ショートショート『Leap Day』

2012年02月29日 | ショートショート



え?

今、なんつった?

なに、その言い方。セクハラかっつーの。

会社の給湯室でカップラーメンにお湯注ぎながら、急須のお茶っ葉捨ててる女子に言う話?

デリカシーないっちゅーか、なんちゅーか。

思わず、引きつった笑顔で固まってたら、お茶っ葉がゴミバケツにボト。

サエキさん、何もなかった顔でお湯入れたラーメン捧げ持って戻ってった。

んなこと、言われたの、モチロン初めてだ。ふざけないでよね。

 

カタカタカタカタカタ・・・急須の口と湯呑みが触れて・・・止まれ、止まらんか、オイ。

お茶を手に、デスクに戻って本の続きに目を落とす。

誘われてことわりきれなくて始めた手話サークルのテキスト。

ぜんっぜん頭に入らない。平常心、ヘージョーシン!

照明を落とされたオフィス、あたしとサエキさんの場所だけにスポットが当たっている。

落ち着け、落ち着け。

 

勤務終了時間、あたしはそそくさ帰り支度をしてオフィスを出た。

だってイヤじゃない、待ってる、なんて思われたら。

オフィスを出て駅に向かって・・・げっ、追っかけてきた。

昼間はゴメン?

だったら最初っから、んなこと言うなっつーの。

めし、おごる?

何それ。

なんだと思ってんの?

「あのね、今日はね、Leap Dayなのよ。

女性から男性に告白できる四年に一回きりのチャンスなんだから。だから・・・そんな日に・・・バカ!」

バカはないだろ、バカ?

「バカだからバカって言ったんじゃない、バカ!」

じゃサイナラって・・・え、行っちゃうの?一段飛ばしで陸橋をのぼって・・・とっとと駅へ・・・

いいの、それで?

 

え、駅前大通りの向こうで、なんか言ってる・・・

こんなに離れて聞こえるわけないじゃない。なにやってんだか。

え・・・

手話?・・・

覚えたんだ。

えっと・・・

えっと・・・

えっと・・・

・・・

もう。Leap Dayだって言ってんじゃないの、バカ・・・



 
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ショートショート『バカヤロー!』

2012年02月28日 | ショートショート

『続いてのニュースです。S岳周辺地域で本日震度3を観測。昨年から相次ぐ地震に地元住民は不安を募らせています』

 

「あのさ、今週末の合コンのことだけど」

「7時30分だったよね」

「サクラダ君には無理言ったんだけど、タクヤ、やっぱ来れんだってさ。サクラダ君、乗り気じゃなかったよね?」

「ああ、まあ」

「よかった。じゃ、キャンセルってことで」

 

『続報です。S岳周辺で再び有感地震が観測されました。火山噴火予知連絡会による調査チームが本日現地入りしました』

 

公園のベンチで弁当を広げる。憩いの時間だ。

子どもが追いかけっこをしてはしゃぐ声が近づく・・・

ドン!

背中にぶちあたって、そのまま走って行った。なんだよ、おい。

サクラダは足元を見下ろす。食べかけの弁当箱の底が空を見上げている。

気がつくと、遠くでうちのOLたちが腹を抱えて笑っている。

 

『S岳調査チームは本日、S岳周辺の複数の観測ポイントで地中温度が急激に上昇、500°以上に達していると発表しました』

 

「サクラダ先輩、この書類、Wordっすか?まいったなぁ、字下げインデント揃えないから訂正メチャメチャ大変じゃないっすか。こっちのExcelは、全部手で入力?マクロ使っちゃえば簡単なのにな~。え?なんのことか説明してくれ?説明してわかります?今度やるとき声かけてくださいよ、やったげますから」

 

『調査チームは、S岳山頂付近の急激な隆起を確認、周辺住民に避難勧告が出されました』

 

「サクラダ君、お人好しなだけじゃダメだよ。君の同期みんな、ずっと早く昇進してるじゃないか。ま、人生いろいろなんだけどな。ああ、今日のミーティングの報告書、君のほうでまとめといてくれ。できるだろ?君がいちばん暇そうだし」

 

『緊急退避!緊急退避!退避命令が発動されました。S岳8キロ圏内の住民は速やかに退避してください』

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・

「バカヤロー!!」

噴煙をもうもうと巻き上げ天を轟かせるS岳を映したニュース映像に向かって、サクラダは吠えた。

「人間はなぁ、会社はなぁ、オマエみたいに単純じゃないんだぁ!」

否、単純であってほしい。噴火するエネルギーよ、おれにもプリーズ。

プシュ。

サクラダは、今晩三本めの缶チューハイを開けた。


 
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ショートショート『美少女新選組!』

2012年02月27日 | ショートショート

(誠忠中学、職員室)

「見てごらんなさい。近藤さん、あなた、どうお思いになって?」

「茶髪金髪、丈の短いスカートに腰パン、指輪にネイルにお化粧・・・腐りきっています、先生」

「そう、膿んでるわ。わたくし、この学校の未来を憂えておりますのよ」

「わたしたち生徒がしっかりしなければ学校は亡びます!」

「そう、そこで近藤さん、あなたたち風紀委員会が選ばれたの」

「はい。風紀委員が一丸となって、先生のご期待に応えますわ!」

「頼んだわよ。じゃ、委員会の羽織りと旗」

「キャー、浅葱色のダンダラ模様入りの羽織りと、わが校の校章『誠』の旗!萌え~!」

「この恰好であなたたち美少女風紀委員が校内見回りをしたら、生徒全員震え上がるわ!」

「はい!」

 

(誠忠中学、プール裏)

「ふ~危ねぇ危ねぇ。しっかしまいるよなぁ、あいつら」

「怖いよなぁ。ね、肉まん食っちゃう?」

「おう。でもさ、連中、基本的に美少女アイドルグループだよな、沖田なんてすっげーカワイイぜ」

「そこだよ、そこ。そういう演出で気を惹いて校則守らせようっていう戦略」

「はは~ん、防火ポスターのアイドル少女とか、グラビアモデル一日署長とかと一緒だな」

「あのハデな羽織りと幟旗が一番違反っぽいよね、モグモグ」

「息苦しい学校だよな、モグモグ」

「見つけたぞ校則違反!神妙にしろー!」

「キャー!風紀委員だ、逃げろー」

 

(誠忠中学、職員室)

「近藤さん、あなたたちのおかげで学校らしくなったわ。ありがとう」

「先生!近藤さん!」

「どうしたの?沖田さん。そんなに慌てて」

「誠忠中学の不良たち二十数名が、帰り道の『池田屋』で買い食いしています!」

「なんですってぇ?駄菓子屋で買い食い~?ただちに出動!」

「委員長、すぐに集まれるのはわたしたちと永倉さん、藤堂さんの四人だけです」

「ええい、四人で十分よ。行くわよ、沖田さん!」

「ガッテン!」

 

(誠忠中学、生徒会室)

「風紀委員の襲撃で、二十数名が補導されたんだったよね、去年の『池田屋事件』のとき」

「そうそう、でもあの事件をきっかけにこのまんまじゃマズイってんで、校則自由化を求めてわが生徒会が立ちあがったんだ」

「校則が改定されて、ホント過ごしやすい学校になったよなぁ」

「うん。でもなんでかな?風紀委員の子たち、今でも人気あるよね」

「カワイかったもんなぁ」

「時代の大きな流れに逆らうはかない美しさみたいな、そんなのかもね」


 
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映画『アビエイター』

2012年02月26日 | 映画の感想

監督マーティン・スコセッシ
レオナルド・ディカプリオ(Howard Hughes)
ケイト・ブランシェット(Katharine Hepburn)
ケイト・ベッキンセール(Ava Gardner)
ジョン・C・ライリー(Noah Dietrich)
アレック・ボールドウィン(Juan Trippe)

若き富豪ハワード・ヒューズの夢は、世界的映画監督と航空家。1930年、莫大な予算をつぎ込んだ映画『地獄の天使』を成功させたハワードは、航空会社を買収し、ライバル社パンナムとの探りあいのなか、軍飛行艇ハーキュリーズの開発に乗り出す。1946年、テスト飛行中に墜落したハワードは、瀕死の重傷を負ってしまう。空軍からは、戦争の終結を理由にハーキュリーズの契約を取り消されたうえ、軍用資金横領の疑いで公聴会に出席することになるが…。

★★★★☆

マーティン・スコセッシ監督の映画を立て続けに見てきたが、この監督は商業的な映画を作りながらも作家性を感じさせてくれるユニークな監督だと思う。映像を文字のように丁寧に紡いでいく作風ゆえに、冗長と感じられる作品も少なくない。小説を読むような感覚で観ればいいんだ、この監督は。さて、このアビエイター、レオナルド・ディカプリオの願いをかなえたカタチの、ハワード・ヒューズの映画化、いつも以上に気合の入った商業映画だ。大河ロマン的な作風、大仕掛けな飛行機シーン。明らかにアカデミー賞を狙った作りになっている。ディカプリオもそれを意識した、思いっきり気合の入った演技・・・と辛辣な言い方をしたけれど、やっぱりこれはよくできた映画だと思う。この映画がユニークなのは、ハワード・ヒューズ感覚を味わうことができる工夫に尽きる。説明的に必要な最小限のカットを除いてカメラはずっとハワード・ヒューズを追い続ける。と同時に、その時その時のハワード・ヒューズの目線や五官をとらえていく。飛行機の計器を見渡す目線や、尿の入った牛乳瓶を数えていく目線、料理がおぞましく汚染されていると感じる目線など。そして、女性の肌触りが飛行機の滑らかなボディに直結する触感などなど。この映画、ディカプリオとともにヒューズ体験する映画といっていい。この映画の構成も実にユニーク。まず映画はハワード・ヒューズの飛行士時代だけを描き、その後航空機会社を売却したりベガスを買収したりしたことは描こうとしない。まさに『アビエイター』だけを描いた映画である。潔癖症の母が『感染予防のための隔離』を教える場面から映画は始まり、ハーキュリーズ飛行艇の飛行実験に成功した絶頂で映画は終わる。レコード針が飛ぶように「未来への道」という言葉を繰り返して錯乱し、『感染予防のための隔離』を教えられたときの少年が見つめいる場面で終わる。つまりこの映画、隔離された少年が思い描いた「未来」という見方もできる。実際、子宮回帰願望を感じさせるメタファーがいくつも出てくる。ミルクやおっぱいへの執着、部屋にこもって境界線を張り巡られる行動、関係をもつ女性たちの母親的描き方など。そしてこの映画でもうひとつ大切だと思ったのは、公聴会シーンの、議員の追求に、飛行機への情熱を雄弁に語り逆に議員をやりこめてしまう場面。ヒロイックな描き方をしているけれど、実はそんなに単純じゃない伏線が張ってある。キャサリン・ヘップバーン(ケイト・ブランシェットがボーイッシュに好演)のスキャンダルを揉み消すエピソードで、徹底的に相手の弱みを調べあげて足元をすくう彼のやりくちが説明されているのだ。こうした冷静でリアルな人物描写ができるのがスコセッシの作家性だろう。それにしても、この映画の飛行機墜落シーンの迫力は凄い。スピルバーグ顔負けの大迫力の映像、音響。この映画は映画館で見たかった!

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ショートショート『ものすごくかけはなれて、ありえないほど遠い』

2012年02月26日 | ショートショート

空間モニタに恒星間巡航艇が浮かび上がる。

生徒たちが見守る中、ぐるりと一回転、その全容を披露する。

「ずいぶん旧式な船だなぁ」

「これってカンリン号でしょ?」

「え?地球人が初めて、地球人だけの力で恒星間航行に成功したっていう、あの?」

「こんなんでアメリゴ星まで二千光年の旅を?無理だよう」

先生が微笑む。

「昔の地球人はこのカンリン号で37日間かけてアメリゴ星のランフサンシス港に到着したんだよ」

生徒たちから感嘆の声があがった。

「みんなはカンリン号について、どんなことを知っている?」

「カッツ船長!」

「そう、カンリン号の船長はカッツ船長だったね。それから?」

「ユキーチ!」

「そうそう、ユキーチも乗っていたね」

「ジョンマーン!」

「宇宙で遭難してアメリゴ星人に救出されたジョンマーンもいたね」

「地球人だけで初めて恒星間往復航行に成功!」

「うむ、実はそれは違うんだ。カンリン号を実際に指揮したのはアメリゴ星人のブルックだ」

「えー!カッツ船長は?」

「カッツ船長は宇宙嵐と連続ワープの船酔いでほとんど船室にこもったままだった。他の地球人も同様のありさまさ」

「なーんだ」

「まあ彼らのおかげで地球人の能力をアピールできたし、アメリゴ星人の優れた技術や文化を学ぶこともできたわけだ」

地球人がランフサンシス港で歓待を受けている写真が次々と紹介されていく。

ユキーチがアメリゴ星人の美女とツーショットの写真もあった。

授業終了のビープ音が鳴った。

「よし、今日はここまで」

挨拶を済ませた生徒が次々と消えていく。

最後の生徒が消えると、先生はメイン配線を切り仮想教室を閉じて立ち上がった。

そして書斎の窓辺に寄って空を見あげた。

アメリゴ星人の大艦隊が空一面、西へと連なっていく。近く太陽系付近でも大規模演習がおこなわれるのだ。

確かにアメリゴ星人と友好を結んで地球は豊かになった。

だが、地球の陸地の20%がアメリゴの基地となり、他の異星人からの侵略を牽制している。

果たして地球はあの当時より平和になったんだろうか?


 
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ショートショート『わたしが子どもだったころ』

2012年02月25日 | ショートショート



わたしが子どもだったころ。

岡本の姉ちゃんの、肩かけスカートがあこがれでした。

わたしたちはといえば、足首をゴムでしめた、花柄のネルのもんぺをはいていましたから。

もう小学校に上がってらした岡本の姉ちゃんの家は宮司さんでお金もちで、

それは立派なおひな人形が飾ってありました。

お座敷に置かれた石油ストーブのチンチンいう音と灯油のにおい、まぶしいくらいに赤いもうせんの八段かざり。

それらがどんなにうらやましかったでしょう。

うちのかびくさい蔵の茶箱に収めたおひな人形は、蔵と同じにおいがしました。

黄ばんだ和紙に包まれた古びた人形を小さなシワくちゃの手で包むみたいにして、おばあちゃんが言いました。

「おひなさまも雛子のこと大好きだとおっしゃっとるじゃね」

でも、くすんでお召しのほつれたおひなさまをわたしは好きになれませんでした。

あなたたちさえいなければ。

おひなまつりが近づいてきた寒い日に、おかあさんがうれしそうに言いました。

「雛ちゃん、今年から新しいおひなさまよ。おばあちゃんが買ってくだすったのよ」

わたしはおおよろこびでした。

新しいお人形は、きれいなきれいなお人形でした。型はめで目鼻のととのった、それはりっぱなお人形でした。

その晩、夢を見ました。

おばあちゃんと二人で畦を歩いていくと、とつぜん目の前に海が広がりました。

大きな大きな海でした。息をのんだままで胸が痛くなりました。

群青に銀で描いた扇を重ねたような波模様が天の果てまで続いていました。

おばあちゃんは懐から古くなったおびなとめびなを取り出すと、

海にそっと流しました。

するとどうでしょう。

群青に浸したとたん、おびなもめびなもお召しものがあざやかによみがえったのです。

もえぎ、るり、こがね。

十二単が極彩色の千代紙をまきちらしたように、みずみずしく目にしみました。

わたしはこのかた、夢にもうつつにもこんなに美しい色を見たことがありません。

それは、おばあちゃんの目に見えていたままの、おひなさまだったにちがいありません。

わたしはおばあちゃんの手をつよくつよくにぎりました。

「おひなさまも雛子のこと大好きだとおっしゃっとるじゃね」

おばあちゃんもつよくつよくにぎりかえしてくださいました。

その年に、おばあちゃんは亡くなりました。

おばあちゃんのお葬式の日、おかあさん手縫いの肩かけスカートを初めてはきました。


 
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ショートショート『無知との遭遇』

2012年02月25日 | ショートショート



金曜日の夕刊、テレビ番組欄の下に待ちに待った映画の広告。

「未知との遭遇」

地平線の彼方へと一直線に続く道、その道の果てが光を放つ、あの印象的な広告!

広告を見ただけで心臓がバクバク高鳴った。

翌日半ドンで学校を退けると、ボクはシュンタとチャリを漕いで、アーケード街を駆け抜けて映画館に直行した。

シュンタはボクの親友、幼稚園のときにこの町に越してきて、物怖じしているボクに最初に話しかけてくれた。

みんなにくらべて勉強はさっぱりなボクだけど、シュンタのおかげでみんなに溶け込めた。

映画好きのシュンタの影響で、ボクもすっかり映画マニアだ。

すでに館内は暗くなっていた。そろりそろりと階段通路を下りていく。

うわっ・・・

階段を踏み外して倒れかけた。痛ェ~!座席背板で頭をしこたま打った。

白いビニルカバーがなかったら血が出てたかもしれない。

「大丈夫?」

もちろん大丈夫、映画を見ずに帰れるもんか。頭をさすりながら空いた座席に納まった頃には本編が始まった。

おや?こんな映画だっけ・・・

映画の冒頭、メキシコの砂塵の中、ジープから降り立つ宇宙人たち。ひょろりと手足が長くて胎児みたいだ。

航空管制室、旅客機の緊急事態を固唾を飲んで見守るのも宇宙人。

連れ去られる母子も宇宙人!停電を調べる電気技師ロイも宇宙人。

どうなってんだ?

隣のシュンタを見て、思わず声を上げた。シュンタも宇宙人!そして館内の観客全員が宇宙人!!

驚愕しているボクの顔をシュンタが覗き込む。

「ああ、さっきの」

そうか。ボクは宇宙人の町に越してきてたんだ。宇宙人によって、宇宙人が地球人に見えるようにされたんだ。

「今、なおすから」

シュンタがボクの後頭部に手をやってフタみたいに簡単に開いた。

そして指を突っ込んで、なにやらグチャグチャいじった。

ウッ、ウゲッ

数回、脳震盪のときみたいに頭の中がスパークした。

「これでよし、と」

シュンタがフタを戻す。目を開ける。

映画館の客席は人間たちで埋めつくされている。いつもと同じシュンタの顔。

あれ?なんかさっきまでと違うような・・・おかしいなぁ。

すごい夢を見て目覚めたらさっぱり夢の内容を思い出せないときの、あのもどかしい気持ち。

ま、いいか。そんなことより映画だ。

いよいよクライマックス。光の中、ひょろりと手足が長くて胎児みたいな宇宙人が微笑む。うわ~よくできてるなぁ!


 
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ショートショート『正義の見方』

2012年02月24日 | ショートショート

男「コラ~おとなしくしろ!」

女「イヤアアア!」

女学生のか細い腕をひっつかみ連行せんとする、黒装束にサタンのお面の怪しい男。

ブロロロロン!

エンジンの音も高らかに現れ出でた仮面の男、三日月を背に男を制す。

?「やめろ!サタン野郎!」

白タイツ上下に白マント、白ターバンにサングラス、サタンより不審な、そのいでたち。

男「何奴?」

?「役者の名前は『?』だが、だれもがみんな知っている。憎むな、殺すな、赦しましょう、正義の助っ人、『月光仮面』!!」

二丁拳銃にひるむサタン男、その手をふりほどいた女学生、月光仮面のマントの陰へ。

よし、これにて一件落着・・・

男「俺は父親だ!娘を返せ!」

え?父親?

?「父親がなんでそんなマスクをしている?」

男「俺は『仮面同好会』なのだ。趣味で日常、仮面を被っているだけだ。何か問題でも?」

ぬぬっそれが問題なら、もっこり白タイツのほうがもっと問題だ。

男「娘はまだ中学生なのです。それがこっそり家庭教師の男とお泊まりなど」

なぬぅ!月光仮面、躊躇なく二丁拳銃を女学生に向けた。ゆるさーん!!

女学生の目から涙が一筋。

女「さびしかったのよ!あたし、さびしかったの!母さんが死んでから、お父さんは家にいても仕事のことばっかり・・・」

お、この展開、これはこれでよしとするか。と、拳銃をベルトへ。

女「・・・それがまさか、巨大ロボットを作っていたなんて!」

え?巨大ロボ?マッドサイエンティストか、こいつは!と、拳銃をかまえる。

男「ああ、父さんは確かに巨大ロボを作った。だがロボは正義のロボットなのだよ」

なんだ、同業者か。と、拳銃戻す。

女「正義なんてチャンチャラ可笑しいわ!原子力エンジンを搭載して戦うなんて安全性度外視だわ!」

男「鉄腕アトムだってドラえもんだって原子力駆動なのだ!安全な利用を図るべきなんだ!」

反対派か推進派か、う~む、ここで正義うんぬんはちょっと・・・

女「百歩譲っても、TPP参加交渉だけは納得できないから!」

男「父さんだって、おまえがイスラムに改宗したのは許せん!」

さあ、正義とは?どうする、月光仮面!

ブロロロロン!

疾風のように去っていくのであった。


 
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ショートショート『モノリス』

2012年02月23日 | ショートショート

調査船ディスカバリーの甲板に報道陣が集まっていた。

巨大な油圧ウィンチが回転し、海水を滴らせたワイヤを巻き上げていく。

『先月、深海探査艇が発見した謎の物体がついに引き揚げられます!果たしてこれは何なのだぁ?』

海水が泡立ち、波間から石柱のような物体が姿を現した。

黒い。とらやの羊羹『夜の梅』よりも、『おもかげ』よりも黒い。

「古井戸博士、これは一体?」

「なんや見たことあるでぇ。そや、2001年のモノリスや!」

全世界の人々の頭の中にツァラツストラが荘厳に鳴り響いた。

甲板に下ろされたモノリスに博士触れた。激しい閃光。そしてモノリスがしゃべった。

「地球のみなさん、こんにちは。わてがモノリスだす」

古井戸博士と同じ声、同じ口調で。

「つまり、わては一博士の言葉やら知識やらを吸収させてもろおたわけや。これで皆さんとお話できます」

リポーターが勇気を出して尋ねた。

「あなた宇宙人?どこの星からいらっしゃったのですか?」

モノリスが笑った。

「そやなぁ、宇宙人やあらへん。厳密にゆうとパソコンみたいなもんですわ。銀河連邦で働いてます」

「銀河連邦?」

「そや。地球はんもわてを見つけて引き揚げるだけの知恵がついた。ようやっと大人、銀河連邦の仲間入りや。おめでとさん」

なるほど!やっぱりモノリスだ。これが進化の指標となるわけか。

「つきましては、大人の責任として銀河連邦に納税義務が発生します。今年からきっちり決算申告してもらいます」

モノリスの表面に、税務書類が映し出された。慌てたのは古井戸博士である。

「また急な話やな。それに、どない記入しますねん」

「大丈夫や。わて、モノリスが地球さんの顧問税理士、お引き受けしまひょ」

え?税理士って何をする人?

「税理士は、決算申告をお手伝いします。税のご相談もお気軽に。会計士として地球はんの経理に助言します。言わば地球はんの信頼できるパートナーやな」

古井戸博士、頭を抱えた。

「わしが引き揚げたばっかりに。宇宙の相場ようわからへんけど、モノリスはんのお力でまけてもらえまっか?」

「税理士は公正な職務ですねん。まからしまへん!」

ううっ、さすがはモノリス。四角四面だぁ。

 


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ショートショート『助六』

2012年02月22日 | ショートショート

はてさて俄雨に祟られまして街道行きかう馬子もお侍も芸者衆も右往左往でござんす。

あるは木の陰あるは庇陰と身を寄せますがさらに雨足強く、

街道筋の旅籠屋は旅客山為してさてさて相部屋となつた次第でござんす。

「先生、蘊蓄斎先生とやら」

「そう哮るな。お客人」

「こう雨に降られちや遊びにも出れねえ。どうだ俺と蘊蓄比べをしないか」

「わしとおまえぢや勝負になるまい。それなりの下駄が必要と思うが」

「先生言うねえ」

「おまえが負ければ五文をわしがいただく。わしが負ければ三十文で如何?」

「そいつァいい。では早速まいるまいる。『助六寿司』を『助六』というは何故?」

「ホホ、簡単なこと。『助六所縁江戸櫻(すけろくゆかりのえどざくら)』のあの粋男、助六のことぢや。恋仲の華魁を総角(あげまき)という。稲荷寿司のあげと巻寿司のまきを合わせてあげまきとの洒落ぢや。では五文をいただこう」

「さすがは蘊蓄斎ぢや。こいつは六助られた」

「おつとそれは『まきあげられた』の洒落と見た。さらに五文いただこう」

「畜生ほれ十文でい。くうう、こいつは赤子の行水でい。ならば俺からまいるまいる。得意な技を『おはこ』というは何故?」

「ホホ、また簡単な。市川團十郎が得意の演目十八番を選び定めたからぢや。台本をはこに収めた故に『おはこ』という。さらに聞き逃すまいぞ赤子の行水。それは「金盥で泣いている」、「金が足らいで泣いている」の意であろう。さらに十文ぢや」

「ヒイイ、こいつァ幽霊のお手討ちぢや。三十七計逃げるに如かず!」

「また言うか。「幽霊のお手討ち」とは「死骸がない」、「し甲斐がない」の洒落だな。ささ五文いただこう。さても「三十七計」とはどういうことぢや?」

「おわかりにならない?では三十文」

「ヌヌ、ほれ三十文ぢや。して答えは?」

「それが俺にもさつぱりわかりません。ぢや失礼いたしやす」

「行つてしもうた。ウウムこいつァ、わりきれねえ」


 
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ショートショート『パパマスク』

2012年02月21日 | ショートショート

『ボクのパパ』

ボクのパパのおしごとは、プロレスラーです。

ゆうめいなだんたいのゆうめいなわるものレスラーです。

きょうきをつかったり、いすをなげたりします。

くろいふくめんをかぶって、いいもんレスラーとたたかって、わざとまけます。

パパはいつも言っています。

わるものがつよければつよいほど、いいもんレスラーがつよく見えるんだ。

わるものがわるければわるいほど、いいもんレスラーがいいもんに見えるんだ。

だから、わるものレスラーはとってもたいせつです。

プロレスのしごとは、しあいのれんしゅうや、ちほうのしあいがあって、なかなか家にかえれません。

でも、おやすみの日、おうちのパパはやさしいです。いっぱいあそんでくれます。

ふというでにぶらさがったり、かたぐるましてもらったりします。

パパ、いっぱいわるいことして、がんばってね。

 正夫が学校で書いた作文、今日の夕方から何度読み返したでしょう。

ママはニコニコ顔で原稿用紙をたたむと、壁時計を見上げました。

もう12時をとっくに回っています。夜更かししていた正夫も眠気に負けて寝てしまいました。

せっかくのお休みなのに、もうまったく。

ピンポ~ン!

あ、パパ!

「むははははっ、ブラックサバト様のお帰りだぞ~!」

しこたま酔っています。半分靴を脱いだまま玄関で大の字になっちゃってます。

もうしっかりしてよ、あなた。抱き起こそうとすると、いきなりのホールドです。

「ママ~、だいちゅき~」

玄関先でやめてちょうだい。お酒くさ~い。

パパったらいきなりママの後ろに手を回すと、ジッパーをジジジ~・・・

「ちょっと、パパ。だめよ、ウフフ」

ママもパパのジッパーを指でつまんでジジジ~・・・

 

翌朝。

朝食のテーブルで、正夫はトーストをかじりながらパパとママを見くらべます。

パパもママもごきげんです。

「ママ、トーストもう一枚!」

振り向いたパパの頭のうしろに、ジッパーのチャックが見えました。

「は~い、もうすぐできますよ」

ママの頭のうしろ、髪の毛の間にもジッパーがまっすぐ走っています。

パパがパパマスクをはずしたら、ママがマママスクをはずしたら、いったいどうなっちゃうんだろう?

でもそれって、子どもが絶対に聞いちゃいけないんだよね。

「正夫、作文読んだぞぉ。さすが俺の息子だ。今日は遊園地連れてってやるからな」

「わ~い!」

ボクはボクで、子どもマスクかぶってないと、ねっ。


 
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映画『ドライビングMissデイジー』

2012年02月20日 | 映画の感想



監督ブルース・ベレスフォード
モーガン・フリーマン(Hoke Colburn)
ジェシカ・タンディ(Daisy Werthan)
ダン・エイクロイド(Boolie Werthan)
パティ・ルポーン(Florina Werthan)
Esther Rolle(Idella)
老女デイジーと、初老のベテラン黒人運転手ホークとの友情を描いたヒューマン・ドラマ。1948年、夏。長年勤めた教職を退いたデイジーは未亡人。まだまだ元気いっぱいの彼女だったが、寄る年波には勝てず、ある日運転中にあやうく大事故を引き起こしかける。亡くなった父の跡を継いで会社の社長となっていた息子のブーリーは、そんな母の身を案じ、専用の運転手を雇うことにした……。

★★★★★
ついに見た。一年以上前からレンタル候補に入れていて、このたびやっと届いた。1989年アカデミー賞9部門ノミネートされ、作品賞・主演女優賞・脚本賞・メイクアップ賞を受賞。アカデミー賞って、結構賞獲得レースとかユダヤ系有利とかと揶揄されているし実際、それほどでもない作品が受賞していることも多いけど、こりゃあよかった。白人の老婦人と、黒人運転手の心の交流が軽快な音楽に乗せコミカルなエピソードを重ねて描かれていく。なんとも可愛らしい映画だ。ジェシカ・タンディの、いかにもかつて生徒にも自分にも厳しい教師やってました、という風情の頑固ばあさんぶりがいい。そしてモーガン・フリーマンの飄々とした感じ、なんかいかりや長介の役者っぷりにホントよく似てて滋味深い。この映画がいいのは、気難しいばあさんが、運転手の人柄にほだされて心を開いていく過程が丹念に描かれてハートウォーミング映画として見ることができることだ。お年寄り同士、人種を超えた心の交流をこんなに爽やかに描くなんて。しかし、この映画、見様によって深い深い映画だ。アメリカ南部ジョージア州アトランタを舞台に、1948年~1973年の25年の歳月の移ろいが、時代時代のファッションや紡績工場の機械や自動車のデザインや、ダン・エイクロイドの頭髪で語られていく。そして、運転手ホークが文盲であることやスタンドでトイレを利用できないこと、職務質問する警官たちとのやりとりの緊張感など、さりげない部分で黒人差別の現実をヒリヒリ皮膚感覚で感じさせてくれる。そして、マーティン・ルーサー・キング牧師の『善意の人々による無自覚の差別こそ問題』だと訴える演説が、この映画のテーマを語っている。息子のダン・エイクロイドは、母デイジーがキング牧師の演説会へ誘うのを断る。自分の差別意識からではなく、演説会に参加すると商取引がうまくいかなくなる懸念を理由にして。母デイジーは代わりに黒人のホークを演説会に誘う。穏健なホークが「私をなんだと思ってるんだ?」と思わず言ってしまう場面。元教師のデイジーが黒人差別反対を唱えながら自分自身の差別意識に目を背けてきたことが露わになる、痛いシーンだ。デイジーもまたユダヤ人として差別を受けてきた身、ユダヤ教会が爆破され道が渋滞する場面で、ホークが身近に起きたリンチ殺人を語ると、デイジーは涙を流しながらも、教会の爆破との繋がりや事件自体まで否定しようとする。わが事と黒人差別とをまったく別次元でとらえている、ここも痛いシーンだ。デイジーが認知症となって心が裸になって初めて、ホークに「あなたは真の友だちよ」と告げるのがせつない。老人ホームでホークがデイジーとテーブルを共にし、パイを口に入れるラストシーンが泣けてくる。 キング牧師の有名な演説の一節に結びつく。『私には夢がある。いつの日かジョージア州の赤土の丘の上で、かつての奴隷の子孫たちとかつての奴隷主の子孫たちとが、共に兄弟愛のテーブルに着くことができるようになるだろう。』・・・なんだか善良な人に出会ったときみたいな映画だった。


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映画『127時間』

2012年02月20日 | 映画の感想

監督ダニー・ボイル
ジェームズ・フランコ(Aron Ralston)
アンバー・タンブリン(Megan)
ケイト・マーラ(Kristi)
リジー・キャプラン(Sonja Ralston)
クレマンス・ポエジー(Rana)
2003年4月25日金曜日。いつものように行き先を誰にも告げず、休日はクライマーとして人生を謳歌しているアーロン。今回の目的地はブルー・ジョン・キャニオン。土曜日の朝、車からMTBを取り出し渓谷へ向かった。途中、道に迷った二人の女性を秘密の場所へと案内する。そこは岩と岩の隙間から下の泉へとダイブできる場所。大胆なアーロンの行動力は彼女たちを魅了する。そんなアーロンに、思わぬ災難が降りかかる。

★★★★☆
そういう映画だと覚悟してみたけれど、本当に容赦なくそういう映画だった。映画の始まり15分くらいから終わり15分前くらいを除いて残り全編、岩に挟まれっぱなし。血の気の引くような結論はわかっているんだけど、唯一の脱出に使えそうな道具が、安物の万能ツールだけ、そのなまくらナイフじゃ皮膚さえろくに傷つけられないってんだから、ホラー映画よりもずっと怖い。しかも一瞬たりともブレることなくアーロン目線で描かれていく。これはいわば『自分と向き合う』映画だ。こんなにリアルに危機的状況に陥った自分に向き合った気にさせてくれる映画はいまだかつてないんじゃないだろうか。ボクは昔、ホントつまんない理由で自分の体を傷つけようとしたことがあるが、生汗ダラダラ、精神的にかなりきつかった。なにかの拍子に「あいたっ」と怪我をして血が出るのと、自分で自分の身体を意志をもって傷つけるのとじゃ全然違うのがよくわかった。あの感覚をモロに思い出す映画だった。究極、人がアクション映画やホラー映画に求めるものは、危機的状況や死に直面した状況の仮想体験なのかもしれない。とすればこの映画、並みのアクション映画よりずっとスリリングにして、並みのホラーよりもずっと怖い、究極のアクションホラーなのかもしれない。救出の幻覚や過去のフラッシュバック、そして未来の妄想が目前に現れ、ラストにつながっていくあたりの演出、キレのいいカメラワークも巧い。いや~きっつい映像体験だった!

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映画『突撃』

2012年02月20日 | 映画の感想

監督スタンリー・キューブリック
カーク・ダグラス(Colonel Dax)
ラルフ・ミーカー(Corporal Paris)
アドルフ・マンジュウ(General Broulard)
ジョージ・マクレディ(General Mireau)
ウェイン・モリス(Lieutenant Roget)
無謀な作戦によって激戦地で危険と恐怖にさらされた兵士の怒りを描く戦争ドラマ。第一次世界大戦、フランスの最大の課題はドイツ軍の撃退だった。そんな中、ダックス大佐はドイツ軍の要所を攻略する命令を受ける。だが、兵士たちの疲労を知るダックスは、現在攻撃を仕掛ければ兵士たちが壊滅的打撃を受けると抗議する。が、軍上層部は無視、作戦は実行される。フランス軍は大敗し、ダックスは責任を問われ軍法会議にかけられる。

★★★★☆
あのスタンリー・キューブリックが29歳で監督したという映画。何が驚いたって、まさか軍事法廷が中心のドラマだなんて思いもしなかった。題からして『突撃』だもの、戦闘シーンてんこ盛りの映画か、『フルメタルジャケット』第二次大戦バージョンというイメージで見始めたら、とんでもない。時代は第一次世界大戦だし、フランス軍内部の醜聞実話をもとにした映画とは!作品自体で、驚いたのは1時間半足らずという短さで実にコンパクトでタイトにまとめあげられているところ。主人公のカーク・ダグラスは揺るぎない不屈の軍人でヒロイック。参謀本部の好々爺然としたブラルール将軍、師団長に任ぜられる軍人気質のミロー将軍、そして前線指揮に当たるカーク・ダグラス=ダックス大佐。大佐は前線の兵士たちと上官との板挟み、まさに中間管理職といった役柄。独軍の堅固な陣地アリ塚を奪うという無謀な突撃自体はさらに上層部からの決定なのだが、作戦が失敗するやその責任を誰かにとらせようとする。敵前逃亡兵という名目で三人の兵士が「見せしめ」に選ばれ、軍法会議にかけられる。彼らを救うために手を尽くすダックス大佐。・・・そして三人の運命は?ぐいぐい引っ張って裏切る皮肉な結末。それだけに終わらない、ラストでの兵士たちの暴力的な顔と優しさを取り戻した顔。小粒ながら戦争映画の名作だと思う。ただキューブリックらしさはあまり感じない映画だ。しかしさすがにキューブリック、塹壕をズンズン進む上官をとらえ続けるカメラワーク、パノラマ図絵のような戦闘シーン、思わず奥行きの稜線にまで視線を運んでしまう、映画空間に導く画面構成には惚れ惚れとしてしまう。

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映画『必死の逃亡者』

2012年02月20日 | 映画の感想

監督ウィリアム・ワイラー
ハンフリー・ボガート(Glenn Griffin)
フレドリック・マーチ(Dan Hilliard)
アーサー・ケネディ(Jesse Bard)
マーサ・スコット(Eleanor Hilliard)
デューイ・マーティン(Hank Griffin)
インディアナポリス郊外に住むヒリアード一家は主人のダン(フレドリック・マーチ)と妻のエリナー(マーサ・スコット)、娘のシンディに男の子のラルフ(リチャード・アイアー)と4人ぐらしの中流サラリー・マンで、シンディにはチャックという恋人がいた。ある朝、皆が家を出て行った後、3人の脱獄囚が押し入って来た。グレン(ハンフリー・ボガート)と弟のハル(デューウィ・マーティン)、仲間のサム(ロバート・ミドルトン)の3人であった。彼等はピッツバーグにいるグレンの情婦モリーから高とびの金を届けてくるまで、この家にかくれていようというのだった。ジェス・バード警部(アーサー・ケネディ)指揮の下に捜査網をはった警察でも3人がこの家にかくれているとは知らなかった。家族のものは次々と帰って来たが皆捕虜になった。3人は他に洩れることをおそれ、家族のものに何事もなかったように振る舞わせた。

★★★☆☆
ウィリアム・ワイラー監督が『ローマの休日』に続いて撮ったサスペンス映画。何をやっても後世に残る、すばらしい映画作家だなぁ。この映画、脱獄囚三人組が隠れた家が舞台で、家の住人との駆け引きが延々と続く。さながら舞台劇を見ているような、限られたシチュエーションで繰り広げられる世界。父親、母親、姉、弟という家族四人と、銃を手にした極悪な脱獄囚連中とでは力関係ははっきりしている。いつどんなひどい目に遭わされるかわからない状況で必死に家族を救おうとする父親の孤軍奮闘ぶりに舌を巻く。なんといっても、凄味のあるハンフリーボガードの悪役ぶりがいい。そう言えば、以前見た『黄金』(これは傑作!)の、ハンフリー・ボガードの悪役っぷりも凄かったなぁ。あと二人の若輩ものと極太眉毛の巨漢も個性的で印象深い。なのに、どうもボクには緊迫感が十分に伝わらなかった。父親があまりにも気丈すぎて、ボクは家族のためにここまでできないなぁって思ってしまうからだろうか。う~ん・・・イヤイヤ、どうやら中身だけじゃなくて、画面づくりに原因がありそうだ。この映画、演劇の舞台のように複数の人物が同時に演技しているシーンが実に多い。多くの映画でアップや角度を変えることで感情をとらえていくけれど、この映画は敢えて引いたまま、複数の表情を同時に見せていく。このあたりに原因がありそうだ。ま、好みの問題でもありそうだけど。

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