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映画『月光ノ仮面』

2012年06月23日 | 映画の感想


監督・脚本・出演 板尾創路
浅野忠信 (岡本太郎)
石原さとみ (弥生)
前田吟 (森乃家天楽)
國村隼 (席亭)
六角精児 (森乃家金太)
津田寛治 (熊倉隊員)
根岸李衣 (岡本孝子)
平田満 (達造)
木村祐一 (平尾小隊長)
宮迫博之 (神楽文鳥)
矢部太郎 (森乃家福次郎)
木下ほうか (椿家詩丸)
柄本佑 (森乃家笑太朗)
千代将太 (森乃家天助)
佐野泰臣 (森乃家小天)

敗戦の痛手から日本が立ち直り始めた昭和22年の満月の夜。とある活気ある町並みに、ボロボロの軍服に身を包み、顔中に包帯を巻いた男(板尾創路)がやって来る。男は客の笑い声に導かれるように寄席小屋へと足を踏み入れ、何とそのまま高座に上がってしまう。どうやら男の正体は、落語家・森乃家うさぎらしい。真打ち目前まで行き、将来を嘱望された人気若手落語家だったが、戦争に召集され戦死したと思われていた。彼の突然の帰還を歓喜して受け入れる森乃家一門・天楽師匠(前田吟)の娘、弥生(石原さとみ)。将来有望なうさぎと結婚の契りを交わしたかつての恋人である。ところが男はすべての記憶を失くしていた。かつてうさぎが使っていた部屋に住み森乃家一門としての生活を始めたものの、男の口からは何も語られない。だが、自分が書き残したという帳面を受け取った時、不意に十八番だった古典落語“粗忽長屋”を呪文のようにつぶやき始める。まもなく、男は森乃家小鮭という新たな芸名で高座に復帰。客も拍手もまばらだったが、やがてその個性的な芸風が人気を集めていった。そんな折、もう一人の男・岡本太郎(浅野忠信)が戦場から帰ってくる。その姿を見て、激しく動揺する弥生。戦地から舞い戻ったふたりの男。ひとりの女。闇夜に輝く月。彼らの数奇な運命のゆくえはいかに……。

★★★★★
変な映画。でも後を引く映画。
ボクはこの映画を『電人ザボーガー』に続けてみた。ザボーガー同様の月光仮面のレトロなパロディ映画だと信じて。映画が始まって中盤まで、「おや?これって『月光仮面ビギンズ』みたいなダークな映画なのか?」なんて思っていた。そして見終わって、月光仮面じゃないので正直拍子抜けしてしまった。
だが見終わってから抜け出せなくなってしまった。あれから三回、繰り返して観てしまっている。同じ映画を二度観たこと自体、ここ半年なかったのに。あんまり引っ掛かるので、きちんと書き残したくなって、いつもより長文を書いてしまった。実に変な映画だ。気軽に観飛ばして終われるお笑い映画じゃない。けちょんけちょんに腐す人がいても不思議ではない。でも、引っ掛かるのだ。もしかしたらとんでもない傑作カルト映画として、後々評価が高まっていく映画なんじゃないだろうか?

これぞカルト映画!
お笑い芸人板尾創路が監督した二作目。一作目の『脱獄王』も観ているが、こっちのボクの評価はよくない。脱獄を執拗に繰り返す囚人の秘密が次第次第に明かされていくストーリーは、その手口も演技もスリリングで面白い。しかし、クライマックスのファンタジー&大どんでん返しは、確かにカタルシスはあってもそれまで積み上げてきたものを卓袱台返ししちゃう展開で、そりゃないだろうという感想をもった。あまりにも唐突で、面白い以前に呆れかえってしまったのだ。本人はともかく、ラストを知らずに本気に演技した役者さんがいたら、ズッコケちゃうんじゃないの?みたいな。大真面目に積み上げ積み上げしてきた本気の姿勢や迫真の演技を全部チャラにしてしまうって展開は、どうやら板尾創路自身が『努力の積み重ねがイコール成功をもたらすなんて気色悪い』感性の持ち主だからだろう。そんなわけで今回の『月光ノ仮面』もまたある意味卓袱台返しだし、ラストの寄席場面の描写は衝撃的かつシュールですらある。でも一作目との違いは、ラストへと向かう伏線がたくさん描かれてある点。例えば、地下に掘ったトンネルの意味は?とか、平田満の車夫はいったいなんだ?なんていう、違和感を積み重ねていくと、ラストの意味が見えてくる仕組みになっている。
この映画について、こんなふうに自分なりに考えたアレコレを整理しておきたい。・・・そんな気にさせてしまう映画って、やっぱりカルトなんじゃないだろうか。

粗忽ワールドへようこそ!
まず、大前提としてこの映画の舞台は、終戦二年後の東京神田界隈らしいけれど、本当は月の光の魔力に支配されたダークワールドである。現実の世界なのか、別世界なのか、登場人物が理解していないからマジで生活しているけれど、どこかズレた世界なのだ。つまり『粗忽長屋』が拡大した、粗忽者たちによる粗忽ワールドなのだ。
でなければ、毎晩毎晩満月なんて続くはずがない。師匠の天楽(前田吟)が、寄席の日にちを間違えたり他人の風呂敷を持って帰ろうとしたりと粗忽を繰り返し、その娘で森乃家うさぎの許嫁弥生(石原さとみ)が、食事の数を間違えるなど粗忽を繰り返すのも、ここが異世界であることを示唆している。だからこそ弥生は、許嫁の太郎=うさぎを間違えてしまう。
顔に包帯を部分的に巻いていたとしても、板尾創路と浅野忠信を間違うなんて!戦争にとられた愛する人が帰還することを願う一念と解釈することも可能だが、ここは粗忽ワールドなのだ。『粗忽長屋』で行き倒れの死体が熊さんに似ていないのは、死体だから顔が汚くなっちまったとか、夜露にあたって寸が伸びちまったとか理由づけしてしまうような粗忽ワールドだからこそ、師匠の天楽も弟子たちも弥生ですら、板尾と浅野を平気で取り違えるのだ。
満月の怪しい魔力に支配された世界に対して、魔力に支配されない世界もまた描かれている。戦争の回想シーンはすべて洞窟の中、つまり月の光の届かない世界である。そして花街の肥満女と掘り続けるトンネルもまた月光が届かない。そして月の光に支配されずに済んでいる唯一の人物がいる。ほとんどセリフもないけれど、天楽や弥生たちを運ぶ車夫(前田吟)である。彼は、常に笠を被っているので月の魔力の支配を受けず、逆に月の世界から弥生たちを救済する力をもつ唯一の登場人物である。

誰が生きているのか?誰が生きていないのか?
森乃家の紋、扇子に描かれた太陽と満月に象徴されているように、陰と陽、生と死は表裏一体で存在する。冒頭シーン、富士山を背景とした、恐れ山やら賽の河原を連想させる荒れ地から湧き出すように現れる復員兵の板尾。まったく同様のシーンで中盤から登場する浅野。遠い戦地で致命的な重傷を負って帰還できるなんて奇跡的?いや、彼らはもしかして生きていないのでは?粗忽者が生きていると信じて、戻ってきたと信じているだけの妄想世界、粗忽ワールドなんじゃないか。

なぜ板尾は喋らないのか?なぜ寄席で無言なのか?
喋らずに演技すること。これは『脱獄王』にも共通している。言葉はあまりにも無防備である。音程や抑揚で感情を露出してしまう。それで話している人物の気持ちの端々までわかったつもりにしてしまう。板尾はきっとそういうのがイヤで、言葉がなくても伝わる部分で感じてほしいのだと思う。
だが、落語でも喋らないのはなぜか?この部分、設定としては実は喋っていると解釈したい。これは、極端なデフォルメなのだ。本当は落語をやっているのだけれど、そこから抽出された部分をデフォルメした映像で語っているのだ。そう考えると、クライマックスで観客を『笑い殺し』にしてしまうのも、観客が『笑い死に』してしまうデフォルメの意味も見えてくる。
ボクはこの映画を見て、板尾という人はこんなに自分をさらけ出して大丈夫だろうか?と思った。あまりにも作家性が強すぎて、自分の笑いへのスタンスや生き方をさらけ出しすぎていて、こんなふうに作品づくりをしていたらきっと疲弊してしまうんじゃないかと心配になったのだ。それぐらい、ラストの笑撃シーンは彼の本能的欲求に根ざしたもののように感じた。

ドクター中松とトンネルの意味
この映画を観て腹を立てる人は、まず板尾と浅野を間違う粗忽の意味がわからないからだろう。そして次にドクター中松の唐突な登場の意味である。簡単に言えば、板尾はドクター中松が好きなのだ。世界的な発明家であり研究家でありと主張しつつ、素の行動自体がワクワクさせてくれるドクター中松の生きざまは、板尾の芸に通ずる部分があると思う。板尾もまた、真面目な顔で演技したり歌ったりしているけれどどこかズレている、そんなスカシ芸だ。これが一旦ハマると無性に可笑しい。存在それ自体が楽しいドクター中松は板尾にとっての笑いの神様みたいなものだ。だからこそ映画の中で、ドクター中松が出現した翌日から板尾は寄席で刀を振り回したりツルハシで掘りはじめたりと素でトボける芸を始めことになる。
ちなみに、森乃家うさぎの本名は岡本太郎という名前という設定。ありふれた日本人の姓名であると同時に、もちろんあの「芸術は爆発だ!」の天才美術家と同名である。ドクター中松同様、生き方そのものが笑える天然の人だった。
次に、トンネルの意味。板尾は花街というか女郎屋というか、そこで肥満女とともにトンネルを掘り進める。トンネルの先に何があるのか?板尾が浅野になりすました意図は?まさか銀行強盗か財宝探しなんてこと?映画の前半は、板尾は本物の森乃家うさぎなのかどうかという疑問が観客を牽引する。そして映画の後半は、弥生の心の揺らぎとともにトンネルを掘る目的は何かという疑問が映画を牽引する。その先にこそ、動機が隠されていると期待させる。・・・そしてスカシ芸にドッカ~ン!唖然とさせられる。そもそも、トンネルを掘る協力者が、弥生の清楚さの対極にあるような、乳房をさらけだした肥満した女郎。古代のヴィーナス像にも似ている。トンネルの世界は、月光の届かぬ本音や本能により近い世界であり、その世界で求めた究極の理想像が光に包まれて現れるわけである。

板尾と浅野の約束
苦悶する瀕死の戦友を撃った板尾に、浅野が約束をもちかけるシーンがある。「どちらかがこうなった時には、お互いに・・・」そこで、退却命令の声によって途切れてしまう。浅野が腕のまったく同じ位置に痣があるのを発見して、兄弟として親しんだ相手との約束である。互いに瀕死の相手を撃って楽にしようという約束ととれるが、互いのぶんまで生きようという約束ともとれるようにした演出である。そして実際、喉に致命傷を負った浅野からお守りと拳銃を託されたのである。このとき板尾本人も爆撃の際に頭部を怪我して記憶を失っている。託されたままに約束を果たして、彼は森乃家うさぎとして生きることになる。当の板尾本人がいったい誰なのか、さっぱりわからないまま。
展開からして浅野が生還できた可能性は考えにくい。なのに戻ってくるところがミソだ。満月のもと、生と死の境は限りなく曖昧だ。二人の無言の再会の場面。互いの晴れやかな笑顔が印象深い。

弥生の揺らぎ
ザワザワ騒ぐ竹林の中で弥生は、板尾に抱かれる。太郎が帰ってくれることを思い焦がれすぎて見誤ったのか、見誤ったふりをしているのか、単なる粗忽なのか。そして本物の太郎である浅野が戻ってきたとき心揺れる。
浅野は天楽に、手紙で弥生との結婚を願い出る。それを聞いた弥生の頬に涙がつたう。単に、板尾に身体を許してしまったからなのか、板尾の子供を宿しているからか。さらに逢瀬を重ねた思い出の湖の桟橋で、弥生を助けようとして溺れる浅野を前に、ロープをほどく手を止めてしまう場面は感慨深い。存在するのがどちらかひとりであったくれたら・・・そんな弥生の揺らぎが心に痛い。

粗忽ワールドの崩壊
弥生が選んだのは二人のどちらかではなく、この粗忽ワールド自体を崩壊させるという選択である。虚ろに歩く弥生の前に車夫が現れ、場末の歓楽街へ連れて行く。板尾が女郎屋通いをしていた街である。「あっしにできることがあったら何でも手伝うよ」という車夫の言葉。板尾を寄席へと送り出すときの覚悟を決めた眼差し。神社で祈る姿は、寄席の成功を祈っているともすべてを解決するカタストロフィを願っているともとれる。
一方、寄席の前日枕を並べている浅野がゆっくり目を閉じた後で、隣で寝ていた板尾がゆっくり目を開ける。森乃家うさぎが浅野から板尾へとのりうつっているともとれる描写だ。と同時に、映画のラストシーンを暗示している。
かくして、クライマックスの寄席で森乃家うさぎは、究極の素の芸を演じることになる。客をつかんだと思えば責めて責めて笑い死にするほどに責めていく芸人の快感や、笑いを支配される観客が腹が痛くなるほど笑い狂ってノックダウンしてしまう陶酔感の、究極のデフォルメである。
ラストで、弥生の願いを果たして、月明かりのもとで繰り広げられた悲劇に幕を引いた車夫の顔に笑みが浮かぶ。人力車に腰掛けた森乃家うさぎは傷痕すらない。自分がいったい誰なのかわからない、落語のサゲで映画は終わる。粗忽者たちの粗忽なるがゆえの悲劇は終わるけれど、満月の圧倒的な魔力は降りそそぎ続ける。

なんで『キイハンター』?
『脱獄王』の『ふれあい』やらエンディングソングも違和感があったが、終戦後間もない時代を舞台にした映画のラストにキイハンターってセンスがまたなんとも変!こういうスカした選曲が、板尾創路の世界だ。ドクター中松の発明したタイムスリップ装置を使えば、時空を自由自在に移動できるのだ。でも、出口が『キイハンター』って!(笑)互いが素性を隠し、昨日の恋人は今日の敵みたいなスパイドラマの世界観はどことなく、この映画の虚実表裏一体の世界観と共通している部分もありそうでもあって、楽しい。
それにしても、この映画は作家性が強い映画だと思う。日本全体が震災に打ちひしがれようと身内に何があろうと、舞台に立ち続けなくちゃならない芸人の内面が反映された映画だと思う。ひたすらトンネルを掘り進める求道者みたいな姿は、水鳥の水面下の水掻きと同様に見て見ないフリをしないといけないんだろう。でも、やっぱり思ってしまう。こんなに作家性の強い芸術を作り続けたりなんかすると、黒澤明の晩年みたいに大変なんじゃないか、そんなことを思ったりしてしまった。

おわりに
たくさん書いてしまった。ここまで読んでくれた人がいたら、本当にありがとうございます。でもこれはあくまでボクが映画を見終わって、誰かに話したい衝動をそのまんま文章化しただけの、自分のための記録。私見に過ぎないので、本当にすごい映画かどうか、ぜひご覧になって判断してください。何だこりゃ?と思うか、スゲー!と思うか、すっごく意見の分かれる、カルトなのだけは確かなような。この映画を観て、この文章を読んで、この映画の面白さのヒントになった!なんて人がひとりでもいたら嬉しいなぁ。


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7 コメント

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なかったっす。 (ヴァッキーの仮面)
2012-06-23 20:54:57
今日、近所のレンタルビデオ屋さんに行ったら
なかったっす。
板尾監督なんですね。
板尾と松本は、友達っぽいから
どうかなあ?って思ってたんですけど
矢菱さんがそこまで言うなら、是非見てみたいです。
ちなみに、今日借りたのは、「トラック野郎」と「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」です。
見てみたくなりました (もぐら)
2012-06-24 00:31:35
矢菱さん3回も見たんですか?
すごいなぁ。

板尾さんってちょっと苦手かな。
でも気になる人でもあります。
なんかこう世の中をあきらめてるというか
斜に見てるというか。
楽しそうにしてるとき「ほんとに今楽しい?」
って聞きたくなります。 

矢菱さんも板尾さんに似てませんか?
いや なんとなく・・・。
ヴァッキーノさんへ (矢菱虎犇)
2012-06-24 02:24:16
なかったですか。残念!ボクん家の近所のビデオ屋には一本だけでした。
こんだけ夢中になってガシガシ映画評を書いたら、すっきりしました。
笑いへのこだわりなど、松本人志と近い部分も確かにありますけど、この映画、一見の価値ありです。
もぐらさんへ (矢菱虎犇)
2012-06-24 02:30:02
>矢菱さんも板尾さんに似てませんか?
いや なんとなく・・・。

う~ん、似てないんだなぁ、残念ながら。
ボクはただの親爺ギャグ虎視眈々タヌキ親爺ですもん。
はじめまして (サンゲタン)
2012-08-08 00:35:46
私もこの映画を観ました。
「変な映画。でも後を引く」というのはとても同感です。
もう一度見返したくなります。

「月の光の届かない世界は粗忽の魔力に支配されない世界」という解釈に、膝を打ちました。
確かにそうですね。

私自身はドクター中松氏のくだりについては、いまだに消化しきれていないです。
「タイムトラベル」という言葉を持ち出したことには、明らかな意図がありそうなんですけどね・・・
サンゲタンさんへ (矢菱虎犇)
2012-08-08 13:31:23
サンゲタンさん、初めまして。
実に尾を引く映画でしたよねぇ。誰彼におすすめできる映画じゃないけれど、見終わったあとでアレコレ語りたくなるスゴイ映画だと思います。ボクは、ドクター中松やらトンネルやらキイハンターやらは映画世界(戦後)と自身の精神世界(現在)を結ぶワームホールのようなもんだと思うんです。このへんの解釈についても、サンゲタンさんのお気づきがあれば、また教えてください。
映画の面白さを語り合うのってホント楽しいです。コメント、ありがとうございました。
多謝 (高谷)
2016-01-07 07:42:39
観終わった途端にこれは駄作だと言い切る粗忽な書評が多い中ですっきりする文章ありがとうございました。

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