ラグの「素直に生きれば人生は楽しい」

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港と花火の想い出。

2009年08月11日 | 昭和懐古




「開港50周年の特定重要港湾」

私はこの港で育った。
今年、開港50周年らしい。( ということは、同い年! ・・・ ?)

親父の仕事の関係で北九州の港町で生まれた私。すぐ、港神戸に引っ越した。
そして、この港町にやって来たのは4歳の頃だったろうか。まるで、小屋(劇場)を
求めて全国を旅する、ドサ回りの旅芸人一座のような生活がそこにはあった。

現場(仕事)が終われば当たり前のように、次の現場(生活は飯場)へ ・・・
というスタンスだったが、のちの高度経済成長時代に近づいていた為か、幾分
解消されていった。そして、わが家は仕事と生活の基盤をこの港町に置いた。

もちろん、大きな港(港湾)だから漁船やフェリーなどの旅客船も行き来している。
しかし、中心は何といっても貨物船である。岸壁に横付けされた大きな貨物船で
荷役が行われている姿が、この港の港らしさだ。その荷役のニオイ(荷と重機の
におい)がこの港のニオイであり、私の好きな “港の匂い” である。

船が接岸する岸壁や一文字などの防波堤の基礎(海中)工事の多くに親父は
深く関わっている。というより、50年以上もこの港の港湾工事に関わってきた。
だから、私はこの港を単なる港として捉えられない部分がある。港のあちこちに
親父が職人として、また、プロとして仕事をした形跡があり、只々敬服である。

今更だが、誰にでもできるものではない仕事をしてきた親父を誇らしく思う。
と同時に、私自身の仕事への向き合い方には自問自答の日々が続いている。





「みなと祭 海上花火大会」

今年も 「海上花火大会」 が催されたようだ(7/25)。
この花火大会、私が子供の頃には無かった。少なくとも、私がこの港町を離れて
(約30年前)以降からの行事である。今では市の大きなイベントとなっている。

たぶん初期の頃、この花火大会にも親父は関わっている。
海上の台船(コンテナなどの荷物や大きな重機が積めるデッキが平たい船)の
上で打上(仕掛け)花火をセットして空に向かって打ち上げる。台船の所有会社
の仕事をしていたので、台船の曳航や花火のセッティングも手伝ったはずである。

ここ数年は行けてないが、山や川とはまた違った港湾ならではの雰囲気があり、
湾内に大きな花火が上がると、海からの柔風に乗って花火の音と火薬のニオイ
が漂ってくる。すると子供の頃、フェリー乗場から海に向かって打ち込んでいた
ロケット花火の音とニオイを想い出す。妙に “懐かしい匂い” である ・・・ 。


来年は、LIVE を見に帰ろう!!



■ 昭和懐古 ■

悪友とふたり
夜のフェリー乗場

岸壁横のタラップに
ロケット花火をセットする

マッチで火をつけ着火
導火線に赤紫の火がつく

白い煙を少し放ちながら
シュルシュルと音が鳴る

まるで、トルネードか
ジャイロボールのよう

渦を巻きながら勢いよく
海面を数㍍這って進む

海中に沈む前、
青白い光を微かに残した

次のロケットに火を ・・・


第五大成丸



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2 コメント

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Unknown (ソクシラベ)
2009-08-11 15:38:19
はじめまして
暑いですね。
特に外でする仕事は大変ですね。
よろしかったら、私のブログに遊びに来てください。
時事ネタのほか、住宅や測量、地質調査などの話題を扱っています。
返信する
ご訪問、ありがとうございます。 (第五大成丸)
2009-08-11 18:38:50
> ソクシラベ さん
 
コメントありがとうございます。
暑いですね。しかし、やっと夏らしくなってきたと思ったら、
お盆を前に、台風や地震の影響で各地に大きな被害が出ているようですね。
( 広島は大丈夫だったのでしょうか? )
 
ブログ、ゆっくり拝見させて頂きます。
 
返信する

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