「つなみ」の子どもたち 作文に書かれなかった物語/森健
昨年7月このブログで文藝春秋臨時増刊された「つなみ」を紹介したことがある。→文藝春秋増刊 2011年8月号
今回紹介する作品は、その姉妹編にあたる関連作品。
「つなみ」で作文を書いてくれた子どもたちの「その後」を追っている。
その後どうなったんだろうか、と気になっていたので読んでみた。
今回の作品では、前作で取材した時の経緯も書かれているので、状況がより鮮明になった。
例えば、小学校2年中村まいさんの作文。
説明により、この作文が約1ヶ月後の避難所で書かれたのが分かる。
武徳(まいの父)は警戒感のこもった目つきで振り返った。趣旨を説明しはじめると、武徳はじっとこちらの目を見据え、黙って話を聞いた。表情は硬く、変化に乏しい。これは難しいかもしれないと思った。だが、聞き終わると、「どうですかね・・・・・・・」といったん保留にしたのち、子ども次第ですね、まいに聞いてみましょうかと応じてくれた。
「どうする、まい。やる?作文書いてみるか?」
まいはこちらを見て、父を見て、またこちらを見て「うーん」と首をひねった。難しそうかなと思い、無理はしなくてもいいんですよと助け舟をだすと、まいは「書く」と小さく呟いた。(中略)
詳しい話を聞こうと武徳に向き直ったところ、だしぬけに彼はこう告げた。
「うちは妻をなくしたんです」
P24
作文をよく読めば、まいは母や弟の死について一言も触れていなかった。まいにとって母の死はまだ整理のつかないことなのだろうか。
こちらが指摘すると、武徳は作文を手にとって言った。
「おそらく〈つなみのせいで大切なものもながされました。〉という一文に、その気持ちをすべて託したんじゃないですかね。家もなくなって、いろんなものもなくなったし。はっきりと書かなかったのは・・・・・・そうですね、僕に心配をかけたくないからなのかな・・・・・・。(後略)」
これだけ大きな災害だと、子どもも大人もダメージを受ける。
まいの父も仕事に復帰しても集中できず、苦しい日々が続く。(P37)
「こんな自分の元にいるよりも施設にいるほうがまいも幸せではないか――。
「それで児童相談所に連絡したんです。養育できそうもないので、施設に預けられないかと。そうしたら、児相はとりあえずお子さんと一緒に来てくださいというので、日程を決めたんです」
その約束の日の前夜、武徳はまいに翌日のことを説明した。いまお父さんはまいを育てるのは難しい、だから、まいは施設に行ったほうがいいと思う。
まいは驚き、大泣きに泣いた。
「やだ。パパと離れるのはやだ。パパと一緒がいいよう。パパと一緒がいいよう」
そこで武徳はハッと目が覚めた。いったい自分は何をしようとしているんだと。
こんな感じで、全部で10人の子どもたちとその家族が紹介されている。
先日5月6日(日曜)NHKスペシャル「ガレキの町の少女」があった。
その時、TVで紹介されたのが千代さん。(小学校5年)
この千代さんについても、P185で取りあげられている。
私は、TVと書籍で受ける印象も状況も異なって感じられた。
TVではお父さんしっかりしている印象だけど、書籍では正反対。
お父さんの方がぼろぼろ状態。
以下、父と千代の会話。
「この日、千代に聞いたんです。『何でそんなに元気なの?』と。すると、『パパがいるから』と千代は言ったんです。それで作文を読んで、はじめて千代の気持ちがわかったんだと私は言いました。つらくないかと。すると、『つらくないよ』『泣きたくなったら泣くし、怒るときは怒るから』と。私はボロボロ泣いていました。涙が止まらなかった。千代はそんな私を見て、『泣くなよ』という顔をしていたんですが」
TVだけでは分からなかったことが、この本により見えた。
(TVでは、元気な千代さんを「絵」として「泣かそう」とする意図が感じられた)
これ以外にも、牧野アイさんを訪ねて話を聞く章がよかった。
このアイさんは、「三陸海岸大津波」(吉村昭)でも登場する方である。
吉村昭さんが取材した当時、アイさんは49歳。
今、存命していたら89歳か90歳のはず。
著者の森健さんが捜して取材訪問する。
この章も圧巻である。
【関連図書】
【ネット上の紹介】
2012年 第43回 大宅壮一ノンフィクション賞受賞
[要旨]
18万部のベストセラーとなった作文集から生まれた、10の家族の喪失と再生のドキュメント。作文を書いてくれた子どもたちの「その後」。
[目次]
中村まい(仙台市若林区東六郷小学校二年)―大切なものを流されて;鈴木智幸(石巻市渡波小学校二年)―避難所という癒し;鈴木啓史(石巻市東松島高校一年)―不良息子奮闘記;平塚俊彦・真人(女川町女川第二小学校六年・四年)佐々木莉奈(石巻市釜小学校二年)―えびすご兄弟;佐々木悠(南三陸町志津川小学校六年)―みんな知り合いでみんな家族;鈴木愛(気仙沼市気仙沼中学校一年)―父と娘の「復興計画」;洞口留伊(釜石市鵜住居小学校三年)―理想のマイホーム;八幡千代(大槌町大槌小学校五年)―一番大事な娘と一番大好きな妻;黒沢菜緒佳(大槌町大槌中学校二年)―それでも赤浜で暮らしたい;牧野アイ(田老村田老尋常高等小学校六年)―「津波残り」として生きる;終章 悲劇はなぜ繰り返されたのか