ちびめぐ日記

母(43)とムスメたち(11と8)の成長記録。

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2017年は穏やかな夏休みだった。

2017年09月07日 | かーちゃんの日々
夏休みが終わった。
振り返ると、ほとんど感情を荒らげることのない穏やかな穏やかな夏休みだった。
夏休み前半は、家族で初めて徳島・大阪に行く“計画のある旅行”(これまでは行き先だけ決まっていて、現地で何をするでもなくまったり過ごしていた)をして、私的にとても楽しかった。
夏休み中盤は、義理実家への帰省、ムスメたちは従兄弟や叔父叔母との関わりで色々と体験し学んだ時間となった様子。
夏休み後半は、日常生活に加えて、“マンガ「暗殺教室」全巻を欲しい”というムスメたちの要望を「食器洗いを毎食後自分たちでするなら」という交換条件で飲んだことにより、私の家事が少し軽減されムスメたちはマンガに夢中、という時間を生んだ。以降、ムスメたちは食器洗いを自分たちの任務として受け入れてくれており、「おねがいね」と言うと「は〜い」という軽い感じで自分たちの都合のいい時間にやってくれるようになった。
去年までは、ムスメたちが私に家にいて欲しがるので、日常的に出かけていた習い事や諸事を諦めていたのだけど、今年は私が何時間出かけていようと意に介さないムスメたちに成長しており、いつもどおり平常運転で私のやりたいことをやらせてもらい、私の不在時、ムスメたちもおそらくやりたい放題に過ごしていて、お互いストレスが最低限だったような気がする。
ムスメたちと過ごす夏休みはこれで9年目、こんなにもストレスのない夏休みは今年が初めて。これからもこのノンストレスな夏休みであり続けるのか。それとも思春期に突入するムスメたちの変貌と共に更に変化を遂げていくのか。それはそれで楽しみ、ということにしておこう。
学校が始まった途端、ムスメたちはそれなりのストレスを抱えて帰宅するようになり、夕方には何かしらのイライラが噴出して母娘の間で伝播しもやもやとした時間を過ごすようになった。「学校で色々と嫌なことも乗り越えて頑張っているんだな」というのが、今年の穏やかな夏休みを終えてよく分かるようになった。2学期も色々と何かが起こるだろうけど、がんばっていきましょう。
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まったり夏休み。

2017年07月26日 | かーちゃんの日々
さて。ムスメたちの夏休みが始まりまして。
のんびりと食べたい物を各自適当に朝ごはんに食べ。ムスメ1号は自由研究の調べ学習を。2号は最近ハマっている女の子の顔のイラストを描く練習を。久々にシトシト振り続ける雨音と共に静かな時間が過ぎてゆくのです。(今日はこんな感じなだけであって、これが毎日は続かない)
姉妹がもう少し幼かったときは、二人で過ごす時間の95%は「ごっこ遊び」であった。着せ替え人形、リカちゃん、シルバニアファミリー、おままごと、手を変え品を変え「ごっこ」をしていて、しまいにはラジコンやスライム、レゴ、粘土、折り紙、ビーズ、ビー玉など大人の私には「ごっこ」に結びつかない遊びも姉妹にかかれば「ごっこ遊び」の材料だった。一番衝撃的だったのは、ねだられて仕方なく購入したローラーシューズ、普段スニーカー履きできるようにローラー部分の取り外し可能なのだけど、その取り外したローラーにマジックで顔を描いてごっこ遊びに使っていた時。ローラーシューズとして外で滑って遊ぶ時間よりも、取り外したローラーでごっこ遊びしていた時間の方が長かったんじゃなかろうか(あっという間にサイズアウト)。
この数年、だんだんとごっこ遊び時間は減少の一途をたどり、今や二人で過ごす時間のわずか5%程度。だんだんと何か別のものになりきる時間は失われ、「自分」でいることが中心になってきたんだな。とにかく姉妹で入り込めば楽しいばかりだった世界が、それぞれの世界を持ち始めて違うものが見えるようになり始めてるんだろうね。
友人知人との外の世界がかなりの時間を占める日常になり、今まで生活のほとんどが「おうち」中心だった時代から、「おうち」=「まったりゆっくり過ごす場所、休憩する場所」となってきた様子。
とはいえ、今もムスメたちはシルバニアファミリーで遊んでおります。
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映画『思い出のマーニー』。

2017年07月16日 | かーちゃんの日々
先日テレビで放送されていた映画「思い出のマーニー」の録画をムスメたちが見ていた。
私は途中から見たのだけど、いいお話。
色々な秘密が明かされていくところで目をキラキラさせて「も、もしかしてこれは…!(わくわくっ)」と大きな声を出して映画の音声を遮って喋ろうとするムスメ2号。
後半は涙ボロボロで感動の嵐なので声を掛けられることも受け入れられないムスメ1号。
その1号の空気を察して、喋る2号を目で制する私。

ムスメ1号にとってはおそらく人生初の号泣映画、でした。
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10年。

2017年07月08日 | いろいろなこと
ブログの更新を怠るようになって、何年もの日々がさらりと通り過ぎてしまったような気がする。ブログを綴るという行為が、自分を振り返り日々の生活を噛みしめることに繋がっていたんだな、と今更ながら思う。過去のブログを振り返り、記憶にもはやない思い出の数々が自分の言葉で残されていることをありがたく思う。
気づけばムスメたちはすっかり大きくなって、1号は私と大きさがほぼ同じ、手足は私より大きいし長い。2号は将棋をマスターして父親を打ち負かすようになった。オットの仕事もすっかり波に乗り、探さなくても仕事がやってくるようになっている。そうなるまでの時間、自分も何かを手に入れたくて、メディカルアロマの勉強をしてアロマアドバイザーの資格をとったり、香りを使った体質診断テストのサードメディスンプロジェクトのアドバイザーの資格をとったりしたものの、今のところ友人知人にアドバイスするにとどまっている。
私自身はこの10年で何かを成し遂げたのだろうか、といつも不安になるのだけど、このムスメたちの成長に私の10年は詰まっているんだろうと思うことにする。ムスメたちもいい感じに育ってきた。さて、これから先の10年、私はどうする?
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朝の風景。

2017年07月07日 | 親として思ったこと
最近めっきり、お母さんらしいお仕事をしなくなってきました。
あれこれと世話することにすっかり疲れ果てた(笑)ということもあるけど、ムスメたちに少しずつ自分のことは当たり前に自分でするようになって欲しい、という思いもあって。手を離せそうなところは、じわりじわりと手を離しています。指一本ずつ、じわりじわりと。
この1年くらい、ムスメたちには朝ごはん作っておりません。
初期(姉妹の乳幼児期)は毎朝ごはん作っていました。しかし、数年経つと姉妹の嗜好の違いがはっきりしてきて、二人に同じ朝ごはんを出しても、一人は完食、一人は残す。というのが何を出してもパターンになってきました。
中期(幼児と小学校低学年)は、残されるのがもったいないし嫌な気分になるので、姉妹にそれぞれオーダーをとっていました。メニュー表を作ったりして、お店やさんごっこのノリで私も楽しむようにしていましたが、二種類の食事を毎朝作るのが私にはかなりの負担。ムスメたちは満足していたようだったけど、私が大変だったので別のやり方を模索。
後期(小学生の姉妹)には、ムスメたちにそれぞれ食べたい物を確認し、私が作らなくてはならない物は私が、ムスメが自分で用意できる物に関しては自分でしてもらうことに。この頃、姉妹の性質の差がはっきりして笑えた朝ごはんが。「自分で作れそうもないものは手伝うから言って」と告げると、11歳の1号が「たらこのおにぎり作って♪」…あなた、ただ握るだけよ、そいつは自分で確実に作れるだろ? 8歳の2号は何も言ってこないので、適当にパンでも食べているのかと思ったら、自分で包丁でパンを切り、卵を割り、牛乳と砂糖を計って混ぜて、バターを溶かしたフライパンでフレンチトーストをジュウジュウ焼いていました。…あなた、包丁も火も使うのに、よくそれだけのことを自分でやろうと思いましたね?
できるだけ何もせずに食べる方法を考える姉と、自分が食べたいと思ったら労力を惜しまない妹。それぞれに「生きる力」をお持ちで何よりです。
そして現在。朝学校に出かけるまでの時間は、私の存在にムスメたちが甘えて揉め事に発展することが多いように感じたので、なるべく自室に待機していることにしました。朝ごはんに関しては、もはやムスメたちから「作って」というお願いはされません。基本的に朝は出かけるのが遅くなるので「テレビは見ない」というルールにしていたのだけど、私が自室に閉じこもっている間はリビングは無法地帯なので(笑)それぞれ、勝手に好きなものを食べて好きなテレビを見ている模様です。私が見ていないところで何をするかは、ご自由に…ということで。最近は、1号が髪の毛を結って欲しいという理由で私を呼び出すまで、私はムスメたちになーんにもしない。持ち物も、出かける時間も、自分たちで全て必要なことを済ませて出かけて行くムスメたち。
その後ろ姿を見送って、彼女たちの散らかしたリビングとキッチンを片付けることが唯一お母さんらしい朝のお仕事、かな。
来年の春からは、ムスメ1号はお弁当が必要になる(かもしれない)ので、この朝の風景もまた違った変化の時を迎えることになりそう。
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二度寝はNG。

2016年06月09日 | かーちゃんの日々
久々にすごい寝坊を…目が覚めたら8:00。
慌てて家族全員に声を掛けて起こし、猛スピードで出掛ける支度スタート。パニックになって泣き叫ぶムスメ2号、焦りがイライラに変わるムスメ1号、黙々と支度をする夫。その合間を縫って必要な手出しと口出しをする私。
起きてから15分経たないうちに、全員家を出ました。ムスメたちは登校時間に間に合ったはず。学校が家から近くてよかった…ゴミ出しは間に合わなかった…

こういう時、ちょっとだけ救われるのは、誰もお母さんである私を責めないこと。基本的に毎朝、それぞれ自分で必要な時間に起きるので、寝坊をしてもそれは起こしてもらえなかったから、ではなくて、自分が起きなかったから、ということになる。
それにしても、ムスメ2号の切替の速さは劇的。起きた瞬間から悲劇のヒロインのように泣き崩れ、床を叩きながら悲嘆にくれていたのに、夫に諭され(これでは話を聞きもしないので)叱り飛ばされてからは速かった。私がムスメ1号の髪を結んだり支度を手伝っている間に、自分ひとりで全ての支度をして、最後は笑顔で「いってきます!」一番乗りで出て行った。
朝ごはんを食べられなかったけど、給食までなんとか持ち堪えておくれ。凄まじい始まり方だったけど、今日も1日元気に過ごせますように。
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悩めるリンク。

2015年09月08日 | いろいろなこと
しばらくブログから遠ざかっている間に、世の中ではスマートフォンが広く行き渡り、かつてはパソコンを自由に使える環境下の人のものだったブログやSNSが老若男女問わず自由に扱われている。かく言う私も、Facebookで友人達と近況報告を交換し、Twitterでは主に愚痴を吐き出していたし、今もしている。
だけど、最近あれこれ違和感を生じてきた。特に見たくないような記事なども安易に目撃できるようになり、それらをそっと見守っていたであろう人たちも、安易に口撃できるようにもなっている。よくよく吟味された発言だけでなく、垂れ流しのような醜聞もそこかしこに…見たくなければ見なければいい。だけど、ちょっとでも気にかかるキーワードがあるとついつい目にしてしまうし、後追いしてしまう。それはきっと、私だけの話ではないはず。

その安易さが、なんだか怖い。

そう思う今日この頃。
だから、このブログをFacebookやTwitterにリンクさせることを悩む。
私は不特定多数の人に自分を広く知ってもらいたいわけではないし、主義主張を発信したいわけでもない。
だけど、自分と確実な繋がりのある特定の人達には知ってもらいたいことを記録しているつもり。それをわざわざwebで公開しているのは、たまたまこのブログに出会った人の心のどこかに引っかかって、その人の何かの役に立てたらいいと思っている部分があるから…のような気がする。
今や、わざわざ個人のブログをブックマークしてまで読んでくれている人(友人であるとしても)がいるのかどうかもわからない。3年も放置していたブログを、細々と更新してるよ!というのを知らせるのにFacebookやTwitterは便利なはず。だけどやっぱり、悩んでしまうのは。リアルな友にもSNSの友にも、複雑に多様化したつながりが存在しているから、全部を横並び同列扱いにはできない「何か」があるんだろうね。

こんなぼんやりした私の気持ちを読んでくれた貴方に、ありがとう。

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「真夏の雨」。

2015年08月21日 | 母を亡くしたとき
8月13日、念願のREBECCAのライブに行ってきました。
小学校高学年〜中学校時代に、カセットテープやレコードで聴いていたNOKKOの声を、生で聴けるとは思っていなかったという点では非常に感動したけれど。REBECCAの歌詞はやはり、私にとっての10代前半の象徴というか何というか、今現在の状況において胸を打たれるというよりは、やはりノスタルジーで胸を打たれる感じだったな。
だけど、行けてよかった。チケット手に入ってラッキーだった。NOKKOと一緒にライブで歌えて嬉しかった。
一番心に残ったのは、大好きだった曲「真夏の雨」の歌詞が、実は当時、時間がなくて英詞のままリリースされてしまっていたということ、その英詞の部分の歌詞がようやく出来上がったので聴いてください…ということで披露されたこと。
「Ah..beaten in the warm rain
It makes me feel like I'm in your love」
「ああ 雨を見ました 昔あの夏の日も
 ああ 真夏の雨は 母のひざまくら」
大好きなあの歌で表現されていた愛は、母の、母への愛でした。

ライブから10日後の8月23日。私の母の8回めの命日。
8年前の8月12日、父の誕生日のお祝いに母は細かく切り刻んだステーキ肉を食べたのを最後に、食事らしい食事は喉を通らなくなり、23日の朝7時頃に家族みんなが見守る中、息を引き取りました。母が最後の呼吸をした直後に、当時1歳半だったムスメ1号が天に向かって「ぐぅままちゃん(母の呼び名)、ばいばーい!」と叫んで手を振ったこと、その瞬間に雨がザアっと降って途端にカラリと晴れたこと、は忘れられない私にとっての「真夏の雨」。
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REBECCAと15歳の夏の思い出。

2015年07月29日 | 親として思ったこと
REBECCAがこの夏、20年ぶりの再結成LIVEをする。チケット入手!行きます!REBECCA全盛期は小・中学生だったので、神奈川の田舎に住んでいた私には当時LIVEに行くなんてことは考えることもできず、ひたすらLPやレンタルCDを録音したカセットテープ(古い!でもそんな時代だった)を聴いていただけだったけど、今YouTubeで当時のLIVE映像とか見ると、NOKKOのパワフルさは圧巻。2週間後が楽しみ。
REBECCAは私にとっては自分の人格を形成する上でけっこうな比重を占めているだろう時期の象徴。聴くと色々な記憶が蘇る。
一番鮮やかに思い出すのは、15歳の夏休み。中学2年から3年にかけての一番の親友は、学年でもすごく目立つ「ワル」だった。だけど、すごく気が合って、四六時中一緒にいた。中3の夏休みの終わりの終わりに、二人で平塚の海に行った。私の白いラジカセを片手に、バスを乗り継いで行った、ほとんどひと気のない砂浜で何時間もひたすらREBECCAを聴いて過ごしたあの時間。砂がラジカセに入り込んじゃって、壊れちゃったラジカセ。何を話したか、ぜんぜん覚えてないけど、『真夏の雨』がすごく心に沁みた。彼女はワルだったけど、私のことは決して悪いことに誘わなかった。私が興味を持って悪いことに近づこうとしても「それはおまえがやることじゃない」って絶対に近づけなかった。本当に仲が良かった。
だけど、2学期が始まってから彼女の様子がだいぶ変わってしまって。もともとワルかったけど拍車がかかって行き、派手な不純異性交遊に家出、学校のトイレでシンナー吸うほどの中毒になって吐く息が臭くて言ってることの意味がわからなくって、どんどん遠ざかっていってしまった。中学卒業後、高校は進学したけど中退して水商売に就いて、二十歳になるかならないかで妊娠して結婚して出産して離婚して再婚して…という話を地元の友人から伝え聞いている。
今思えば、あの頃私は彼女から「親に反抗する」ということを相応しい時期に教えてもらっていたように思う。いわゆる「いい子ちゃん」で育っていた私、嫌なことでも結局親の言う通りにこなしていた。だけど、こちらが求めることは親からは返ってこず、わだかまりを抱えていた。彼女と仲良くすることは、周囲の大人たち(親・先生)の目からとても危険に見えていたはずで、当然母はいい顔をしなかったし、「もう付き合うな」とも言われた。ワルい言葉遣いもいっぱい身につけちゃったし、一見するとワルそうなこと(煙草吸ってるみたいに見える写真を撮って遊んだりしていたけど、実際は煙草じゃなくてチョークでした〜、みたいな)もしてたからね。だけど、本当に彼女は私を絶対に本物のワルい世界には足を踏み入れさせていなかったから、親に対して燃え盛るような怒りを感じていたね、「本当のことは何も知らない、知ろうとしないくせに!」と。母親に向かって度々「うるせえ!ふざけんな!何も悪いことしてないのに、勝手に決めつけんな!」とどなって食ってかかる…なんていう絵に描いたような反抗の仕方は、彼女に出会っていなければすることができなかっただろうな。当時の母にとっては衝撃的な出来事だったろうと思うけど、あのささやかな反抗ができていなかったら、私は母から自立することができず、大人になれなかったのではないかと思うわけです。
中3のときの担任の先生と二十歳を過ぎて呑みに行ったときに「お前は母親からの過度の期待に潰されそうになって、その重圧から逃れるために自分より弱い者(中2のときの担任の先生)をいじめて晴らそうとしていた」と言われてビックリしましたよ。母親に反抗できなかったので、代わりに担任に反抗していた、と。そのときの自分にそんなはっきりした意思があってやっていたわけもないんだけど、改めて指摘されるとまさにその通り、で。中3のときの担任は反抗不可能なほどのパワーの先生だったので、そういう担任を充てがわれたのですね、と。そして、本来反抗すべき相手、母親に食ってかかることで、私の反抗期は無事に昇華されたわけですな。

えー、反抗期…怖っ。

現在6歳と9歳のムスメたちにも、正常な成長の過程として、相応しい時期に相応しい反抗期を迎えていただかねばならないわけですが。
怖っ。

だけど、自分のことを振り返るだに、親のまったく勝手知らないところであれこれ考えて感じて学んで、そして反抗して心理的に親から巣立っていくわけだからね…親になったからには、それも覚悟せよ、ってことだね。REBECCAを聴きながら「反抗期」について思いを馳せてしまいました〜。
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映画「インサイド・ヘッド」with ムスメたち。

2015年07月25日 | 本・映画・音楽
いつも映画をムスメ達と観る時は、万が一別行動をしなくてはならなくなった場合に備えて「大人ふたりとムスメふたり」が基本なのだけど、今回は諸事情があり私ひとりでムスメ達をつれて行くことになりました。案の定、映画の途中で「おしっこに行きたい」と言い出すムスメ2号。3年前ならばここでムスメ1号をひとり館内に残してトイレに2号を連れて行こうものならばそこで「私も行く!」と1号も騒ぎ、ひと騒動になったところ…今回は1号に2号をトイレに連れて行くことを告げると「わかった」とだけ答えて映画に集中していた。1号、成長しましたっ!今後は大人ひとりでもムスメふたりを映画に連れて行ってあげられるぞ。

さてさて、「インサイド・ヘッド」。私は泣きました。ムスメたちも感動して泣いていた模様。だけど、私が一番いっぱい泣いてたな。
感情と記憶と人格の形成の過程が、非常にわかりやすく映像化されています。生まれたばかりの赤ちゃんから12歳に育つまでの主人公の女の子に、我がムスメたちのことを重ねて、こんな風に彼女たちの性格は築き上げられているのかと思うと、私は親としてたくさんの「喜び」の源を与えられているかしら、と思わずにはいられなかったです。
そして、私の感動の涙が溢れそうになったその瞬間、隣のムスメ2号に「お母さん、おしっこ」と声を掛けられたのでした。超ガッカリよ…やってくれるぜ、2号。

・ネガティブな感情であっても、それは不要な感情ではない
・感情のキャラクターを選び間違えると、相手に誤解を与える、自分が本当に伝えたいことが伝わらない
・成長する過程で、忘れらていく記憶はあるけれど、そこに付随する感情も性格形成に影響している
・一歩大人になるために、大切だった思い出を失うこともある


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遠ざかっていた時間。

2015年07月22日 | 親として思ったこと
なぜ三年もの間、Blogを書いていなかったのかなぁ…と考えて思い当たることは「ムスメたちとの時間を楽しめなくなっていたから」。
私が育児Blogを書き続けていた理由のひとつに、「どんなに大変なことも、振り返れば笑える楽しい思い出になる」という思いがあり、辛かった1日であっても、夜にBlogを書くために振り返ればそれなりに笑い話にすることができていた。自分の大変だった日を“いい1日だった”としめくくれる儀式として、文章を噛みしめ吟味しながら書いていた日々。
けど。ある時から(ムスメ1号が小学校入学、ムスメ2号が幼稚園入園したあたりから)、何をどう振り返ってもBlogにあげられるような気持ちが温まる文章が書けなくなってしまったんだな。わたし。このBlogを世界に発信している限り、目に留まる人にとって「読んでよかった」と感じてもらえることを文に残したいと思って書いていたのだけど、そんな文にならない日常になってしまっていた。
「ムスメ達との葛藤の日々」、まさに毎日毎時間が闘いで、楽しい時間が激減していた(私が子育てを楽しむ、という意味での)ので、Blogが書けなくなっちゃったんだな。
今もそこから完全に抜け出せたわけではないけれど。
そこに陥ってしまっていたことに気付いたので、這い上がろうと思います。
楽しむことを忘れてしまっていたので、楽しむことを思い出したい。
そんな気持ちで。
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実に3年ぶり!

2015年07月14日 | いろいろなこと
なんとなんと、このブログを3年も放置していたわけです。
その間、twitterやFacebookに流れており、mixiにいたっては何故かいつの間にやらログインすらできなくなっていました。
このブログが生きていてくれて嬉しい!懐かしい、そして忘れたくないたくさんの思い出がつまっているから。
ムスメたちは9歳と6歳になり、二人とも小学生になってしまいました。
わたしの育児生活も10年目ということで、子どもの成長に伴って、わたし自身もいろいろ成長しております(退化したところも多々あり)。
ブログの良さをなんとなく再認識し始めたところなので、ポチポチ更新して…みようかな。うふふ。
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お庭。

2013年05月10日 | かーちゃんの日々

猫の額サイズだけど、お花が咲くのを楽しみ、



シャボン玉で遊び、



派手にお絵かきもできる…庭さいこー。
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1年生と年少組おしまい。

2013年04月07日 | かーちゃんの日々
ムスメ1号は、1年生でひらがなを正しく書けるようになり、漢字も覚えた。ふりがなの書いていない文字でも、漫画のセリフならば想像で補って読めるようになった様子。本を読むのは大好きで、放っておくといつでもどこでも読んでいる。おやつを食べながら、トイレに入りながら、お風呂に入りながら…。母としては止めたいところだけど、我が家の大人もやっていることなので、仕方ないか。そして、泣きながら怒りながら続けてきたピアノのレッスン、弾くのが少し楽しくなってきたようで、自分からすすんで弾きたいように弾くようになった。成長、成長。学校ではお手紙交換をする男子が3人に増えた。女子が手紙交換をするのは世の常(?)だけど、男子から「すきだよ」というお手紙をもらうのはラブレターであるわけで、なかなか隅に置けないオンナである。ムスメ1号は全員にどんな返事を書いているのか…私にはもはや分からない、というのが1号が小学生になったんだなあと痛感するところ。これが幼稚園だったら、手紙の代筆やら文字の指導やらお手伝いを色々頼まれていたから、手紙の内容なんてダダ漏れだったけどね。あ、相手の男の子からの手紙は簡単に見せてもらえるところは、小学校低学年だなあ、と思う点。なわとびもたくさんの種類の飛び方を覚えて飛べるようになった。
ムスメ2号の最大の成長は、4歳になる2ヶ月前に自らがんばった「おっぱい卒業」。それから疲れるとすぐに頼っていたバギーときっぱり決別をした(私が自転車に乗るようになったので、自転車の後ろに乗る、という裏ワザありだけど)。すっかり“赤ちゃん”は姿を消して、洋服のチョイスにもこだわるおねえさんになった。食べ物の好き嫌いは相変わらずヒドイもので、炭水化物とお肉とお菓子で2号は形成されているはず。お料理を手伝うのは大好きで、暇があれば台所に「おてつだいする~」と現れて、一緒に野菜を切ったり炒めたりしている。でも、絶対に食べない。「食育」的なアドバイスで「自分で作ったものは食べたくなるから、子どもと一緒に食事を作りましょう」ということがよく書かれているけど、嘘っぱちだと思う。自分で料理したものを食べないどころか、庭で苗から育てたトマトだって食べようとしないんだから。まあ、健康優良児であることは間違いないので、いいことにしよう。料理だけでなく、掃除もよく手伝ってくれる。2号の「やってみたい!」という前向きな気持ちは、幼稚園で先生からも絶賛(?!)されている。この1年でぐっとお喋りも達者になって、おねえちゃんが話している途中からどんどん割り込んでしゃべるので「おはなし泥棒」と呼ばれている。

2人とも、あれこれできるようになった陰で、家では台所、トイレにひとりで行けない(ムスメ1号はこわがりだからなんだけど、2号は大してこわくないのにおねえちゃんの真似をしているだけなので迷惑)。
春休みは母娘だけで過ごしたのがほとんどで、私は自分・1号・2号(←本当はひとりでも行けるのにお姉ちゃんの真似をして怖いフリをする2号)のためにトイレに1日の中で何度も何度も足を運ばねばならず(ついでに拭かされるし)、食事中にスプーンやお茶を取りに行くのも「怖いからついてきて」と狭い家の中をあちこちムスメたちのお願いごとのために狭い家の中をウロウロウロウロ…それだけで十分疲れた。あーあ、いつまでこんな生活をしなくちゃならないんだろう…とがっかりしつつ、来年の春休みには、もうこのお付き合い生活は終わっているとしたら、今が最後のお付き合いになるんだ!と自分を励ましつつ、ムスメたちに束縛される春休みを過ごしました。新幹線に乗ってわざわざ出かけたおばあちゃんのお家でもムスメたちは私を休ませてくれることは決してなかった…長い春休みだったわあ…。
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ムスメ1号、レベルアップ。

2013年02月01日 | かーちゃんの日々
本日、一家揃って寝坊をしました。
目覚めたのが朝7:50…!ひやああああああああああっっっっ!!!!!!でございます。
相棒の「たいへんだ~」という声で時計を確認した次の瞬間、ムスメ1号、泣き叫ぶ。「うわ~ん!!!!!」…そうでした。4月にムスメ1号が小学校に進学して以来、実に4度目の寝坊なのだけど、過去3回、親子ともども大変な思いをしている。
幸い学校が近いため、いつもなら家を8:10に出ているところ、8:15過ぎに出ても始業には間に合う。7:00前後に起きている日常はゆとりの朝だけど、ちゃちゃちゃっぱぱぱっと支度をしてしまえば、十分学校には間に合う程度の寝坊なのだ(母親である私が寝坊していることは棚上げ)。ところが…。この「いつもよりうんと遅くに起きた」「学校に間に合わないかもしれない」というのは、ムスメ1号にとってはこの世の終わりくらいの大事件で。過去3回、大泣きをして「学校に行きたくない」とわめき暴れ、本来なら間に合うはずの時間いっぱい使って大騒ぎをするのだ。結局、本当に間に合わなくなって、朝の会の始まった教室に、私が2回、相棒が1回、付き添って連れて行っている。私の2回に関しては、「絶対に一緒にいて」と1号に懇願されて、1度目は土曜の3時間授業のうち2時間を同席することになり。2度めはムスメ2号をその後幼稚園に連れて行かなければならなかったので、どうにか朝の会だけで1号にお願いして解放してもらった。思い出すだけでも脂汗の出るような、激しい「地獄の寝坊デー」。
今日もソレをやってしまって、「いやだ~!絶対に学校には行かない~っっ!うわ~~~~ん!!!」と叫ぶムスメ1号の声を聞きながらブルーになっていた。はあ、どうやって説得しようかな。困ったな。と思っていたところ、寝室で泣き叫んでいた1号が私のいる居間に出てきて、こういった。
「がんばって急いで支度をして、いつもどおりの時間に出る」。
もう泣いていない、とても冷静な声と表情でそう言うと、さっさと着替え始めた。
一言もなぐさめも説得もしていないのに、1号が自分で判断して行動をした。信じられないけど事実である。想定外の1号の反応に動揺しつつ、朝ごはんはとにかく口にさっさと入れられるもの…と思って、切ってあったりんごを差し出すと「りんごだけ?」…う、そうきたか。いつもならここで再び泣きのスイッチが入って「いやだ~!これじゃたりない~!!!!」とか騒ぎ出すところなんだけど「他の食べ物だと間に合わないかもしれないからね」と言ってみたら「…そっか。じゃありんごでいいや」と素直に食べた。肩透かしを食らう勢いだった。
そして、本当にいつもどおりの時間に準備が完了し、いつもどおり8:10に家を出た。外まで見送る私に、何事もなかったようにいつものように「いってきまーす。おかあさん、気をつけてね~」(←彼女はいつも、私の安否を気遣ってこのようなことを言う)と挨拶をして去って行った。
おかあさん、か・ん・ど・う・ですううううううううう! 過去3回の苦労を思い返すと、本当に地獄から天国のような違い。まさに「成長した」という言葉がぴったり!
ムスメ1号は、担任の先生にも寝坊したこと、でも間に合ったことを話したそうだけど、過去3回の騒ぎをご存知なので、先生にも「えらいっ!」としっかり褒めてもらったらしい。
目に見えて、はっきりと実感したムスメ1号の成長をここに記録しておこう。ああ、よかった。
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