マイペースで行こう

東村山市内のキリスト教会の牧師のブログです。更新も内容もマイペースですが、18年目に入りました。

もう一度、ご案内します

2018-10-02 18:14:49 | 教会の風景
先日の台風24号の被害、各被災地の復旧、復興をお祈り申し上げます。


今回の記事は、この秋の講演会をもう一度ご案内致します。
いよいよ期日が近づいて参りました。
参加者のみなさんにとって、有意義な学びの時間になることを願っています。
私自身も、自分の務めに役立つことをしっかり吸収しようと思っています。


「人を助けるとは  ~『援助の心理学』の著者が語る~ 」

講師:工藤信夫氏
日時:2018年10月7日(日)14:00~15:30(開場13:30)
会場:東村山聖書教会
参加費:500円(資料代・茶菓代)
事前申込不要、当日直接会場にお越しください。

主催:東村山聖書教会
E-mail : hmbch2016***yahoo.co.jp
(***には@が入ります)



Profile:工藤信夫
1945年、秋田県生まれ。弘前大学、大阪大学で精神医学を学ぶ。淀川キリスト教病院精神科医長、ルーテル学院大学福祉学科教授を経て、平安女学院大学名誉教授。医学博士。『心で見る世界』(1984)、『援助者とカウンセリング』(1992)、『人生の秋を生きる』(2008)、『真実の福音を求めて』(2015)他、著書・訳書多数。現在も日本各地で講演や小規模のセミナーを開いて、精神科医の視点から医療、福祉、キリスト教信仰にまつわる情報発信に尽力している。

よろしければ、どうぞお立ち寄りください。



さて、案内をした上で、さらに長くなってしまいますが…
主日礼拝で語った説教のあらすじを掲載しておきます。
9月から「ルツ記」という書物に入りました。


2018年9月 礼拝説教のあらすじ 旧約聖書講解 ルツ記1章

 士師の時代、イスラエルに深刻な飢饉が起き、ある一家が異国モアブの野に行くと決めた(1:1)。彼らにとっては相応の覚悟が伴った決断であろう。その家族の名は、父「エリメレク(私の神は王の意)」、母「ナオミ(快いの意)」で、二人の息子は「マフロン」と「キルヨン」(1:2)。元々住んでいたユダの町「ベツレヘム(パンの家の意)」は肥沃な地だ。それでも、一時的に移住せざるを得ないとは皮肉だ。その上、移住先で一家の主エリメレクが亡くなるという試練に見舞われる。家族は「後に残された」(1:3)。困窮、移住、家族の死 …『人生の苦しみ』が続く。しかし、この苦境を乗り越えようとする決意が伺える。二人の息子は、現地の女性を妻に迎えた(1:4)。それから十年。希望を抱いて生きようとする一家に、今度は二人の息子の死という試練が訪れた。「ナオミは二人の息子と夫に先立たれて、後に残された。」(1:5)聖書が、ここにもう一度、「後に残された」とくり返すところに、私たち読者は一層痛々しさを覚える。ただし、このように不条理とも思われる苦しみの中にも、神の救いに至る計画が秘められていることを忘れてはならない。ルツ記の物語は、ここから始まる。

 「誠実」とは「私利私欲をまじえず、真心をもって人や物事に対すること」(大辞泉)と定義される。神は人に誠実であるようにと願っている(詩篇37:3;箴言20:7他)。誠実さについて考えたい。ナオミと嫁たちに「主がご自分の民を顧みて、彼らにパンを下さった」という知らせが届いた(1:6)。そこで彼女たちは、ベツレヘムに帰るため、モアブの住まいを一緒に出た(1:7)。ところが、姑ナオミは二人の嫁に実家へ『帰りなさい』と言い始めた(1:8~)。読者からすれば唐突だが、ナオミは二人の将来を精一杯考えたのだろう。ナオミの勧め、『帰りなさい』は四回に及ぶ。弟嫁オルパは、姑の決意が翻らないので、泣く泣く帰っていった。一方、もう一人の嫁ルツは姑から離れようとしない。ナオミの思いやりもさることながら、ルツも引けをとらない。その思いを「あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です」(1:16)と告白する。モアブ人の嫁が、イスラエルの神、主への信仰を言い表す。ナオミはこれまでの辛い経験を「主の御手が私に下った」(1:13)と言うものの、十年余りを一緒に過ごしたモアブ人の嫁ルツは主への信仰告白に至る。ときには厳しい現実に苦悩するとしても、神と人への誠実さを手放さないでいたい(マルコ10:29-31)。

長くなりましたが、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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