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落語やめますか

 カラン。カウベルが鳴った。男が入ってきた。
「いいかな」
「どうぞ」
「マスター、ごぶさた」
「ひさしぶりですね。長谷川さん。あ、いや清太さん」
 40代後半か50代前半。生真面目な感じの男である。鏑木は知っている。この男、長谷川清は鏑木の目に見えるような生真面目な男であることを。ところが本人はその生真面目さをかくそうとしている。鏑木は長谷川とのつきあいは古い。この街の出身だが、ときどき、この海神にやってくる。
「公演ですか」
「うん。燕雀にいさんの独演会なんだ。それの前座を頼まれて」
 鏑木は桂燕雀独演会のポスターを見たのを思い出した。たしか今度の日曜、S市文化会館だ。知人に落語家がいる。桂清太。目の前の男がその落語家だ。本名長谷川清。鏑木の高校の後輩だ。長谷川はS市立高校を卒業して、上方落語の大御所桂麦秋に弟子入りした。長谷川が弟子入りする三日前に入門したのが桂燕雀だ。燕雀は関西爆笑王と呼ばれ、上方落語界きっての人気落語家である。
「おれ、麦秋師匠に入門して32年。こんど50になるんだ。もう落語家をやめるんだ」
 桂清太。確かに売れっ子の落語家ではない。テレビにめったに出ない。もちろん独演会などやったことはない。老人ホームの慰問、小学校や中学の課外学習、パチンコ屋の新装開店の余興、地方の温泉場の演芸、結婚式の司会などで糊口をしのいでいる。
「そうですか。で、清太さん、落語を止められますか」
「やめてくれ。オレはもう桂清太じゃない。オレは長谷川清だ」
「長谷川さん。なにを飲みます」
「オールド。水割りで」
 鏑木がカウンターにグラスを置いた。長谷川が一気に飲む。
「ふう~っう。鏑木さんの水割り飲むのも久しぶりだ」
「私の問いに答えてください」
「なんだ」
「落語やめられますか」
「そうだな。やめたいな。おかわり」
 鏑木は2杯目の水割りは少し濃くした。長谷川は、また一気に飲んだ。3杯目の水割りは2杯目より濃くした。
「麦秋師匠にはいいましたか」
「いったよ」
「師匠はなんと」
「お前は五〇を過ぎると一皮むける。あと5年がんばれと」
「オレより三日前に入門した燕雀はオレより年下なのに売れっ子で芦屋の豪邸に住んでる。オレの弟弟子の燕麦はNHKで番組持ってる『燕麦の家族でドン』見たことあるか」
「あります」
「で、あいつの芸はどう思う」
「素人さんをイジらせたら燕麦さん、うまいですね」
「だろ、結局、オレにはなんもないんだ。おかわり」
 鏑木はうんと濃い水割りを出した。
「ふうん。で、長谷川さん、いや、桂清太さんの落語は、桂燕雀さんや桂燕麦さんのより劣ってるんですか」
「いくら鏑木さんでも怒るぞ。オレは芸では燕雀や燕麦には決して負けてないぞ」長谷川はかなり酔ってきた。
「燕雀さんや燕麦さんは落語家をやめないでしょう」
「売れっ子のあいつらがなんでやめるんだ」
「だったらなんで清太さんはやめるんです。もう一度聞きます。落語やめられますか」
 長谷川はカウンターにつっぷした。酔いつぶれる寸前だ。
「やめたくない。オレから落語をとったらなんも残らん」
「麦秋師匠」
 鏑木が店の奥に声をかけた。70代の老人が出てきた。上品で知的な老人だ。清太の師匠、桂麦秋である。
 麦秋がやさしく清太の肩に手をかける。
「清太」
「うう、うん、師匠!」
 清太の酔いは一瞬で覚めた。
「師匠、どうしてここに」
「鏑木さんに頼んでいたんだ。お前が来たら酔っぱらわせてくれと」
「オレ、酔ってなんかいいましたか」
「いったぞ。落語やめたくないとな」
「燕雀にいさんの独演会のサプライズゲストですか」
「燕雀の独演会にワシの出番はない。お前に大事な用だ」
「なんですか」
「お前、来年、桂文朝襲名だ。お前は5代目桂文朝だ」
 桂文朝、長年、空き名跡になっている上方落語の大名跡である。清太の師匠桂麦秋の師匠が桂文朝だ。
「なんで、オレが」
「名は人を創るという。お前はそれだけの落語家だ」
「オレなんか」
「ワシの目に狂いがあるというんか」
「いえいえ」
「だったら5代目桂文朝OKだな」
「はい」
「おうい。燕雀、燕麦」
 二人が奥から出してきたのはウィスキーのケースだ。中にはサントリーの山崎が24本入っている。
「これを鏑木さんに預かってもらう。このボトルがみんな空になったころ、この街の文化会館で5代目桂文朝独演会をやるんだ」
「にいさん、その時はぼくが前座をつとめます」燕麦がいった。
「オレはお茶子にでも使ってくれ」燕雀がいった。
 長谷川清、いや桂清太、いやいや5代目桂文朝は、またカウンターにつっぷした。酔っているのではない。泣いている。

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とつぜん上方落語 第8回 池田のしし買い


 さむおまんな。こないに寒い時は、シンからぬくとまりたいでんな。そんなときは鍋がいちばんや。あたたまる鍋。ししの鍋やな。ぼたん鍋ともゆうな。ししの身は薬食いとゆうてな、身体がほこほこぬくとまりますでな。
 さて、鍋の用意や。まずしし肉を手に入れなくてはならんわい。落語やったら池田まで行って、山猟師の六太夫さんに頼んで猪を鉄砲で撃ってもらうねんけど、いまの池田に行っても六太夫さんはおらへんし、猪もおらんやろ。
 ワシは神戸は東灘の住民や。ほんまは猪なんざ珍しくもなんともあらへん。そのへんになんぼでもおるけど、神戸の街中で鉄砲撃つわけにもいかん。
会社のおっさんで北区のおっさんがおる。そのおっさん、毎年、冬になるとさ176号線を通って三田までしし肉を買いに行くとか。ワシも三田まで買いに行こうと思うた。実は三田は「海神」があるS市のモデルや。「三田のしし買い」やな。実は三田、ワシが学生のころよう行った街や。オヤジが西宮市山口町で工場をやっててワシも手伝いによう行った。で、完成した製品の納品場所が三田にあったちゅうわけや。「海神」のS市はあのころの三田や。三田もとんと行ってないな。いまの三田はよう知らん。久しぶりに三田へ行こうと思ったけど、めんどうになってやんぴや。ネット通販で買った。で、ぼたん鍋にして食うた。しし肉はうまおすな。
池田のしし買い。桂米朝師匠、桂枝雀師匠、笑福亭仁鶴師匠、いろんな噺家がこの噺を得意としてるけど、ワシの持ってる枝雀師匠の「池田のしし買い」ヘタしてぐちゃぐちゃやど、ごっついおもろい。マジで師匠がヘタしたんか、計算ずくかわからん。サゲのあとであやまってはったからマジかもしれんが、ワシは計算ずくやと思うな。 
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2016年に読んだ本ベスト5

小生の読書の時間は次の四つ。まず、朝。小生の朝は早い。きっちり4時には目を覚ます。ブログをざっと見て、朝食まで朝の読書にかかる。そして電車の中も大切な読書の時間だ。面白い本だと乗り過ごす時がある。
 会社に着く。人より30分は早く着く。CEタンクの点検とバルブ開放のあと始業時間まで少し間がある。この時も読書の時間。そして1日の最後、寝る前。しかし、寝る前の読書は数ページ読んだだけで寝てしまう。さて、昨年読んだ本のベスト5は次の5冊だ。

1位 コロンビア・ゼロ 谷甲州  早川書房
 久しぶりの航空宇宙軍である。現場SFの第一人者、甲州の真骨頂。戦争を始める止めるは政治家の決めること。われわれはなすべき任務を果たすだけ。

2位 戦場のコックたち 深緑野分 東京創元社
 第2次世界大戦ヨーロッパ戦線のコック兵たち。出色の戦争小説であり、青春小説で、お仕事小説で、そして反戦小説でもある。

3位 シャンタラム グレゴリ-・デイヴィッド・ロバーツ 田口俊樹訳 新潮社
 2720円のインド旅行。ただし観光旅行ではない。インドの裏をたっぷりと見せてくれる。

4位 桜花忍法帳 山田正紀 講談社タイガ
 かの甲賀忍法帖の続編。風太郎の衣鉢継ぐのは正紀で決まり。読み進むにしたがってだんだん風呂敷がでかくなる。

5位 神樂坂隧道 西秋生 西秋生作品集刊行委員会
 出色の短編幻想小説集。あの筒井康隆をして「完璧」といわしめた「マネキン」も収録。かえすがえすも早世が惜しまれる。

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阪神大震災から22年。

 あれから22年たった。もうふた昔以上の年月が流れた。阪神大震災を知らない大人が増えてくる。あの22年前、神戸を襲った大震災は「歴史」となろうとしている。しかし、あの大震災はまだまだ「歴史」となってはいけない。まだ終わってないからだ。
 6434名の方々が亡くなった。この中には小生の友人知人もいる。彼らのことを想いだす。小生の中では、あの地震はまだ続いているのだ。だから、あれは決して「歴史」ではない。まだまだ現実なのだ。今でも、神戸の街を歩くと「がんばろう神戸」の文字を見ることがある。路面に小さな亀裂が残っている道もある。小生の自宅でも、地震で揺れた蛍光灯が天井につけた傷が残っている。ベランダの壁面はスジが入っている。よその土地に人にとっては阪神大震災は半分「歴史」かも知れないが、ここ神戸ではいまも現実なのだ。
 東日本、熊本、鳥取、あれからも日本は大きな地震にみまわれ続けた。南海トラフ大地震が明日起こってもおかしくない。天災は忘れないうちにやってくるのだ。そして地震は終わらないのだ。
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黙祷

 今は、2017年1月17日午前5時46分。
 黙祷。
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桂文珍独演会に行ってきた


 きのう、桂文珍独演会に行ってきた。チケットは昨年に買っておいた。手術入院していて、退院して初めての落語会である。小生の前立腺手術、最初は昨年の11月の予定であったが、予定外の発熱で延期。5日に手術して10日に退院した。まだ少し出血があり尿漏れも少々。それにいまだ禁酒である。ま、あまり愉快な状態ではない。こういう時は、なによりも生落語に接するのがいちばん。手術が終わったら落語を聞きにいこうと自分をなぐさめて手術を乗り切った。
 吉兵衛でカツ丼をたべて国際会館へ。え、なんだこれは。国際会館の前に長蛇の列。文珍さん、えらい人気。開場の1時30分こくさいホールへ入る。2000人入るこくさいホールが満員。このこくさいホールの文珍さんの独演会はいつもえらい人気である。
 さて、開演。最初の演者は林家うさぎさん。林家染丸師匠のお弟子さん。演目は「餅屋問答」草深い武蔵野は江戸にも落語があるそうな。その江戸落語に「こんにゃく問答」という噺があるが、あれは上方落語のこの噺を移植したもの。
 旅の修行僧に問答をふっかけられた、ニセ大和尚の餅屋のオヤジ。わけわからんまま修行僧を撃退するという噺。うさぎさん、無難にこなしてはった。
 さあ、お待ちかね文珍師匠の登場。うへへー、といういつものあいさつのあとマクラ。文珍さんのマクラは面白くて長い。やらはった噺は「釜盗っ人」非常にめずらしい話で、長年の上方落語ファンの小生も聞くのは初めて。文珍さんもだれもやらない。めったに演じられない噺といってはった。やったとすれば泥棒三喬こと笑福亭三喬さんぐらいかな。
 大泥棒石川五右衛門をしのんで後輩の泥棒たちはイベントを企画。五右衛門にちなんで釜を盗んで泥棒技術を競おうという。豆腐屋のじいさん、釜を盗まれては商売あがったりと、釜の中にひそんで番をする。
 なんで、だれもめったに演じないのか。「面白くないから」と文珍さんはいってはったが、けっこう面白かった
 次の演者は文珍さんのお弟子さん桂楽珍さん。徳之島出身者らしくマクラは徳之島ネタ。噺も徳之島にちなんだ創作落語。楽珍さん、文珍師匠に入門して35年になるとか。もう54歳。大ベテランである。そのわりにはパッとしませんと、ご本人も自虐的にいってはったが、確かに売れっ子の噺家さんではない。しかし、実力はある。少なくとも、このころよりはだんぜんうまくなっている。もう、そろそろ徳之島ネタを封印した方がいいのではないか。
 中入り後、文珍さん再登場。例によって長いマクラのあと、なにやらはるのかと思ってたら「くっしゃみ講釈」をやらはった。アレンジのないストレートなくっしゃみ講釈であったが、さすがに文珍さん。大爆笑。
 引き続いて後半2席目。「愛宕山」きのうはめったに雪が降らない神戸でも、チラチラ白いものが。たいへん寒かった。そんな寒い日に春の噺である。こんな寒い中来てくださったのだから、ひと足先に噺で春を感じて欲しいとのことで、文珍さん、この噺を演じたとか。なかなか客思いの演者だ。
 やっぱり生の落語はええな。大いに気分が晴れた。また落語を聞きに行こう。笑福亭三喬さんが今年の秋、笑福亭松喬を襲名。7代目笑福亭松喬ならはる。襲名披露公演はぜひ行きたいな。
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にぎり鮨


 小生の料理は趣味であるが、料理のプロではない。いろんな料理をするが、うまいのもあるし、まずいのもある。小生の素人料理でもプロよりうまいものもある。豚まんなどは少なくともコンビニの豚まんより小生の方がだんぜんうまい。
が、しかし、素人が逆立ちしたってかなわない料理がある。鮨である。ちらし寿司ぐらいなら小生のはうまいが、にぎり鮨となるとダメ。回転すしにも負けるだろう。一度、にぎり鮨を握ったことがあるが、メシのかたまりに刺身をのっけただけであった。
 で、しょうこともなく、にぎり鮨を作った。簡単にやろうと思って、製氷皿を使った。製氷皿にメシを詰めて、ポンとひっくり返し、その上に刺身を乗っけた。正直、あんまりうまくない。にぎり鮨は素人が手をだしてはいけない。にぎり鮨が食いたいのなら、すきや橋次郎にでも食いに行こう。
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長崎具雑煮

 
お正月の餅がまだまだある。そういえば最近、餅はあまり食べなくなった。昔の人は餅をたくさん食べたそうだが。
 寒いですな。こない寒い日はあったかいものがこいしい。餅をあったかく食べるには雑煮がいい。元日と2日の朝食はいつも雑煮だけど、それ以外にも雑煮を食べてもいいじゃないか。
 さて、どんな雑煮がいいだろう。全国、土地土地にはお国自慢の雑煮があるが、今回は長崎の雑煮のしよう。長崎具雑煮だ。なんでも島原の乱のおり、籠城軍が原城に籠城中に食べたとか。
 汁は昆布と鰹節で。味付けは酒と薄口醤油。あとは餅と具を煮込んでいく。鶏肉、里芋、椎茸、あなご、にんじん、それに緑の野菜がほしいから春菊を入れた。これを鉄小鍋で煮た。フーフーいいながら食べる。暖まった。
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獄門島


横溝正史      角川書店

 小生は大藪春彦のファンである。日本のアクション活劇小説のジェダイマスターである大藪。文壇の諸氏とは群れ集わず、一人、孤峰を形成しているが、大藪と仲の良い作家もいた。星新一とは仲が良かったそうだ。その大藪がいち読者として大ファンだったのが横溝正史だ。晩年、横溝正史賞の審査員を務めている。
その大藪いち推しの横溝作品が、この「獄門島」
 と、いうわけで「獄門島」を読んだわけ。実は、小生、本格ミステリーはあまりなじみがなく、横溝正史を読んだのは初めて。野村さんごめんなさい。
 SFファンである小生が初めて横溝正史を読んだ。横溝はたいへんにサービス精神にあふれた、優れたエンタティメント作家であることがよくわかった。
 惨劇の舞台である獄門島とはいかなる島であるか。そこにはいかなる住民が住んでいるのか。そこによそ者の金田一耕助がなんの用で行くのか。そこへ行く船の中で、だれと会ったのか。冒頭で手際よく記述されている。登場人物の相関関係が少々複雑であるが、判りやすく書かれているので安心して読める。
 ミスディレクションも伏線も過不足なく張られているので、意外感も味わえる。なるほど本格ミステリーとはこういうものか。SFファンの小生が読んでも楽しめた。
 
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とつぜん対談 第96回 お餅との対談

 三が日も過ぎ、お正月も半ばとあいなりました。松の内ももうすぐ終わりです。ここは関西ですから松の内は15日までです。お正月の主食といえばお餅ですね。最近はお餅を食べる人が少なくなってきているようですね。かくいう小生も1年でお餅を食べるのは、元日2日の朝のお雑煮ぐらいです。今日の対談相手は、そのお餅さんです。

雫石
 どうも、お餅さん、お忙しい中をよく来ていただきました。

お餅
 いえいえ。さほど忙しくないですよ。

雫石
 あ、ごあいさつがおくれました。あけましておめでとうございます。

お餅
 あけましておめでとうございます。

雫石
 1月中だというのに、お餅さんのような方が、よく時間がとれましたね。

お餅
 いえ。さっきもいいましたが、今はあまり忙しくないのですよ。

雫石
 え、まだお正月、松の内ですよ。

お餅
 たしかに昔は、私たち、お正月といえば大忙しでした。日本のお正月は、私たち餅とおせちでお腹を満たすものでした。ところが最近は、餅を食べる人が少なくなりました。そういう雫石さんも、あまり餅を食べないでしょう。

雫石
 そうですね。私がお餅を食べるのは1月だけですね。それ以外の月は食べませんね。

お餅
 そうでしょう。昔は木の箱になん杯も餅を保存してましたよ。

雫石
 そうですね。1000×300ぐらいの平べったい木の箱。あれ、なんというんでしょう。餅ブタといってましたが。

お餅
 さあ、私も知りません。その餅ブタを5段ぐらい重ねてましたね。

雫石
 私の子供のころです。砂糖醬油やきなこ、海苔を巻いたり、1度に5個ぐらい食べてましたね。

お餅
 最近はどうですか。

雫石
 1日と2日の雑煮で食べたら充分ですね。あと、鏡開きでぜんざいで食べるぐらいですかね。

お餅
 なんでお餅を食べなくなりました。

雫石
 ほかにおいしいものがいっぱいあるし。

お餅
 私はまずいということですか。

雫石 
 いえ、そういうわけじゃないんですが。

お餅
 どんなお餅を食べてますか。

雫石
 スーパーで売ってるパック入りのお餅です。

お餅 
 そんな餅、おいしいですか。

雫石
 さあ、お餅の味なんて気にしたことがありませんね。

お餅
 やっぱり、餅なんてどうでもいいんだ。

雫石
 あ、いえ。昔はちゃんと臼と杵でついてもらったお餅を食べてましたよ。年末の27日か28日ごろ、賃つき屋さんという商売の人が来るんです。臼と杵、蒸篭なんか餅つきの道具一式を持ってきて、近くの広場に店開きするんです。そこに餅米と餅ブタを持って行って、必要なぶんをついてもらうんです。親は
餅米と餅ブタ、それに私たち子供をそこに置いて、自分たちは大掃除。自分ちのぶんがつけたら、「つけたよ」親に報告に行くんです。だから、その餅つき場は近郷近在の子供たちのサロンとなるんですね。つきたての餅をつまみ食いしたり。あれは楽しかったな。

お餅
 そうです。餅というもんは本来、そういうものです。ところ最近は、お年寄りのノドを詰まらせて殺す殺人兵器と思われているじゃないんですか。

雫石
 そんなことはありません。私、お餅大好きですよ。

お餅
 そうですか。うれしいですね。では、これ、どうぞ。

雫石
 うわっ。お餅20Kg。むむ、胸やけが。 
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2016年に観た映画ベスト5

 毎週、土曜日か日曜日の夜、ウィスキー片手に映画のDVDを観るのは、小生にとって大きな楽しみだ。ところが昨年は、映画のDVDは観たが、もう一つの楽しみ、片手のウィスキーは半年なかった。前立腺肥大のため医者から禁酒をいいわたされてた。その前立腺も手術し、近く、禁酒も解禁される。これでウィスキー片手の映画鑑賞という楽しみが再開できる。
 ウィスキーをちびちび飲みながら観ていると、途中で眠ってしまう映画もときどきある。これは映画がつまらんわけで、映画がウィスキーに負けているのである。面白ければウィスキーの酔いに映画が負けることはない。以下の5作はいずれもウィスキーに楽勝した映画である。なお、「シン・ゴジラ」は映画館での鑑賞だから片手のウィスキーはない。

1位 シン・ゴジラ
 そうだ。これだ。こんなゴジラ映画を観たかった。ゴジラを「荒ぶる神」自然災害として描く。余計な愁嘆場は一切ない。あまたあるゴジラ映画を選ぶなら、1作目「ゴジラ」か本作かだ。

2位 Uボート
 潜水艦映画の最高傑作。第2次大戦時の潜水艦の戦いを、非常にリアルに緊迫感たっぷりに見せてくれる。戦争の恐ろしさがよくわかる。優れた反戦映画でもある。

3位 セッション
 昭和の時代に滅んだ「スポ根モノ」が、なんと21世紀のアメリカで棲息していた。狂気の鬼教官と執念の鬼生徒。最後のドラムソロは見逃してはいけない。

4位 スケアクロウ
 ロードムービーの傑作。ジーン・ハックッマン、アル・パチーノ、二人の名優の演技がみもの。哀しい名画だ。

5位 ゲッタウェイ
 映画のみもの。いろいろあるが、日本映画ならチャンバラ、ハリウッド映画なら撃ち合い、これがみものであることは反対する人は少ないだろう。で、これはハリウッド映画である。サム・ペキンパー+スティーブ・マックィーン。この二人の映画で撃ち合いが面白くないはずがない。

 星群の会ホームページ連載の「SFマガジン思い出帳」が更新されました。どうぞご覧になってください。
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手術して退院しました

 1週間のごぶさたでした。きょう、1月10日無事、手術も終わり、退院した。
 1月4日、午前中、神戸は灘区の神鋼記念病院へ。午前10時30分入院。あれから2か月足らずしか経っていないので、入院手続きもスムーズ。なれたもんだ。早々に病室に案内される。なんと前回入院と同じ部屋同じベッド。病棟の看護師さんに覚えられていた。手術は翌日、1月5日午前11時30分の予定。
 1月5日になった。実は小生、手術なるものを受けるのは生まれて初めて。少々、びびりながら待っていると11時になった。看護師さんから報告。前の手術がおしているということで、小生の手術は11時50分からになった。
 時間だ。「雫石さん、行きましょうか」看護師さんが呼びに来た。彼女と二人エレベーターで3階へ。エレベーターを降りたすぐ前が手術室。ここで、小生は病棟の看護師から手術室の看護師に引き渡される。5人の手術室看護師が自己紹介。そのうちのメガネをかけたかわいい看護師さんは、きのう、病室に手術の説明に来た看護師さん。その時、彼女は「最初の局所麻酔が痛いだけで、あとは痛くないですよ」と説明してくれた。実は、このたびの手術で小生が一番恐れているのが、この最初の一撃。麻酔は半身麻酔。脊髄くも膜下麻酔という。最初に細い針で背中を局所麻酔。そのあと、本番の麻酔を背骨の間から注入。本番の麻酔の注射の痛みをなくす注射だから、最初の一撃の痛さは致し方なし。
 横向きに寝かされ、身体を丸めて、腕で膝をかかえて、背骨を突き出すようにする。
 身体には、点滴、尿道カテーテル、心電図のコード、酸素量測定用シール、自動血圧測定器、なんだかんだと装着されてサイバーパンク状態。両足にはきつい目の靴下をはかされる。そいつが足を締め付けたり緩めたりしよる。手術は短くて1.5時間、長けりゃ3時間かかる。そのあいだじっとしているわけ。だから足の血流を良くしてエコノミークラス症候群を防いでいる。
 背中を消毒される。さあ、最初の一撃だ。覚悟する。なかなかこない。「消毒が乾くのを待っていますからね。
「今から最初の麻酔注射をします」ううう。チクッ。あれ、びびっていたほど痛くない。腕にするインフルエンザの予防注射程度のもんだ。これで大いにホッとする。
「今から半身麻酔をかけていきます。足がしびれたり背中が痛かったらいってください」後ろで麻酔医の声がする。この麻酔医、10月に受けた術前説明をやってくれたたべっぴんの女医さん。麻酔するさい下手したら、針が脊椎の神経に触れたりしたら、しびれや痛みがあるとのこと。
 痛みもしびれもない。なにかが背中を移動していくのがわかるだけ。この美人女医さん、なかなかの腕前と推察する。しばらくすると下半身に違和感。「これ、冷たいですか」看護師がなんか冷たいものを腹に当てる。「冷たいです」「これは」足に当てる「冷たいです」
 しばらくする。「これは」腹。「冷たくないが触ったことは感じます」足「これは」「なにも感じません」麻酔が完全に効いてきたらしい。
「はじめます」執刀医の声がする。手術室に入って1時間ほど経っているだろう。
小生が今から受ける手術は正式名称は「経尿道的前立腺レーザー核出術」(HoLEP)という。レーザーで大きくなって排尿障害を起こしている前立腺の腺腫と皮膜の間にレーザーを当てて剥離、大きな腺腫を摘出し、尿道を広げる。ちょうどみかんの中身をくりぬきみかんの皮だけにする。従来の電気メス手術に比べて、かなり大きくなった前立腺にも対応でき、手術中の痛みもなく出血も少ない。また、術後の経過も良好。
 確かにまったく痛くない。なにかが下半身で動いている感覚だけがする。手術室内に大きな音がする。コンプレッサーのモーターの音だ。
 目の前に幕が張られているから手術の様子は見ることができない。内視鏡のモニター画面だけは垣間見ることができる。青い光がチラチラ見える。あれがレーザー光線だろうか。小生たちSFファンにとってレーザー光線といえば武器兵器なんだが、まさかそれで自分の身体を切られるとは思いもしなかった。
 かなり時間がたった。2時間はたっただろうか。半身麻酔の効果は2時間ほど。場合によっては全身麻酔を追加するかもしれないといわれていた。下半身に感覚が少しづつ出てきた。「全身麻酔ではありませんが、うとうととする薬をいれます」
 ボーとしてきた。「終わりです」執刀医の声がぼんやりと聞こえる。このあたりから吐き気をもよおす。
 結局、3時間を超える大手術だったとのこと。レーザーで前立腺の腺腫を切り刻む。その破片が膀胱内にある。それをコンプレッサーで吸い取るのだが、小生の前立腺はかなり大きく肥大していて、その破片を排出するの時間がかかった。
 手術後は、病室に戻らず、ナースステーションの隣の部屋に入れられる。しょっちゅう看護師が様子を見に来る。手術直後。患者にとってこの時間が一番危険なのだ。容態が急変して、重篤な状態になるかもしれない。幸い、小生はこの時間を乗り切ったが、この時がいちばん気分が悪かった。痛みはないが、強い吐き気がする。一晩、この部屋で過ごして、翌日の午前中に元の病室に戻される。
 吐き気は翌日6日の午前中まで続いたが、午後からは楽になった。昼食も普通に食べられた。そして7日、点滴終了。留置バルーンカテーテルも外されて、身体につけられたチューブ、カテーテルの類はすべて外れた。晴れてきれいな身体となったのである。そして、昨年の6月以来、7か月ぶりに、なにもなし、自然のままでおしっこをする。実に勢いよくおしっこができた。こんなおしっこは二十歳代意向だ。
 と、いうわけで本日1月10日に退院したしだい。まだ少し尿に血が混じるが、おしっこは勢いよく出し切る。頻尿も治った。ま、手術は成功といえよう。お酒は1か月後といわれる。2月には禁酒も解禁である。楽しみだ。
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入院します。

 きょう、1月4日、神鋼記念病院に入院します。あす、5日、前立腺肥大の手術です。ほんとうは昨年の11月22日に手術を受ける予定だったのですが、手術前日、とつぜんの発熱で手術は中止になりました。仕切り直しで5日に手術です。手術といっても、開腹手術ではなく内視鏡を使ったレーザーの手術です。
 この神鋼記念病院は前立腺肥大手術では、兵庫県で2番の実績。レーザーの手術は最新の手術で、従来の電気メスを手術に比べて、痛みもなく出血も少ないようです。レーザーで加工なんて、私もとうとうNCマシンになってしまいました。
 1週間ほどで、退院するつもりです。そういうわけで、このブログ、しばらくお休みします。
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とつぜんコラム №183 未来はバラ色か?

 
 2017年になった。どちらさまも、あけましておめでとうございます。と、新年のあいさつはしたが、はたして本心から「おめでとう」といっていいか判らぬ。正月であるからして、めでたい明るい話題をしたいところだが、残念ながら、昨今の状況を見るに、とても「めでたい」とはいえぬ。
 大昔、新聞の正月企画の定番といえば「21世紀の日本」とか「未来の社会」とかいうものだった。小松崎茂、長岡秀星、真鍋博といったイラストでバラ色の未来が描かれていて、夢のような未来が紹介されていた。
 東京大阪を3時間で結ぶ夢の超特急、本州と四国に橋がかかる夢のかけ橋、大都会には摩天楼がそびえ立ち、高速道路が空中を走っている。うわっ、すごいな、ほんとにこんなんできるのかな。なんて思ったものだ。21世紀になって16年たった。夢の超特急も夢のかけ橋も実現した。で、バラ色の21世紀になったのかというと、バラ色になったご仁もおられようが、少なくとも、小生はバラ色にはならなかった。暖色系は暖色系だが、うす茶色ぐらいにはなったかもしれない。
 なにごとにも始まりと終わりがある。この宇宙も、130億年ほど前に始まり、いつ終わるか判らぬが、何億年か先には終わるだろう。人類も同じ。250万年前にヒトのたぐいが地球上に出現して、20万年ほど前、今のホモ・サピエンスが出てきた。5千年前に文明が勃興して、現代に至っている。このホモ・サピエンスの文明が未来永劫続くと思う方が不自然だろう。
 世界の経済の主流は自由競争を基軸とする資本主義経済となった。モノを売って、対価を得て、それで国を回す。この資本主義経済を支えるには、必ず市場が必要。市場とはモノを必要とする人がいてこその市場であろう。そのような人にモノを売る、その対価で食い、造り、また売る。このサイクルがグルグル回っている。これがいつまでも回り続けると思っていた。
 例えばテレビ。初めは白黒のブラウン管テレビ。白黒テレビがゆき渡った。カラーテレビとなった。プラズマディスプレや液晶。そして4K。また8K。次々とあたらしいテレビを開発して需要を喚起してきた。こうして、すでに満杯の市場を空の市場にと変換させてきたわけ。しかし、これも限界がある。テレビなるものを必要としない人たちが増えてきたのだ。事実、小生の周辺でテレビを持たない人たちが多くいる。テレビでそうだ。新聞もあまり読まれなくなっている。ニュースはネットで充分用が足りる。週刊誌。最近、電車の中で週刊誌を読んでいる人を見たことがない。
 これは卑近な一例を上げたが、このことは人間の生産活動のすべてについていえるのではないか。日本でテレビを売りつくした。中国でテレビを売るか。アフリカで売るか。そのうち世界中がテレビだらけになる。だれもテレビを買わなくなる。そして、すべてのモノが売れなくなる。
 地球は無限と思うのが間違いなのだ。地球は有限なのだ。そして、いつまでも上昇することはできない。必ず頂点がある。頂点を通り過ぎれば下降する。今は上昇期だと思うからバラ色の未来を夢見る。人類の文明は下降期に入ったのではないだろうか。
 日本は先進国である。開発途上国に比べて先が見えるのが早いだろう。もうそろそろ、終末ということを意識した活動をしてもいいころではないか。2017年。21世紀も四分の一を過ぎた。22世紀は来るだろうか。なにごとも終わりがある。より良い終わりを見据えてこそ、より良い現代となるのではないか。
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お酒は飲めませんが平安なお正月です

 
 お正月用のお菓子です。今年も芦屋の杵屋さんのお菓子です。大晦日に届けてもらいました。ここのお菓子はおいしいです。このお店、あちこちに支店を展開するわけでなく、デパ地下にも出店してません。小さなお店です。でも、おいしいです。知る人ぞ知る名店といったところでしょうか。ホテル竹園にもお菓子を納めているので、高橋、阿部、菅野、読売ジャイアンツの諸君はここのお菓子のおいしさをご存知でしょう。  
 禁酒して半年になります。昨年の5月からお酒は飲んでません。もともと甘いものも好きだったのですが、禁酒になって、甘いものが、よりおいしくなりました。手術が終われば、禁酒は解禁になるはずです。桜正宗が、道潅が、呉春がこいしいです。
 平安なお正月を過ごしております。入院手術前なので家でおとなしくしておこうと思い、元日の初もうでも行ってません。でも、今日だけは外出です。会社へ行きます。液化酸素と液化炭酸ガスのCEタンクは長期休暇中は一度点検しなくてはなりません。二つのCEタンクを点検します。私、高圧ガス取り扱い主任の有資格者で、会社の高圧ガス責任者なのでいたしかたありません。
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