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ぱんくず通読帳

聖書通読メモ

木が育つのを見たい(マタイ13;31~32)

2006-08-09 04:06:54 | マタイ
天の御国は、からし種のようなものです。
それをとって、畑に蒔くと、
どんな種よりも小さいのですが、
成長すると、どの野菜よりも大きくなり、
空の鳥が来て、その枝に巣を作るほどの木になります。
                   (マタイ13;31~32)


ラルフ・バックウォルター宣教師の詩に、
「木が育つのを見たい」がある。


木が育つのを見たい

木が育ち 空に伸び
 葉を一杯につけた腕を
大きく拡げるのを見たい、
 緑の天蓋の下で
休んでいる人々に
 木陰と涼しい喜びを与えるのを見たい。

木が育つのを見て
 手をたたいて
喜び、父なる神である
 創造主を賛美したい、
森に
 生ける美をまとわせてくれるから。

木が育つのを見たい、
 なぜなら創造主が
木の形を
 私の中に作ってくれるから―
それは緑の天蓋の下で
 休息する人々に
木陰と涼しい喜びを与えるためのもの。
 (ラルフ・バックウォルター著矢口以文訳
    『バイバイ、おじちゃん』1986年響文社より)


昔、小学校の夏休みに
科学館のプラネタリウムを見に行こうとして
バスを降りると、
当時まだ舗装されていなかった道路の奥に
可愛い教会があった。
バックウォルター宣教師が
メノナイトの福音伝道の活動拠点にした、
この地で最初の教会だった。
8年前に私がこの土地に戻って来た時、
その教会はまだそこにあった。
週日だったので扉には鍵が掛かっていた。
会堂は古い写真のままだった。
前庭の木立が大きく育って、
野鳥の群れが敷地を占領していた。
昔は英語教室もしていたという。
子供が大勢集まり過ぎて
教室を2つに分けたという話を
バス道路沿線の喫茶店の店主から聞いた。
彼も昔、そこに集まった少年の一人だった。
街の画家が描いたその教会の絵を、
彼は自分の店に飾っていた。
その絵は今、古い教会員が買い取って大切にしている。
バックさんは30年後の教会にどんな夢を持ち、
どんな想像をしていただろう。
小さな額縁の中の教会は、
画家の目を通して可愛らしく鎮座していた。


時代は変わって、
この街から札幌や東京へ人がどんどん流れ出て行った。
仕事を探して。
かつては天幕伝道や英語教室や
映画の上映会やクリスマスに
大勢の若者や子供達が詰め掛けた。
楽しい賑やかな時代が過ぎ去って、
彼らがこの街から姿を消しても
教会に残った人々は神を賛美し
聖書を開いて会の灯を絶やさず祈りを捧げ、
キリストの体を支え続けていた。
私は知っている。
通りすがりに見かける懐かしいあの教会もこの教会も、
その建物の内側には
生きたまま血を抜かれるような苦しい闘いをしながら
この土地でキリストの体を支え続ける信仰者達がいる。


あの可愛い教会は数年前この地上から消えた。
教会員達が天に帰り、或いは自ら立ち去り、
そして他の土地に仕事と住まいを探して
この地を去って行った。
教会に集まる人が減って
真夜中に若者が侵入して敷地内で悪さをし、
泥棒に灯油を抜かれても無防備なまま、
充分に対策して持ち堪えるだけの
力は残されていなかった。
最後にその扉を閉じた人達の気持ちを思うと
泣きたくなる。
自分が招かれ、祝福され、洗礼を受け、
聖書を分かち合い、賛美歌を歌い、
兄弟姉妹と話し、天幕伝道や街頭の募金活動をし、
大鍋で作ったカレーライスやうどんを共に食べ、
卓球をして遊び、
時に議論や衝突も苦い痛みも味わい、
結婚式をし、子供が生まれ、
たくさんの仲間を迎え、
先輩達を天に見送り、
そうやって苦楽を共にしてきた自分達の帰る家が
この地上から消える。
皆が貧しく物も金も充分なかった時代に
たくさんの仲間の手と熱意で、
まさに自分達の手で土台を据え、
力を合わせて建て上げた会堂の扉を、
最後に残った人達はどんな思いで閉めただろう。
自らの手で扉を閉めたその痛みは想像もつかない。


街に住む人は
あの可愛い教会をよく憶えていて懐かしみ、
何とか残せなかったんだろうかと言う人もいた。
私の職場にいた看護助手のおばさんもその一人だった。


「バックさんの子供達が赤ん坊の頃から知ってるよ。
 あの会堂を建てた時、私は手伝ったんだ。
 寂しいねぇ。何とか残せなかったのかねぇ。」


あの建物を惜しんだ人はたくさんいる。
実際、
遠くから教会を眺めていた人や
かつて教会から自分の意志で立ち去った人や、
教会に足を踏み入れた事すらない人までが
あの会堂を惜しんだと聞いた。
通りすがりの小学生に過ぎなかった私でさえが
気に留めていたのだ。
あの会堂がどれ程人から愛されてきたか理解できる。
しかし
皆に惜しまれたあの建物の内側にいた人達、
キリストの体を支えるためあらゆる犠牲と
時間と祈りを捧げ続けていた人達の存在に
目を留めた人は
建物を惜しむ人々の中にいただろうか。
扉を閉じるもっと前に。


誰か一人でもその祈りと賛美の輪に加わるか、
それが出来なくても
中の人々の背負っていた重荷に心を留めて
励まし力づける事が出来なかったのは何故だろう。
無関係なその辺の人ではなく、
別の教会で信仰生活を営む信者でもなく、
かつてあの教会に直接関わりながら離れ、
会堂の建物を懐かしみ惜しむ人達の中から
再び教会に足を運ぶ者が起こったなら、
教会は今もそこに生き残っていたかも知れない。
何故なら、
本来は彼ら自身が教会だったのだから。
教会は建物ではなく生きたキリストの体だから。
会堂の内側で兄弟姉妹が主なる神に捧げる
生きて血の通った祈りの灯し火こそが教会だからだ。
それこそが教会だったのに、
何故皆、建物だけを惜しがったのだろう。
人が立ち去って灯し火が途絶えた時点で、
既に教会はこの地上から取り去られ、
消えて無くなっていたのに。
後に取り残された抜け殻の建造物を
外側から懐かしがり愛しんで教会と呼んでも、
拝んでいる相手は偶像。


私がまだ洗礼を受けた札幌の教会にいた頃、
青年会に集まっていた学生の一人が
雑談の中で言った言葉を思い出す。
私は思う。
当時やっと20歳になるかならないかだった学生。
彼の言っていた事は正しい。
キリスト教徒になって半世紀も経つ大人達の方が
全然解ってない。


「教会って、
 ボク達に与えられた信仰生活の場、
 帰るべき家として神様がボク達一人一人に
 与えて下さったものだと思う。
 誰でもみんな出会いを通して
 それぞれ自分の居場所を与えられてる。
 だからボク達は感謝して
 神様から与えられた居場所で忠実に働くべきなんだ。
 いつか別の場所に行って新しい仕事をしなさいと
 神様から新しい道を与えられるまで留まるべきだ。
 自分から好き嫌いで教会を選んで
 離れたり移り歩くのは、
 ボクはキリストの弟子の道とは違うと思う。」


(その通りだと思いませんか?)


でも大丈夫。
建物の扉を閉じて、
会堂がこの世から姿を消しても、
一つの仕事を忠実に果たし終えたのなら、
次の新しい家と仕事がまた与えられる。
そしてまた新しい働きをして、
木は枝を伸ばしていく。
私はそう信じる。

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