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ぱんくず通読帳

聖書通読メモ

動機(ヤコブ4;3)

2007-09-17 16:25:08 | ヤコブ
願い求めても、与えられないのは、
自分の楽しみのために使おうと、
間違った動機で願い求めるからです。(ヤコブ4;3)


2007.09.17.16:25:08
仕事休みでも
天気悪くて室内が暗く
しかも
夜勤の疲れを引き摺っていると
つい臥床がちになって
心身に腐れが起こりそうだ。
寝てばかりだと腰が痛いし
座っていても腰が痛いし。
海に散歩しに行けなかったので
ベッドに転がって
考え事ばかりしている。


月曜日なので
FEBCの英神父様の番組が更新された。
識別する。
何が神の御旨で
何が御旨でないかを。
神様は行為ではなくて
心のあり方を見ておられると。
どちらを選ぶか
選択しなければならない時、
重要なのは動機。


例えば
私は自分の職業について
ずっと迷っている。
その動機が問題。
今勤務する二交替の老人病院で働き続けるか
辞めて違う職に就くか。


今の職場で日勤夜勤をこなした後に
毎日父親の家に寄ってしている事。
食材の点検と補充
夕食の後片付けと食器洗い
翌朝の食事の用意
汚れ物があれば洗濯
干した物の片付け
服薬のチェック
内服薬の補充
所持金のチェックと補充
鉢植えの水遣り
父にお茶を飲ませて一日の話を聞く
ヘルパーからの連絡ノートを読み、返事を書く
翌日がデイケアの通所ならば持参物のチェック
デイケアノートのチェック
翌日が受診日なら診察券や保険証と所持金補充と
ヘルパーへの申し送り
当日が受診日なら処方薬の収納と整理
医師からの連絡がないかヘルパーに確認
車椅子の不具合がないか点検(あればケアマネに連絡)
配食サービスの食券のチェック
電気ポットの水量のチェック
火元の確認
戸締り


仕事の後に毎日父宅に寄って
これらをしていると
特に食事については
糖尿病を持病とする父が就寝してしまう前に
夕食を食べたかどうか
薬を飲んだかどうか
一定時刻までに確認しなければならない。


ところが
仕事は日勤後に勉強会とか
ミーティングだとかで定時に終わらず
ちょっと遅くなるとバスもろくにないド田舎、
急いで父宅までタクシーを
走らせなければならなかったりする。
残業ではないので時間外手当などもなく
時間的に拘束されながら
交通費がマイナス。


しかも時間に追われて苛立ちながら家事をして
父にとっては決して精神衛生上良くない。
パートで良いから
より近隣の職場であればと思った。


今の職場の賃金が極端に低く、
次々と先輩や同僚や新人が辞めて行き
続々と転職を考える者が私をも含めて増えている。
慢性的な人手不足で
今後仕事が楽になる事はおそらくあり得ない。
急性期の職場を離れて
今の寝たきり老人の療養病床で1年間働いて
不健康な力みや緊張感に晒される事なく
患者である高齢者の方々からは私の方が癒され
上司や同僚とは常に冗談を言って笑う、
私にとって
人間関係と精神衛生には恵まれ
しかし時間と経済には不遇な職場環境。
これは
老人医療の存在価値が
実際には全く評価されていない現実。


上司と話をして
今後退職の意向がある事を伝えた。
考え直せと言われた。


父宅から道路を一本隔てた場所に
大きな総合病院があって
手術場経験者を募集している。
そちらも人が辞めて人手不足なのだそうだ。
電話で問い合わせてみた。


准看護師はパートでしか採用しない。
老人病院にいる准看などが
使い物になるかどうかわからない、
正看でさえが「できません」と言って辞めていく。
それほどの高度医療をやっているが
その医療レベルに耐え得る知識と医療技術があるかどうか
評価してから採用するかどうか考えたいので
見学に来るように、
但し通信教育での正看進学が絶対条件。
先方の総合病院の人事担当者はそう言ってきた。
パートで働かせてやってもいいけど進学しろと。


レベル高過ぎて
スタッフが辞めて人手不足になるほどの高度医療か。
総合病院でありながら
脳も心臓も医者不在で診れないのに
重症心疾患を合併した症例の緊急などは
どうやってんだろ?
夜間救急で即行TPM入れてから術場に直行するとか
私は前の勤務先では当り前と思って働いてたけど
危険度高いとか難易度高いとかを理由に
術場を辞めようとはただの一度も思った事ないけどな。
返って引っ掛かる。
ちゃんと対応出来てるのかなあの総合病院。
人手不足の現場と言いながら
スタッフがついていけずに辞めて行くほどの高度医療とは
一体どんなのだろう?


まさか
人材育成がうまく出来ないとか
新人に仕事を教えられないほど荒れてるとか
人間関係がまずくて人が減るとか
そんなオチか?


パートであっても給与の額は
正職員採用の今の私の職場よりもはるかに高待遇。
父宅のすぐ目の前、立地条件は恵まれている。
パートならばだらだら時間外拘束する事もない。
おそらく私にとっては
経済には恵まれながら
しかし人間関係と精神衛生には不遇な職場環境。


さあ
二者択一だよ。


私自身の"動機"というのはどうよ。
御心に適う動機で迷っているかい?自分。


時間と経済には不遇でも
人間関係と精神衛生に恵まれた職場環境で
今の生活を続けるのと
経済的に恵まれ進学の道も開かれながら
人間関係と精神衛生に最悪な職場環境に転職するのと。


どちらを選べば御旨に叶うだろう。
いずれも"時間"だけは決して自分の自由にならない。


ところで
私の携帯が行方不明だ。


2007.09.18.12:54:53
閃いた。
さっきまで
あっちにするかしないか
こっちにするかしないかで
ぐだぐだと迷っていたが結論が出た。


当分転職はしない。


ケアマネから連絡があった。
父が要介護2から3にレベルダウンした。
介護保険の枠が少し拡大したのと
医療負担が今月から1割に軽減した事がわかった。
それで私が毎日仕事の後慌てふためいて
タクシー飛ばして父宅に朝飯作りに行かずとも
私の勤務に関わらず
夕食後にヘルパーを利用すれば
服薬確認と翌朝の食事を作って貰っても
介護保険の枠内で済む。
ケアマネと相談して手続きして貰った。
ならば
今の職場で充分やっていけるのではないか。


FEBCの英神父様の説教を聞きながら
汚い部屋を片付けていて、
その説教の中の言葉で固まった。
英神父様が引用したM.ガンジーの言葉。


 どうしようか迷ったら、
 自分の友達の中で
 最も弱くて最も傷ついて最も疎外されている人を
 思い出しなさい。


最も弱くて最も傷ついて最も疎外されている人。
その人を中心に、
その人にとって最善と思われる道を選択する事。


私の場合は父であろうと当然思われる。
しかし
その言葉に触発されてある人々の顔が閃いた。
この私を覚えてくれて
嬉しそうに奇声をあげて腹を叩く人や
ブザーを鳴らし続け
私が帰りがけに
「また明日ね」と声をかけた人達と
その疲れきった家族達と。
私と同じように疲れきった家族達と。


職替えしたら会う事も無いのだ。
「またね」とか「また明日ね」と言って
そのまま二度と会う事は無いのだ。


全くの完全八方塞りでもないのに
じたばた目先の事に気を取られるから迷うのだ。
本当に神の御旨で自分が
仕事や生活の場を替えなければならない時は
例え何の障害も不満もなくても
追い立てられるように
自分の意志に関わらず手放し立ち去って
別の場所に行かなければならなくなる。
そんな体験を
私は何度もしてきたではなかったか。


あの総合病院、手術場の見学は辞退しよう。
しかし
先方の人事担当の方から
わざわざ取り計らってくれたのに
何て言おう。。。
迂闊な言葉の使い方をしたら
後々大変な事になる。


それでも
もう決心が着いた。
当分転職はしない。


2007.09.18.13:39:07
神様、
本当に私のすぐ傍におられますね。
この愚かな者を憐れんで下さい。


こちらから見学を辞退するに
無礼にならないような言葉を探して
電話か
いや近所だし直接出向いて
いや突然行くのもどうよとまごまごしていたら13:04。
向こうの人事担当から電話が来た。
断わりの電話だった。


「再度当院の看護部長と相談しまして
 今現在老人病院の介護病棟で働いているような人には
 当院の手術室勤務は無理という結論になりました。
 申し訳ありません。」


迷った時間がもったいなかった。
でも正直ほっとした。


主なる神様。
お導きを感謝します。
私のような者のために心配し、
とりなしの祈りを捧げてくれた人々、
その一人一人があなたに捧げた祈りを心から感謝します。
どうか彼らを祝福して下さい。

ヤコブの手紙読了

2007-03-09 11:41:00 | ヤコブ
この手紙、
信仰生活の実際的側面や
教会共同体の人間関係に指針を与えると解説されてるが
内側から荒廃する教会に
危機感を持つヤコブの姿が目に浮かぶ。
教会内に生じていた
貧富の差、
差別意識、
摩擦や衝突、
口先だけの綺麗事、
見せ掛けの信仰心、
舌禍、
教会共同体を内側から蝕むものが
ここに書き尽くされている。
行いによらず律法によらず、
信仰によって義とされた信仰者に、
「行いが伴わない信仰は死んだものだ、
・・・・行いが伴わないあなたの信仰を見せよ」
とまで言わせた背景が
どれほど危機的なものだったか。

自分のために今一番したい事(ヤコブ5;15~16)

2006-11-14 23:50:31 | ヤコブ
『霊操』という言葉に引っ掛かって
マイミクのお仲間から
サイトをご紹介頂いた。


早速見てみた。
そのうち『34週の霊操』の中の、
「祈りの要点」では
具体的な週別の課題が出されている。


精神神経科で行なわれる内観療法のように
自分で自分の信仰の内部を見詰めて分析していく。

 
あー
自分は自分のために
こういう事をしたかったのだと
ちょっとわかった気がする。


しかし6月の時点では
身体も精神も故障したまま
自分でも漠然としていて
実際に何をどうしたらいいのか
方法論も何も知らず、
どうしようもないので試行錯誤の末に
書いた事も読んだ事もないブログという手段を使って
この『ぱんくず日記』を書き始めた。


読み返してみると、
書くという行為そのもので自己分析してはいるが
書く事によって自己完結してしまっていて
自分自身にとって実のあるものは書いてない。


このサイトに紹介されたような事を
自分自身に対して実践できたら
もう少しは楽になれるかも知れないと
思ったりする。


そう。
私は私自身のために
こういう事を実践したかった。


そして


自分の中にある最大の問題は


委ねきれない事。