音盤工房

活字中毒&ベルボトムガール音楽漂流記

ささやかな幸福

2009年01月20日 | インポート

Bruce_springsteen

 我が家にはかつて誕生日にプレゼントを贈る習慣があった。もっとも欲しい物は兄弟の間で判っているので、贈られる物がどんなものかは言わずもがなのところがあった。僕の場合は、本かそれともレコードだったが、本に関していえば、当時からすぐには到底読み切れない程、常にそこそこ持っていたから、そうなると弟はしぶしぶ僕をレコード屋へ連れて行き、そっと僕が好みそうなレコードを物色してくれる。そうしてその場で買うこともあれば、僕にその役目を託す場合もある。選ぶのは僕で支払は弟がしてくれる。そんなある意味、暗黙の契約があった。そうしていつの間にか増えていくレコードコレクションの中にブルース・スプリングスティーンの『明日なき暴走』があった。これは僕が知る限りブルース・スプリングスティーンの数あるアルバムの中でも最高位に位置するレコードだった。

 レコードを擦る音が止むと、いきなり機関銃のように火花散らせるドラムの音が爆発する、B面の表題曲に、僕は当時、軽い脳震盪に近い衝撃を受けた。もしもそれが本物の実弾だったらとっくの昔にお陀仏だ。でも僕は生きている。そして気がつけば、まるで魂でも抜かれたみたいにそのロックンロールの前に立ち尽くしている。ギターやサックスがこれ程攻撃的な音色を放っている事が驚きだった。

 僕は「明日なき暴走」で、ボブ・ディランのような詩を書き、フィル・スペクターのようなサウンドを作り、デュアン・エディのようなギターを弾き、そして何よりもロイ・オービソンのように歌おうと努力した。

 ブルース・スプリングスティーンは『明日なき暴走』をリリースした当時、こんな具合にアルバムについて語っていた。スプリングスティーンのうたは時として物語の語り部として主人公が生き生きと、あたかも物語の中心にいるように動き始める。主人公は人生を壊された若者であったり、下層労働者であったり、職をうしなった悩める人間達であったりするが、そのいずれもが第三者的人物でありながら、語られる事のすべてがスプリングスティーンの肉眼によって語られ、まるで当事者の周辺に起こった出来事であるかのように生々しい。

 スプリングスティーンの全身から迸る汗と膨大なエネルギーは、一瞬で僕を黙らせる。それは彼が全身全霊でロックンロールという音楽を表現しようとしているからに相違ないと思う。時に宗教的で、時に精神的で、時に夢を紡ぐような歌詞とサウンドは、僕達をまだ見ぬ次元へといざなってくれる。ローカルスターから世界的なロック歌手へ駆け昇った彼は、今も尚、奢ることなくアメリカの現実と向き合っているのだ。

 彼のロックの生命線は歌詞だ。僕達は黄色人種でありながらあの「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」の歌詞に歓喜し、「ジョニー99」や「ネブラスカ」の絶望的な歌詞にぐさりと胸を貫かれる。そして「涙のサンダー・ロード」の歌詞にはあの憧れのシンガーの名前が刻まれている…

 網戸がバタンとしまり

 メアリーのドレスが揺れる

 彼女は妖精の如くポーチを横切る

 ラジオからはロイ・オービソンが

 孤独な者に歌っているのが聴こえる

 スプリングスティーンの歌詞の特徴は極めて映像的である事だった。それはまるで昨日みて来たかのように現実感がある。そこにあのサウンドが乗っかると、映画のワンシーンのような鮮烈な世界が広がっていく。僕はジャージーな「ミーティング・アクロス・ザ・リバー」も好きだけど、この曲を引き継ぐ9分半にも及ぶ超大作「ジャングルランド」が大好きだ。『明日なき暴走』はけっして若さを打ち出すようなアルバムではなく、むしろ還暦を迎えたロックンローラーが作ったような成熟したロックアルバムだった。そこにはスプリングスティーンの謎を解く一端があるのだと思う。

 きょうは、実のところ比較的新しいスプリングスティーンのアルバムを紹介しようと思っていた。名盤と呼ばれながら最早『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』以前のものはリリースから25年以上も経ってしまっているし、いつまでも過去の作品に執着しすぎるのもどうかと思った訳だ。スプリングスティーンの作品はどれもこれも素晴らしい。『デビルズ・アンド・ダスト』にしても『ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード』にしても過去の作品と比較しても見劣りする出来ではない。それでもスプリングスティーンを語るとき、何を差し置いてもこれだけは無視できないアルバムがある。今夜は、そんなひとりのファンが語る独りよがりなアルバム評になってしまいそうだ。なんだかんだいっても僕はブルース・スプリングスティーン&Eストリートバンド名義のアルバムに強く惹かれる。途轍もないパワフルなサウンドとストイックな歌詞。スプリングスティーンを語るとき、これ以外にはもう何もいらない。

 広大な台地とささやかな人間の幸福。そして生きていくことの試練。形や状況は変わってもスプリングスティーンの伝えたい事は何も変わらないのだと思う。誰が幸せで誰が不幸なのかそんな事は何も考えなくても良い。凡そ人間は裕福でありたいけど、すこしの金銭と愛があれば、そこそこ幸福だと思っているからだ。

 そんな訳で今夜の「僕の選ぶブルース・スプリングスティーン(アルバム篇)」はこうなった。

第1位『明日なき暴走』

明日なき暴走(紙ジャケット仕様) 明日なき暴走(紙ジャケット仕様)
価格:¥ 2,520(税込)
発売日:2005-06-22

第2位『ネブラスカ』

ネブラスカ(紙ジャケット仕様) ネブラスカ(紙ジャケット仕様)
価格:¥ 1,890(税込)
発売日:2005-06-22

第3位『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』

ボーン・イン・ザ・U.S.A.(紙ジャケット仕様) ボーン・イン・ザ・U.S.A.(紙ジャケット仕様)
価格:¥ 2,520(税込)
発売日:2005-07-20

番外篇『18TRACKS~The Best of "TRACKS"』

18TRACKS~The Best of ”TRACKS” 18TRACKS~The Best of ”TRACKS”
価格:¥ 2,520(税込)
発売日:1999-04-14

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