嫌な時計(2018.11.6日作)
目覚まし機能の付いた時計が
壊れた
新しい時計を買った
古い時計は
一秒刻みの秒針だったが
新しい時計の針は
いっ時の休みもなく 文字盤を
流れるように動いている
いっ時の休みもなく 四六時中
動き続ける 細い針 秒針
人の命は 今 この瞬間
この針の動きを眼にしている
この瞬間にも 削り 取られてゆく
人生の時が 針の動きと共に 無情に
過ぎて逝く 削り 取られてゆく
不穏 不安な感覚
そんな感覚を呼び覚まし 抱かせる
針の動き 落ち着かない気分
嫌な気分にさせられる
嫌な 時計だ
夜明けが一番哀しい(5)
トン子が最初に気付いて、まるで予期していない事に遭遇したかのように、びっくりした顔をした。トン子はいつもする事が大袈裟だった。
「あら、もう行って来たの?」
ピンキーは黙ったまま手招きして、早く来い、と促した。
「ピンキーが帰って来たよ」
トン子が仲間達に言った。
安子とノッポが顔を離して入り口のピンキーを見た。
ノッポの顔からは明らかな不満の表情が見て取れた。彼には、横浜なんて下らない所へ行くよりは、ようやくその気になっている安子と寝る方がよかったのだ。
安子はそんなノッポを突き放して立ち上がると、ポシェットを肩に掛け直した。
画伯は自分には関係ないかのように、透明なビニール袋に顔を突っ込んだままでいた。
「あんた、行かないの?」
トン子が画伯の背中をどやした。
画伯は気弱そうに困惑の表情を浮かべて立ち上がった。
お節介焼きのトン子は、今度はフー子のそばへ行って肩を揺すった。
フー子は眼を覚ますと訳が分からないように、しょぼくれた顔で前にかかった長い髪の間から周囲を見廻した。
「あたしたち、横浜へ船を見に行くのよ。あんたも行くんでしょう」
成田の家を出る度に二、三千円の金をくすねて来るトン子は、いつもピーピーだった。彼女はフー子に一番借りがあったが、返す当てなどなかった。コーラーやジュースを買うための百円、二百円の金なら踏み倒しても罪がないように思えるのだが、五百円以上の金になると、なんとなく罪悪感を覚えてしまうのだった。フー子に借りた金が今、幾らになっているのか、どことなくノー天気なトン子には計算出来なかった。
フー子はトン子に促されて、黙ったまま、長い髪をうるさそうに書き上げると立ち上がった。
フー子には何処となく、陽炎のようにも思える透明な感じがあった。その存在の内側を誰もが苦もなく通り抜ける事が出来そうに思えるのだったが、しかし、通り抜けたあとでも彼女は、依然として、元のままの姿でそこに立っているようにも思えるのだった。
フー子は物にこだわる事がまったくなかった。彼女にはあらゆる事が流れて行く水でしかないかのように見えた。彼女の存在が、多かれ少なかれ借金のある仲間達に重圧感を与える事はほとんどなかった。彼女が無造作にジーパンの尻ポケットから掴み出す紙幣は、仲間達には単なる紙屑でしかないように見えるのだった。
フー子を最期に扉の外へ送り出すとトン子は室内の明かりを消した。
彼らの仲間内でそのおしゃべりと共に、一番の世話焼きがトン子だった。上田さんが帰ったあとの店内の始末は、暗黙のうちにトン子の仕事として委ねられていた。彼女はなんとなく間抜けなお人好しに見える面とは裏腹に、細かい事にもよく気が付いて、そんな事をしている時のトン子はむしろ嬉々として、生き返った魚のようにさえ見えた。
トン子が最後にシャッターを降ろして階段を上がって行くと、深夜の路上にマーキュリーのクーガが置いてあった。
「あんた、これ、外車じゃないの!」
トン子は驚いたように言った。
「文句なんか言わねえで、さっと乗れよ。ヤバイんだからよ」
ピンキーは何時でも不機嫌で怒っているみたいだった。
「誰が運転するの? ピンキーじゃ酔っ払いだから危ないわよ」
トン子はなおも、お節介焼きらしく口を出した。
「うるせえな、心配なら乗んなよ。おまえみたいな九官鳥は、ぺらぺら喋るだけで何も分かんねえんだから黙ってろよ」
ピンキーのいつも苛立っている事と、その毒舌には誰もが慣れっこになっていた。
「あんた運転しなよ」
安子がノッポに言った。
「やだよ、おれ。外車なんか運転した事ないよ」
ピンキーはさっさと運転席に乗り込むとドアを閉め、エンジンを掛けた。
みんなが慌ててツードアの入り口へ廻った。
「誰と誰がうしろに乗るの?」
トン子が言った。
「うしろは四人だ」
ピンキーが言った。
「四人乗れるのかい?」
ノッポが気乗りのしない様子で言った。彼はまだ、安子と一緒の夜を過ごす事に未練を残しているようだった。
「トン子は太ってるから前に乗りなよ。あたしたち四人ならなんとかなるわ。車が大きいから」
安子が言った。
安子、ノッポ、画伯、フー子の順でうしろに乗った。最後にトン子がドアを閉めた。ピンキーが一気に車を出して、彼らの深夜の旅が始まった。
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横浜港への道順など、誰も知らなかった。ピンキーの運転は噂にたがわず乱暴なものだった。深夜の路上に走る車の数は少なかったとはいえ、ほとんど信号を無視して突っ走った。狭い道路ではジグザグ運転で先行する車を何台も追い抜いた。その度に後部席の連中は左右に揺すられ、体をぶっつけ合って悲鳴を上げた。
「あんたちょっと、もう少し静かに運転出来ないの?」
トン子が辟易して言った。
「おれ、気持ちが悪いよ。 胸がムカムカする」
画伯がゲッソリこけた頬に、ほとんど血の気をなくした顔でうめいた。アンパンの袋も手放してしまっていた。