ラ・メール

2012年11月10日 | ショートショート



群青の空に浮かぶ雲がモコモコの羊たちの群れみたいだ。
どこで聞き覚えたんだろう?さっきから『ラ・メール』が頭の中でリフレインしている。古いレコードのチリチリ音まで。
ボクの左手には、さっき拾った白い貝がら。
そして右手は、母さんの柔らかい手に握られている。
ボクたちが帰ろうとしている堤防が、ずっと遠くに小さく見える。あそこまでずっと干潟を歩き続けるなんて!
頭上でカモメたちが騒ぎ立てる。
見上げると、ボクたちの真上に浮かんで天使みたいに輪舞していた。
白い麦わらのひさしに手をあてて見上げる母さんが逆光になって、ボクは眩しくてたまらなくなって目をシバシバさせた。
満ち潮が追いかけてきた。
母さんがボクを急きたてて岸に向かおうとしたとき。
「サンダルは?ヒマワリのサンダル、どこにやったの?」
言われて初めて裸足で歩いているのに気がついた。
砂山にトンネルを掘るのに夢中になってサンダルを脱いだことを今になって思い出した。
振り返ると、ボクたちがいた辺りはもうとっくに潮が満ちており、
サンダルどころか、誇らしいほどに大きかった砂山も、跡形もなく消えていた。
「もう!忘れっぽいんだから」
母さんが苛立たしげに手をふりほどく。
ゴメンナサイ・・・ゴメンナサイ・・・
とり返しのつかない罪悪感にギュウギュウと締めつけられる。
宝物に思えた貝殻さえ無価値なものへと色褪せていく。
涙がポロポロこぼれる。
ゴメンナサイ・・・ゴメンナサイ・・・

 

医者が困った顔でボクを見つめている。咳払いをひとつ。
「どう言ったらわかってもらえるかな。君はロボットなんだ。夢は見ない」
ボクがロボット?
「地球から遠く離れた惑星で作られた鉱山作業用のロボットなんだよ。海どころか水も空気もない惑星でね」
海が・・・ない?
「無論、君に母親などいない。気にしなくていいんだよ。そんな記憶は妄想に過ぎないのだから」
母さんがいない?そんなはずがない!
ボクの瞳に涙が溢れる。そして堰を切ったように頬を伝い落ちる。
「泣いている・・・つもりなんだね?涙など出ておらんよ。ほら、君はロボットなんだから」
どうして?
それならどうして『ラ・メール』が頭で鳴り続けるんだ?
どうして唇を濡らす涙が海の味なんだ?



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