ショートショート『LOVE米』

2012年06月30日 | ショートショート



『米からちゃんと炊いて俺のために毎日おにぎりをにぎってくれ!!』
プロポーズの言葉はこれに決めていた。
ヒカリちゃんとはコンビニのバイトで知り合った。コンビニおにぎり数あれど、二人が好きなのは、アッツアツの炊きたて御飯を握ってすぐにホフホフ食べる、塩だけのシンプルなおにぎり。そんな話で意気投合、つきあい始めたのだから。
前の車は動く気配もなく、カーステレオの曲が終わり会話が途切れる。
今だっ。ハンドルを握りしめる。
「米・・・」
緊張のあまり、声が上擦る。
「米・・・米米CLUBっていったい何人グループだっけ?」
い、いかん。ひとしきりヒカリちゃんと米米CLUBの話。よ~し、今度こそ。
「こ、米・・・」
アアッ緊張する!
「米・・・コメッコとおにぎりせんべい、どっちが好き?」
いかん、いかん。またどうでもいい質問を。今度こそ!今度こそキメる。
「こここ、米・・・」
言え!言うのだ!
「・・・米騒動ってどうして起きたか、知ってる?」
アア・・・ダメじゃん。
「1918年、シベリア出兵を契機に米が高騰、全国で米問屋が襲撃するなどの暴動が起きたんだ。しかし実体は、近代化する国内で都市部の工場労働者が膨れ上がり、農村部の若者が農業を捨てて働きに出るという社会構造の急激な変化によるものだ。第一次世界大戦やシベリア出兵は引き金に過ぎない」
「へえ、そうなんだ」
「米の価格が半年で二倍にも値上がりした。となると、地主や商人はより儲けるために売り惜しみや買い占めをおこなう。米の流通量が一気に減少し、不安に駆られた民衆が全国各地で暴動を起こしたわけだ。夏の高校野球が中止され、時の内閣が退陣させられる一大事となったんだ」
ク~・・・なに蘊蓄タレてんだ、ボクは(泣)。
「今でも起きるのかしら。米騒動」
「それはないだろうな。時の政府は、報道が暴動を煽っているとして報道を禁止したんだ。それが余計に群衆の不安を増幅してしまった。今じゃテレビやネットがあるからありえないよ」
「そうかしら・・・」
助手席のカオリちゃんが前方を指さす。やっと前の車が一台だけ動いた。
ガソリンスタンドめざしてギッチリ渋滞しているが、本当に明日から値上げされるんだろうか?
産油国の政情不安やらで値上げの噂が広がり、こうしてスタンドめざして行列している。
根本的になにも変わってないかもなぁ。
・・・アレ?
で、なんの話だっけ?


  
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ショートショート『怪談、下駄の音』

2012年06月29日 | ショートショート



「カランコロンなんて軽やかな音なんかじゃありませんよ、まったく。
セメントの上を引きずるような、頭蓋に響くイヤな音。
いつなんどきも歩けば必ず聞こえてくるんです。背後に寄り添うようにして。
床についても、近くを歩き回る下駄の音が耳について眠れないし。
先生、ボク、ノイローゼなんでしょうか?」
「ホホウ、下駄の音とな。こちらにお座りくだされ。ではまいりますぞ。
オン キリキヤラ ハラハラ フタラン バッソ ソワカ
オン キリキヤラ ハラハラ フタラン バッソ ソワカ
エイッ、エイッ、エ~イッ」
「・・・先生、それで?・・・」
「フム、其方の前世は其方に似ず好男子、たいへんな女泣かせであったらしいぞよ。前世にいいように扱われ井戸に身を投げた女人の霊が其方に憑いておるぞよ」
「エ~!ボクがモテモテなわけでもないのに理不尽すぎる~!先生、なんとかしてください」
「ウム、なんとかやってみよう。
オン キリキヤラ ハラハラ フタラン バッソ ソワカ
オン キリキヤラ ハラハラ フタラン バッソ ソワカ
エイッ、エイッ、エ~イッ」

一週間後。
「いかがじゃな?その後」
「それがあれ以来下駄の音がピタリとやみました。朝までぐっすり熟睡、いや~すっきりさわやか。こんなことならもっと早く先生に相談すりゃよかったなぁ」
「一件落着ですな。ハッハッハッハッ」
「先生、それで女人の霊をどうやって成仏させたんですか?」
「いやなに、成仏はしとらん。下駄を脱ぐように頼んだまでじゃ」
ズッテ~ン!

ここで一句、
『身を投下駄 逃下駄か脱下駄か ずっこ下駄』
お粗末!


 
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ショートショート『集合写真』

2012年06月28日 | ショートショート



「ね、父さんたち旅行でもしてきたら?」
定年以来ゴロゴロしている私を見るに見かねて娘が言った。
その娘がバスや宿泊先の手配までしてくれたのでやっと重い腰をあげた。
行き先は、かねてより妻が行きたがっていた自然公園。
宿泊先も、そこからほど近い温泉郷の老舗の宿である。
行くからには、それなりの準備をせねばならない。
デジカメやらプリンタやらが現役復帰。
散策コースもあるとかでシューズを新調し、履き慣らすためにウォーキングを始めた。
妻も、出掛ける何日も前から持っていくものを鞄に詰めては取り出しを繰り返している。
「二人ともイキイキしてるじゃん」

孝行娘のおかげで夫婦水入らずの旅行を堪能した。

旅行から戻った翌日、早速写真を印刷した。それにしてもたくさん撮ってしまったものだ。
「きれいに撮れてるじゃない」
写真を繰る娘に、夫婦で説明を加える団欒の時間。
「何これ?だれと一緒に撮った写真?」
見ると、湖のほとりで写った集合写真だ。
私たちを含め、三十人ばかりの観光客が満面の笑みで並んでいる。
「そういえば確か湖畔の撮影スポットで団体客と一緒になったなあ」
「そうそう。でも一緒に写ったかしらねえ」
「もう!父さんも母さんもしっかりしてよ。実際こうやって写ってんでしょ」
娘の言うとおりだ。確かにこうやって写ってる・・・
そのとき記憶がよみがえった。
三脚を立てセルフタイマーを使い、背景の湖を入れるために引き気味で。二人でベンチに腰掛けて。
ベンチの後ろはすぐに柵、人が並べるスペースなんてなかった。
撮影後三脚をたたんでいると、団体客を乗せたバスが到着したっけ。
眼鏡を額にずらし、裸眼で確認する。
私たち二人以外の笑顔の面々は、全員微かに透けて背景の湖と稜線が見えていた。


  
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ショートショート『自己説明型Tシャツ』

2012年06月27日 | ショートショート



お気に入りのバンドのライブに行った。
グッズ売り場も大賑わい。熱気と大歓声の中、メンバーがステージに登場した。
メンバー全員、Tシャツ姿。
胸にはデカデカとバンドのロゴ。
ゼットンが「ゼット~ン」と言ったり、ダダが「ダッダ~」と言ったりしてるみたいな。
自己説明型Tシャツ。



「なんだかわかる気がするわ、自己説明型Tシャツ」と、彼女。
「だってTシャツの色柄、デザインや着こなしで、どんな人かおおよそわかるもの」
「まさかぁ!じゃ、ボクは?」
「う~ん、ゴメン。なんだか人でも殺してそうな・・・」
(どうしてそれを?この女、生かしておけない・・・)



試写の途中、映画会社重役が渋い顔でフィルムを止めた。
「監督、この映画は本格推理ものだよな?」
「ええ。全員に自己説明型Tシャツを着せて撮影しました。『容疑者』『刑事』『探偵』、みんな胸に書いてあるのでたくさんの登場人物も一目瞭然!」
「なるほど。で、『実は真犯人』もいるわけね」



『会社愛』『一心不乱』『チームワーク』『忍耐』
今日も一日、いろんなTシャツを着て仕事に精を出した。
夜遅く電車に揺られ、『父親』に着替えてマイホームへ。
ぐっすり眠っている愛娘の頬にキス。
「わたしたちもおやすみしましょ」
ふりかえると、妻が『貞淑』を脱ぎ捨てるところだった。



オヤ?どうやらボク、地獄に堕ちたみたいです。
ここも自己説明型Tシャツ?
鬼たちみんな『鬼』なんてロゴのTシャツ着ていて失笑です。
奴ら、舌を抜く準備始めています。
「嘘なんかついてませんって。勘弁してくださいよ!」
『閻魔大王』が黙ってボクの胸を指さします。
エー!ボクって『二枚舌』!


 
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ショートショート『マッターホルン』

2012年06月26日 | ショートショート



機会あって、昨年の暮れ、評判の割烹料理屋で会食した。
店長は某テレビ局で料理コーナーを担当するほどの有名な料理人で、朴訥な人柄でファンも多かった。
旬の食材を使って手間隙惜しまず仕込んだ料理の数々は、なるほど評判だけのことはある。
十二分に堪能し店を出るとき店長と奥さん自ら見送りに出て、ボクたち一人ひとりにカレンダーを配った。
テレビで見かけたとおりの腰の低い夫婦だった。
一同、手渡されたカレンダーの豪華さに驚いた。
キャンバスでも収めてそうな差込箱、それも畳のように大きく、タクシーに乗るときにつっかえたほど。
自宅に戻って箱から出すと、著名なカメラマン撮影による『世界の絶景カレンダー』だった。
マッターホルンやらエアーズロックやら。
近景から遠景まで全面に焦点が合成された、高解像度のパノラマ写真の壮大さに息をのんだ。
ただ、日付は写真下に一列に並んでいるだけで、カレンダー本来の機能は期待できない代物ではあったが。
高級な店でお値段はそれなりだったが、料理とカレンダーで十分元は取った気がした。
以来、わが家のリビングの壁に、絶景を見渡せる窓ができた。

七月のある日。
夕食後のひととき、コーヒーを片手にカレンダーの前に立った。
子どもの頃から憧れた、マッターホルン北壁の勇姿をしげしげ見つめていた。
え?
思わず声をあげて、写真に目を近づける。
マッターホルンを背景に、蟻のように小さく見える観光客の一群がバルコニーに集っている。
その客の中に、店長夫婦が寄り添って「はい、チーズ」。旅先の記念写真そのままのカメラ目線だ。
カレンダーをバサリバサリめくる。『ウォーリーをさがせ!』でもやってる気分になった。
はたして、毎月全部の写真に料理長夫婦の芥子粒大のツーショットを見つけた。
グランドキャニオンのスカイウォークにも、ナイアガラ瀑布のテーブルロックにも。
個人的な記念写真を著名な写真家に撮らせ、大判カレンダーに仕立てあげるセンスって?
それを何食わぬ顔で客に配る神経って?
「ずいぶん気に入ってるのね、そのカレンダー」
妻が声をかけた。
「美味しかったんでしょ。今度、連れてって」
「そうでもないよ」
半年間鎮座していたカレンダーを壁から無造作にひっぺがした。


 
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ショートショート『ジムノペディ』

2012年06月25日 | ショートショート



錆び朽ちたフェンスにもたれて待っていた。
ジェット機が西へ翔けていく。工場のサイレンと爆音が混じり合い夕暮れ空に轟く。
栄養ドリンクを注いだコップ越しみたいな、おぞましい空の色。
遠く鉄塔から風が吹いてきて、草原を波立たせてわたしに迫り、そしてわたしを越えて行った。さらに日が翳って、さらに空気を陰鬱にしていく。
わたしは目を閉じてジムノペディをハミングした。マスクの中で歌声がくぐもった。
すぐ傍で金網が鳴った。目を開かなくても、彼が来たのがわかった。
「明日は休校だってさ。レベル6なんだと」
「今月になって、何回めだっけ?増えたよね、最近」
確かに増えている。警報レベルの日が年々増えて、外出できなくなっている。今年になってさらにひどい。
ホントに隣の国から汚染された空気が流れ込んできているのが原因なんだろうか?
原因が特定できないまま、対策が行き詰まったまま、じわじわと状況は悪化している。
わたしが小さかった頃は、風がない、陽射しの強い日に限られていた。それが今や常に注意報レベルに達している。
うつむくわたしの手に彼の手が触れる。そして手を握りあう。もちろん手袋越しだが。
わたしは彼の目をのぞきこむ。そして見つめあう。もちろん防護マスクのシールド越しだが。
口元のキャニスターがぶつかってカチャカチャ音を立てた。
マスクを外して、頬を寄せ合うことも唇を重ねることもできない。
そういう行為は大人にしか許されない。
自宅に清浄な空気テントを備えることができた大人たちだけに与えられた特権なのだ。
それさえあれば子孫が残せるというわけでもない。
最近、妊娠する女性が激減している。病気に因るものか汚染に因るものか、専門家も原因を特定できないままだ。
日没の空に黒雲が幾重にも蠢き、とぐろを巻くドラゴンに見えて身震いした。
「わたしたちに未来ってあるのかしら?」
「愛しあって結婚して子どもが生まれて、子どもが成長してまた愛しあって。その繰り返しさ」
彼が後ろから抱きしめてくれた。
悩んでも悩まなくても、なるようにしかならない。・・・でも。
父さんや母さんの時代には、光化学スモッグ警報が出ただけでニュースになったという。
わたしたちの子どもたちは、いったいどんな空気の中で生きることになるのだろう。


 
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ショートショート『東京みやげ』

2012年06月24日 | ショートショート



お父ちゃんが単身赴任から帰ってきた。
長いこと東京で仕事をしてはったんや。お疲れさま、お父ちゃん。
「え?何これ。東京みやげ?
ボクに?
わあ、うれしいなぁ。なんやろうなぁ。
それにしても長細い箱やなぁ。振ってみてもええ?なんやゴトゴトゆうとるで。
プラモデルかいなぁ。フィギュアかいなぁ。
開けてみてもええのん?ほな、開けるで。
・・・ア!
これってもしかして『東京スカイツリー』やないの?
かっこええなぁ!
ようできとるなぁ、コレ。ほんまもんそっくりや。
お父ちゃん、おおきにな。大切にするさかいな。ほんま、おおきに。
なぁお父ちゃん、いつまで家おれんの?
またお仕事で遠くに行かへんとならんの?
大変やなぁ。警察のお仕事って。
囚人の護送って、怖ないのん?
かっこええなぁ。お父ちゃんって正義の味方やな。
ボクもおとなになったらお父ちゃんみたいになりたいなぁ。
アレ?
なんやテレビで臨時ニュース流してるで。なんや大騒ぎやな。なになに。
・・・建設されて間のない新しい観光名所、あの東京スカイツリーが根こそぎ消えた?
お父ちゃん、まさかコレ・・・
コレって、ほんまもんやないか!
ほんまもんのスカイツリー、おみやげにしてどないすんの!もぉ、なにしとんのや。
囚人に逃げられたり、そいつ殺してそのまんまそこ住んだり、ほんまそそっかしいなぁ。
お父ちゃん、はよ返してきて!」
ジョワッ


  
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映画『月光ノ仮面』

2012年06月23日 | 映画の感想


監督・脚本・出演 板尾創路
浅野忠信 (岡本太郎)
石原さとみ (弥生)
前田吟 (森乃家天楽)
國村隼 (席亭)
六角精児 (森乃家金太)
津田寛治 (熊倉隊員)
根岸李衣 (岡本孝子)
平田満 (達造)
木村祐一 (平尾小隊長)
宮迫博之 (神楽文鳥)
矢部太郎 (森乃家福次郎)
木下ほうか (椿家詩丸)
柄本佑 (森乃家笑太朗)
千代将太 (森乃家天助)
佐野泰臣 (森乃家小天)

敗戦の痛手から日本が立ち直り始めた昭和22年の満月の夜。とある活気ある町並みに、ボロボロの軍服に身を包み、顔中に包帯を巻いた男(板尾創路)がやって来る。男は客の笑い声に導かれるように寄席小屋へと足を踏み入れ、何とそのまま高座に上がってしまう。どうやら男の正体は、落語家・森乃家うさぎらしい。真打ち目前まで行き、将来を嘱望された人気若手落語家だったが、戦争に召集され戦死したと思われていた。彼の突然の帰還を歓喜して受け入れる森乃家一門・天楽師匠(前田吟)の娘、弥生(石原さとみ)。将来有望なうさぎと結婚の契りを交わしたかつての恋人である。ところが男はすべての記憶を失くしていた。かつてうさぎが使っていた部屋に住み森乃家一門としての生活を始めたものの、男の口からは何も語られない。だが、自分が書き残したという帳面を受け取った時、不意に十八番だった古典落語“粗忽長屋”を呪文のようにつぶやき始める。まもなく、男は森乃家小鮭という新たな芸名で高座に復帰。客も拍手もまばらだったが、やがてその個性的な芸風が人気を集めていった。そんな折、もう一人の男・岡本太郎(浅野忠信)が戦場から帰ってくる。その姿を見て、激しく動揺する弥生。戦地から舞い戻ったふたりの男。ひとりの女。闇夜に輝く月。彼らの数奇な運命のゆくえはいかに……。

★★★★★
変な映画。でも後を引く映画。
ボクはこの映画を『電人ザボーガー』に続けてみた。ザボーガー同様の月光仮面のレトロなパロディ映画だと信じて。映画が始まって中盤まで、「おや?これって『月光仮面ビギンズ』みたいなダークな映画なのか?」なんて思っていた。そして見終わって、月光仮面じゃないので正直拍子抜けしてしまった。
だが見終わってから抜け出せなくなってしまった。あれから三回、繰り返して観てしまっている。同じ映画を二度観たこと自体、ここ半年なかったのに。あんまり引っ掛かるので、きちんと書き残したくなって、いつもより長文を書いてしまった。実に変な映画だ。気軽に観飛ばして終われるお笑い映画じゃない。けちょんけちょんに腐す人がいても不思議ではない。でも、引っ掛かるのだ。もしかしたらとんでもない傑作カルト映画として、後々評価が高まっていく映画なんじゃないだろうか?

これぞカルト映画!
お笑い芸人板尾創路が監督した二作目。一作目の『脱獄王』も観ているが、こっちのボクの評価はよくない。脱獄を執拗に繰り返す囚人の秘密が次第次第に明かされていくストーリーは、その手口も演技もスリリングで面白い。しかし、クライマックスのファンタジー&大どんでん返しは、確かにカタルシスはあってもそれまで積み上げてきたものを卓袱台返ししちゃう展開で、そりゃないだろうという感想をもった。あまりにも唐突で、面白い以前に呆れかえってしまったのだ。本人はともかく、ラストを知らずに本気に演技した役者さんがいたら、ズッコケちゃうんじゃないの?みたいな。大真面目に積み上げ積み上げしてきた本気の姿勢や迫真の演技を全部チャラにしてしまうって展開は、どうやら板尾創路自身が『努力の積み重ねがイコール成功をもたらすなんて気色悪い』感性の持ち主だからだろう。そんなわけで今回の『月光ノ仮面』もまたある意味卓袱台返しだし、ラストの寄席場面の描写は衝撃的かつシュールですらある。でも一作目との違いは、ラストへと向かう伏線がたくさん描かれてある点。例えば、地下に掘ったトンネルの意味は?とか、平田満の車夫はいったいなんだ?なんていう、違和感を積み重ねていくと、ラストの意味が見えてくる仕組みになっている。
この映画について、こんなふうに自分なりに考えたアレコレを整理しておきたい。・・・そんな気にさせてしまう映画って、やっぱりカルトなんじゃないだろうか。

粗忽ワールドへようこそ!
まず、大前提としてこの映画の舞台は、終戦二年後の東京神田界隈らしいけれど、本当は月の光の魔力に支配されたダークワールドである。現実の世界なのか、別世界なのか、登場人物が理解していないからマジで生活しているけれど、どこかズレた世界なのだ。つまり『粗忽長屋』が拡大した、粗忽者たちによる粗忽ワールドなのだ。
でなければ、毎晩毎晩満月なんて続くはずがない。師匠の天楽(前田吟)が、寄席の日にちを間違えたり他人の風呂敷を持って帰ろうとしたりと粗忽を繰り返し、その娘で森乃家うさぎの許嫁弥生(石原さとみ)が、食事の数を間違えるなど粗忽を繰り返すのも、ここが異世界であることを示唆している。だからこそ弥生は、許嫁の太郎=うさぎを間違えてしまう。
顔に包帯を部分的に巻いていたとしても、板尾創路と浅野忠信を間違うなんて!戦争にとられた愛する人が帰還することを願う一念と解釈することも可能だが、ここは粗忽ワールドなのだ。『粗忽長屋』で行き倒れの死体が熊さんに似ていないのは、死体だから顔が汚くなっちまったとか、夜露にあたって寸が伸びちまったとか理由づけしてしまうような粗忽ワールドだからこそ、師匠の天楽も弟子たちも弥生ですら、板尾と浅野を平気で取り違えるのだ。
満月の怪しい魔力に支配された世界に対して、魔力に支配されない世界もまた描かれている。戦争の回想シーンはすべて洞窟の中、つまり月の光の届かない世界である。そして花街の肥満女と掘り続けるトンネルもまた月光が届かない。そして月の光に支配されずに済んでいる唯一の人物がいる。ほとんどセリフもないけれど、天楽や弥生たちを運ぶ車夫(前田吟)である。彼は、常に笠を被っているので月の魔力の支配を受けず、逆に月の世界から弥生たちを救済する力をもつ唯一の登場人物である。

誰が生きているのか?誰が生きていないのか?
森乃家の紋、扇子に描かれた太陽と満月に象徴されているように、陰と陽、生と死は表裏一体で存在する。冒頭シーン、富士山を背景とした、恐れ山やら賽の河原を連想させる荒れ地から湧き出すように現れる復員兵の板尾。まったく同様のシーンで中盤から登場する浅野。遠い戦地で致命的な重傷を負って帰還できるなんて奇跡的?いや、彼らはもしかして生きていないのでは?粗忽者が生きていると信じて、戻ってきたと信じているだけの妄想世界、粗忽ワールドなんじゃないか。

なぜ板尾は喋らないのか?なぜ寄席で無言なのか?
喋らずに演技すること。これは『脱獄王』にも共通している。言葉はあまりにも無防備である。音程や抑揚で感情を露出してしまう。それで話している人物の気持ちの端々までわかったつもりにしてしまう。板尾はきっとそういうのがイヤで、言葉がなくても伝わる部分で感じてほしいのだと思う。
だが、落語でも喋らないのはなぜか?この部分、設定としては実は喋っていると解釈したい。これは、極端なデフォルメなのだ。本当は落語をやっているのだけれど、そこから抽出された部分をデフォルメした映像で語っているのだ。そう考えると、クライマックスで観客を『笑い殺し』にしてしまうのも、観客が『笑い死に』してしまうデフォルメの意味も見えてくる。
ボクはこの映画を見て、板尾という人はこんなに自分をさらけ出して大丈夫だろうか?と思った。あまりにも作家性が強すぎて、自分の笑いへのスタンスや生き方をさらけ出しすぎていて、こんなふうに作品づくりをしていたらきっと疲弊してしまうんじゃないかと心配になったのだ。それぐらい、ラストの笑撃シーンは彼の本能的欲求に根ざしたもののように感じた。

ドクター中松とトンネルの意味
この映画を観て腹を立てる人は、まず板尾と浅野を間違う粗忽の意味がわからないからだろう。そして次にドクター中松の唐突な登場の意味である。簡単に言えば、板尾はドクター中松が好きなのだ。世界的な発明家であり研究家でありと主張しつつ、素の行動自体がワクワクさせてくれるドクター中松の生きざまは、板尾の芸に通ずる部分があると思う。板尾もまた、真面目な顔で演技したり歌ったりしているけれどどこかズレている、そんなスカシ芸だ。これが一旦ハマると無性に可笑しい。存在それ自体が楽しいドクター中松は板尾にとっての笑いの神様みたいなものだ。だからこそ映画の中で、ドクター中松が出現した翌日から板尾は寄席で刀を振り回したりツルハシで掘りはじめたりと素でトボける芸を始めことになる。
ちなみに、森乃家うさぎの本名は岡本太郎という名前という設定。ありふれた日本人の姓名であると同時に、もちろんあの「芸術は爆発だ!」の天才美術家と同名である。ドクター中松同様、生き方そのものが笑える天然の人だった。
次に、トンネルの意味。板尾は花街というか女郎屋というか、そこで肥満女とともにトンネルを掘り進める。トンネルの先に何があるのか?板尾が浅野になりすました意図は?まさか銀行強盗か財宝探しなんてこと?映画の前半は、板尾は本物の森乃家うさぎなのかどうかという疑問が観客を牽引する。そして映画の後半は、弥生の心の揺らぎとともにトンネルを掘る目的は何かという疑問が映画を牽引する。その先にこそ、動機が隠されていると期待させる。・・・そしてスカシ芸にドッカ~ン!唖然とさせられる。そもそも、トンネルを掘る協力者が、弥生の清楚さの対極にあるような、乳房をさらけだした肥満した女郎。古代のヴィーナス像にも似ている。トンネルの世界は、月光の届かぬ本音や本能により近い世界であり、その世界で求めた究極の理想像が光に包まれて現れるわけである。

板尾と浅野の約束
苦悶する瀕死の戦友を撃った板尾に、浅野が約束をもちかけるシーンがある。「どちらかがこうなった時には、お互いに・・・」そこで、退却命令の声によって途切れてしまう。浅野が腕のまったく同じ位置に痣があるのを発見して、兄弟として親しんだ相手との約束である。互いに瀕死の相手を撃って楽にしようという約束ととれるが、互いのぶんまで生きようという約束ともとれるようにした演出である。そして実際、喉に致命傷を負った浅野からお守りと拳銃を託されたのである。このとき板尾本人も爆撃の際に頭部を怪我して記憶を失っている。託されたままに約束を果たして、彼は森乃家うさぎとして生きることになる。当の板尾本人がいったい誰なのか、さっぱりわからないまま。
展開からして浅野が生還できた可能性は考えにくい。なのに戻ってくるところがミソだ。満月のもと、生と死の境は限りなく曖昧だ。二人の無言の再会の場面。互いの晴れやかな笑顔が印象深い。

弥生の揺らぎ
ザワザワ騒ぐ竹林の中で弥生は、板尾に抱かれる。太郎が帰ってくれることを思い焦がれすぎて見誤ったのか、見誤ったふりをしているのか、単なる粗忽なのか。そして本物の太郎である浅野が戻ってきたとき心揺れる。
浅野は天楽に、手紙で弥生との結婚を願い出る。それを聞いた弥生の頬に涙がつたう。単に、板尾に身体を許してしまったからなのか、板尾の子供を宿しているからか。さらに逢瀬を重ねた思い出の湖の桟橋で、弥生を助けようとして溺れる浅野を前に、ロープをほどく手を止めてしまう場面は感慨深い。存在するのがどちらかひとりであったくれたら・・・そんな弥生の揺らぎが心に痛い。

粗忽ワールドの崩壊
弥生が選んだのは二人のどちらかではなく、この粗忽ワールド自体を崩壊させるという選択である。虚ろに歩く弥生の前に車夫が現れ、場末の歓楽街へ連れて行く。板尾が女郎屋通いをしていた街である。「あっしにできることがあったら何でも手伝うよ」という車夫の言葉。板尾を寄席へと送り出すときの覚悟を決めた眼差し。神社で祈る姿は、寄席の成功を祈っているともすべてを解決するカタストロフィを願っているともとれる。
一方、寄席の前日枕を並べている浅野がゆっくり目を閉じた後で、隣で寝ていた板尾がゆっくり目を開ける。森乃家うさぎが浅野から板尾へとのりうつっているともとれる描写だ。と同時に、映画のラストシーンを暗示している。
かくして、クライマックスの寄席で森乃家うさぎは、究極の素の芸を演じることになる。客をつかんだと思えば責めて責めて笑い死にするほどに責めていく芸人の快感や、笑いを支配される観客が腹が痛くなるほど笑い狂ってノックダウンしてしまう陶酔感の、究極のデフォルメである。
ラストで、弥生の願いを果たして、月明かりのもとで繰り広げられた悲劇に幕を引いた車夫の顔に笑みが浮かぶ。人力車に腰掛けた森乃家うさぎは傷痕すらない。自分がいったい誰なのかわからない、落語のサゲで映画は終わる。粗忽者たちの粗忽なるがゆえの悲劇は終わるけれど、満月の圧倒的な魔力は降りそそぎ続ける。

なんで『キイハンター』?
『脱獄王』の『ふれあい』やらエンディングソングも違和感があったが、終戦後間もない時代を舞台にした映画のラストにキイハンターってセンスがまたなんとも変!こういうスカした選曲が、板尾創路の世界だ。ドクター中松の発明したタイムスリップ装置を使えば、時空を自由自在に移動できるのだ。でも、出口が『キイハンター』って!(笑)互いが素性を隠し、昨日の恋人は今日の敵みたいなスパイドラマの世界観はどことなく、この映画の虚実表裏一体の世界観と共通している部分もありそうでもあって、楽しい。
それにしても、この映画は作家性が強い映画だと思う。日本全体が震災に打ちひしがれようと身内に何があろうと、舞台に立ち続けなくちゃならない芸人の内面が反映された映画だと思う。ひたすらトンネルを掘り進める求道者みたいな姿は、水鳥の水面下の水掻きと同様に見て見ないフリをしないといけないんだろう。でも、やっぱり思ってしまう。こんなに作家性の強い芸術を作り続けたりなんかすると、黒澤明の晩年みたいに大変なんじゃないか、そんなことを思ったりしてしまった。

おわりに
たくさん書いてしまった。ここまで読んでくれた人がいたら、本当にありがとうございます。でもこれはあくまでボクが映画を見終わって、誰かに話したい衝動をそのまんま文章化しただけの、自分のための記録。私見に過ぎないので、本当にすごい映画かどうか、ぜひご覧になって判断してください。何だこりゃ?と思うか、スゲー!と思うか、すっごく意見の分かれる、カルトなのだけは確かなような。この映画を観て、この文章を読んで、この映画の面白さのヒントになった!なんて人がひとりでもいたら嬉しいなぁ。


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ショートショート『ファミ婚』

2012年06月22日 | ショートショート



アキラ君ちに遊びに行って、借りていたファミコンのカセットを返した。
「あれ?ロックマンは?」
しまった。ロックマン、差しっぱなしにしてた。
「いいよ今度で。そのかわり、桃鉄貸しといて」
アキラ君はやさしい。アキラ君は五つ年上で中学生で、その頃のボクにはオトナっぽく見えたしオトナだと思ってた。
アキラ君の本棚には女の子がちょっとエッチなコミックがあって、アキラ君がいない時に盗み見したっけ。
あの時の心臓のバクバク!息がつまってしまいそうな興奮!
桜が満開の頃だった。母さんに連れられて初めてアキラ君ちに来たのは。
人見知りで目を伏せたままのボクに、アキラ君は黙ってコントローラーを渡した。
そうしてボクたちは一言も話さないまま友だちになった。
以来、毎週末のようにアキラ君ちに遊びに来てゲームしたり漫画読んだり。
アキラ君の部屋に寝そべってジャンプを読ませてもらっていると、隣でマガジンを読んでたアキラ君がボソッと言った。
「父さんとヒロ君の母さん、結婚するのかなぁ」
ボクはジャンプを投げ出して身体を起こした。結婚?母さんとアキラ君のお父さんが?
ボクのあまりの驚きようにアキラ君が慌てた。
「イヤごめん。なんとなくそう思っただけだから」
結婚・・・そうなんだ。そういうことだったんだ。
ボクの父さんはボクが小さい頃に病気で死んでしまったし、アキラ君の母さんはずいぶん昔に出てってしまったとか。
母さんとアキラ君の父さんならお似合いだし、そういえば母さん、悲しい顔でいることが少なくなったし、キレイになった。
そうか。そういうことだったんだ。でもそれならそうと、ちゃんと相談してくれたらいいのに。
「ヒロ君、ホントごめん。忘れて」
アキラ君が気まずそうにボクの顔色をうかがった。
その様子があまりにもオトナが困ってるときみたいで、むしょうに可笑しくなってボクは笑った。
アキラ君のお父さんがお父さんで、アキラ君がお兄さん?いきなり家族?そんなのぜんぜん実感がわかない。
アキラ君の持っているファミコン全部、いつでもできるようになる・・・
エッチなコミックをいつでもこっそり見ることができる・・・
そう思うとなんだかワクワクした。
そのとき以来、ボクの中で心の準備はできていた。


   
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ショートショート『襖の向こう』

2012年06月21日 | ショートショート



船着の町で宿に入ったときにはもうとっぷりと日が暮れていた。
継ぎ足し継ぎ足しで建て継がれた古宿の廊下は、歩くたびにミシミシ鳴った。
案内された部屋は廊下同様、白熱灯の届かぬ隅が薄暗く私を不安にさせた。
「襖向こうはお隣になりますんで」
茶を煎れながら女が言う。
見れば部屋の一面が数枚の襖で仕切られている。襖を取り払えば大部屋になる仕組みらしい。
女が退けた後で襖を開くと、暗い空き部屋だった。ここと変わらぬその部屋の向こうにも襖が続いていた。
風呂から戻ると床が敷かれてあり、隣からは人の気配がした。遅くに客が入ったらしい。
何やら囁き合っている様子から夫婦ものと知れた。
襖一枚を隔てて聞き耳を立てていると思われるのが気恥ずかしく、わざと咳払いをしたり硝子窓を開けて煙草を呑んだりした。
窓からは、陰気な瓦屋根と町を覆う黒々とした山しか見えず淋しかった。
早めの床に就いたが、なかなかに寝つけない。耳ばかりが冴えて下駄の音やら犬の鳴き声まで鋭利に響いた。
そのうちに隣室より息を弾ませた呼吸音が聞こえ始めた。
男女の客とはいえ、このような作りの宿でそれはないだろうと嘆息していると、ごとりと音がして息をのんだ。
それなりの重さの物を畳の上に投げ置いたような鈍い音だった。
そしてまたひとしきり息を弾ませ、そしてごとり。
何の音だろう。人の身体の一部を切り刻んで投げ出したような、この音は。
襖の向こうは、睦みごとなのか、それともおぞましい地獄絵図なのか。
私は息を殺し、衣擦れの僅かな音に気を配りつつ畳をじわりじわりと這い進み襖に向かった。
襖の僅かな隙間からひと目だけ。襖の丸い引き手に手をかける。
引き手に全身の力を込めた瞬間、襖向こうから声がした。
「開けたらおしまいだよ」
冷徹な声音にも驚いたが、何より襖一枚隔てた真近から聞こえたことに肝を冷やした。
敢えて襖を開ける勇気などなかった。相手に気取られているのは承知の上で、それでもそろそろ床に戻り、頭から蒲団を被った。
いつまで震え耐え続けただろう。結局そのまま寝入ってしまったらしい。
翌朝、起きた時にはすでに隣は宿を発っていた。
支払いを済ませるときに、
「隣の客は、出かけるときにおふたりでしたか?」
と尋ねたかったが、結局それすらできなかった。


  
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ショートショート『ナンパ野郎!』

2012年06月20日 | ショートショート



「ねぇねぇ彼女ぉ~お茶しな~い?」
ゲッ・・・チャラい。しかも思いっきり見覚えが。
「アンタ、あたしが整形する前にも声かけたよね」
「ワォ!くりびつ~」
「さらに整形前時点ですでに間違ってるよね?」
「すでに?」
「忘れたのかい、オマエ」
「ゲッ・・・母さん」

 

「ネェネェ、先週末の夜、どこ消えちゃったの~」
「あ、ゴメンゴメン。男に声かけられちゃってさ~」
「それってナンパじゃ~ん」
「連れてかれて裸にされて全身くまなく見られて」
「エロ~い!で、いい男?」
「全身銀色で三頭身で・・・」
「それナンパじゃなくてアブダクションって言うのよ~」

 

「ど~もでぇ~す!キミちょ~かわうぃ~ね」
「それってもしかしてナンパしてんの?」
「正解どぅえっす」
「なんか困ってんじゃないの?」
「当たりどぅえっす」
「水とか食料とか」
「ソレ、嬉すぃ~ね」
「そんな喋りしかできないなら救助しないよ」
「助けてほすぃ~ね」
「沈んじゃいなさい」


 
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ショートショート『サラダ記念日』

2012年06月16日 | ショートショート



「この味がいいね」と君が言ったから7月6日はサラダ記念日

食卓には山盛りの野菜サラダ。そして市販のドレッシングの瓶。
ドレッシングの名前は、思いっきり『サラダ記念日』。
「おい、それで今日は野菜サラダをこんなに食わせる気か?」
「7月6日はサラダ記念日なんだもの。たっぷりサラダをふたりで食べましょ」
「業者の売り口上に乗せられてこんなドレッシングで野菜を山のように食えと?」
「なにあなた、デリカシーのない人ね。イライラするのは野菜不足よ」
むっ。頭にきた。
「そんなふうに言うなら言わせてもらおう。ドレッシングに『サラダ記念日』なんてネーミングは笑止千万。第一、市販のドレッシングを使った時点で、私の味を君がほめてくれたという喜びとは別物になっておる。ドレッシング業者にまんまと騙されおって。
君はこの歌の意味合いをちゃんと理解しとるかね?
肉じゃがでも味噌汁でもローストビーフでもなく、サラダなのはなぜか?
つきあいはじめて日の浅い、初々しいカップルだからこその新鮮サラダ選択なわけだ。料理に慣れない彼女が彼のために作ったことに意味があるわけだ。彼のほうも自分のために料理してくれた喜びを『この味がいいね』と表現しておる。凝った料理じゃこの味は出せないだろ?
ではなぜ7月6日なのか?7月7日といえば七夕。年に一度の逢瀬の夜を目前としているところが今のふたりの関係をさりげなく示唆しておる。それでいて七夕に近いがゆえになんでもない日という感じがより強まるのだよ。
そして『サラダ記念日』。彼との幸せな日々をさまざまな記念日として記憶したいっていう乙女心そのものじゃないかね。サラダさえ、あなたがほめてくれたから記念日にしちゃいたいなんて、実にキュート。
そんな等身大の女の子の気持ちをストレートに詠んだところが斬新だったのだよ。格調高い文芸として敷居の高かった短歌のイメージを払拭し、市井のものとした功績は大きい。
それを本物の記念日にしたりだの、商標名に使ったりだの、逆に形骸化させとる。愚の骨頂!そこらへんがわからんようじゃダメだな」
妻が、エプロンをきっちりたたみテーブルの隅に置いて立ちあがった。
「お、おい。オレはただ、『サラダ記念日』の意味をきちんとわかってもらおうと・・・」

「そんなんじゃダメだ」と君が言ったから7月6日はさらば記念日

「うへ~ゴメンナサイ!」と妻にあやまって7月6日は土下座記念日


  
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ショートショート『ビキニ世界へようこそ』

2012年06月15日 | ショートショート



ネットオークションで、ついにiPotを手に入れた。
届いてみて愕然。しまった。なるほどiPadでもiPoneでもiPodでもない。
ハクション大魔王みたいな古びたツボに、例のリンゴマーク。確かにiPotだ。
軽く触れるとブォン!ツボの表面に人が現れた。ムム、例の開発者に似ているがどうやら別人だ。
「お買い上げありがとう。ボクはスティーブ・ショボス。このツボは君の望みをかなえてくれるはずさ。こんなアプリはどうだい?」
ツボの表面にストリートビューのような街の画像が映った。見目麗しきOLたちが闊歩している。
「お気に入りの女性をタップしてごらん」
言われるままに指先でトン。たちまちビジネススーツが消えてビキニ姿にヘンシ~ン!
ナイスバディ!
画像に映り込んだ女性たちを次々とタップ、ビキニ娘に変えていく。
ウッヒョ~、たまりませ~ん!
画面が閉じて、再びショボスの姿。
「どうです?こんなアプリが無料なんですよ」
「これが無料で?すげーじゃん」
「ええ、ただしもっとお楽しみになりたかったら1万円の有料アプリをご購入ください」
「有料アプリ?」
「あなた自身をビキニワールドへご招待。ありとあらゆる女性がビキニ姿のバーチャル世界で生活できるんですよ」
鼻血が出そうになった。そして思わず購入のボタンを押してしまった。
それから一週間後。
ボクはショボスを呼び出した。
「ビキニワールド、もうたくさんだよ」
「え?返金はできませんけど、本当にやめちゃうんですか?」
「ああ。ビキニを見ても嬉しくもなんともなくなった。ビキニ世界では、老いも若きもあらゆる女性がビキニで生活しているじゃないか」
「それがお望みでは?」
「最初は。でもビキニワールドじゃ、ビキニ姿があたりまえの姿。女性は平然と着こなしているし、他の男性もそれがあたりまえの姿として接している」
「そりゃあまあ、ビキニワールドですから」
「そんな中で自分だけコーフンできないよ。見せる側の女性のドキドキや、見る側の男性のワクワクのない世界なんてボクの期待していた世界じゃないよ」
「ふ~む、そうですか。じゃビキニワールドは削除実行。では、さようなら」
「あ、ちょっと待って。そのかわりと言っちゃなんだけど、メイドコスプレのアプリなんてのはない?」
「ウ~ム、あんた懲りないねぇ」


 
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ショートショート『フラグ返し』

2012年06月14日 | ショートショート



こちら、昔懐かしい風のデパートの展望レストランでございます。
「お客様、ご注文のお子様ランチでございます。ご注文の品、以上でよろしかったでしょうか?」
「お父ちゃん、お父ちゃん」
「なんや、ちぃさい声で」
「ないやないか、旗」
「旗て・・・確かにないな。チキンライスの山のてっぺんに爪楊枝の日の丸刺してあるもんやのにな」
「そやろ?旗ないとサマにならんわ」
「そないなことゆうても、ウェイトレスのお姉さん、もう行ってしもうたがな」
「父ちゃん、旗、頼んでえな、なあ」
「旗くらい気にせんで食うたらええ。国旗なんちゅうもんはな、戦争のときに敵味方を識別するために生まれたもんや。その証拠に、今でもオリンピックとか外国と争うときに旗振っとるやろ。やめとき、そんなもん立てんの」
「旗の刺してないお子様ランチなんて、タコさん抜きのタコ焼きやないか。ボク、食わへんぞ」
「何ゆうてんねん。旗は食えへんやろ。あってものうても味も栄養も変わらへんねん。海老フライ、ハンバーグにチキンライス、スパゲッティにポテトサラダ、プリンにスイカ、安っぽいオモチャ、みんな載っとるやないか。国内の食材、ちぃとも使てへんのに、いまさら日の丸立てんでええ」
「理屈やないねん。お子様ランチの旗に理屈はいらへんねん」
「そうやって理屈抜きで旗立てとると、考えなしのオトナになるで」
「ええねん。お子様ランチに旗立てんと気が済まへんねん」
「ウェイトレスは~ん!ウェイトレスのお姉ちゃ~ん!」
「なんでございましょう?」
「この子のランチに旗、立てたって。日の丸なかったらハーケンクロイツでもベニン王国旗でもなんでもええさかい」
「かしこまりました」
「父ちゃん、おおきに。なんや今日の父ちゃん、優しやないか」
「そ、そないなことあるかい。おまえには今までさんざん苦労かけてきたさかい罪ほろぼしや」
「なんやそれ。気色わるい」
「お客様、こちらの日の丸でよろしいでしょうか?」
「なんや、あるんかい。あるんやったら最初から立てとかんかい。父ひとり子ひとり、なけなしの金の大切な晩餐やねんぞ」
「あいすみません」
「父ちゃん、なに、死亡フラグ立てとんねん!そないな言い方したら、食事のあとでボク誘ってデパートの屋上行く流れやないか!行かへんぞ、ボク」
「察しのええ子やな~。フラグ返しされたらフラグ消えんねん。こいつは白旗や」

というわけで、本日6月14日はフラッグデー、父子の明日に幸あらんことを。



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ショートショート『ナシ5連!』

2012年06月13日 | ショートショート



「キミキミィ、社会人なんだからもっと丁寧な言葉づかいを覚えなきゃなぁ。このリンゴはなんと言えばいい?」
「おリンゴですか」
「そう。じゃミカンは?」
「おミカンですね」
「そうそう。わかっとるじゃないか。じゃ、ナシは?」
「アリマセンです」
「ウマイ!」



思いを寄せていた男性に恋文を書き送りました。

待てど暮らせど返事がありません。
今日も外で待っていると、何やら飛んできました。
ヒューン。
ゴツッ。痛っ!
コロコロコロコロ。
顔面に直撃した丸いものを拾いあげると、梨じゃあありませんか。
まさか、これって梨のつぶてってヤツ?
ウマイ!



「お父さん、急にお客さんったって、家には何にもありませんよ」
「何にもなしって、梨でいいじゃないか」
「え?無しでいいんですか?」
「そっちの無しじゃなくって。豊水だっけ?重いやつ」
「エ~、あの梨をお客さんに~?」
「重て~梨でオモテナシ、なんつって~」
「ウマイ!」

「へい、お待ち!」
「大将、このネタってまさか」
「おう、梨に決まってら~」
「いくらなんでも梨はなしだろ~」
「最近いい魚入んねぇから、ちょっとずつ果物にシフト中なんでい」
「大将~これってナシクズシ~?」
「まあそう言わずに食ってみな!」
シャグ、シャクシャクシャク。
「ウマイ!」



「先生、どうしてボクばっかりこんなに苦労が絶えないんですか?」
「例えばの話、和梨と西洋梨、どっちが好きですか?」
「和梨のシャクシャクした歯応えが好きだな」
「ほら!ハードなほうが充実してるでしょ?」
「で、これってなんの話なんです?」
「え?これって例えば梨ですよ」
「ウマイ!」



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