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この日本語、英語でなんていうの?その奥に深い文化の違いが見えてきませんか。

書の美しさ

2009年12月13日 | 伝統文化
冷泉家は、八百年の間、京都で和歌の伝統を守ってきた家です。
京都御所の北に隣接するその屋敷の裏庭には、御文庫と呼ばれる蔵があり、藤原定家ほか、歴代の歌人たちの著した様々な古書が収められています。
和歌だけでなく、源氏物語や伊勢物語の写し、また定家の明月記をはじめとする貴族の日記も残されており、平安以来の物語文学、日記文学の研究には欠かせない資料の宝庫ともなっています。

その冷泉家の選りすぐりの文書が公開されているので、行ってみました。
国宝5点、重要文化財およそ400点という、貴重な資料を一挙に見られるとあって、閉館前にも関わらず会場は人でいっぱいでした。

企画展の内容は、ほとんどが書です。
つまり「字」を見に行くわけです。
しかも、よほど勉強した人でない限り、そこに何が書いてあるのかは断片的にしか読めません。
仮に読めたとしても、貴族の日記などは、「今日は快晴。○○の儀式があって、○○さんと××さんが○○門から入場して…」などと、形式ばったことが書いてあるばかりで、貴族の歴史にでも興味がなければまるでつまらない内容です。
それでもなぜか、見終わった後に、まるでゴッホやモネの絵を見た時のような充足感が胸の中に残りました。
日本語ならではの、美術展だと思いました。

何が書いてあるか分からない文字。
美しい絵でもなく、文字。
それなのに、美術なんですね。

確かに、漢字がずらりと並ぶ日記文学、女性の手による細く流麗な仮名文字、僧侶の手によるカタカナ文字など、バリエーションのある幾つもの文字が見られます。
そしてそれぞれに書く人の個性が表れ、無骨な文字、美しい文字、難解な文字、など千差万別です。
筆の運び方、強弱、太さ細さ、行間のとり方に至るまで、実に個性豊かで、意味が分からなくても十分にその文字を記した人の人格が読み取れるのです。
そこが面白いのでしょう。

英語などのローマ字アルファベットの文化圏と異なり、漢字文化圏では、意味だけでなく文字の美しさを競う「書」が発達しました。
本来意味を伝えるために生まれた「文字」を「美術」の域にまで高めるのは、文字を生み出した人間がさらに進化した印かもしれません。
パソコン全盛の時代、個性のある「文字」を書く習慣は薄れつつありますが、大切にしたい文化だと思いました。




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