音盤工房

活字中毒&ベルボトムガール音楽漂流記

『ダーティ・ワーク』が齎した運命的出来事③

2009年11月03日 | インポート

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  …このタイトルからすると、『ダーティ・ワーク』以後についてのメンバーの動向みたいになる。正直なところ、このアルバムについては世界ツアーを見据えて製作されていた(少なくともキースはそのつもりだった筈…)だけにファンとしては見事に肩透かしを喰らったアルバムだし、ミックが不在でなかなかレコーディングが進まなかったこともあり、ミックとキースの不仲説が浮上した忌みすべくアルバムとしてもその後有名になった。B00005goe201_sclzzzzzzz__2

 そのせいかこのアルバムに関していえばミックよりもむしろキースのマスコミ露出が増えた。実際、キースはアルバム『ダーティ・ワーク』をリリースした直後はこのアルバムに対して自信に満ち溢れたコメントをしている。自らの音楽のルーツに触れたり、ベールに包まれていたキースの音楽性や人物像についてもこれまで以上に掘り下げた内容の番組出演に積極的だった。その際に、様々な憶測で書かれたミックとの不仲説についても否定的にインタビューでは応えていたり、キースズ・アルバムという世間のアルバム評価についても冷静に対応しているように感じた。

 一応、蔵書として持っていた山川健一氏の『ロックンロール・ゲームス』(角川文庫)を読み返すとそのあたりのアルバム製作上の苦労話も浮き彫りにされている。

 僕は、運よく最近手に入れたユニバーサル盤のSHM-CDを聴きながらこの原稿を書いている。『ダーティ・ワーク』が生まれた経緯を考えると、ここで一人の男にスポットを当てねばなるまい。トム・ウェイツその人である。B000001ffj01_sclzzzzzzz__2

 誰がキースにトム・ウェイツを紹介したかは忘れてしまったが、キースは紹介される前にトムのアルバムを聴いていたかもしれない。はじめてキースがトムのアルバムに参加した『レイン・ドック』は世界的な評論家達の度肝を抜いた。

 キースもこのアルバムに参加していたが、この仕事がきっかけでトム・ウェイツはストーンズの『ダーティ・ワーク』に参加することになるけれど、これがキースへのお礼の意味があったのか、キースが強引に参加させたかはわからない。

 9曲目の「ハド・イット・ウィズ・ユー」と10曲目の「スリープ・トゥナイト」はトムの影響大だよな(笑)。それよりも『ダーティ・ワーク』がリリースされた同年の1986年にキースと相棒のロニーはアレサ・フランクリンの「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」のレコーディングにギタリストとして参加したり、翌年の1987年にはダーティ・ストレンジャーズのアルバムをバックアップしたり、キースのライフワークにもなったチャック・ベリーの映画『ヘイル!ヘイル!ロックンロール』をプロデュースしたのもこの年だ。Aretha_franklin_jumpin_jack_flash_2

 時間軸でいえば、やはりトムのアルバム参加から始まったニューアルバム『ダーティ・ワーク』の完成までの紆余曲折、それに、ストーンズ以外のミュージシャンとのセッションが逆にキースにとってはリフレッシュ効果を与えたのだろうか。

 ついにリリースされることになった、自身初のソロ・アルバム『トーク・イズ・チープ』までの軌跡へのお膳立てはすでに整っていたのである。この頃の音楽的交流を抜きにしては語れない『ダーティ・ワーク』。

 とりわけこのアルバムの出来を高く評価していた山川健一氏だが、どうもこの時期この作家の思いいれというか思想というか、それに乗せられてずいぶんこの作家の著作は買った覚えがある。

 『ダーティ・ワーク』がストーンズ原点回帰の音作りに徹したアルバムという評価は山川健一氏だけでなく、このアルバム製作に拘わったキーズでもが自信たっぷりに答えていたよな。でも、このアルバムは冒頭でも書いたように初期のストーンズのスピード感や爆発力はあるかもしれないけれど、ストーンズ独自が持つ妖しさ、つまり艶っぽさをどこか欠いていたように思う。

 そのときぼくはこう思った。『ダーティ・ワーク』や『トーク・イズ・チープ』がキース色で彩られたアルバムであることはもう公然の事実としてある以上、ミックを欠いたストーンズが初期の荒々しさに戻るのはもはや必然的なことだ。なんとなくキース主導で作られたアルバムがミックの好みとあわなくなるのも事実。『ダーティ・ワーク』のチャーリーのドラムが80年代に流行していたパーカッシヴな電子ドラムのように歯切れが良かったのも妙に気になったよな。LPからCDへの過渡期の頃だからまだまだ選曲や曲順がLP志向で作られていたから、それなりにアルバムにもドラマ性があった頃だ。

 1曲目の「ワン・ヒット(トゥ・ザ・ボディ)」のミックとキースの関係を歌に乗せたような暴力性溢れたハードなロック、2曲目のいかにもストーンズのスタンダードらしい「ファイト」に思わずニヤリと顔が綻ぶ。なんでこんな選曲になったかは、参加メンバーにレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジがいたのも関係しているのかな。3曲目のR&Bのカヴァー「ハーレム・シャッフル」と5曲目のレゲエのカヴァー曲「トゥー・ルード」を選曲しているところも初期のストーンズのようなカヴァー・バンドの名残のようだ。「ハーレム・シャッフル」ではトム・ウェイツとボビー・ウーマックがバッキングボーカルで参加している。よく耳を澄まして聴いてごらんよ。

 ロック・アルバムを作る時にはある程度の暴力性をギターの弦に乗せて生み出すこともアリかなとは思うけれど、『ダーティ・ワーク』に関して言わせて貰うなら、このアルバムの暴力性はある特定の人物を対象にした極めて個人的事情によるところが大きい気がする(笑)。怒りのエネルギーをギターの弦に託して演奏するロックンロールはそのときはいいかもしれないけど、長きに亘ってはとても聴けない。『イッツ・オンリー・ロックンロール』や『ブラック&ブルー』みたいにメロディアスでクールで、ときにはユニークでなくてはいけないときもロックンロールにはあるんだよな。

 さて、ぼくは今夜、ユニバーサル盤のSHM-CD『ダーティ・ワーク』を聴いている。ヘッドフォンで聴くのがSHM-CDの正統な愉しみ方だと思う。

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