Great Buddha(Daibutsu)は鎌倉の住人なら知っておく必要のある英単語です。鎌倉駅前でバス乗り場が分からず困っている外国人がいたら、先ずGreat Buddhaに行きたいか聞いてみて、そのバス乗り場を教えてあげましょう。はじめて鎌倉観光する外国人は、間違いなくほぼ全員が大仏を訪れます。今回はそれほどまでに外国人を惹きつける重さ120トンの巨大な金銅仏Great Buddhaの一考察です。
最近『歴史のなかの貨幣 銅銭がつないだ東アジア』(黒田明伸著 岩波新書)という本を読みました。鎌倉大仏が中国の宋から輸入した宋銭を材料にしていることは、大仏を案内するときに説明していますが、これは『鎌倉大仏の中世史』(馬淵和雄著 新人物往来社)を根拠にしています。ただその文中では「宋銭に近い組成だという」との書き方のため、正直、確信のある説明ができませんでした。今回読んだ黒田氏の本では、鎌倉大仏の金属組成(%)は、宋銭(元豊通宝)A、鎌倉大仏B、奈良大仏Cを比較し、銅(A63.75:B67.04:C91.60)、錫(A7.58:B8.42:C2.46)、鉛(A24.66:B23.94:C1.61)。特に鉛同位体分析の結果、鉛の産地が中国南部産であることが特定できたので、材料が宋銭であることは間違いないと書いています。
中国の宋(960-1279)は、女真族の金に華北地方を収奪され、占領された地を北宋(960-1127)、残った南の土地を南宋(960-1279)と使い分けています。南宋は1279年にモンゴル帝国に滅ぼされ元になりました。宋銭を発行したのは北宋時代。その発行枚数は約2000億枚と言われ、その一部が東アジアに輸出されました。日本が輸入しはじめたのは12世紀中ごろ、特に1177年にあった京都の大火で多くの寺院が焼失したあとは、仏具需要が旺盛で輸入量が増えたようです。一方国産銅は、7世紀末から8世紀初頭に長登銅山(山口県美祢市、秋吉台の南東)で採掘され、奈良の大仏や和同開珎・皇朝十二銭が作られました。奈良の大仏は南都焼き討ち後に宋銭を材料として再興されましたが、現在の大仏は江戸時代に国産銅で作られたものです。鎌倉大仏や建長寺の梵鐘、円覚寺の大鐘などは100%宋銭で作られています。宋銭製と純銅製の違いは錫の含有量で、錫が多く入っている方が仕上がり精度が高くなります。流通する硬貨は表面に刻まれた文字が鮮明でないと偽造通貨と間違われますので、中国では錫との合金の良貨を作りました。
小泉八雲の『日本の面影Ⅱ』(池田雅之訳 角川ソフィア文庫)に鎌倉大仏を表現した文章があります。
大仏様の柔和で夢見るような無心の表情--容姿のすみずみにまで現れている無限の安らぎは、誰もが心惹かれる美しさに満ちてている。しかも、この巨大な大仏様に近づけば近づくほど、その魅力はいよいよ増してくるのである。
この文章は等身大の仏像を表現しているものではなく、3000万枚の宋銭を使った重さ120トンの大仏を表現したものです。奈良の大仏は何かのっぺらとしたお顔ですが、鎌倉大仏の表情は繊細です。これは青銅製であることが大きく影響していると思います。材料として日本では手に入らない錫を含有する宋銭を大量に手に入れることができ、それを使って阿弥陀仏を作ろうという治世者、作ることができた技術者がいたこと、さらに800年近くへた現在まで無事に残されていること。まさに奇跡としか言いようがなく、そこが多くの外国人を惹きつける魅力(charm)ではないかと考えています。