シトロエンDSの運転席から見たワタナベの家は、昭和30年代の民家を再現したような懐かしい雰囲気だった。
ワタナベの妻は、私が探偵であることを承知のうえで座敷に通すと、水屋箪笥から切子のグラスを取り出し、麦茶のボトルとともに卓袱台に置いた。
「お気遣い、ありがとうございます。できれば麦茶よりもジュースがいいな。ワタナベの粉末ジュース」
麦茶を注ぐ手がピクリと止まった。ボトルが汗をかいている。風鈴がひとつ鳴った。
「奥さん、半年前、服役中のワタナベが刑務所から忽然と姿を消した。脱獄の形跡もなくかき消すように。その謎を追っています」
「ワタナベからは何の連絡もありません」
「それは承知しています。立ち寄ってもいなければ電話一本かけていない。警察もまずこちらを疑いますからね」
「ではなぜいらっしゃったのですか?」
「刑務所からこちらに送られた一斗缶。あの中身を知りたいんです」
またひとつ風鈴が鳴った。
ひと昔前、人工甘味料、人工着色料で作られた粉末ジュースが一世を風靡した。メーカーで粉末の研究開発をしていたのがワタナベである。
添加物の悪影響が叫ばれるようになり、缶ジュースの普及とともにメーカーは撤退、ワタナベは解雇された。
その後、彼の周囲で次々と人が消えるようになる。解雇した上司、元同僚、関係のあったらしき女性。
だれ一人、死体は発見されていない。だが、彼の所持品から被害者のアクセサリーが発見され、証拠と見なされ有罪となった。
そのワタナベが刑務所内からある日突然かき消えたのである。
「ワタナベが消えた日、刑務作業所から搬出された一斗缶のひとつが、業者を経由してお宅に配達されていますね。イヤイヤ、証拠はつかんでいます。品名は粉末ジュースの素。私が知りたいのはその本当の中身だ」
ワタナベの妻が目を伏せたまま呟いた。
「お飲みになりますか?」
ゴクリ。喉が鳴った。飲める、のか?
「ええ。お願いします」
ワタナベの妻は、流しの下の一斗缶から、粉末を匙で掬いグラスに入れた。私の目の前で粉末に冷水を注いだ。
さわやかな音をたてて、気泡がグラスからはじけ飛んだ。澄んだ緑の液体、これはメロンソーダだ。
「どうぞ」
促されるままに口をつける。香りばかり強く、まったりと甘く、どこか水っぽい、あの粉末独特の味ではなかった。
メロン果汁そのもののコク深い味わい、炭酸の清冽な喉ごし、スッキリした後味。かつて味わったことのないメロンソーダだ。
私は悟った。これはワタナベだ。ワタナベ自身だ。彼のライフワークにまちがいない。
「おわかりになりましたか」
ワタナベの妻が静かに問うた。私は黙ってうなずいた。
ワタナベはもうこの世にはいない。いる必要がない。究極の粉末ジュースを完成させたのだから。味がすべてを説明していた。
どうやって消えたかはわからずじまいだったが、とにかくワタナベは消滅した。捜索は打ち切りだ。
ワタナベの家を辞した、その帰途、私はシトロエンのハンドルを歩行者に向け、アクセルを踏んだ。
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気配に気づいてキーボードを叩く指を止めた。
息を止めて様子をうかがう。
やっぱりだ。足音が聞こえる。
ゴトリ。ゴトリ。
その間延びした音は人間の足音じゃない。
奴らだ。それも一匹じゃない。二匹、いや三匹はいる。
ゴトリ。ゴトリ。
こんなこともあろうかと警戒し、キーボードの傍に置いていたオートマチックを掴み、安全装置を外した。
足もとには散弾銃も弾が込められている。
見つかったとしても、ただでは殺されるもんか。
ボクはそっと発電機をオフにする。白熱灯の光点が萎んで地下室が暗闇に包まれる。
上の物音だけに神経を集中させる。
ゴトリ。ゴトリ。
一匹が別の部屋に移動。そしてもう一匹が移動。遠ざかっていく。
よかった。
今日のところは見つかることはないだろう。
だが今日は大丈夫でも明日はどうなんだろう?
オートマチックを元に戻して、灯を点けた。
再び、ノートパソコンを取り出して思いつくままに文章を打ち始める。
他に何ができるのだろう?こんな大変なとき、ボクにいったい何ができるんだろう?
わからない。わからないから、ボクはキーボードを叩いて文章を書き綴り、開いたままのネット回線にアップし続ける。
いつかだれかがこの文章を読んで連絡をしてくれることを信じて。
ゴトリ。真上で足音がひとつ。
しまった!一匹動かずにじっとしてやがった!
ガン!
武器の柄で床を叩き始める。ああ、もうお終いだ。
キーボードの上に、ボクの顔に、地下室天井の埃が降りそs
そこまで書いたところで、ボクはキーボードを打つ手を止めた。
息を殺して気配をうかがう。
モニター画面には、数年前に書いた侵略SFものの手直しが表示されている。
そしてボクは今、この文章に書いたと同じ状況下にある。つまり、侵略者から逃れて地下室に潜んで文章を入力している。
創作が現実を凌駕してしまった。
侵略以来、誰とも連絡がとれない。電話もテレビもラジオもネットも何もかも通じない。
キーボードの傍らにオートマチックも散弾銃もない。キーボード以外なにも。
なんて無力なんだ。
なんて孤独なんだ。
ボクにはキーボードを打つ以外に何もできない。それだけが今生きている証。
ボクの上で足音がしている。
ゴトリ。
ゴトリ。
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「あんたって、葉っぱの上では葉っぱ色、岩の上では岩の色。自分の色なんてないじゃないの」
遠くからルリアゲハがヒラヒラ冷やかしました。
悲しくなって母さんに聞きました。
「ボクのホントの色はどんな色?」
「かあさんと同じ色だよ」
色はわかんなかったけど、ぐっすり眠れました。
大好きで大好きで、いつも見つめていたら、彼女と同じ色になっちゃいました。
「わたしのほうがあなたと同じ色になりたいと思ったのよ。これはあなたの色」
エー!
じゃあボクたちの色、彼女の色なんでしょうか?ボクの色なんでしょうか?
「おじいさん、カメレオンのホントの色をおしえてください」
どうしようもなく知りたかったのです。
「わしはまもなく死ぬじゃろう。そのときホントのカメレオン色になる。見ててごらん」
おじいさんはじっと空を見上げました。
だんだん空の色と同じになって、透きとおって。
ホントの空になりました。
えっと、今どき、自作PCってやってもさ、以前ほど安上がりでもないんだな。むしろ市販の安売りPCやBTOのほうが安いこともあるくらい。
自分好みのパーツを選べて、自分の使用目的に最適のPCを組み上げることができるってメリットもあるんだけどね。
なんといってもまずCPU。
今年1月、Sandy Bridgeっていうのが発売されて、消費電力を減ったのに性能がよくなってグラフィック機能が強化されたんだ。今月22日にはPentiumのSandy Bridgeなんかも発売されて、しかも信じられないくらいの格安で手に入る。PCでゲームしないボクにとっちゃ、CPUはもう十分なレベルと言っていい。でもIntelは、もう来年にはサンディブリッジ(Sandy Bridge)の改良版アイビーブリッジ(Ivy Bridge)を発売予定だし、13年にはハスウェル(Haswell)、14年にはブロードウェル(Broadwell)、15年にはスカイレイク(Skylake)、さらにその先にもスカイモント(Skymont)、ララビー(Larrabee)が計画されている。つまりいつCPUを買っても買った翌年には時代遅れになっちまうわけ。
もうひとつの悩みどころが、OSを32bitにするか64bitにするか。Windows7は両方出てるんだけど、今後の主流は64bitになる。なにせ32bitではメモリの認識容量が3.4GBまでで限界があるけれど、64bitは全容量を認識できる。ただし、すべてのソフトや周辺機器が64bitに対応している訳じゃない。ボクの普段使いのテキスト作成ソフトや親指シフト文字入力ソフトは対応がまだのようなんで、今回は見送るつもり。今年来年には次々と64bit対応されていくだろうからそれを待ってからという選択肢も捨てがたい。
ハードディスク(HDD)って安くなってて、2TBでも数千円で手に入る。映画を貯め込みたいボクとしては2TB×2搭載を考えてるけどお安いものだ。ところが今、HDDの限界を補うフラッシュメモリのドライブ版、SSDが出てきた。ディスクを読み取るんじゃないからこれが爆速なんだ。OSをSSDに入れておけば、起動があっという間にできる。ただHDDよりもかなり高額になる。これも今年来年に上位機種が次々発売されて、どんどん価格改定されそうだ。どのくらいの容量、金額のSSDを選ぶか、これも悩みどころだ。
いやもういつPCを買うのがベストなのやら。いやはや悩ましいよ、母さん。
「それで・・・それで、おまえ、何が言いたいの?それと今回の縁談とどんな関係が?写真、よく見てごらんよ。いい娘さんじゃないの」
いやその、ボクが言いたいこと、わかんないかなぁ。
「女性よりもパソコンをいじってるのがいいのかい?」
ちがうちがう、そんなミもフタもない。嫁さん選びってのは慎重を期したいってことだよ。パソコン選びと同じくらい。
「難しく考えずに会ってみるだけ会ってみたら?」
簡単に言うねぇ。今がホントに買い時かどうか、十分考えてから結論を出すよ。いいだろ、母さん。
「買い時ねぇ。そんなの余所様が決めることかね。自分が必要になったときが買い時じゃないのかい」
う~ん、一理ある。
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っこうええことゆうなぁ。
散髪屋のオヤジがひとりごちた。
土曜日の昼下がり、客はボクひとり。鋏の単調なリズムにウトウトしていたところだった。
珍しいこともあるものだ。ここのオヤジがひとりごちるなんて。
「いらっしゃいませ」「どうぞ」「いつもどおりで?」「おつかれさまでした」「3500円です」「またお願いします」
店に入ってから出るまで、発する言葉は以上それだけ。世間話のたぐいは一切なし。黙々と髪を切る。
ま、ボクとしてはそこが気に入っているのだが。
やれ、髪にいいシャンプーだのよく効く育毛剤だの勧めてくる店があるが、髪が気になる者には逆に鬱陶しい。
散髪屋は無口に限る。それにしても、なにが「っこうええこと」なんだ?周囲に注意を払った。
どうやら、店内に流しているラジオに聞き入っているらしい。
『馬糞拾い、下肥取り、灰買いなんて職業もあってね。今で言う廃棄物全部、回収して役立ててたんだな、江戸の人々は』
『究極のリサイクル社会ですねぇ、先生』
江戸町民文化の研究家にインタビューしている番組のようだ。
『そう、そして彼らはその日儲けた金をその日のうちに使い切るのをいさぎよしとした』
『江戸っ子は宵越しの銭はもたない、ですね』
『そのとおり。消費の促進は経済を活性化する。彼らの生活スタイルが世界最大の百万都市を築いたのだよ』
オヤジの鋏が止まった。どうやら話に深く感銘を受けたらしい。
『現代のわれわれも学ぶべき点がたくさんありそうですね、先生』
『汗水流して働いた分だけをその日の収入として、その日一日を生きる。まずそこからですな』
オヤジがうなずいている様子が鏡越しに見えた。じきに番組のコーナーが変わると、オヤジはそそくさと散髪を再開した。
散髪終了後、ボクはレジ前で財布を取り出す。オヤジが誇らしげに言う。
「1000円です」
えっ、それじゃもうけがない!
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惚れ薬を買いました。これでやっと片思いの彼とラブラブ~!
彼のグラスにこっそり、ガラスの小瓶に入った薬をポトリポトリ。
何も気づかず飲み干しました。しめしめ。
数分後、彼、突然アタシに微笑みかけたの。やったぁ!
「すみません。その瓶を譲ってくれませんか。なんだか無性に愛おしくて」
惚れ薬を買いました。これでやっと片思いの彼とラブラブ~!
飲み会で、彼の生ジョッキに薬をポタリポタリ。
彼ったら、グイグイ飲み干しておかわり。しめしめ。
一次会が済んだら、彼のほうから声をかけてきたの。
「ねぇ二人だけで・・・ウップ」
オゲゲゲゲ~!!
「フ~、やっぱりみんなで」
惚れ薬を買いました。これでやっと片思いの彼とラブラブ~!
オヤ?今度は軟膏だわ。どうやって使うのかしら。説明書、説明書。
『1日1回適量を意中の異性の患部に塗布してください』
・・・
患部ってどこやねん!
・・・
塗れるか~い!
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おんや?ここは?
気がつくと毎日見馴れたオフィスにいた。でも人っ子一人いない。
今日は日曜日だっけ?日曜になんでボク一人、ここにいるんだ?
はは~ん、これは夢だな。夢じゃなきゃ、オフィスにどうやって来たのか、なんで来たのかくらい、おぼえているはずだもん。
あれあれ?なんでボクは真っ裸なんだ?パンツもはいていない。ますますもってありえない。夢だな、これは。
夢だと思うと気が楽だ。ボクはお尻をポリポリ、ポコチンをポリポリ、リラックスをした。
さて、何をしよう?仕事?おいおい、まさか夢だとわかっているのに仕事するバカはおらんだろう。
そうだ。こんな時こそ、積年の怨みを晴らしてやる。
というわけで、いつも嫌味をタラタラ言う部長のデスクに向かった。デスクを蹴ってやった。
アタタタタタ!
ダメじゃん、僕の足が痛いだけじゃん。チキショウ!こうしてやる~
ボクは鼻クソをほじって、部長のデスクに塗りたくった。ウハハハハ、思い知れ~!
さて、お次は?
ボクの目はまっすぐにカヨさんのデスクに。わが職場のマドンナ、ハキダメのツル、あこがれのカヨさん!
カヨさんの椅子に裸のまま座る。ああ、生のお尻がカヨさんの椅子に。
あれあれ、カヨさん、引き出しにカギかけてないじゃん。変なヤツが開けてのぞいたらどうすんの~?
大きな引き出しに、コットンのひざ掛け発見。取り出すと、ボクは思いきり匂いを嗅いだ。スハッスハッ!ああ、かぐわしい。
ボクの鼻腔をカヨさんの香水と体臭の混じった素敵な香りが満たす。ああ、満足、満足。
さらにボクは大胆になってカヨさんのデスクの上であぐらをかいた。
ペン立てに、カヨさん愛用のペンを発見。このペンに、カヨさんの白くて長い指がいつもからんでいるんだよな。
誰もいないオフィス、しかも夢の中でだれにはばかる必要があろうか?
ボクはカヨさんのペンを握りしめ、M字開脚、股間にペンをあてがった。
「やめて!」
カヨさんの悲痛な叫び声。
え?
続いて部長の声。
「静かに!あ~、とうとうバレちゃったじゃないかぁ」
え?どゆこと?
部長がボクの近くまで歩いてくる足音。
「気がついたようだね。しかたがないな。事情を説明するよ。キミはわが社の開発した新薬『周りが透明人間に見える薬』の実験台になったのだよ。薬の効きめは大成功、キミに我々の姿はまったく見えていないようだ。ただ、その、キミの今朝出勤してから薬が効くまでの記憶が飛んでしまったのが問題だな」
え・・・ということは夢じゃない?
「うむ、残念ながらキミは全裸でオフィスを歩き回り、鼻クソつけたり、ニオイを嗅いだり、ペンを入れたり」
そ、そんな・・・オフィスの全員が息をころして、ボクの醜態を見つめていたなんて。
カヨさんがヒックヒックと啜り泣く声。そんな・・・
ああ、ボク、穴があったら入りたい!
部長がため息をついた。
「キミぃ、穴に入れて、そのセリフはシャレにならんよ」
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ハシビロコウという鳥は、一篇のショートショートである。
置物のように動かない。
動かない。
動かない。
動かないということが奇妙で、思わず見入ってしまう。
これは本当に生きているんだろうか。それとも本当は置物なんだろうか。
「鳥」と見せかけて、実は「置物」なのか、
「置物」と見せかけて、実は「鳥」なのか。
騙されないぞ、騙されるものか、と凝視する。
ショートショートを読むときに、これは本当はこういうことなんでは?騙されないぞ、騙されるものか、と一言一句に神経を配る、あの感じだ。
とはいっても、ここは動物園の中、水辺に棲息する鳥類を飼育するコーナーだ。置物のはずはないわけだが。
しかし、動かないなぁ。
書斎の窓辺で思索する老哲学者といった風情だ。
動かない。
動かない。
アフリカ、ビクトリア湖に棲息する、このハシビロコウは、動かないことによってその存在を消す。
好物のハイギョが呼吸のために水面に上がったところを捕食する、その瞬間をひたすら待ち続ける、動かずに、動かずに。
「動かないでしょ、ハシビロコウ」
背後から声をかけられてボクは驚く。振り向くと、作業衣の男が笑顔で立っていた。どうやら園の施設管理員らしい。
「動きませんね、ホントに動かない。もう五分は眺めていますよ」
管理員がプッと吹き出した。
「先月、死んじゃいましてね。アレ、剥製なんですよ」
・・・剥製?
「ま、いいじゃないっすか。どうせ動かないんだし」
そう言って、愉快そうに去って行った。
ハハハ、まさにハシビロコウ、おまえは一篇のショートショートだ。
きれいに騙されると、嬉しくなってしまう。それがショートショートってもんだ。まさにこいつはショートショートだ。
ボクもまた愉快に笑って、次のコーナーへ。
あれ?
立ち去ろうとしたそのとき、ハシビロコウが瞬きをしたような。
そうか、そうか。おまえはまさに一篇のショートショートだ。
しばらく連絡とってなかった友だちがボクのアパートを訪ねてきた。学生時代、ずいぶん仲がよかったヤツだ。
近況やら思い出やらうだうだ話していたが一体こいつ、何の用で来たんだろう?
「何の用って、聞きたい?オレさぁ、今、心霊写真持ってんだぜ」
「エ?マジで?」
「マジマジ。まちがいなく本物なんだよ。だってオレが写したんだもん」
心霊写真って最近見かけないなぁ。昔はテレビでよくやっていたのに。デジタルになって簡単に写真に細工できるせいかもしれない。
「見たい?」
「見たい見たい」
友だちがL判の写真一枚をボクに渡した。恐る恐るそれを見た。
一人の男が写っていた。アパートの部屋で見知らぬ若者がカメラ目線、OKサインをしていた。
「これのどこが心霊写真?」
「よ~く見ろよな」
よ~く見てみた。すると部屋の本棚に、白服をまとった痩身の女が立っているじゃないか!!
「こ、これってまさか」
震える指で女を指さす。
「あ、ソレ、プラグスーツ姿の綾波レイちゃんのフィギュアじゃん。ふ~む、確かにレイの写真だな。ってちゃうやろー!」
友だちのノリツッコミを無視して、もう一度写真をのぞきこんだ。
窓から覗く顔があるわけでもない。引き出しから手が這い出しているわけでもない。
じゃ、まさか。いや、そんな。この見知らぬ若者が?ゾッとしてきた。
「このOKしている男自体が幽霊なのか?」
友だちが真面目な顔でボクの肩を叩いた。
「こいつはボクの高校んときの同窓で、ピンピンしてる」
エ~、ちがうの?じゃ、霊なんて写ってないじゃんよ。いや、待てよ。ってことはぁ。
「じゃつまり、この写真の部屋自体がもう存在してなくて、背景全部が霊とか?」
友だちがまたボクの肩を叩いた。
「この部屋はオレの部屋で、今もちゃんと存在している」
それもちがう?じゃどこが心霊写真なんだよ!ボクは写真をヤツに戻した。
「降参!答え、オセーろよ」
ヤツは写真を指でつまんでかざした。
「ホラ、よく見ろ」
エ?そんな!写真がだんだん薄くなって透明になっていく。
「ゲッ!心霊写真って、この写真自体が霊だったのか!キャー!」
「おい、早くカメラ、カメラ!」
写真はどんどん透きとおっていく。
ボクは慌ててデジカメを取り出しシャッターを押した。カメラを下ろしたときにはもう写真は消えていた。
「おい、撮れたか?」
すぐにL判でプリントアウトした。
「う~ん、写ってるような写ってないような。わからんなぁ」
ボクの部屋でカメラ目線の友だちの写真。指先でつまんだ心霊写真はほとんど見えず、まるでOKサインをしてるみたいだ。
じゃあもしやコレもアレ?
だれか友だちんちに行って写真を見せたいなぁって、ワクワクしてきた。
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神戸カマイタチ事件って知っておるかね?
五十年も前、神戸市内のアパートで若い女性が肉片になって発見された事件。未だに犯人は捕まっておらん。
あの犯人は、わしかもしれん。
わしは若い頃、絵を描くのが好きで、デッサンや水彩を楽しんでおった。
二十歳になって油絵というものに挑戦してみた。当時、恋していた女性を油絵で描きたくてたまらなくなったからじゃ。
「どこまでもリアルに鮮やかに」を謳い文句にした油絵具というのを購入して、早速取り掛かった。
完成した絵は文字どおりの自画自賛、生き写しじゃった。これを見たらきっと喜んでくれる、そう確信していた。
ところが、彼女は地元で見合いして結婚を決めて、わしから去って行った。
悲しみと怒りにまかせ、わしは画布を剥がすとズタズタに切り裂いてしまった。
その二週間後に起きたのが、神戸カマイタチ事件だよ。
信じられない?ありえない?わしもじゃよ。
わしは油絵をあと二枚描いていたんだ。この二枚の絵にも同じことが起きるのか?そう考え始めると気になって気になって、試さずにいられなくなった。
その一枚、旅行したときのスケッチをもとにした函館の赤煉瓦街の絵をわしは切り裂いてみた。
二週間待った。三週間待っても、二カ月待っても何もおきなかった。
なんだ、ただの偶然か。油絵を裂いたのと、彼女が殺されたのに因果関係なんてあるはずなどない。
だがわしは、絵を切り裂いて試した自分が怖くなって、以来、絵を描くこと自体やめてしまったよ。
もう一枚の絵は燃やしてしまった。
それですべて、おしまい。
そのはずだったんじゃが。
絵を裂いて二年後、赤煉瓦街の崩落が始まったんじゃ。建物の天井や壁に亀裂が生じ、ゆっくりゆっくりと崩れ始めた。
一区画だけがひび割れ崩れていく現象に、微細な地震との共鳴などと学者たちは説明していたがね。
とにかく、描いた区画は一年かけて瓦礫の山になってしまったんじゃ。
悔やんでも悔やみきれんよ。なんで燃やしてしまったんじゃろう。
三枚めの絵は、宇宙に浮かぶ地球の絵だったんじゃよ。
え?地球は崩壊もしていないし、焼失もしていない?
そのとおりじゃ。彼女ときは数週間後。函館は二年後にゆっくり崩落。つまり規模によって時期も延びるし、現象もゆっくりになっておる。
だから、地球の場合は、もっとゆっくりゆっくりと温められていくはずじゃよ。
気温が上昇し、異常気象が増え、氷河が縮小し。
もう誰にも止められないんじゃ。
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ボクってさあ、ナイーヴなとこあんじゃない?で、夜眠れなくなっちゃうこととかあるわけ。
そんなとき鏡の中の自分を見ちゃう。惚れ惚れとしちゃうんだよなぁ。どうしてこんなに男前に生れたんだろ。
まず、この涼しい目元。目ヂカラがあって、魅き込まれちゃうよね。
シュッとした鼻筋。ワイルドな口元。精悍な顔立ち。ニカッ!白い歯を光らせて笑顔、そして自分に向かってウィンク!う~ん、決まってるネ~!
おっといけない、いけない。もう鏡を見始めて1時間も経っちゃったじゃないか。
ああ、美しすぎて睡眠不足になってしまう!
大変、明日は特別な日なんだよね。ここは自制心をフルに働かせて寝ておかなくちゃ。じゃ、グッナ~イ!
ハイ、というわけでぐっすり眠ったおかげでスッキリ快調、仕事も難なく終了、予約していたレストランへ直行!
頼んでおいたバースディケーキが登場。ボクの大好きなブルーベリータルトじゃないの!
♪Happy Birthday to Me~♪Happy Birthday to Me~♪
歌い終わるとロウソクを吹き消しました。今年の誕生日もひとりです。仕方ありません。
男友達ができないのです。みんなボクと比較されるのがイヤなんでしょう。
女の子も寄ってきません。ボクのこと、高嶺の花と敬遠する気持ち、わかるわかる。ま、ボクだって自分に相応しい美女の登場まで交際する気なんてありませんけどね。
オヤ?ボクの隣の席でカップルがテレビの話題をしています。
バラエティ番組の話、ブサイク芸人草井臭太郎の話のようです。草井臭太郎といえば、抱かれたくない芸能人NO.1のキモいヤツです。ま、ブサイクを売りに芸能界で生きようとしてるんでしょうけどね。
通路を男の子が走ってきました。その子が立ち止まってボクを指さしました。
「オジちゃん、臭太郎そっくりだぁ!!」
な、何を言い出すんでしょう。店内の客の視線がボクに集まります。そしてニヤニヤ笑います。
「こらダメじゃないの!ごめんなさい、失礼なことを申しまして」
母親が慌てて駆け寄り子どもを叱ります。
「だって似てるじゃん。でもオジちゃんのほうがブサイクかも」
客の中から吹き出す声が聞こえました。給仕の男がボクから背を向けて肩を小刻みに震わせています。
プーーー!!
給仕が我慢できずに吹き出して、厨房に消えました。
そして、ボクはわかったのです。
そうか。そうだったのか。やっと気がつくことができました。
はっきりとおかしかったんだとわかったのです。
レストランの店員と客の目が。
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広~い野っ原を散歩していると、大きな葡萄の木を見つけました。
たわわに実った葡萄の房から、芳い香りが漂ってくるではありませんか。うわ~、美味しそう。
でも高いとこに実がなってて届きません。ボクは前脚を思い切り蹴り上げて後ろ脚で立ち上がりました。
おやおや、それでもまだ届きません。
よぅし、ジャンプ!
えっこれでもダメ?
もう一度、ジャンプ!
あとちょっとなのに。チッキショ~!
後ろ脚で立ってピョン、ピョン、ピョン!ダメです。これ、絶対無理!
ボクはあきらめて立ち去ることにしました。
あの葡萄、きっと食べたら酸っぱくて不味いにちがいない。そう自分に言い聞かせながら。
・・・いや、待てよ。うまくいかないからってこんなふうに合理化しちゃっていいんだろうか?
ずっと将来、今日のことを『すっぱい葡萄』なんて寓話にされたりしないだろうか?
あきらめちゃだめだ!
ボクは葡萄の木に駆け戻りました。
そして立ち上がってジャンプしました。何度でも。何度でも。
いいかげん跳ねていたら、まっすぐ立つのがずいぶん楽になりました。
結局、葡萄は手に入れられませんでした。
でも、あれだけ努力したんですもん。将来、きっと役に立つはずです。すばらしい未来が待っているはずです。
皆さんもそう思いませんか?
え?
大人になったボクはきっと、すばらしいキツネになるはずだって?
何言ってるんですか、ボク、キツネじゃありませんよ、ウッキー!
それから数百万年もの将来、直立歩行を覚えた彼の子孫、ホモ=サピエンスがすばらしい繁栄を築くことになるのである。
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