みちのくの放浪子

九州人の東北紀行

ヒコナギ尊の悩み

2018年10月26日 | 俳句日記


この物語の舞台となる年代は、AD1世紀
から3世紀に掛けてである。
文化編年で言えば、弥生中期から後期の
時代だ。

随分古い話と言うなかれ、そこには今に
通じる人間の営みと喜怒哀楽があった。
半径5mを生活の範囲とし十年一日が如
く生きる者には先駆者の心は解らない。

ヒコナギも、天孫としての使命感と目前
にある現実、そして自らの力のギャップ
に悩むことが多くなった。
今年の冬も動きは無かった。
漫然と山裾の桜を眺めていた。

「尊⁈」

アメノコヤネが声を掛けて来た。高天原
からニニギ尊に従って来た老臣である。
ヒコナギにとっては先君亡き後の親代り
と言ってもいい。


「ああ、コヤネか」
「この頃はちと御下知に迫力が有りませ
んなぁ」

この老臣には全て見透かされてしまう。
かと言って、何もかも相談していては
御子としての矜持にもかかわる。

「そうか、いかんな」
「ご無礼を承知でお悩みの種を申し上げ
てもよろしゅう御座いますか?」
「うん、申してみよ」

ヒコナギはやっぱり見透かされていると
思った。
が、渡りに舟でもある。

「畏くも先君は天照大巫女のご訓示を律
儀にお守りになり、他の邑を侵す事なく
、こちらの思いを丁寧に知らしめて軍を
お進めになりました」

「そうであったな」

「助けを求めて来た奴国王にも、けして
恩を売るような素振りはお見せになりま
せんでした」

「そうであったな」

「お陰でこの八女に他国と比肩するほど
の根拠地を構える事が出来ました」

「そうだな」

「つまりは先君のご遺徳の致すところ、
これから先は尊が先君の御子として切り
開いて行かなければなりませんな」

「その通りだ!、分かっておる」

ヒコナギはもって廻った言いように少し
イラついた。

「仰りたいことは分かっています。先君
の時代より、戦線の規模も他国との同盟
の数も一段と拡大しております。
それに応じて、こちらの陣構えも比較に
ならぬ程に膨らみました。

「そうだ、その通りだ。で‥?」

「尊はお若いから力が有り余っておいで
になる。ともすればここで一気に片をつ
けるお気持ちではありませんか?」

‥‥やはり読まれている😱

「いや、そんな事は無い。
まだ忍坂(吉野ヶ里)を落とす軍略は頭に
は無い」

「そうですか、それは良かった」

「どう良かったのだ⁈」

「兵は拙速を好むと申しますが、それは
敵が動き出す気配を見せてからのこと。
今は我が軍がこの地に居着いた事により
彼我の力が拮抗し膠着状態にあります」

「で!」

「こんな時は、自軍の様子を観て廻るが
肝要、同盟国の王とひとり一人お会いに
なって来られたらいかがでしょう」

「そんな暇が有ろうか?」

「十分有りますとも、もうすぐ春も終わ
り、田植えの準備にかかる時期、戦さど
ころでは御座いませぬ」

「相分かった!そうしよう。幕僚を集め
よ、供揃えと留守居役の手配をする」

ヒコナギは若いだけに、一度決めたら動
きは速い。

「廻る順序は、豊の国々からですよ!」
「分かっておるわ!」
「ほほ、それは頼もしい」

流石に大和朝廷の軍事氏族、物部氏のご
先祖だけあった。
後年、この地で磐井の反乱を鎮めた物部
アラカイは、コヤネの子孫である。

(…つづく)


10月26日〔金〕曇り のち 雨
一日中、ストーブを焚いて過ごした。
もはや秋も極まれり。
こののち爽やかな秋晴れの好日は
有りや無しや。

次に来る晴れた日には冬備えをしよう。

〈雨だれや ショパンの音も 冬隣〉放浪子
季語・冬隣(晩秋)