってしまって恐縮なので、以下、まとめとして。

1.論題及び付帯文において、「徴収した料金を返却する」、すなわち「還付」することが許容されるかどうかは、当事者の議論にお任せしたい。

2.しかし、還付によって、金銭負担が全く生じない救急車利用者が一人でも生ずるようなプランであるならば、付帯文2との合わせ技で、それは甚だしく論題外の疑いが濃くなる。この点、「支払い」という語句をどう解釈するかがカギになる。

3.「後に返金されることが保証されている際の一時的な使用料の納付」を「無料」と称している制度の事例が容易に見つけれるなか、肯定側として「後に返金されることが保証されている際の一時的な使用料の納付」を「有料」と呼んで良いと考えるならば、そのような根拠を用意しておくべきである。

4.より一般的に、還付プランに限らず、追加プランを検討したいのなら、論題解釈=論題充当性のチェック、および想定される否定側からのチャレンジをどのようにかわすかという検討を、あわせて行って欲しい。

5.なお、上記の議論は、政策・制度設計上の望ましさという視点からの議論ではない。消費税だって、低所得者対策として、軽減税率だの、一時金の支給だの、そういった措置を制度導入・改編時に検討するのは、あったり前の話である。これはあくまで、論題解釈上の問題として論じているのだという点、誤解なきようにお願いしたい。

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今年は、いろいろと用が立て込み、地方大会ではお目にかかれぬかもしれないが、中学生ディベーターのご健闘を祈る。

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