人生悠遊

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『無門関』立ちはだかる

2020-06-04 17:20:25 | 日記

『無門関』は南宋時代に生きた禅者、無門慧開(1183‐1260)が書いた公案集です。その序には、無門慧開は東嘉の竜翔寺で学人を指導していたとき、学人たちがそれぞれの悟りの境地について個人的な指導を求めてきたので、古人の公案を示して学人の力量に応じた指導をすることにした。そのテキストが思いがけなくまとまったものになったので、そのなかの四十八則を『無門関』と名付け、世にだすことにした。

(頌曰) 大道無門 千差有路 透得此関 乾坤独歩

本気で禅と取り組もうと決意した者ならば、身命を惜しむことなく、この門に飛び込んでくるであろうと、無門慧開の強い思いが込められた序文です。

一則の「趙州狗子」からはじまり、四十八則の「乾峰一路」で終わるのですが、その並べ方には特段の意図はないと、無門慧開も言っていますので、力量に応じテーマを見つければ好いのでしょう。それはどんな内容か。一例として四十一則の「達磨安心」を題材(岩波文庫『無門関』西村恵信訳注)に紹介します。これは皆さんもご存じの禅語「安心立命」の公案です。

最初は問題提起で「達磨が面壁して坐禅しているところに、自分の臂を斬るまでの覚悟で二祖慧可が来て問いかけます。私の不安の心を安心させてください。達磨は心をここへ持ってきなさい、安らぎを与えようと言います。慧可は心を捜しましたが、見つかりませんと言うと、達磨はお前をもう安心させたよと答えました」。

次にこれに無門が「この歯抜けの爺さん、インドからわざわざやってきて、風のないのに波をたてたように迷惑なことをしたものだ。死ぬ前に弟子を物にしたが、これだって六根不十分だよ。やい謝三郎、文字も知らない爺さんよ」と言い、次の頌でまとめます。 

西来の直指、事は嘱するに因って起こる。叢林を騒がせるのは元来是れ你(なんじ)

普通なら慧可が悟りを開いたという最初の問題提起で終わります。しかしながら『無門関』では、無門は、達磨はとんでもない爺さんだとその行為を完全否定します。達磨を禅の祖師と思っている僧には驚きですよね。果たして無門慧開の真意は如何に・・・。私自身、この『無門関』を読んで、それぞれの公案で何が正解かまったく理解不能でした。ただ無門は「言葉に惑わされるな、自分自身でとことん考え、真理を見い出せ」と言っているのでしょうか。それも、とても真似できません。残念ながら解脱に至りませんでした。

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