吊り橋の中程で往来に人気のないのを確認し、靴を脱いできっちり揃えた。
『進入禁止』の表示を無視して欄干を乗り越えると、作業用の足場に降りる。
ワイヤを握りしめ直下を見下ろすと、先日の豪雨のせいで濁流が押し寄せていた。
これなら確実だろう。
ワイヤを握った手を緩めようとした、その時。
「あの、困るんですけど」
女の声がした。
声のほうへ視線を向けると、女が隣のワイヤを握り泣きそうな顔でこちらを睨んでいた。
一瞥して、足場に立っている理由が自分と同じであることが見てとれた。
「別の場所にしてもらえません?ものすごく迷惑なんですけど」
「・・・」
同じ場所から同じタイミングで身を投げれば、水死体は近い場所に流れ着いて心中が疑われるだろう。
女の顔を見つめた。
「ホント、迷惑なんです。これじゃ死んでも死にきれません。お願いだから別の場所で」
女の顔を見つめた。
はいはい、そうですか。
ため息ひとつ、ワイヤをグイとつかんで歩道へ戻った。
世間から爪はじきをくらって死んだ方が楽だと思ったのに、死に場所でもはじかれちまうなんて。
町へと戻り、死に場所を求めて彷徨った。
気がつくと、町でも有数の高層ビル屋上に立っていた。
フェンスを乗り越えて、縁から下を覗くと町並みや道路を走る車がミニチュアのように見えた。
よし、ここなら大丈夫。
一歩前に出て身を翻そうとした、その時。
突風が駆け抜けて、粗編みのストールが目前を横切った。
飛んできた先を見やると、ああ、またしても別の女の姿。
「あの、困るんですけど」
先を越されてはなるまいと、女より先に言ってやった。
「ご、ごめんなさい」
ん?意外なほどに可憐な声。乱れた髪をかきなでる彼女、露わになった顔立ちの美しいことと言ったら!
時と場もわきまえず、ときめいてしまう。
「き、君みたいな人が死んじゃうなんてダメだ!もったいないよ、絶対!」
思わず口走ったあとで赤面した。でも・・・恥ずかしがることなんかない。どうせもうじき死んじゃうんだ。
屋上に風が吹き渡る。彼女がぽつりと言う。
「あなただって」
その一言がジンジン体に沁みていく。心を満たしていく。
縁を伝って彼女に近づく。思いきり腕を伸ばして彼女の手を握る。彼女が握り返す。
「お願い、一緒に。君とならなんでもできる気がする」
彼女がうなずく。
そしてボクたちは、ボクたちが望むままの輝かしい未来へ、一歩。
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実を言うとわたし、主任のこと、憧れています。
確かに生真面目で周囲のウケはイマイチだけど、そこが魅力なんです。
とりわけ素敵なのは、主任が眼鏡を外すときの仕草なんです。
細い指先で眼鏡の端をつまんで、伏目がちに首を振って。
眼鏡を置いて、眉間に微かに皺を寄せ指先を押し当てる一連の動作!
ああ、それだけで息もできないくらいわたしの胸は高鳴ってしまうんです。
「田辺くん、田辺くん」
突然、後ろから主任本人の声!
慌てて席を立って、主任のデスクへ。
え・・・
眼鏡をかけていない。こんな主任、初めてです。
主任は、昨日わたしが作成した書類の手直しをいくつか求めました。
でも、それどころじゃありません。主任、眼鏡は?
書類に目を通し終えると、いつものように目の縁に指先をやって眼鏡を外す動作をしました。
嫌っ。眼鏡なしでそんなポーズ、サマにならない。そんなの、主任じゃないっ。
わたしの視線に気づいた主任が照れ笑いを浮かべました。
「眼鏡、見えないだろ?でも、実は眼鏡かけてたんだ」
主任がわたしに手渡す動作。え?何も見えないのに固い感触が・・・。
「新開発の眼鏡クリーナー。これ塗ると眼鏡自体が見えなくなってしまうんだ」
見えない眼鏡ですって!なんて余計なものを。
「君と同期の佐藤さんがさ、主任は眼鏡かけてないほうが素敵です、なんて言うもんだから」
その一言で、わたしは完全に自分を失ってしまいました。
「そんなことありません!眼鏡のほうがずっとずっと素敵ですっ」
夢中になって言ってしまったんです。
傍にいた男性社員が小さく口笛を吹きました。みんな、聞こえてたんだわ。ああ、恥ずかしい!
そのあとオフィスの気まずかったことと言ったら。
で、仕事帰り、廊下で主任と二人きりになったんです。
あ!主任、眼鏡している。クリーナー拭きとったんだわ。
主任が優しく微笑みました。
「田辺くん、あれから君の言ったこと、ずっと考えてたんだ」
え?
「ボクの眼鏡のほうが素敵って言ってくれたよね・・・よほど好きだったんだ」
主任!
「君にあげるよ、この眼鏡」
10月10日は銭湯の日!
1010で『せんとう』っつうダジャレらしいっすよ。
つーわけで、
「ねぇ、ちゃんと風呂入ってる?」「姉ちゃんと風呂入ってないよ!」
「大浴場で大欲情!」みたいな、お風呂ギャグ乱れ撃ち、行ってみよう!
「あ、お風呂の脱衣場、見てみろよ」
「え?女の子がドライヤーで髪を乾かしてるけど、なにか?」
「確かあの娘、あの宮崎アニメの女の子じゃない?確か銭湯で働いてたし」
「あ、本当だ。えっとあのアニメ、なんて題名だっけ?」
「えっと~、そうそう!『銭湯千尋の髪乾くし』!」
「あなた!飼い猫のミーちゃんがずぶ濡れで帰って来たわ!」
「お風呂場で拭いてやろう」
「勝手にタオルにじゃれて拭いているわ!しかも七福神のタオル!」
「まあ、いいじゃないか」
「縁起物のタオルなのよ!やめさせて」
「まあまあ。『福の神のタオルで、拭くのかミー』なんつって」
「いや~広いね~、ここが今流行りのスーパー銭湯かあ」
「サウナにジャグジー、露天風呂、確かに充実してますねぇ」
「ここの湯、天然温泉を混ぜてるそうですよ」
「いいねぇ。どんくらい混ぜてんのかな」
「そりゃあ、スーパー銭湯だけに数パーセント」
ピンポンパンポ~ン。
ご入浴中の皆様にお知らせいたします。
ご近所よりご来店の荒井さま、荒井さま。
お体を洗われる際には、全身しっかり洗ってください。特に腰のあたり。
他のお客様より指摘を受けないといいですね。
『荒井の腰、洗い残し!』なんつって。
ピンポンパンポ~ン。
「お客様、こちらが男湯、こちらが女湯でございます。どちらになさいますか?」
「失敬だな。ボクは男だよ」
「そういう意味じゃありません。ユズ湯、菖蒲湯のように、男エキス入りが男湯、女エキス入りが女湯でございます。ささ、どうぞ・・・いかがです?男湯」
「おっと、濃ゆ~!」
「先生、用事ってなんですか?」
「矢菱くん、こないだの漢字テスト。『セントウコウイ』の書き取り」
「合ってませんでした?」
「う~ん、『戦闘行為』を『銭湯更衣』と書いたらちがうでしょう」
「えー!どっちも、敵にミサイルをさらけ出すことに変わりなし・・・」
「ハイ、0点!」
どんより曇った蒸し暑い昼下がり。
けだるい日常の空気を引き裂くサイレンの音。
そのけたたましい音に振り返ると回転灯のオレンジがギラギラ閃くのが見えた。
救急車からの見えない波に、車たちが道路傍へと寄せられていく。
張り詰めたアナウンスの声が、切迫した状況を物語っている。
そのとき。
俺は、救急車の後ろに見てはならないものを見てしまった。
車の数メートル後ろの上空を、ベッドシーツほどの黒いボロ布がはためいていたのだ。
揚げ損なった凧が一転二転翻るように、救急車を追い続けている。
近づくサイレンの音が高まる。
風に煽られながらも疾駆する車両にアプローチを繰り返し、ついに屋根をつかんだ。
救急車の屋根に馬乗りになり、荒馬を乗りこなすカウボーイさながら意気揚々と顔を上げる。
サイレンが最高潮に達する。
歩道で足を止めた通行人に混じって、茫然と見つめる俺の脇を駆け抜ける。
のぼりつめたサイレンの音がドップラー効果で裏返る。
俺は立ち尽くしたまま動けない。
真横を通りすぎていく瞬間、ヤツが俺に気がついたのだ。
黒いフードに包まれた髑髏、ぽっかり空いたその眼窩に眼球などない。
だが、俺を凝視しているのは、はっきりとわかった。
救急車が去っていくときも、ヤツは首を回して俺を見つめ続けた。
視野から消えてしまうまでずっと。
それってつまり・・・
その晩、いたたまれない気持ちで、場末のバーで飲んだ。
客はいつものように俺ひとり。
「確かに見たんですか?この町で、死神を」
「ああ、見てしまった。これからって時に、よりにもよって」
強い酒を呷った。飲まずにやっていられようか。
「元気を出して。ビジネスにライバルはつきものですよ」
「せいぜい頑張るさ」
勘定を済ませて立ちあがる。
そしてケープを身にまとい、入口に立て掛けてあった草刈鎌を手にとった。
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凍りついた街の路地裏に、ひとりのおじいさんが倒れていました。
街を行く人のだれ一人、おじいさんを気にもとめません。
おじいさんのコートには早くも粉雪が降りつもろうとしています。
そのとき。
「大丈夫ですか、おじいさん」
雪をはらいおとして抱き起こしたのは、一体のポンコツロボットです。
弱りきったおじいさんは返事をすることもできません。
ロボットはおじいさんをかかえあげて、病院へ向かいました。
翌日、病室に朝日がさしこんでおじいさんが目を覚ますと、かたわらでロボットが見守っていました。
「おまえが助けてくれたのか。ありがとう。おまえは命の恩人だよ」
「いいえ、おじいさん。わたしは人間を助けるようにプログラムされているのです。わたしに心はありません」
カバーを開いて胸の中を見せました。確かにからっぽ、何もありません。
「おじいさんが元気になるまで看病させてもらいます。そういうプログラムですから」
じきにおじいさんの退院の日がやってきました。
「実は、退院してもわしには行くあてがない。妻は病気で死んでしまったし、育てあげた子供たちは戦争に殺されてしまった。わしも年だ、もう長くはあるまい」
「弱気なことを言ってはいけませんよ」
「お願いだ。わしを、山向こうにあるという南の国へ連れて行ってくれないか?そこで楽しかったころのことを思い出しながら生涯を終えたいんだ」
「わかりました」
ロボットはおじいさんを背負うと、南へ向かいました。
剣のような山をいくつも越え、深い谷をいくつも越えて。何度も何度も危険な目にあいながら。
やっと南の国にたどり着いたとき、ロボットはボロボロになっていました。
「ありがとう。わしは人生でこんなに優しくしてもらったことはなかったよ」
おじいさんはあふれる涙を止めることができませんでした。
ロボットは泣きじゃくるおじいさんの背中を優しくなでました。
海が見渡せる丘に小さな家を建てて、ロボットはおじいさんと暮らしました。
三度めの夏が訪れたころ、おじいさんは静かに息をひきとりました。ロボットの手をにぎりしめて、微笑みを浮かべて。
ロボットは海が見える丘におじいさんのなきがらを埋めました。そしてお祈りの姿勢のまま動かなくなりました。
数カ月後。丘の上にハマギクの白い花が咲き乱れました。
それを合図にロボットは立ち上がると、元の街をめざして歩き始めました。
すべてプログラムどおりに。
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「江尸時代の曰本は、世界有数の識宇率だった。当時、英仏など充進諸圄では、読み晝きできる圄民はごく一部のエリートに限れらていのただ。これは寺小尾の効積が犬きいだのよ」
「言わんとすることろはわかんるけだど、あんがた勉強したうほいがいぞ」
「魚へんの漢字、知ってる?」
「鮪、鯰、鰈、鯨、鱗、鰓、鰭・・・」
「ほほう、よく知ってるようですね。じゃ、『鯖』という漢字は?」
「魚へんに青いだからぁ、アオザカナじゃないすか?イワシとかサンマとかサバとか」
「う~む、ずいぶんサバを読んだもんだ」
司会「さあ、漢字超ウルトラ難問クイズいよいよ大詰め。さあ漢字王の栄冠は誰の手に?最終問題、ハイこちら!」
回答者1「えっと・・・カラッケ?」
回答者2「ソラキ?」
回答者3「クウケ?」
司会「ブッブ~、全員不正解!最終問題やりなおしっ。君ら、『空気』読んでくれよぉ」
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「試着してごらんになります?」
誘われるまま、試してみることにした。
店員が腰のリモコンを操作すると、フリスビー状の円盤が天井を飛んできた。
わたしの真上で静止、ゆっくりと回転する。わたしの全身をスキャンしているのだ。
まもなく、店の奥の試着スペースのカーテンを開き、ドレスを試着した「わたし」が現れた。
わたしそっくりのマネキンロボット。
わたしの前に闊歩してきた「わたし」は、頭のてっぺんから足の爪先までコーディネートされている。
「いかがです?こちらも試してみては」
店員がリモコンを押すと、ドレスが次の候補に瞬時にして変わった。合わせて、アクセサリーやネイルも変化する。
ほんの数年前までは、客自身が着替えては鏡を見るしかなかった。
だがこの試着ロボットが開発され爆発的に普及した。
自分が服を着て動いている姿をあらゆる角度から見ながら似合う服を選べる。自分が着替える手間もなく。
試着室の奥には、性別や体型の違う数体のロボットが待機している。スキャンデータによって本人そっくりの形状になっていく。
立体映像で、髪、服やアクセサリーなどが付加されて完成する。
わたしより「わたし」のほうが幾分スタイルがよくて幾分美形なのはご愛嬌、商売上手ってヤツ。それでも文句を言う客がいるから困ったものだ。
「そうね、最初のにするわ」
わたしはいちばん気に入ったドレスを選んで現物を受けとると店を出た。
次はバッグを買おうかしら。
ショップの前には、数名の女性がいた。全員がショップの最新デザインのバックを持っている。
彼女たちもマネキンロボット。こちらのロボットたちはホログラムが使われておらず、本物の服を着て、本物のバッグを手にしている。
動くマネキン人形といったところ。
「毎度ありがとうございます。ほほう、これはお目が高い!」
店の主人が作り笑いで寄ってきた。
これは本物の人間。
だって脂っぽくて卑屈な感じで、こんな親爺ロボいないもの。
それから百年後。
地球を訪れた宇宙人たちは驚嘆した。
「ナンテ美シインダ!コノ星ハ」
とっくに人類はパンデミックによって全滅していた。
そして無人の工場でマネキンロボットが作られ続け、無人の工場で作られるファッションに身を包み、地球に溢れていたのだ。
にかやかに微笑んでポーズを決める無国籍なマネキンたち。
「コノ星ノ住人ハ実ニ美シイ。ソシテナンテ空ッポナンダ!」
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今日はビーチクリーンアップデー!!
海岸のゴミをみんなで拾い集めるボランティアの日なんです。
ええ、ボクたち家族、全員参加します。
ママが腕によりをかけてお昼を作ってくれたんです。
子どもたちも、なんだか遠足の日みたいにキャッキャッしちゃって。
楽しくボランティアに参加して自然を大切にする心を養う。ステキじゃないですか。
おい、水筒、タオル、軍手、みんな忘れてないか~?じゃ、しゅっぱ~つ!
・・・
海岸に着いたら、自治会の皆さんもう始めてらっしゃるじゃないですか。
いや~ご苦労さん、ご苦労さん。
会長さんから袋を受けとって、ボクたち家族もさっそく取りかかりました。
遠目に美しく見える海岸も、こうして近くで見ると、いや~あるもんですねぇ、ゴミ。
瓶やらペットボトルやら、発泡スチロール片やら。
もうまったく人間ってヤツは!
「皆さ~ん、お疲れで~す。ちょっと休憩しましょう」
会長さんの一声で、みんな手を休めます。
おや?子どもたちが見当たりません。
「うちの子、見ませんでした?」
「あら、うちの子の姿が見えないわ」
「うちの子もよ!」
子どもたちみんな、いなくなっていたので大騒ぎになりました。
「お~い!いたぞぉ!こっち、こっち」
副会長さんが岩向こうから叫びます。駆け寄ってみると、よかった!子どもたちみんないました。
「パパ!なんかすごいゴミ見っけ~」
大人たち、みんなビックリです。海岸の崖からニョッキリと尖った物が出ています。
会長さんも腕組みして見上げています。
「とにかく海岸にこんな物あったら邪魔ですから、いっちょ掘り出しますか?」
そんなわけで、大人も手伝って掘ることにしました。
ところが掘っても掘っても、キリがありません。
なんか尖ったのはアイスクリームみたいなのの先っちょで。
それを握ってる手が出てきて。次に頭が出てきて。こりゃあとにかくでかい。
そのとき、会長さんが叫んだんです。
「人間が来たぞ!隠れろ!」
驚いたのなんの、キ~キ~大慌てで全員岩影に隠れました。
そうとは知らずに、馬に乗った人間の男女が波打ち際をやってきます。
息を殺して見ていたら、男がさっきのゴミを見上げて、馬から下りるとガックシ膝ついて嘆いています。
いや~なんなんでしょうねぇ。さっぱりわかりませんわ、人間ってヤツ。
「打ったぁ!これは大きいぞ。グングン伸びていく!」
スタジアムがどよめく。
ボールがバットに吸いつく感触で、真芯にとらえたことを確信した。
バットを放り投げ、両手を高らかに上げる。大歓声がオレを包む。
その瞬間が人生の絶頂だった。
たいして目立つ選手でもなかったオレがここ数週間、不思議なくらいツキにツキまくった。
安打の山を築く活躍にマスコミが注目しはじめると誰彼が尻尾を振って寄ってきた。
当然、女の子たちからのお誘いメールが殺到した。
ついこないだまでメールなんて幼なじみのサチコだけだったのに。
数多の中に人気NO.1のモデル、麗華からお誘いメールを発見。
〈あたしのために打ってね。今夜は二人きりでお祝いしたいわ〉
きっと麗華のメールで発奮できたんだ。
並のホームランとは訳が違う。シリーズ最終試合9回裏、3点差で迎えた2アウト満塁、2ストライク3ボールからの会心の一打。
オレはこれで伝説の英雄だ。英雄には絶世の美女、麗華、君が相応しい。
「おっと、ボールが突然失速・・・上空の気流の影響か?」
え?
「そのまま直下に落ちていく・・・フェンス際でライトかまえる・・・つかんだぁ、ゲームセット!」
ナニ?んなバカなことってあるか?
茫然と立ち尽くすオレ。
目の前で敵チームの胴上げが始まった。スタジアムの大歓声はもう、オレに向けられてはいなかった。
太陽系の外、エイリアンの母船内。モニターを見ていた侵略者たちもまた大騒ぎだった。
「どうして見えないはずの探査艇に命中させたんだ?」
「しかも棍棒を振り回しただけで撃墜させるとは!」
「こんな危険な星の侵略はやめておくのが得策だ」
そんなわけで、母船は太陽系への進路を変更、遥か宇宙へ遠ざかっていった。
その晩遅くオレの携帯にメールが一件だけ届いた。サチコからだ。
返信を打つディスプレイが涙でぼやけた。
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最大の難関、アイスフォールとの格闘四時間。
凍てついた氷壁に、わずかにアイゼンを食い込ませながら氷壁を攀じ登っていく。
平地の半分にも満たない酸素を求める自分の呼吸音、魔女の叫びにも似た零下三〇度の風。
一本のロープを頼りに崖上に体を引きずり上げる。
目を刺すほどの紫外線に晒された山頂がくっきりと目前に見えた。
やった。あと、五分もすれば初登頂に成功だ。休まずに歩を進める。なんとしても頂に立つのだ。
高山病にやられ酸素吸入しても動くことかなわなず、やむなく最終キャンプで待っている仲間たちのためにも。
「では警部、ここに集まった我々の中に犯人がいるとでもいうのか?」
「ええ。わたしの推理に間違いがなければ」
「で、犯人は誰なの?」
「犯人は佳子さん、あなたです!」
えー!思ったとおりじゃん。つまんねー。手がかり多すぎだろー。なんだ、この本。金と時間返せ~。
「・・・と、誰しも佳子さんを犯人だと思っていたでしょう。だが、違うのです」
えー!違うの~?さっきの撤回~!
「では、真犯人を明かす前に今回の連続殺人事件を振り返ってみましょう。お時間はとりません。ほんの五分ばかり」
誰、誰、誰~!
ウッシッシ
便利な世の中になったよなぁ。
こうやって共有ファイルをダウンロードして解凍して結合したらエロ動画一本タダで見れちゃうんだから。
これで『小悪魔ちゃん』シリーズ、コンプリートだよ。
こんだけ落として、いったいいつ観るんだよ!なんつってひとりツッコミ~。
やっぱそこはそれ。集めることに意義があるっつーか、『そこに動画があるからさ』っつーか。
でもけっこう時間かかんだよなぁ、ダウンロード。あと五分かぁ。えっとティッシュ準備OK!ああ、もどかし~!
岩場を回って数歩。テレコムが鳴った。
「今、山頂に向かうところだ。もう目の前。あと三分ほど」
地上からの電話の声は悲痛だった。
「実は、惑星メランコリアが地球と衝突するらしい」
「続いてたのか、その話。で、いつ?」
「えっと・・・今」
「三分待ってもらえないか?」
次の瞬間、地球上のありとあらゆる存在が粉々に粉砕され、轟音と共に舞い上がって跡形もなく消滅した。
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夏休み、実家に帰ってもなんだっつうんで、友だち四人でバイトやりまくって。
週末のバイト帰り、お疲れさんってことでみんなで焼肉行こうって話になって。
決まった途端、頭ん中でジュウジュウ音がしてきてヨダレをゴックン。
先輩に案内されるまま、駅裏のこじんまりした店入って。
そしたら先輩、入ったあとで、
「ここ、ここ。一度食ってみたかったんだよなぁ」つって。
店入ったら冷房が効いてて焼肉のいいニオイしてて、ボクら以外客いなくって。
「いらっしゃいませえ」
つってドスのきいた声がしてレスラーみたいな大男が出てきて。
耳にもピアス並んでたけど、鼻の真ん中にもピアス光ってても~牛そっくりで。
「学生さんたち四人?こっちどうぞ」
言われるまま座敷座って。
「腹減ってる?二五で食べ放題にするかい?」
っつんで四人顔見合わせて、じゃそれをっつうことになって。
そしたら、まあ出てくるわ出てくるわ。
カルビ!ロース!ハラミ!タン!ハツ!レバー!ミノ!ホルモン!
銀の大皿から落っこちそうなくらい山盛り出てきてテンションMA~X。
アッツアツのお肉で白御飯をくるんで頬ばったら、口の中で弾ける旨さ!
アッちゅう間に一皿たいらげて。
「大将、もう一皿!」
つってオーダーしてから先輩いなくなってんのに気がついて。
「先輩は?」
「さっきトイレ行ってたぞ」
三人でまた大皿完食して。次オーダーして。
で、食い終わったら二人になってて。
「モリッチは?」
「モリッチもトイレ」
で、次の大皿食い終わったら、中村もトイレに行くって席を立って。
ひとり待ってたら、次の大皿が出てきて。
厨房奥にあるっつうトイレと、山盛りのお肉を交互に見くらべて。
いくら待っても三人とも戻らなくて。
冷房がやたら寒々してきて。
食欲が失せて、なんか吐き気までしてきて。
だからっつってトイレに行く勇気もなくって。
「た、大将。御勘定」
つって四人分払って。
お店を出たら、三人が待ってて。
「あ、払ってくれたんだ。ごちそうさま~!」
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「いや~、よかった、よかった」
避難所に辿り着いてひと息、防災バッグを下ろすとペットボトルの水をグビグビグビ。
疲れきった初老の男が羨ましそうに近寄ってきた。
「少し、少しだけ分けてもらえませんか?」
男の後ろで、数名の老若男女の避難者たちがこちらに全神経を集中している。
「すみませんねぇ。ひとりだけ分ける訳にもいかないし、皆に分けるほど無いし」
あからさまな落胆、続いてオレに対する敵意の空気。
なんだよ、オレが悪者か?
こういう事態に備えて防災グッズをすぐに持ち出せた、このオレが?
備えを怠ったキリギリスは、ホントは凍え死んじゃうんだぞ。
避難者たちの視線を無視して、避難所の片隅に防寒シートを広げて座る。
手回し発電の多機能ラジオライトを取り出して蓄電を始める。
キリギリスたちの羨望の眼差し。
使用可能のランプが灯ると、ラジオをチューニング。アナウンサーの悲痛な声しか聞こえない。
国中が壊滅的な被害を受けたのだけは確実だ。
ああ、この防災バッグひとつで何日生き延びられるだろう・・・まあ、無いよりはましだが。
ふと気がつくと周囲の避難者たちがいなくなっていた。
みんな避難所入口に殺到している。何事だろう?
人だかりに首を突っ込むと、中心には髭面の痩せた外人がいた。
なんだか救世主風情だ。微笑みを浮かべてなにやら配っている。
怪しげな錠剤。ナニナニ?『ナカッタコトニ』だと?
「皆サンノ忌マワシイ不幸ヲ、ナカッタコトニスル薬デ~ス。アナタモイカガデ~ス?」
不幸をなかったことにできる薬?いかがわしすぎる・・・。
こういう大災害の時には人の弱みにつけ込んで似非宗教がはびこるもんだ。
避難者たちが次々と薬を口に運ぶ。麻薬とも毒薬とも知れない、その薬を。
どこまでも現実逃避するつもりなのか、キリギリスたちよ。
肩をすくめてオレは元の場所に向かった。
だが、そこにオレの防災グッズは跡形も、ナカッタコトニなっていた。
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研究室奥、侵入制限エリア。博士が暗証番号ボタンを押すと金属ドアが開いた。
「覚悟はできているね。入りたまえ」
ヴァイヲリンを手にした正装の一郎がうなずく。
そこは、壁のみならず天井も床も緩衝材で覆われた隔離室だった。中央には円柱形の檻。中に麻衣子がいた。
「麻衣子・・・」
だが一郎以外の誰が、あの美貌の天才ヴァイヲリニストであることに気がつくであろう。
硬化した紫の皮膚。憎悪に鈍く光る白眼。耳元まで裂けた口に並ぶ牙。連なり落ちる涎。
一郎が近寄ると、獣の唸りとともに檻に体当たりを繰り返し威嚇した。
どうしてこんなことに。
数年前から世界中でゾンビ・アポカリプスが続発した。当初、新種LSDが原因とされたが、ゾンビ化は薬物使用者だけでは済まなかった。温厚な常識人が、ある日豹変して通行人を襲った。原因解明が進まぬまま、なんと愛する妻が演奏ツアー中に発症してしまうとは。
カチャリ。
振り向くと、博士の手には拳銃が握られ、安全装置を外したところだった。その銃を一郎に差し出す。
「症状は日に日に悪化している。一郎君、君が決めるんだ」
博士の言うとおりだ。怪物と化した妻に銃口を向ける。
「麻衣子、許してくれ」
汗が滴り、拳銃を握る手が震えた。
ダメだ。撃てない。
「博士、チャンスをください。ヴァイヲリンを弾かせてください」
博士が無言で拳銃を預かった。一郎が檻の前でヴァイヲリンを肩に支え、音を奏でた。
「おお!」
博士の驚嘆の声。見よ、野獣がピタリと静止、弦の音色に耳を傾けているではないか。
皮膚は赤味を帯びて生気を取り戻し、唇が収縮して薔薇色に変わった。
「奇跡だ、奇跡だよ、一郎君!」
白眼に瞳孔が戻り、麻衣子が微笑んだ。
「・・・一郎・・・さん」
「麻衣子!!」
麻衣子が心から愛した名器の天上の響きが人間の心を呼び覚ましたのだ。
ありがとう、ストラディヴァリウス。
一郎の頬を熱いものが滴り落ちる。博士もまた感動の涙を隠せなかった。
「麻衣子、君のヴァイヲリンだよ。弾いてみるかい」
「・・・ええ」
麻衣子はヴァイヲリンをそっと受け取り、胸に抱いた。
「ああ、なんて素敵なのかしら、このストラディ、バリバリバリバリッ
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むか~し昔。
意地悪じゃない爺さんと、意地悪爺さんがおりました。
意地悪じゃない爺さんには、よいことばかりおこります。
意地悪爺さんには、わるいことばかりおこります。
それってちょっと可哀想だと思いません?
それってつまり、
よいことばかりおこるのが、意地悪じゃない爺さんで、
わるいことばかりおこるのが、意地悪爺さんになっちゃうじゃないですか。
そんなわけで、神さまもひと工夫です。
ある日。
意地悪じゃない爺さんが、例によってツヅラを貰いました。
神さまがおっしゃいます。
「意地悪じゃない爺さん、おめでとう。
但し今回、意地悪爺さんにも御褒美が有ります。
しかもなんと、意地悪爺さんには、意地悪じゃない爺さんの2倍の御褒美です。
例えば意地悪じゃない爺さんのツヅラが大判小判百枚セットだったら、
意地悪爺さんには大判小判二百枚セットです。
中身を決めるのはズバリ、意地悪じゃない爺さん、貴方です!
さあ~ツヅラの中身、何にします?」
う~む理不尽な。
だって意地悪じゃない爺さんのほうが幸せになってなんぼの昔話です。
意地悪爺さんは相対的に意地悪じゃない爺さんよりも不幸でなくては。
「神さま、ツヅラの中身は不幸の詰合せセットでお願いします」
それを聞いて神さまは思いました。
今この時点で、意地悪じゃない爺さんと意地悪爺さんと、どっちが意地悪爺さんなんだろう。
さあ、皆さんはどう思いました?
意地悪じゃない爺さんは意地悪爺さんなんでしょうか?
それとも、神さまが意地悪神さまなんでしょうか?
それとも、お話を書いた人?
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三度目に越したアパートは、駅の裏路地に面した西日の疎ましい部屋だった。
モルタル二階建てのそのアパート一階には、スナックが数軒入っていた。
脇の階段をカンカン上がると五つの部屋が並び、その一番奥がボクの部屋。
駅から近いのは便利だったが、夜遅くまで酔客が騒いでうるさかった。
寝苦しいある夜中、ふと目が覚めた。
ジュ~ジュ~・・・
肉の脂が爆ぜる音がする。
一階の店で焼肉でもしているのか?こんな深夜に。
いや。
その音はあまりにも近い。
ジュ~ジュ~・・・
そういえば最近、焼肉食ってない。ああ、腹へった~。
しかしこんな真夜中食いに出る訳にもいかず、タオルケットを被って目を閉じた。
翌朝目を覚ますと、畳の上に無数の黒い毛が落ちていた。
数センチのその毛は、毛髪よりも短く柔らかかった。
そして真夜中、またしても、
ジュ~ジュ~・・・
昨晩同様、目を閉じていると、その音は枕元まで近づいてきたではないか。
気力をふりしぼって目を開くと、目の前に七輪があった。
網の上で上カルビが程よく炭火に炙られている。
ジュジュジュジュジュ~(うらめしや~)
そのとき、はっきりと焼肉の音が声になって聞こえた。
「おまえ、幽霊なのか?」
ジュ~(はい~)
「で、なんで焼肉?」
ジュジュジュジュ、ジュジュジュジュジュ~(いろいろ、ありまして~)
「そのいろいろ、聞いてやろうじゃんか」
そんなわけで話を聞いてやった。こいつはやっぱり幽霊らしい。牛の霊だから牛霊。生前の姿で現れたいところだが、牛のまんまで現れてもどこでどう食べられた怨みやらわかってもらえない。
そこで焼肉やらステーキやらハンバーグやらの姿で現れてみたが、今度は怖がってもらえない。
「いろいろ大変だろうけど、がんばって」
適当に励ましておいた。
翌朝、また黒毛が落ちている。おいおい、いい加減にしろよな。掃除、誰がすると思ってんだ。
それからというもの、毎晩丑三つ時になると牛霊は現れた。
牛丼、ビーフシチュー、すき焼き、ローストビーフ・・・
できたての品々に魅了されて、お腹がグウグウ鳴った。
仕方なく夜な夜なポテチなど食って小腹を満たした。
そんなわけでほら、ボクが牛みたいになっちゃった訳だが、これってやっぱり牛霊の仕業?
もしかして和牛一族の陰謀? そして、あの毛は和牛一族の陰毛?
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