ロジャー・ボンド絶体絶命!

2011年07月31日 | ショートショート



<絶体絶命までのあらすじ>
ニューオリンズで英国諜報部員が次々と殺された。暗黒街を支配するミスタービッグが黒幕と睨んだ英国情報部は、腕利きのスパイ、ロジャー・ボンドを現地に送り込んだ。空港に颯爽と降り立ったロジャー・ボンドの前に、清楚だけど巨乳のジェーン・セイモアが現れる。女に目がないロジャー・ボンド、鼻の下をのばして誘われるがままダウンタウンへ。タロット占いの店に入ろうとしたそのとき、背後から『プ』!アイタッ、首の後ろに灼けるような痛みが。なんと、吹き矢の針が刺さっているじゃないか。ウウッ、どうやら毒が塗られているらしい。ミスタービッグの片腕、サメディ公爵が不敵に笑う。「ハハハハハハハハ!ロジャー・ボンド、この吹き矢の毒に解毒剤はないぞ。すでに全身を毒が回ったのだぁ」清楚な巨乳に目が眩んで、解毒剤のない毒矢が刺さっちゃうなんて、オーマイガッ。危うし、ロジャー・ボンド、まさに絶体絶命!


あらすじ説明が終わったところで、サメディ公爵はあらためて不敵に笑い、お約束どおりに同じセリフを繰り返した。
「ハハハハハハハハ!ロジャー・ボンド、この吹き矢の毒に解毒剤はないぞ。すでに全身を毒が回り始めたようなのだぁ」
おっと、あらすじとは微妙に違う言い回しじゃないか。回り始めような?
「そのとおりだぁ。この吹き矢の毒は、いたぶるようにジワジワ全身を駆けめぐって、徐々に効いてくるのだぁ」
ジワジワ?徐々に?なんだ、そのニュアンスは?
「ワニの金玉から抽出したこの毒は、ゆっくりと確実に死に至らしめる毒だぁ。致死率100%、肉が溶け、内臓が腐っちゃうのだぁ」
えー!それは困る!ワニの金玉の毒で死にたくない。
「ハハハ~、あっきらめなさ~い。すでに毒は回り始めつつあるようなのだぁ」
回り始めつつあるような?なんだ?その言い回しは?微妙すぎないか?ちゃんと説明しろよ。
「イヤ、だからその、この毒の効果は確実なんだけど、とってもゆっくりと回って、とってもゆっくり効く毒だから」
おいおい、どのくらいゆっくりだ?
「えっとぉ~、五十年くらいかな」
五十年?なんだそれ。
「でも、致死率100%だぞ。まいったかぁ」
こいつ、私の年齢を知っているのだろうか?先代のショーン・ボンドよりも三つ年上だぞ。毒が効くころには百歳になってんだぞ。
「どうだぁ?シリーズも打ち切りかぁ。残念だったなぁ。ハハハハハハハハ!」
そんな緩慢な毒、進行が緩慢な前立腺がんのほうがよほど怖いじゃないかよっ。

ツッコンだつもりのロジャー・ボンド、後年ホントに前立腺がんを患うことになるなど知る術もなかった。




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ようこそ地球号へ

2011年07月30日 | ショートショート

通りに出ると、大輪の花火みたいに町の景色が広がった。
カーニバルだ。
メルヘンチックな洋館が立ち並ぶ大通りを、金髪の少女たちの鼓笛隊が行進している。
金管楽器もキラキラだし、少女の笑顔もキラキラしてて眩しい。
溢れだした音符みたいに、紙吹雪と風船が飛び交っている。
紳士淑女たちがシャンパンで乾杯し、ダンスをしている。
底抜けに晴れた空を、真っ赤な複葉機が垂れ幕をたなびかせて飛んでいる。
垂れ幕には何かアルファベットが並んで英語が書かれているけど、ボクにはその言葉の意味がわからない。
大通りを歩いていたボクは、問題に気がついて立ち止まる。
些細なことと無視しようとしたけれど、無視しようもない重大な欠陥だと気がついて真っ青になった。
このカーニバルには音がない。
このカーニバルには時間がない。
すべてが録画映像を一時停止したように止まって、動かないカーニバルのシーンなのだ。
ほら、マジシャンのシルクハットから飛び出すハトも、羽ばたき始めた姿勢のまま空間に浮いている。
ボクだけだ。ボクひとりだ。
おそるおそる歩みを進めるボクにその事実が突き刺さる。
そうだ。前からずっとボクの中ではこうだったのだ。
みんなに合わせてふざけあったり笑いあったりして調子を合わせていたけど、いつだって傍観者だったから。
ボクがこんなだから、とうとう世界から置いてきぼりを食ったにちがいない。
もっと上手に合わせなくっちゃ。
ボクは大声をあげて走り出した。もっと笑って。もっと狂って。

ふと気がついたら、美術館でカーニバルの絵を見つめていた。
みんな迷惑そうにボクの後ろを歩き去っていく。ヒソヒソ話している声が聞こえる。
音のある世界、時間のある世界に戻ったのだ。
ボクはカーニバルの絵に目を凝らす。
そして、絵の中に描かれたボクの姿を発見する。
トランプのジョーカーみたいにふざけた道化姿のボク。
嬉しくて嬉しくてたまらなく嬉しい。



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イソップ課長、かく語りき

2011年07月29日 | ショートショート

オホン!課長が大きく咳払いをした。
「チミ~、準備する時間は十分にあったはずじゃないかぁ。報告書がまだできていないなんてどうなってんの?」
「す、すみません・・・」
ボクは平謝りに謝った。
「チミは『アリとキリギリス』の話を知っているかね?夏の間、こつこつ働いていたアリさんと、歌って遊んでいたキリギリスの話だよ」
「知っています。もちろん。でも、決して遊んでいたわけでは」
課長が老眼鏡を下にずらして上目遣いでボクを見た。
「オンヤ?言い訳?じゃ、どうして期限の日に、報告書が上がらないんだね?」
「ほとんどできてたんです。でも、一昨日から風邪をこじらせて寝込んじゃいまして」
課長がニヤリ。
「チミチミ~、『ウサギとカメ』の話を知っているかね?どんなに能力に長けた者であっても、最後の詰めが甘いが為に全てがオジャン!」
「すみません。明日中には仕上げて提出しますんで」
「頼んだよ、チミ。明日までだよ。くれぐれも『オオカミ少年』にならないように頼むよ」
「ハイ、申し訳ありませんでした」
課長の前を辞して、自分のデスクに戻るボクを、同僚たちがニヤニヤして見るともなく見ている。
チェッまた課長のお小言をネチネチ食らうハメになっちまった。
それにしても、課長のヤツ、なんでいつもいつもイソップなんだろう。なんでもかんでもイソップ物語を引用したがるってのは、どういう性分なんだろう?
早速パソコンを開いて、報告書の続きをやり始めた。
パソコンの画面とにらめっこして、パチパチとキーを叩いていると、課長の声が聞こえてきた。
さっきまでのトーンとはまるっきり違う、甲高い、緊張しきった課長の声。
「社、社長ぉ~!わざわざこちらまで。何か問題でも?」
オヤ?うちの課にいきなり社長が出向くなんて、どういう風の吹き回しだろう。
「やぁやぁ、驚かしてスマン。提出してもらう報告書の件だが」
課長が跳び上がらんばかりに驚いて口をパクパク。
「そ、それがその、今、担当にやらせているところなんですが、どうも明日になりそうでしてぇ」
「お、そいつはよかった。どうもワシは風邪気味で今日は退けようと思う。報告は来週でかまわんよ。それを言いに来たんだ。では」
課長が平身低頭、社長を見送った。
来週でいいのか。キーボードを叩く手を止めて、ひと休みしていると、課長が戻ってきた。
「オホン。ま、聞いてのとおりだ。だが、チミが風邪で文書が遅れるのと、社長が風邪で期限を延ばすのは違う話だぞ」
ハイ?
「君は『キツネとツルの御馳走』を知っているかね?ツルは平らな皿のスープが飲めない。キツネは細長い壺のスープが飲めない。つまり、立場がちがえば同じ理屈は通用せんのだよ」
う~ん、なるほど、一理ある。
・・・しかし、ボクと社長の立場のちがいより、ボクとギリシャ時代の昆虫やら動物やらの立場のほうがよほど遠い気がするんだが。



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おじいさんのおんがえし

2011年07月28日 | ショートショート

ある町に心のやさしい青年がひとりで暮らしておりました。名前をマサト君と言います。
マサト君がバイトを終えてアパートへの帰り道、おじいさんが倒れているではありませんか。
おじいさんの足もとには野良犬殺しの毒マンジュウが!
「おじいさん、こんなもん食っちゃダメじゃないっすか」
マサト君はおじいさんの背中を思いっきりドン!
ゲポッ
おじいさんの口から毒マンジュウが飛び出しました。
「もう大丈夫ですよ」
おじいさんは何度も何度もお礼を言って去ってゆきました。

その晩のことです。マサト君が部屋でバラエティ番組を見ながらカップめんをすすっていると、
コンコン、コンコン
アパートのドアを叩く音が聞こえます。はて、こんな時間にだれだろう、とドアを開けてビックリです。
そこにはなんと、若くて美しい女性が立っているではありませんか。
いや、正確に言うと、若くて美しい女性っぽく仮装したけどバレバレの、昼間のおじいさんが立っていたのです。
「ご迷惑でしょうか、どうか一晩泊めておくんなまし」
う~ん、どういうつもりでしょう。マサト君はやさしい青年なので泊めてあげることにしました。
翌朝、マサト君が目を覚ますと、おじいさんはまだ寝ています。
しかたないので、朝ごはんを作ってあげて一緒に食べました。
「身寄りのない者でございます。どうぞお宅においてやってくださいませ」
う~ん、それはちょっと・・・そう思ってことわりたかったけれど、マサト君は心がやさしいので言い出せませんでした。
こうしてマサト君はおじいさんと一緒に暮らし始めました。
「わたしが出てくるまで決してのぞかないでおくんなまし」
おじいさんはそう言って、1DKの奥の部屋のフスマをピシャリと閉じました。
中からは聞こえてくるのは、バラエティ番組のにぎやかな音、おせんべいをかじる音、屁をこく音。
でもマサト君は心やさしいので、キッチンの床に布団を敷いて生活しました。

やがて、おじいさんは体が弱ってきて、全面介護になりました。
マサト君は何年もの間、甲斐甲斐しく体を拭いてあげたり下の世話をしてあげたりしました。
そしていよいよ危なくなって、病院のICUへ。その晩、おじいさんがカツラを脱いで言いました。
「マサト君、ありがとう。実は、わしは、毒マンジュウを食って倒れていたおじいさんだったんだよ」
「・・・・・・知っています」
「しかも、フスマの向こうで機織りもせずグータラしておった」
「・・・知っています」
「よくぞ耐え抜いた。実は私は跡取りのない大富豪なのじゃ。なんの見返りを求めないマサト君、キミはわしの遺産を受けとるにふさわしい人物だ。すべての財産はスイス銀行に預けてある。口座番号を言うのでメモを・・・」
ピ~
おじいさんの心音がとまりました。
でも、マサト君、気がつきません。とっくに耳をふさいでいたのです。



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ボクたちなんだか気が合うね

2011年07月27日 | ショートショート


携帯を傍らに置いて、文庫本を読みながらパスタを啜る。
美味いなぁ、この店の焼きカルボナーラは。濃厚なチーズとパセリの風味が味わいを深め、黒胡椒がピリッと締めている。
イタリアン専門のファミレスで、ひとりで食事を楽しんでいると、
「相席してもいいですか?」
突然声をかけられてドキッとした。見上げると、若い娘だ。
カワイイ・・・
歳の頃は二十歳前後だろうか。ニットパンツにスニーカー、散歩の途中みたいな飾り気のない服装。
「どうぞ」
ボクの返事と同時に、向かい側の席に腰掛け、メニューを広げた。
子鹿みたいな娘だ。栗色の髪をポニーテールにして、ホワホワの後れ毛がうなじでほつれている。
ボクの視線に気がついて、彼女がニッコリした。
「ああ、やっぱりそれがいちばん美味しそう!」
店員に合図し、ボクと同じ焼きカルボナーラを注文した。
ボクは店内をさっと見渡した。昼時、客の入りは半分くらい。空いている席はいくらでもある。
何を好きこのんで、こんな目立たない隅の席で相席をするんだ?
「ね、北森鴻がお好きなんですか?アタシも読んだわ、その本」
ボクの文庫本を見つめて彼女が聞く。なんだ、なんだ?
「最近、よく読むようになってね。君が好きなのはどの作品?」
彼女が、お気に入りの本の題名を次々並べていく。すごい、ボクが読んだお気に入りの本ばかり。
親子ほども年の離れていそうな小娘が突然相席したときには、厄介だなと思ったが、ボクと焼きカルボナーラを愛し、北森鴻を好む娘に興味がわいてきた。
おまけにボク同様、かなり体も鍛えていそうだし。
初対面のボクたちはすっかり意気投合し、同じ小説について話しながら、同じデザートを堪能した。
食事が終わると、彼女がトイレに立った。
そのとき、ボクの携帯が鳴った。
「ハイ、ええ・・・注文が届かない?確かに発注した?スミマセン!ちょっとお待ちくださいますか?申し訳ありません!」
他の客に迷惑にならないようにと、あたふたと店の軒先に出た。
そこに彼女が待っていた。
やっぱり、君も!
ボクたちは無言で見つめ合い、手をとってダッシュした。
ボクたちが店の駐車場を抜けて地下鉄入口に飛びこむ頃になって、背後から店員の声がした。
「あいつら、食い逃げだ!」



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人生ターミナル

2011年07月26日 | ショートショート

 



真夜中の国際空港出発ロビーは、冷蔵庫の底の、空っぽの野菜室みたいだった。
遠くの聞き慣れない火山の灰の影響で、全便が欠航したままなのだ。
宿泊先のない若い乗客がわずかばかり、待合の椅子で仮眠をとっている。ボクのその中のひとりだ。
離発着ボードに並ぶ欠航の文字を焦点がぼやけて滲むままに見つめていると、初老の男が声をかけてきた。
親子ほども年の離れた、愛想のいい男で、身だしなみもよかった。こんな時間にここにいるなんて場違いな感じだった。
「困りましたな」
「困りましたね」
ひとしきり火山灰のもたらしたトラブルを嘆きあったあと、彼はひまつぶしに話しませんかと提案してきた。
そして、ボクの汗じみたバックパックを指さしてアレコレ訪ねてきた。つまり若者の冒険談を聞きたいってことだ。
ボクは写真の束を男に渡すと、写真の説明を始めた。
レバノンの民兵たちと瓦礫に座っているボク。
バングラデシュのストリートチルドレンに囲まれたボク。
ひとしきりいい気分で話して気がついた。この男は実に上手く話を聞き出してくる。
話し過ぎたかな、退屈かな、と話を切ろうとしたとき、絶妙のタイミングで次を聞こうと尋ねてくる。
こういうのを聞き上手って言うんだろうな。
十分話したところで、ボクは彼にも話をしてくれと求めた。
しばらく黙っていた男は、微笑むと話し始めた。
日本の外国語学校で知り合った女性と大恋愛の末、結婚したこと。二十四年前に男児が誕生したこと。
事業に失敗して、間もなく妻が病死したこと。
男児は関西の田舎町で暮らす知り合いに預けられたこと。
数年前に借金の返済を終えて、新たな事業は軌道に乗っていること。
預けた男児に会うために関西に出掛けたが、成長した男児は不在だったこと。
その息子は今、バックパックを背に世界を旅していること。
どうしても会いたい、しかし事情はあろうと捨てたわが子に合わせる顔がない。
わが子の行き先を調査させて、ついに居場所をつきとめた。
やむにやまれず、今こうして会いに向かっているが、何と声を掛ければいいのかわからない。

ひとつひとつの言葉がボクの心にズシリズシリと響いてくる。
両親を知らずに、関西の田舎町で育ち、バックパックひとつを抱えて世界を旅しているボクに。
話し終えて目を伏せている男をじっと見つめた。
ボクの唇がわずかに動く。
二十四年間一度も言えなかった言葉を言おうとして。
そのとき、ロビーに搭乗アナウンスが響いた。
「失礼、私の乗る便だ」
男は立ち上がった。気勢をそがれたボクは、跳ねるように立ち上がった。
「楽しかったです。とても」
それだけ言って、彼の背中を見送った。
今度、日本に戻ったら確認しよう。それからでも遅くない。
なにからなにまで合致しているのだから。
でも問題がないわけではない。問題がひとつだけ。
ボクが生粋のモンゴロイドであり、彼は生粋のアングロサクソンだという点。


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マッチ売りの少女のために

2011年07月25日 | ショートショート



たとえばオレが大晦日に雑踏を歩いていたとしようじゃないか。
路傍のあちこちにはガチガチの雪が残っていて、冷たい風に身も心も凍てついてしまう。
そんな往来の片隅で、いたいけな少女がひとり、手提げ籠を抱きかかえ声をあげているんだ。
「マッチはいかがですか?マッチを買ってくださいませんか?」
気忙しく行き来する人は誰も気にもとめない。
薄手のみすぼらしい服に身を包んでいるきり、手袋も靴下もない。
紫色の唇が震えているのは、寒さと空腹のせいにちがいない。
このまま一本のマッチも売れずに家に戻れば、鬼のような親方の折檻が待っているにちがいない。
家に帰れぬまま、夜が訪れるだろう。
あまりの寒さにマッチを灯す。消えるまでのわずかの間だけ、心にもまた明かりが灯る。
一本、また一本と灯していくうちに、すべてを燃やし尽くす。
そして翌朝、雪に埋もれた少女の亡骸がひとつ。
ああ神様、こんな幼子にかくも過酷な試練をお与えになるのですか。
「マッチはいかがですか?マッチを買ってくださいませんか?」
おや?ひとりの男が足を止めた。
「おいおい、今どきマッチを買ってくれ?百円ライターですら景品で貰えるような時代、マッチなんて見かけなくなって久しいぜ。わざわざ道端で買う奴がいたら見てみたいよ」
鼻で笑ってそのまま立ち去っちまった。
またひとりの男が立ち止まった。
「マッチをいかがだと?道端でマッチを買って何に使えって言うんだ?今、禁煙中なんだ。マッチなんか買っちまったらオシマイじゃないか!オレを肺癌にする気か?くそっイライラする!」
怒鳴りつけると、足早に消えた。
がっくり肩を落とす少女。暗くなり始めた空一面、薄雲に覆われ始める。まもなく雪が舞うだろう。
少女を、彼女を救えるのは、そう、オレしかいないじゃないか!

「それで?」
それでって・・・今日び、マッチ売りの少女を救えるのはオレしかいないってことさ。プハ~



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動物園に行こう!

2011年07月24日 | ショートショート



土曜日。
パソコンに熱中していてふと気がつくと、妻があきれ顔で見ていました。
「もうあなたったら、部屋の隅でゴソゴソして。たまには家族サービスしてよね」
また小言です。せっかくパーツを買い集めて自作PCを楽しんでいるってのに。
「子供たち、動物園に行きたいってずっと言ってるの」
「動物園~?」
よりにもよって。
ボクは動物園が大嫌いなんです。第一、クサイじゃないですか。動物やらウンチやら、とにかくクサイ。
それだけじゃありません。動物たちがかわいそうです。アレって、動物たちを檻に閉じこめて見せしめにしている場所ですよ。動物の生存権を蹂躙している、動物専用の終身刑務所じゃないですか。
妻が睨みます。
「連れてってくれるわよね?」
こんなとき、NOと言える勇気がボクにあったらなぁ。ボクは返事をするかわりに、ヒゲをコシコシしごきました。

日曜日。
子供たちを連れて動物園に行きました。
「パパ、最初はパンダさんを見にいこうよ!」
「あたし、キリンさんがいい!それからゾウさん!」
目を輝かせて、手を引っぱります。ウフフ、他愛のないもんです。
まあ難しいことは言いますまい。動物の保護やら生存権やら、大人になって考えればよいことです。
「パパ、この動物、変なの~!」
下の子が、動物園の隅っこの檻で立ち止まりました。
「ホントだぁ、ハダカんぼのおサルさんみたいだぁ。パパ、この動物、なんて言うの?」
「これはね、『ゴキブリヤロウ』って言うんだよ。この星の動物を次々絶滅に追いやっていた危険動物だ」
子供たち、おそるおそる檻を覗きます。
髭ぼうぼうのゴキブリヤロウが膝を抱えてこっちを睨んでいます。なんて陰険な目でしょう。
「どうしてゴキブリヤロウさんはそんな名前なの?」
その時です。動物が鳴きました。
「ゴキブリヤロウ!!」
そうなんです。それで『ゴキブリヤロウ』なんです。
われわれの祖先がこの星にやって来たとき、この動物に「お前たちはナニモノだ?」と尋ねたのです。すると奴ら、祖先に向かって「ゴキブリヤロウ!!」
それで、この動物の名前は『ゴキブリヤロウ』。
「そっかぁ、鳴き声なんだぁ!」
子供たち、ヒゲを揺らして大はしゃぎしました。



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PンダコPンダ

2011年07月23日 | ショートショート

「そこ、ハイ、T止!」
「ああ、やっぱり」
U野動物園のC育係とC育係長の二人、G務所のTレビ画面を覗き込んでいる。
T止した画面にはPンダの後ろ姿が映っている。
先日、C国からレンタルした例のPンダの胡座をかいた後ろ姿である。
「ホラ、ここ。見えるでしょ。縦にまっすぐ」
C育係の青年が画面を指でなぞった。係長がうなずく。
「まちがい、ないな。これはZッパーだ」
「この、Pンダの開いた口の端から立ちのぼっている紫色の煙、これってやっぱり」
「Tバコ、だろうな」
T止画面を見つめたまま、二人して腕組みをする。
「どうします?やっぱり上にあげないとマズイですよね」
「ウ~ム、マズイなぁ、マズすぎる」
「それにしても毎日、笹20キロ、バリバリ食ってるんすよ」
「じゃあ、中身はひと回り小さいPンダだったりして。Tバコが好きなPンダ」
「ならいいんですけどね」
「N本国からクレームつけたら国際問題になるだろうなぁ」
「でもこの証拠映像があるじゃないですか」
「Dッチアゲ映像だって言うだろ、S閣諸島のS突事件のときみたいに」
「えっ、でもコレは明らかにニセモノ・・・」
「どんなにMッキーマウスやDラえもんに似ていてもニセモノじゃないって言い張ったじゃないか」
「Zッパー付きのPンダに年間レンタル料8000万を払い続けるのは納得いきませんねぇ」
「上にあげたら、上も困るだろうな」
「コチラ持ちで帰国していただいたら、向こうでPンダはA雄になったりして」
「いっそ、ジャイアントPンダって動物は背中にZッパーがあることにしちゃおうか?好物は笹とTバコ」
「WィキのPンダの項目も書きかえちゃいましょう」
「それでみんな納得するかなぁ」
「しませんねぇ」
「ア・・・いいTがある!」
「なんすか?」
「見ないフリしよう!」
「お得意のT!事を荒立てない最善策!よっN本人!」
「よし、じゃあ、キミ、ちょっとC育室に行って『Zッパー見えてますよ』って小声で教えてあげなさい」
「ハイ!Wっかりましたぁ!」



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タイムラグ

2011年07月22日 | ショートショート

まるまる太ったカイゼル髭の探偵にテレビカメラが向けられる。
照明の熱と緊張のせいで、探偵の赤ら顔が汗ばんでテカテカ光っている。
報道特番のアンカーが探偵に質問した。
「名探偵の誉れ高い、原井泰造さん。今回、日本中を震撼させた摩訶不思議な事件の謎を解明されたとか。その経緯をわれわれにもわかりやすくお話ください」
探偵がきどって話し始めるが、緊張は隠せない。
「よろしい。では、今回の事件の発端から。事件は一ヶ月前、東京、大阪、岡山でほぼ同時に発生しました」
テレビの画面は、それぞれの事件現場付近の映像に切り替わった。
「単身赴任中の男性が、品川のアパートで無残に切り刻まれた死体となって発見されました。同じ日に、大阪千日前で暴走車が散水栓に激突、運転席から両手を切断された男性の遺体が発見されました。そしてまた同じ日に、倉敷市内では、家族団欒の最中に父親の首が突然抜け落ちて即死するという凄惨な事件が発生したのです」
「ええ、衝撃的でした。倉敷の事件では、父親の首が落ちる瞬間、家族は、ハサミで裁ち切るような『ザキッ』という音を確かに聞いたと証言しています」
「同日同時刻に、日本のそれぞれ離れた場所で、しかも見えない凶器で人を切り刻むなんて殺しが可能か?そこで私の出番となったわけです」
「原井探偵は、早速、倉敷市に向かわれたとか」
「そのとおり。殺された三人には共通点があったのです。全員が三十八歳。しかも同じ倉敷市内の中学、しかも同じクラスだったのです」
映像が中学校の校門に映し出した。だが、校舎は焼け焦げ崩れている。
「殺人事件発生から一週間後、私が倉敷に訪れる前日に、不審火によって中学校は全焼したのです」
「ますますもって怪しい。何者かが証拠を消そうとしたのでしょうか」
「私も最初はそう思った。被害者たちの同級生たちに会って話を聞くうちに、ひとりの人物が浮上したのです。彼をAとしておきましょう」
画面には卒業アルバムの写真。全員に目線がかかっている。Aとおぼしき男子生徒がズームされていく。
「どうやら三人は中学時代、ずいぶんAをイジメていたらしいのです」
「とすると、怨恨による殺人?犯人は、このAという男ですか?」
「それを裏付けるために、私はAを探しました。そして一週間後、倉敷市内で働くAを発見したのです。私は早速Aと会いました」
「会ってみて、やはり犯人だと確信を?」
「それがまったく予想と違いました。Aはイジメられた過去など微塵も感じさせない、快活な会社員でした。私が事件の概要を話すまで、イジメのことはすっかり忘れていたようでした。ところが記憶がよみがえると真っ青になったのです」
「つまりAは犯人ではないと?」
「Aは慌てて私を自宅に連れて行き、物置からホコリをかぶった古い日記を出してきて私に預けました。これです」
探偵は古い日記帳を掲げた。
「Aの中学時代の日記です。事件の秘密はすべてこの中に」
カメラが日記をアップする。
探偵は栞を挟んだページを開いて読みあげた。
『今日も学校でいじめられた。三人が憎くてしかたがない。悔しくて写真をハサミで切り刻んだ』
「皆さん、二十五年前に書かれた日記のとおり、三人は切り刻まれて絶命したのです。そして一週間後にこう書いています」
『三人のイジメを先生に相談した。先生は相手にしてくれない。畜生、学校なんか燃えてしまえ』
話を聞いていたアンカーが青ざめる。
「まさか、日記に書き綴った願望のままに事態が起きていると?」
探偵がうなずく。
「二十五年のタイムラグで事件は発生している。そして、写真をハサミで切り刻んだ一ヶ月後に、少年Aはこう書いています」
『しつこくイジメられる。誰も僕の苦しみをわかってくれない。こんな世の中はイヤだ。こんな世界、なくなってしまえ』
日記を閉じて、探偵は髭を撫でた。
「つまり、一ヶ月後・・・それって今日なんです」



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トキソプラズマ

2011年07月21日 | ショートショート



ひとしきり続いた拍手が止むと、ひと呼吸置いてボクは歌い始める。
最近、若手のミュージシャンがカバーしてヒットチャートを賑わしている曲。これだと若者にも年配にも受け入れられる。
案の定、最前列の上役もOLもボクをキラキラした目で見つめている。
決して上手くなくていい。一本調子に一節歌うくらいのほうが好感度が高い。
歌い終わると、さらに大きな拍手。ボクは歌詞の奥深さを称賛した。そして、歌詞をネタにして話の本題へと入っていく。
ツカミは万全だ。ボクの喋る一言一句を聞き漏らすまいとカリカリとメモしている音が響く。
何百回と繰り返してきた言葉が、ほとんど無意識に繰り出される。
その言葉を、神からのご託宣のようにありがたく貪る聴衆たち。
大学二年めまでのボクは引っ込み思案で、人前で朗々と語るなんて思いもよらなかった。消極的な自分がイヤでイヤでしかたなかった。
ある日、本屋の一隅で立ち止まった。
加藤諦三文庫?文庫本シリーズの赤い背表紙に書かれたタイトルが次々と目に飛びこんだ。
『俺には俺の生き方がある』!
『俺は今何かしなければ』!
『やり抜くために俺がいる』!
この言葉はボクに向けられた言葉だ。この本はボクのために書かれた本だ。即座に確信し、なけなしの小遣いで購入した。
その日から加藤諦三の虜になった。言葉を読んで奮い立ち、あるいは涙をこぼした。好きな言葉に線を引き、付箋を付け、そして暗記した。
耽溺して数カ月。ボクの性格は変わった。積極的に語れるようになったのだ。語る言葉全部、加藤諦三の引用ではあったが。
就職すると、じきに会社の上層部からボクの弁舌に目をつけられた。そして、新人研修主任として喋る仕事を回された。
当然ボクは加藤諦三の言葉を新入社員たちに放って鼓舞した。彼らは奮い立ち、感激を隠さなかった。
評判が評判を呼んで、新入社員ばかりでなく自ら望んで参加する社員が現れた。
会社全体のモチベーションを高めていると上層部が判断して、ボクは研修主任を任ぜられ定期的に社員を前に講義をすることになった。
そして今日も話している。腹の底と乖離した美辞麗句を臆面もなく垂れ流し続ける。
ボクが話を締めくくると、割れんばかりの拍手。涙をゴシゴシ拭いている者までいる。いつもどおりに。
一人の若手が握手を求めてくる。
「感動しました。あなたの言葉で何度勇気づけられたことか。今のボクがあるのはあなたのおかげです。実はうちの支所で講話を依頼されてまして。今日拝聴した内容をそのまま語りたいんですが、お許し願いますか?」
毎度のこと、ボクは力強く握手を返した。
「もちろんですとも。ボクからあなたへ、あなたからまた別の方へとつながっていく。これこそ無上の喜びですよ」

トキソプラズマ
寄生性の原生虫トキソプラズマは、ネコの体内で増殖する。これに感染したネコの糞を食べたネズミへと感染していく。トキソプラズマが、ネズミが食べたくなる匂いを糞に付けていると推測されている。トキソプラズマに感染したネズミは性格が一変する。大胆、粗雑な性格となりネコを恐れない。またネコの尿臭を好み積極的に近づき、結果食われてしまう。また、トキソプラズマに全人類の3分の1が感染していると推測され、感染による性格の激変はヒトにも見られる。



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10センチの男

2011年07月20日 | ショートショート





半年もの間、テロ組織に身柄拘束されていた小磯松氏が解放された。
現地に駆けつけた報道陣を前に、早速会見が開かれた。
小磯松氏はさすがにやつれた様子であったが、しっかりした口調で語った。
誘拐拉致された経緯、犯行グループの特徴、拘束中の待遇、解放された際の様子。
何より記者たちを驚かせたのは、小磯松氏が披露したスケッチブックである。
そこには、拘束中の記憶をもとに監禁された小部屋のいくつかが正確にスケッチされていた。
さすがに、目隠しをされたまま一時的に据え置かれた場所についてはわからぬものの、目隠しを解かれた独房のいくつかは実に詳細に記録されていた。
驚嘆すべきは正確な計測ぶりである。房の広さや高さは言うに及ばず、窓の大きさやテーブル、コップに至るまで、センチ単位で記録されていたのである。
「小磯松さん、先程の説明では拉致されてすぐに所持品は奪われ、衣服も着替えさせられとか。いったいどうやってこんなに正確に測ることが可能だったのですか?」
小磯松氏がポケットから木片を取り出し、どや顔で記者にかざした。
「これです。この木片はぴったり10センチに加工してあります。これを基準に何倍か、そして何割かによってセンチ単位で計測できるのです。監視の目を盗んですべて計測して暗記しました」
誘拐拉致という極限状態にもかかわらず!なんという冷静かつ几帳面な性格だろう。一人の記者が神妙に質問した。
「木片を拾い、加工し、隠し持っていたということはわかりました。しかし、どうやって正確に10センチに加工できたのですか?」
小磯松氏がしたり顔で答えた。
「誰しもいつ何どき災難が訪れるとも限らない。後学のためにお教えしましょう。自分の体で正確に10センチの部分を見つけておくことです」
記者たちから称賛の拍手が起こった。さきほどの記者がまた問うた。
「スミマセン。小磯松さんの体で10センチぴったりの部分、差し支えなければお教え願いますか?」
うっ
小磯松氏の眉がピクリ。
「そ、それはノーコメントで」
パイプ椅子に腰掛けた小磯松氏の股間部に、記者たちの視線が一斉に集中する。
まさか・・・10センチ・・・
そのとき、木片を手にしていた記者が素っ頓狂な声を上げた。
「コレ、9センチしかないぞ!」
えー!!
今度、股間部に視線を向けたのは小磯松氏自身だった。



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呪い

2011年07月17日 | ショートショート

2009年8月に書いたものです。2011年7月、もぐらさんに朗読していただきました。
もぐらさんの『さとる文庫』では、『世にも不思議なショートショート』と題して、ホラーなショートショートの朗読をお楽しみいただけます。
ぜひ、朗読でもお楽しみくださいませ。
(文字をクリックすると『さとる文庫』へ)

♪コンコン、コンコン、釘を刺す~
♪コンコン、コンコン、釘を刺す~

丑の刻。
僕は神社の石段を一歩一歩のぼる。高下駄でのぼるのは、運動靴の時とは勝手が違う。
白装束を身にまとい、頭には蝋燭、口には五寸釘をくわえ、右手に金槌、左手に藁人形、そして耳にはイヤホン。
iPodで聴いている曲は、山崎ハコの『呪い』。
歌を口ずさみながら境内を横切り神木へ。
早速、北東の方角を向いて、神木に藁人形を打ちつける。
藁人形には、30歳かそこらの営業マン風の男の写真が貼り付けられている。写真にはマジックで名前。
「安藤三太郎」
五寸釘を根元まで打ち込み終わると、一息ついて、携帯を取り出して撮影した。
写真を丑の刻まいりをおこなった証拠としてメールに添付して依頼主に送るのである。

僕は小遣い稼ぎに、呪いのネット商売をやっている。
藁人形セット10,000円・・・
呪い方教習ビデオ5,000円・・・
丑の刻まいり代行20,000円・・・

ネットには同様の商売が林立していて、はっきりいってうちへの申し込みは少ない。掲示板で「購入者から驚きと感謝のコメント」を日々、自作自演で書き込んでいるのだが。
先月、代行一件、申込フォームから依頼された。振込確認後に始めた丑の刻まいりも今日で七日目だ。
そろそろ効果が現れてもいい頃だ。安藤三太郎の身に何かが・・・。

・・・

「安藤君、おい、安藤君!」
「何でしょうか、部長?」
「今日も外回りで新規顧客開拓かね?ご苦労さん」
「ありがとうございます。では行ってまいります」
「ア、安藤君、強引にやり過ぎてはいかんよ。引き際も肝心だ。今はダメでも次はお宅で・・・そう思わせるのも営業テクニックだ」
「はい、肝に銘じます」
安藤三太郎は、部長に頭を下げ、外回りに出た。
部長のヤツ、昨日も一昨日も同じこと言っていたな・・・俺の営業のやり方でクレームでもあったのだろうか?それならそれでちゃんと言ってくれればいいのに。
・・・なんで毎日毎日、俺に釘を刺すんだろう?



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新幹線、夜の果て

2011年07月17日 | ショートショート



宴会が終わっての帰途、さんざん酔って新幹線に乗りました。
新幹線の車内ってなんでこんなに冷房をガンガンかけてるんでしょう。節電のために多少温度を上げたそうですが、十分寒い。
乗ったときのヒンヤリ感は爽やかですが、降りたときムワッと暑苦しい空気に抱かれる不快感のほうがひどい気がします。
夜の新幹線の客席はガラガラで、シートに腰を沈めたボクは早速携帯を弄くり始めました。
窓の外は真っ暗で、車内の様子が映っているばかり。暗黒の宇宙空間を突き進んでいるようで不気味です。
携帯で行きつけのブログをいくつかチェックしてみました。おっヤラシさんのコメントだ。
「小学生時代、『科学と学習』付録のラジオを組み立てたものの鳴りませんでした。中学時代、技術家庭科の時間インターホン作製、やはり鳴りませんでした。こんなぶきっちょなボクにパソコンを作ることができるのか??」だって?
ムチャするなぁ、ヤラシさん。パーツ壊しちゃったら何千円何万円がパァになっちゃうのに。
ん?
走行音が低くなって新幹線が速度を落とし始めました。まだ次の駅に着く時間でもないのに。
窓外に目をやると、ライトとコンクリの黒い壁が見えました。トンネルの中です。
そして停止しました。しばらくしてアナウンス。
「大変ご迷惑をおかけします。外部からの通信が一切受けとれない状況となりました。安全のために緊急停止をいたしました。原因がわかり次第、発車いたしますので、しばらくお待ちください」
車両に何か深刻なトラブルが発生したのでしょうか。ちゃんと家に帰れるだろうか?そんなことを考えているとすっかり酔いが醒めてきました。
暗いトンネルの中で停止した新幹線の車両に閉じ込められていると、なんだか閉所恐怖症になったような圧迫感がしてきました。
何とかなるだろ。そう思って目を閉じました。
翌朝、冷房が停止した蒸し暑い車内で目を覚ましました。新幹線はトンネルの中のままです。
隣の車両から騒がしい声が聞こえてきました。
外から車両に乗り込んでいる三名の男性の姿が目に入りました。
どうやら彼らはこの新幹線の乗客らしく、早朝ドアをこじ開けて車外に出るとトンネルの外まで行き戻ってきたようなのです。
彼らによると、トンネルの外の世界は宇宙人に侵略されていたそうです。動物や昆虫と兵器や楽器をミックスしたような奇妙奇天烈な異星人たちが、人間を次々と捕獲してムシャムシャ貪り食っていたそうです。
携帯も何も通じません。全世界が異星人に征服されてしまったのです。
ああ、困った。ブログ小説、第1部がやっと終わろうとしているって時に。

あれからずいぶん経ちました。トンネル生活を続けているうちに、さらに狭い地下通路を作り、その穴を這いずり回って獲物を探し。
そうこうしているうちに、体は細く長く進化していきました。
「こうして地下で生き残るために新幹線みたいになっちゃったニョロ~」
「そうかぁ、お父さん、ボクたちは新幹線のなれの果てなんだニョロ~」



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味噌汁はやっぱりイリコのダシでしょう?

2011年07月16日 | ショートショート

むむっ
味噌汁を一口、二口と啜って、眉間にシワを寄せた私を見て、妻が言う。
「どうしました?おダシはちゃんと入れましたよ」
「うむ、だが、やはりちょっと薄いのではないか?」
「ちゃんと粉末スティック半分を入れましたよ」
私は黙り込む。
ちゃんとイリコを使ってダシをとってほしい。自分ならそうする。だが、私のために早起きして朝食を作ってくれる妻にそれは言えぬ。
だから粉末ダシで済ますことには目をつぶろう。たまにダシを入れ忘れてしまう失敗も、まあ目をつぶろう。
だが、今朝の味噌汁、明らかに気が抜けたようにコクがないのだ。
そう言えば一週間ほど前から、味噌汁だけでなくダシをきかせた料理がどれも味気ない。
「あ、もしかして・・・」
妻が台所に立った。そしてダシの小箱を持ってきた。
「実は先週からダシを変えたのよ。安売りだったもんだから。違いがないかと思ったけど、原材料を見ると、今回のは昆布が混じっている」
私はポンと膝を打った。
「それだ!イリコ本来のシャープな風味を、昆布のまったりとした旨味が相殺しているのだよ。気が抜けた味に感じるわけだ」
すべては昆布が原因だったのである。
昆布は鍋料理では素材の味をまろやかに演出する。だがイリコのシャープな風味を期待する私にとって、あわせダシは受け入れざるものだったわけだ。
「あたし、気がつきませんでしたわ。あなた、なんて繊細な味覚を持っていらっしゃるのかしら」
「繊細も何も。たとえば野菜を煮込んで味をととのえたあとで、ベーコンやソーセージを入れると味がすっからかんになって残念な感じじゃないかね?アレだよ、アレ」
妻が私を見て感心する。
「私にはわかりませんわ、あなたの食のこだわりが」

「・・・と、こんなことが今朝の朝食のときにあってね。女房のヤツ、あきれておったよ」
「へぇ、先輩すごいや。僕なら全然気がつかないだろうなぁ」
その日の昼休み、私は会社近くのラーメン屋に後輩を誘った。今朝の味噌汁の話をすると後輩も私の味覚に驚嘆した。
「へいっ、お待ちっ」
私と後輩の前にそれぞれ、ラーメンとギョーザが並んだ。この店の醤油ラーメンとパリパリギョーザのセットは最高なのだ。
カバンからマイ調味料を取り出す。
「キミも使うかね?」
後輩が断る。
「僕にはわかりませんよ、先輩の食へのこだわりが」
そいつは残念。
私はまずとんこつラーメンにウスターソースをグルグル回しがけした。
そして焼きたてギョーザが見えなくなるくらいケチャップをブスブスと盛った。



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