子どもたちが夏休みになって間もない、うだるような午後。
東京湾上空に、ゆらゆら陽炎のように黒い影が浮かんだ。
目を細めて見あげる人々。
やがて影は、巨大円盤と化していく。
「う、宇宙人の侵略だっ」
そのとき。
円盤が虹色の光を海面に向けて照射した。すると、光の中から大怪獣二匹が出現したのだ。
「両生類怪獣イモラと害虫怪獣ゴキラだっ」
ああ、怪獣たちが海をかき分け、レインボーブリッジへと迫っていく。
イモラが鞭のようにしなる尻尾を、橋に向かってふりあげる!
負けじとゴキラが長い触角をふりあげる!
人々の落胆のどよめき。
一瞬にして、美しい吊り橋は寸断されて、無残にも崩れ落ちたかに見えた。
しかし!
尻尾と触角は、橋を砕く寸前、ピタリ空中で静止したのである。
怪獣二匹が円盤を見上げた姿勢のまま、一時停止したのだ。
ひと呼吸おいて、円盤が閃光を発した。
その光を確認して、二大怪獣は橋をそのままに退いていく。
よかった。レインボーブリッジは無事だ。
ところがどうだ!
円盤が再び虹色の怪光線を発し、また二匹の大怪獣が。
「嗜虐怪獣サドラと被虐怪獣マゾラだっ」
ああ今度はサドラとマゾラがレインボーブリッジを挟んで、SMプレイを!
しかし!
橋を破壊する寸前でまた動きを止め、円盤がまた閃光を発したのである。
そして、この二匹も退いてイモラとゴキラに合流した。
続いて出てくるわ、出てくるわ。
パメラとプリシラ、クララにアキラ、イクラとオカラ、ヅラにオナラでしょ、ナマラにミダラ・・・
いよいよ最後、橋を囲んで全員が並んで円盤を見上げる。円盤が数回光る。
いや~、ご苦労さん、ご苦労さん。
そんな感じで、大怪獣たちはぞろぞろと次の目的地、東京スカイツリーをめざした。
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「やったぁ!今日から夏休みだぁ!レッツ・エンジョイ・サマー!!
せ~のぉ
ザップ~~~ン!
つって、海に飛び込んじゃったわけなんですよ。
そしたら、泳げないのに気がついて。
ブクブクブクブク
やっべ、たすけて~!
なんつってもがいてたら、スイスイ泳いできたウミガメさんに助けてもらって。
『ありがとうウミガメさん。お礼になんでもします』つったら、
『じゃあ、龍宮城に一緒に行ってもらっていいですか?』つって誘うんですよ。
やっぱそこは『命の恩亀』、お断りするの、失礼でしょ?
んで、龍宮城ってのが、ネオンがキラキラしてて、こいつはきっとオトナが喜びそうな、ヤバいお店じゃねえの?
なんつって入ってビックリ、それが巨大なゲーセン!
クレーンゲームあり、メダルゲームあり、麻雀ゲームにレースゲーム。ガチャポン、プリ機、カードゲーム。
いやもう楽しいのなんの。
さんざん遊んじゃって。んで、さすがにもう帰らないとってウミガメさんに言ったんです。
そしたらウミガメさん、『エ~、もう帰っちゃうのお?』なんつって、とっても残念な顔をしたんです。
でも、やっぱりほら、遊んでばかりもいられないし。
『じゃ、店長さ~ん!』
って呼ばれて奥から出てきたのが、店長の乙姫さん。
『浦島くん、ご満足いただけましたかしら?こちらのお土産をお持ち帰りください』
つって、『TAMATEBAKO』って書いてある、プラスチックの箱わたされて。
助けてもらったうえに、龍宮城で遊ばせてもらって、お土産までもらっちゃなんだなぁって思ったんすけど、ご厚意に甘えちゃって。
んで、元の海岸に戻ったんですよ。
そしたらなんか違うんですよ。陽射しが弱いっつうか。海岸に海水浴客もいなくて。
海岸を散歩をしていたオジサンに聞いてビックリ!
『盆過ぎりゃクラゲ出るしなぁ。今日?もう明日から二学期じゃねぇのか?』
な、なんと、龍宮城でちょっと遊んでたとばかり思ってたら、もう夏休み最終日なんですよ。
いやぁ驚いたのなんの、何ひとつ宿題やっていないのに。
ああ、どうとでもなれ。そうだ、この『TAMATEBAKO』を。
つんで、箱を開けた途端、白いケムリがモクモクモク。
たちまち、こんなことになっちまったってわけなんですよ。わかりました?先生」
「ええ。話の内容はだいたい。そういうわけで、新学期、何ひとつ宿題を持たずに学校にいらっしゃったわけですね。浦島くんちのお祖父ちゃん」
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ここか。ここが例の奇跡の場所。
何の変哲もない駅前の宝くじ売り場。だが、三年連続1等が出て評判になった。
さすが奇跡の売り場、長蛇の列だ。早速、最後尾へ。
「あなた、がんばってね。あこがれのマイホーム、それからシステムキッチン!」
「パパ、エコカーも!」
妻と娘の息を弾ませた声を思い出し、懐の財布を握りしめる。
なにせ今回、100枚購入。1枚買ったときの100倍、当たりやすいのだ。
総発売数2億6千万枚、1等26本・・・そんな気の遠くなる確率のことはとりあえず置いとこう。
抽せん日までの『家族の夢』を買っていると言ってもいい。
それにしても窓口は二つだけ?これじゃ列、なかなかさばけないぞ。
そんなとき。
能天気な音楽が途切れて初めて、駅前広場の大型ビジョンに気がついた。
どうでもいい広告を垂れ流していた大画面が、放送局の報道デスクに切り替わっている。
「臨時ニュースを申しあげます。本日、アメリカ大統領は、惑星メランコリアと地球の大衝突は不可避であることを明らかにしました」
駅前広場を闊歩していた群衆の足が止めて画面を茫然と見上げている。
惑星メランコリアが正規の軌道を逸し、地球に近づいている。それは周知の事実だった。
だが、これまで大半の科学者たちが地球との衝突を否定していた。
「広大な宇宙で惑星と惑星が正面衝突するなんて、宝くじの1等当せんよりも低い確率ですよ」などと、衝突を懸念する少数派どもを一笑に付した。
なんともびっくり、大当たりってわけだ。
宝くじ売り場の列が緩みはじめる。
そりゃそうだ。地球が終わるってのに、今さら宝くじでもないな。
俺も、家に帰るか・・・
妻と娘の落胆した顔が目に浮かぶ。
「メランコリアの地球への衝突予想日時は、日本時間で8月8日午後2時前後です」
8月8日の午後だって?
慌てて列に戻ったのは俺ばかりじゃない。
そしていきいきした顔を取り戻したのも俺だけじゃない。
ふう、危ない、危ない。
サマージャンボ抽せん日は8月7日。間に合うじゃないか。
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気がつくと、そこは闇。
窓の外に目を凝らせば、微かに星砂の煌きが見えた。
ここは、宇宙だ。
そして、これはチンチン電車だ。
無限の宇宙空間に漂うチンチン電車の中、乗客はボクひとりきり。
運転席を見ると、運転手の大きな背中があった。
半透明の図体越しに、操縦席が透けて見える。
クラゲの運転手なんて初めてだ。
そうか、これは夢なんだ。
こんなの、夢でしかありえない。
夢だと思うと、妙な安心感があった。思考を放棄できる快感と言うか。
運転手が振り向いた。たぶん。
「夢やあらへんぞ」
クラゲが小刻みに身を震わせて笑った。たぶん。
「これはな、メタファーや。宇宙はよりどころのない孤独や」
はい?
「軌道の無い電車は、行き先を見失ったあんさんやないか」
なんなんだ、一体。
「そしてクラゲは、存在の揺らぎと先の見えない絶望感や」
これって夢占い?夢の中で夢占いされてんの?クラゲに?
「占いなら占いでかまへん。けどな、アナロジーは時として認識へのワームホールやぞ」
そしてクラゲが前を向いた。たぶん。
タワレコでR.E.M.の新作CDを購入、カサカサした黄色の袋を抱え電車に乗った。
ボクに続いて白人の青年が電車に乗り込む。
洗い晒しのジーンズ、バックパックのラフな旅行者風。
白い歯を見せてボクに微笑む。ブラウンの長髪と髭がキラキラしている。
「pardon?」
お、今、パードゥンって言ったよな。「失礼ですが」だっけ?
英語、通じるかもよ。ここはひとつ勇気を出して。
「オーケー、オーケー、ウェルカ~ム」
すると青年がペラペラ喋りはじめた。たぶん英語で。ひたすら流暢に、ひたすら早く。
脂汗と薄笑いを浮かべて、車内を見渡す。乗客が一斉に視線を逸らす。
青年がまくしたてる。その声がフェードアウトしていく。全身のバランスを失う。
視界にシャッターブラインドが下りる。
そして、闇。
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雨に濡れた舗道の隅、女子大生が落ちてました。子猫みたいに震えて。
男に捨てられたんでしょうか。かわいそうに。
こんなオジサンですが、介抱してやりましょうか。
いや、この雨じゃ介抱もままなりません。
いっそオジサンちに連れ帰ってやりましょう。
いえいえ、お持ち帰りなんぞじゃありません。
ずぶ濡れの服を脱がせてあげないと風邪を引きます。
でも、濡れたブラとパンティだって冷たいでしょう。
いっそのこと、裸にしてあげましょう。
否。断じて否。やましい気持ちからではありません。
だからほら、こうして乾いたバスタオルで全身拭いて。
特に湿ったところは開いて、乾くまでしっかりゴシゴシ。
ほら、これで大丈夫。
裸の体を毛布にくるんで。温めたブランデーを渡して。
ほら、オジサンってなかなか紳士でしょ?
でも紳士的な看護に女子大生のほうがほだされたりして。
潤んだ瞳で「オジサマ・・・」なんつったりして。
気がついたら「オジサマ」が「オージサマ」になっちゃったり!
拾っていただいたお礼に、何でもしますって身を寄せてきたり?
いやぁ、困るなぁ。困るよ、ソレ。
でも、拾ったんだから一割だけならいただいちゃおうかな。
どこいただこうかなぁ。どの部位にしよっかなぁ。
いちばん最後の棒にしとこうかな?
「女子大牛」?モ~なんか巨大ウシ女じゃ~ん。
「大」の横棒?
いやいや、それじゃ「女子人生」、重すぎ~。
ええいっひと思いに「女」も奪っちゃえ~!
「子人生」?赤ちゃんできたの、人生、面倒みてよねって?さらに重すぎ~!
マズイぞ、これは。オジサン的に極めてマズイ。
ここはもう、計画中止、見て見ないフリ、決定!
さらば、雨の中の女子大生。
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本土決戦と相成れば、地の利は我らにあり。必ずや形成逆転せしむるに違わず。
御前会議の席、徹底抗戦を唱える軍部指導者連中は頑なであった。
しかし、彼らとて心底、勝算があると信じていたわけではない。
降伏を飲めば、連合軍によって戦争犯罪人として罪を問われる立場であることを、彼ら自身重々承知していたからである。
どうせ己が滅びるならば、一億玉砕、国体もろとも滅びることを望んだのである。
状況は逼迫していた。
連合軍の圧倒的な軍事力の前に、敗戦に次ぐ敗戦。
奴らが本土に襲来すれば、どれほど甚大な被害を受けるであろう。
国家は大混乱し、国としての体を失うことになる。
今こそ、御聖断の時だ。
御前会議列席の大臣が各々意見を述べたあと、首相は御前へと進んだ。
「何卒、思し召しをお聞かせくださいませ」
「ならば、自分の意見を言う」
一同、御言葉を待った。
「どうして、連合軍はこんな絶海の孤島までわざわざ攻めて来るのか、わけがわからんぞよ」
ん?確かにそうだけど・・・。
そして思し召しを続けられた。
他国の民を苦しめたなどと言いがかりをつけてきたのは、連合軍である。
一部の狼藉ものが他国で犯罪を行い、本国に逃げ帰っていたとしても、罪を裁かれるべきは彼らである。
それを口実に、わが国領土にまで攻めてくるのは侵略行為そのものではないか。
わが国に他国に対して侵略の意図あれば、他国を占領し基地化なり統治支配なりするはずだ。
島に留まって暮らしていることが侵略の意図がないことの何よりの証拠である。
やれ敵対する方角のもとに連合軍一同は生まれたなどと宿命論まで持ちだし、戦闘行為を正当化しているのは奴ら連合軍のほうである。
御言葉は間違っていない。
間違ってはいないが、このままでは、我々は退治されてしまう・・・
全面降伏すべきか?
成敗覚悟の徹底抗戦か?
今こうしている間にも、連合軍の艦隊が白波を立て、この島へと迫っている。
イヌ、サル、キジ、そして桃太郎。
気がつくと彼女、パインアイスになってたんです。
そうなの。あなたのことが好きで好きでしかたないから。あたしを食べて。
もちろん、イヤだと言いました。
いくらパインアイスになったからって、食べちゃうなんて。
そしたら、彼女、シクシク泣き出したんです。
すぐに溶けてしまうから。ベタベタになって消えてしまうから。だからあなたに食べてほしいの。
このまま、溶けてなくなってしまう?なら、食べてあげたほうが。
そうよ。あなたが食べれば、あなたの中で生きられるから。お願い、早く。
わかったよ。それが君のためなら。
彼女をほおばると、甘酸っぱい味が口いっぱい広がりました。
氷の繊維にシャクシャク歯を立てると、冷たさがジインと沁みました。
ああ、もっと。食べて、食べて。
うん。とっても美味しいよ。君みたいに美味しい人は初めてだ。
あまりの冷たさに口の中がマヒしてしまいます。
それでもむさぼり続けました。
彼女のすべてを口に収めたころには、正直、頭の芯まで痛くなりました。
これでよかったの。
と小さく囁いて、彼女の最後の欠片が溶けてなくなりました。
どうして彼女、パインアイスになっちゃったんだろう?
その理由は、ずっとわかりませんでした。
でもやっとボクにも好きで好きでたまらない人ができました。
そしたら、ほら、ボクもパインアイスになっちゃったんです。
だから、ボクを食べてください。溶けてしまわないうちに。
お願いだから。
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山野アナ「高校野球ファンの皆様、こんにちは。さあ、いよいよ始まりました、決勝戦。解説は鍛冶舎匠さんです」
鍛冶舎匠解説「こんにちは。あの、あとどのくらい残ってます?放送字間」
山野アナ「えっと・・・八百字までですので、残り七百字少々です」
鍛冶舎匠解説「それは大変だ。試合結果を最後までお伝えできるかどうか。この際、カギカッコはやめて改行のみで表しては?」
あ、同感です。途中も端折って、九回裏にしちゃいましょう。さあ、決勝戦も大詰めです。さあ、この試合、どうご覧になりましたか、鍛冶舎さん。
いやあ、なかなかの好勝負ですねぇ。聖パピロ高校も仏舎利高校も、互いに初出場ながら、神がかり的な・・・いや神仏がかり的な強さで勝ち上がりましたね。監督同士も敵意剥き出し、決勝戦はまさに宗教代理戦争の様相を帯びてきました。
普通、応援スタンドからはコンバットマーチやらアフリカンシンフォニーが鳴り響きますけど、この決勝戦、パピ高スタンドからは賛美歌、仏高スタンドからはお経の大合唱が響きわたりましたね。さあ、パピ高ピッチャーのミゲル石川、大きく十字架を切って、投げたあ!仏高四番の珍念、バットを警策みたいに振って打ったあ!三遊間、抜けたあ!二塁ランナー、三塁を蹴って果敢にホームを狙う!おっと、ここで鋭い返球!クロスプレー!
アウトか?セーフか?これは微妙だ。
判定は・・・セーフ!セーフです!わきかえる仏高スタンドからは木魚の乱打が鳴り響きます。一方パピ高スタンド、一斉に『オーマイガー』!さあ、これで仏高、ついに同点に追いつきました。
そう言えば、七回の仏高の攻撃、ライトポールぎりぎりの打球がファール判定になったのも微妙な判定でしたねぇ。
さあ、この試合、ますますわからなくなってきました。おっと字数が。最後に鍛冶舎さん、今後の展開は?
そうですね。どっちが勝つか、わかんないですけど、地獄ゆきは審判団に決定ですね。
おっと、こ
おまけ!セクシー過ぎるオリックス2軍のウグイス嬢
「せ、先生、気になって仕方がないことがあるんですけど」
「何なの?恥ずかしがらずに言ってごらんなさい」
「ハイ。浦島太郎が龍宮城でタイやヒラメの舞い踊りを見ながら食べた御馳走のメニューが気になって気になって」
「そこにこだわる?」
「タイやヒラメのお造りだったりしませんよね?」
「せ、先生、気になって仕方がないことがあるんですけど」
「何なの?恥ずかしがらずに言ってごらんなさい」
「ハイ。グリム童話の森の中って、どうしてカラフルな水玉模様のキノコが定番なんでしょうか?」
「そこにこだわる?」
「ファンタジーって、毒キノコの幻覚では?」
「せ、先生、気になって仕方がないことがあるんですけど」
「何なの?恥ずかしがらずに言ってごらんなさい」
「赤ずきんちゃんって、どうして家族から赤ずきんって呼ばれるんですか?ファーストネームで呼んであげたらいいのに」
「そこにこだわる?」
「赤ずきん脱いだ赤ずきんて、サマなんね~」
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「どうして歌わないのかって?
歌ってますよ、生徒たち。だって、コレ、こないだ国歌に制定されたんですもんね。
声が小さい?
全国一斉音量調査の結果、わが校が全国最低レベル?委員会からきびしい指導があった?
そうなんですか。そりゃ校長先生もお困りでしょうね。
でもあの、言わせてもらっていいです?
この歌、ちょっとむずかしすぎですよ。
特に、『チイヨオニ~イイ、ヤアチイヨオニ』のとこ。声、ひっくり返っちゃうでしょ。
あそこから調子狂っちゃうんだよなぁ。
それからつぎの『サアザアレ~』のとこ。
ホントはアレって、『さざれ石』って言葉でしょ。細かい石が固まって大岩になって苔むすまで、ず~っと。そんな意味でしょ。
でも、たいてい、『サアザアレ~』でブレス入れちゃうでしょ、プロの歌手でも。
五七五七七の和歌でしょ、本来。なのにあそこで切れちゃうの、不自然ですよね。
ふんでもって、『イイシイノ~』のとこ、『コオケエノ~』のとこ、両方メチャクチャ音、高いじゃないですか。
あそこでたいていみんな、オクターブ下げて調整しちゃいますよね。
あそこ、ちゃんと歌おうなんて思ったら、最初の『キイミイガ~アヨオオワ~』のとこから、すっげー低い声で入んないと。
正直、むずかしい歌ですよ、コレ。
いや、おごそかな雰囲気の曲だってのは認めますよ。
でも『星条旗』やら『ラ・マルセイエーズ』やらみたいな勇壮な曲を声高らかにってのとは、ちょっと。
御託をならべてないで、生徒に歌わせろ?
歌わせないと、クビ?
ウワッ、校長先生、日本刀なんか振り回さないでください!
全員、サシミにしてやる?勘弁してくださいよ。
わかりました!わかりましたから!」
校長室の隅に追い詰められたボクは、校長の、眼鏡の奥の殺気だった目と、光る出っ歯を見つめた。
この侵略者たちは、なぜこうまでしてこの歌を歌わせたがるのだろう?彼らの占領統治はいつまで続くのだろう?
校長が刀を鞘に収めると、ボクは立ち上がって肩をすくめた。
いや、正確に言うなら肩などない種族のボクは、左右の触角をすくめたわけだが。
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ウープたちが、牧草地でザジェリクの若芽を食み始めると、ボクは弟と連れ立って岩礁にのぼる。
肩掛けカバンからラジオを取り出してスイッチを入れる。
アンテナを伸ばし、さらにラジオを頭上高く掲げて、電波を探す。
雑音の嵐の中から、エウロパの放送を見つけ出す。
やった。
アナウンサーがニュースを読み上げている。
共和国軍の将軍がエウロパの首都サンチェスカの大部分の公共施設を掌握・・・
先月首都を占拠していた連合国軍は撤退、拠点を西へ・・・
エウロパは解放、サンチェスカは市民の歓喜に包まれ・・・
ニュースが終わるとDJが昔のポップロックを紹介する。
澄んだ空気を明るい旋律が満たしていく。
ウープたちがザジェリクを咀嚼しながら、不思議そうに顔をあげる。
お調子者の弟は、曲に合わせてクネクネ踊りを始める。岩の上で飛んだり跳ねたりして。可笑しいったらない。バカみたいだ。バカみたいだけど、ボクは愛おしくってしかたがない。
曲が終わると弟は、息を弾ませながらしゃがみこむ。
「おまえ、わかってんの?共和国軍のロックかかってる意味」
弟が首を振る。
「戦争が終わるんだよ!父さんが帰って来るんだよ!」
やっとわかったらしい。顔をクシャクシャにして、歯茎まで見せて、笑いながら泣きだす。
その顔が可笑しくってボクまで同じ顔になる。
ラジオが天気予報に変わる。
ボクの顔がひきつる。
サンチェスカは今日も雨が降っています。雨が降り続いています。市民の皆さん、外出をしないでください。
気象予報士の、感情を殺した声。
みんな知っている。
この時期、この地域で雨が降ることなんてありえないことを。
これは、サンチェスカが大変だっていうことを言うに言えない放送局の人たちの抵抗だってことを。
澄み渡った青空を弟が見渡す。
弟の目の中にも青空が見える。
春風にウープたちの長い毛がなびく。
ピオールが空高く舞い上がりさえずる。
父さんはまだ帰ってこないだろう。
いつか本当に、晴れ渡った青空を青空のままに放送できる日が来てほしい。
ボクはラジオを抱きしめる。
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学食の隅っこがボクのお気に入りの場所。
誰にも邪魔されないように、文庫本を開いてバリアを張る。
そのバリアが今日は簡単に壊された。対面にケンジがトレイを置いたのだ。
「ここ、迷惑?」
「迷惑」
正直に答えた。
「メンゴメンゴ、席、空いてなくて」
ボクはチラリと学食を見渡した。ウソばっかし。
「おまえ、いっつもひとりだな。友だちいないの?」
大きなお世話だ。こうゆう手合いにはちゃんと言わなきゃわかんない。
「人の心に土足であがりこむ輩って大っ嫌い」
「拒絶ってるなあ。ま、正直っちゃ正直だよな、ウンウン」
なんて納得しながら、箸を割ってしごいている。ホント、わかんないヤツ。
「頼むからどっか行ってくんない?食べるとこ見られるのイヤなんだ」
「え?なんで?学食なのに?」
生協でサンドイッチかなんか買えばよかった。
「ボクは箸のもち方がヘンだから、ソレ見られんのイライラするんだ」
「あ、わかる。ソレ」
ホント、わかってんのか?
握り箸、横箸、ちぎり箸・・・
箸ってどうして正しい持ち方じゃないといけないんだろう。
突き箸、迷い箸、渡り箸・・・
どうしていちいちマナーにうるさいんだろう。お行儀なんてたいして気にしない人が、こと箸に関しては違うのはなぜなんだろう?親から先生からヘンと言われ友だちから笑われ、すっかり箸コンプレックスになってしまった。
「オレもヘンだろ?」
ケンジが飯を口に放り込んだ。確かにヘン。ボクとどっこいどっこい。
「世界中で箸を使ってる人間は三割。あと三割がフォークとかスプーンとか。四割は手で食べてるんだぜ」
へえ、そうなんだ。
「お父さん箸、お母さん箸なんて個人の箸が決まってるの、日本くらいのもんなんだ。いろんなこだわり、ありすぎ。要は、おいしく食べられりゃいいのに」
「でもさ、口に御飯入れたまんましゃべるの、やめてよね」
ケンジがボクを不思議そうに見てから、プッと吹き出した。
ボクも、笑うのをこらえて真っ赤になった。
そんなわけで、あの日以来、ボクはケンジと友だちだ。いや、友だち以上かも。
ボクの実家に連れてったことがある。
母さんは、「どこがいいの?」なんて言う。
ボクは、「箸のもち方がヘンなとこ」なんて応える。
ウン、友だち以上。結婚なんかしちゃったりして。
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夏休み、中学校の登校日。
寝ぼけ顔で登校した妹のサエが、顔を紅潮させて学校から帰ってきた。
興奮冷めやらぬって感じで僕に言った。
「お兄ちゃん、水は心を持っているんだよ」
唐突な言葉にとまどって、僕が黙っていると、サエが説明した。
「今日さ、道徳の一斉授業が体育館であったの。先生が水の結晶のスライド写真を見せてくれたの。宝石みたいに綺麗な氷の結晶と、ズブズブの汚いのと。綺麗な結晶は『ありがとう』という言葉を聞かせて、汚い方は『ばかやろう』という言葉を聞かせたんだって」
「ふうん・・・で、先生は何て?」
「水は言葉の波動を受けて変化するんですって。人間の体は70%以上、水分だから、水に影響が出たら、人体にも影響が出る。だから、思いやりのある、優しい言葉を使いましょうって」
「オカルトだな~」
「エー、お兄ちゃん信じないの?ほら、これ。配られたプリント。実際の写真を見てよ。水を入れた瓶に、『平和』とか『戦争』とか字を書いて見せた結晶。『マザー・テレサ』とか『ヒットラー』とか書いた結晶。クラシック音楽だと綺麗な結晶ができるし、ハードロックやヘヴィメタだと汚くなるし」
「つまり、水は漢字も読めるし、歴史的な人物の業績にも詳しいし、高尚な音楽を好む、という訳か。水は日本人じゃないから、チベット語やらスワヒリ語で話しかけても理解するし、アラビア文字やらマヤ文字を見せても理解するのだろうな」
「言葉を言う人や文字を書く人の心が、水に伝わるってことだと思うわ」
「じゃあ、皮肉を込めた『ありがとう』の言葉なら、どんな結晶ができるんだ?思いやりを込めた『バカヤロー』の一喝なら?善良なヘヴィメタ・ミュージシャンの演奏なら?ネオ・ナチがマザー・テレサと書いたら?」
「う~ん、実験してみないとわからないわ・・・」
「その実験そのものが胡散臭いな。湿度や温度といった条件が変わることで、水の結晶の形が変化しているだけじゃないか?写真撮影のタイミングの違いかもしれん。・・・水がそんなに賢いのなら、キム・ジョンイルと紙に書いたらどんな結晶ができる?ビン・ラディンと書いたら?竹島と独島と書いて結晶を比較したら?」
「どうしてそんなひねくれた質問をするの?」
「ひねくれてないさ。そもそも、それぞれの言葉の価値というのは、普遍的なものじゃない。一人一人の人間の心で価値判断するものだ。水の結晶が正・不正を判断できると考えることそのもの、思考停止だ、狂信的だ」
「お兄ちゃん、もっと素直に受け止めたら?」
「こんなに論理的に説明してもわからないなんて・・・サエはバカだなぁ」
「あ~っ、バカって言った。私の体の中の水が腐ってゆく・・・羊水が腐って、お嫁にいけなくなる・・・」
「本当にバカだぞ。宝石のような水の結晶の、神秘的な美しさを感嘆するのも結構。美しい言葉を大切にすることも大いに結構。でも、水がテレパシーを使えるとか、人間以上の記憶や知識があるとか・・・水がいちばん迷惑しているよ」
「じゃあ、お兄ちゃん、学校の先生が嘘を教えたっていうの?」
「・・・サエ、まさか・・・学校の先生が本当のことしか教えないとでも・・・?」
久しぶりの実家の朝食。
黄身が固まった焦げ気味の目玉焼きにウスターソース。
四角い赤ハムのコンビーフみたいな風味。これだよ、これ。これぞハムエッグ!
懐かしい味に舌鼓を打った。
食後、庭に出るとメンドリと尻に絆創膏を貼った豚が恨めしげにボクを見上げた。
ステーションの爆発から脱出できたのは、アタシとレプタリアンのボブの二人だけ。
緊急脱出艇に食べ物は、生ハムが4本ばかり。やっと本部と連絡がつながった。
「救出まで三日はかかりそうだが大丈夫か?食料は?」
「大丈夫だ。食料は・・・えっと、生ハムが4本・・・いや5本」
今の彼、私のこと、とっても愛してくれてるの。
私って美人じゃないし、豊満系でスリーサイズ一緒だし。
彼ったらあのとき、網タイツをはかせるんです。私の網タイツ姿にすっごい興奮するんですって。
最近、彼のプロフィールを見たんです。好きな食べ物、ハム?
それって。どゆこと?
オジサンはサウナが好きだ。
しこたまサウナで汗を流し、冷水に浸かる。これを数回繰り返すと汗と疲れがすっかり抜けて、肌はサラサラ、実に爽快だ。
そんなわけで、今日もサウナの扉を開くと先客が三名ほど。
そこに、さらに六名ばかりが入ってきて、サウナ室内の密度が一気に上がった。
入ってきた中で、二人は異質だった。若く、立派な体躯のスポーツマン男子二名である。
おどおどしながら出入り口近くの隅、下段に並んで座った。
ボクたちサウナ初めてです、と顔に書いてある。
「おい、兄ちゃんたち、こっち座れ」と、先客のひとりが、奥の高い段を譲った。
「あ、ハイ。ありがとうございますっ」ふたりが移動する。
贅肉などない、引き締まった体。日焼けした肌はミルクチョコみたいにきめ細かい。
オジサンのくたびれた体とは明らかに違う。トドの群れに迷い込んだアシカ二頭。
「兄ちゃんたち、ええ体しよるの」
「スポーツしよるんか?」
次々と質問され、丁寧に答える。
『高校野球』という言葉が出た途端、色めき立った。
地元では名の知れた強豪校、しかも予選で活躍中、その投手と捕手なのだ。
さんざんふたりを励まして、茹であがった先客三名がサウナを出る。
すると早速、後から入ったオヤジたちの餌食になる。
「兄ちゃんたち、サウナ初めてか?」
快活に答える球児たちの白い歯がまぶしい。
サウナの入り方講座が始まった。
終盤になって、別のオヤジが口を挟んだ。
「高校生がサウナ入って体にええんか?」
その一言で、空気が一変した。
高校野球選手がサウナ風呂に入るのは是か否か、大論争が始まったのだ。
球児ふたり、場にいたたまれず、どんどん小さくなっていく。
オジサンたちの結論は、『若者の新陳代謝とオヤジのそれとは違う、よって球児はサウナをやめるべき』であった。
「悪いこと言わん。お兄ちゃんたち、やめとき」
その言葉に、球児は押し合いへし合いサウナを出てそのまま脱衣所に向かった。
室内には、選手たちに最良のアドバイスをした満足感が充満していた。
オジサンたちは高校野球が好きだ。
地元選手が活躍すると、『育ての親』がウジャウジャ現れる。
影響力のある『育ての親』連中に、選手は翻弄される。
そんな縮図をここで見た気がした。
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