何気無く大切な一日が、かけがえ無く今日も過ぎてゆく 高橋忠史・多系統萎縮症と生きる・唄い屋。

難病の多系統萎縮症に侵されても音楽を諦めない男のライヴ報告や日々の思い・命のメッセージ

ウォーク10日目その2

2013年05月26日 20時36分44秒 | Weblog
足の筋肉疲労がかなり強いので、今日の歩きは休む事にしました。

歩くコースの事、日程の事、地図を読みながら練ってみました。

一番の問題は車を何処に置いて何で移動してどう歩いていかにして車に戻るかです。

いろいろ考えて、いちようのコースと日程を決めました。
明日は知立駅近くのスーパーに車を止めて笠寺駅まで歩き名鉄電車で戻り、車で豊田インターから湾岸高速に乗って刈谷のパーキングエリアで寝る。
次の日は、車を弥富駅付近のスーパーに止めて、JR関西本線で名古屋、そしてJR東海道線で笠寺へ、弥富まで歩き、夜は湾岸高速のパーキングですごす。
29日は三重県の朝日駅あたりのスーパーに車を止めて弥富までJRで戻って朝日町まで歩き、夜は磐田市に向かう。
30日は磐田市豊田南中学校でプロジェクト7の仲間と学校講演。それが終わったら、三重県にもどる。

31日は高橋忠史の61歳の誕生日。

四日市市あたりで車を止めて、そこまで歩く、その日の夜は亀山市を目指して国道を走れば、このあたりからは道端のパーキングで眠れるだろう。
誕生日は亀山市まで歩こう。

6月1日からはどのコースをとったらいいのか分からなくなったので、奈良の岡村猛さんに電話して相談した。
その結果、関西本線沿いに歩くのが起伏も少なくJRも利用出来るのでいいだろうと言う事に決定。

1日は柘植町あたりまで、
2日は伊賀上野あたりまで、
3日は笠置町あたりまで、
4日は木津川市あたりまで、
5日に奈良市内へ

余裕をもって奈良に到着する予定で歩けばなにかあっても、6日には必ず奈良市内にたどり着けるだろう。
岡村猛さんに6日の夜、昔の仲間を集めてくれるようにお願いした。
東大寺到着までにやっと一回だけライヴが成立しそうだ。
昨年から始まったウォーキングライヴツアー、浜松市で昨年山中恵美子さんのお店で一回、やはり昨年滋賀県守山市で藤木猛さんが一回、そして再開した今年、最後の最後に岡村猛さんが引き受けてくれて三ヶ所でのライヴが成立する事になった。

最終日の7日は、12時から東大寺門前で一曲だけのゲリラライヴをやります。
怒られるかな~。

ウォーク10日目

2013年05月26日 11時53分38秒 | Weblog
5月26日

右足の踵の豆が大きくなっている。そして両足の脹ら脛から太股にかけての筋肉がパンパンに張っていて立ち上がるのが困難だ。
歩くのも困難だが、今日も午後から歩く。

奈良までの距離を甘く見ていた、そして60歳の身体の老いをわかっていなかった。
40代に歩いていた頃は、歩きはじめがどんなに辛くても、一週間もすれば筋肉は歩きに馴染んで来たのだが、60歳の身体は、10日目だと言うのに疲労が抜けるどころか蓄積するばかり、身体中の節々も軋みだしている。
今は旗を持つのも負担になるので身体ひとつで歩いている。

そろそろおおよその旅の日程を決められる頃だと思っていたが、決められない。
旅のコースも日程も決まらないから、ライブの企画もお願い出来ない。
こんなに辛い旅は始めてだ。だから逆に燃える。
とにかく前に進む。

今の身体(両足)の状態と、この先のこの先の歩く距離と、車を移動させながらの歩く条件では最初考えていた1号線を京都まで進み奈良に南下するというコースでは、6月7日には到着できない。
地図を見ながら昨夜から考え続けて出した結論は、名古屋市の笠寺あたりまで1号線を進み、そこから西に進み23号線を西へ西へ、三重県の四日市あたりで再び1号線に合流し、さらに西へ、東海道の宿場町「関宿」からJR関西本線にそって25号線(伊賀街道)を西へ伊賀市まではそのまま進むが、その先はどうしていいかはわからない。
伊賀街道を歩き続けて京都府木津川市から南下して奈良に到着するか、伊賀市から25号線を歩き続け奈良県山添村から県道80号線を使って一気に奈良市内に入るか、25号線を歩き続け奈良県天理市に出て北上し奈良市内に入るか。

近づいて来たら決めようと思います。

このコースを歩くと知り合いは居ません。だからライヴが出来ません。困った。結局奈良まで唄えないと言う事になってしまうのか。
先の事を考えてくよくよしても仕方ない。今日出来る事を精一杯やっていれば、協力者が現れるかも知れない。それは期待しないで頑張ります。