衝撃でつんのめって、前の座席にぶつかった。
事故か?
視界全体が右に傾く。お、落ちる・・・
ボクを含め数名の乗客は本能的にバスの左へと移動した。
ギシギシ軋みながら、さらに傾ぐ。
女性客の悲鳴。
山越えの路線バス、ガードレールを突き破ったその先は崖、つまり奈落の底だ。
全員が右壁へ貼り付く。
ギシ・・・ギシ。
バスは傾いたまま静止した。一斉に安堵の吐息。
落ち着きを取り戻した乗客の視線は一斉に運転手に向かった。
事故の原因はなんだ?まさか居眠り?この状況、おまえが何とかしろ・・・
「ド、ドアを開けます」
唇を震わせた運転手は、運転席へダイブ。ドアの開閉ボタンを押した。
シュー。
乗降口が開く。
「お年寄りと、女性の方から、ゆっくり、ゆっくりと」
ひとり、またひとりと乗客が降りていく。
その間もバス全体がミシミシ嫌な音とともに震える。
いよいよボクの番だ。出口へ一歩踏み出そうとしたとき、耳の奥で声が響いた。
「お客さま、おめでとうございます。英雄として最期を遂げる絶好のチャンス到来です!」
英雄?なんのことだ?
「お忘れでしょうか?ワタクシ、昨年ご契約になった自己犠牲株式会社の者です」
自己犠牲株式会社?・・・ああ!
毎日毎日同じ繰り返しの日々にほとほと愛想の尽きたボクは、せめて死ぬときくらい華々しく散りたい、なんて思ったのだ。で、興味半分に契約してしまった。
会社は自己犠牲を強制するものではない。ただ、契約時に埋め込んだマイクロホンを通じて耳元で囁き勇気づけるだけだ。確かにこの状況で最後のひとりとして死ねばまちがいなく美談だ。
「さあ、ためらわずに。世界中があなたの勇気に涙しますよ!映画化間違いなし!さあ!」
「お客さん、急いで。あなたが最後の乗客ですよ」
運転手の声に我に返った。
「お客さま・・・その運転手・・・ややっ」
声の調子が変わった。
「まいったなあ、うちのライバル社と契約してます。お客さま、絶対に負けちゃダメです!」
ライバル社?
運転手の表情も見る見る変わっていく。ヤツもボクがライバルだと教えられたに違いない。
「運転手さん、あなたからどうぞ」
「いやいや、乗客のあなたから」
緊迫の時間が続く。車体はさらに歪み、悲鳴を上げるように軋んだ。
耳の奥から声が聞こえる。
先程と打って変わった朗らかな声だ。
「お客さま、ご安心ください。ただいま、ライバル社と協議の結果、お二人ともに英雄になっていただくってことで合意に至りました。ではお客さま、運転手さんと息を合わせて右側へジャ~ンプ。せーのぉ」
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