Sunset Cafeへようこそ

いつか、夕日の美しい絶景の地にカフェを・・と願う私のバーチャル・カフェ。未知の音楽と人との出会う場所。

西庵カフェ ・・・・ 世田谷の秘境で見つけた極上のカフェ

2009-09-27 17:53:17 | 緑豊かな癒しのカフェ・レストラン

(2009.09.27 世田谷区岡本)

コーヒーを2杯飲める電車代と往復2時間の手間ヒマをかけて、「西庵カフェ」へ行ってきました。
詳細な地図なしで来てしまったため、豪邸の並ぶ世田谷の高級住宅地をうろうろ歩く羽目になり、用賀駅を出て優に20分はかかってしまいました。
しかしその苦労も、こちらのカフェの緑一杯のテラスに立った途端に吹き飛んでしまいました。

「ここは軽井沢だっけ?」と疑うくらいに溢れるほどの季節の草花に囲まれたウッドデッキを通ってカフェ内部へ。 でもやはりオープンエア席の好きな私としてはそよかぜが心地よいデッキ席に座りました。
カフェというものに対して、雰囲気、特に緑が沢山あることを第一優先に考える私としては、文句なしにここが気に入りました。
一緒に行った配偶者も、「ここは今年一番のヒットよ!」と言って興奮気味。

そういえばこのカフェにたどり着くほんの少し手前に俳優・仲代達矢氏の主催する「無名塾」の建物がありました。それを見た瞬間、数年前にNHKテレビの対談番組で仲代氏が、「近所にお気に入りのカフェがあり、コーヒーを飲んだりおそばを食べたりで、一日3回行きます!」と言っておられたのを思い出しました。
「そうか、仲代氏が惚れて通うご近所カフェはここのことだったんだ!」と合点がいきました。

そう、このカフェは他に無い特長が幾つか有ります;
・都心のカフェでは有り得ない、緑一杯の草花(お隣がご自宅らしい)
・手打ちそばがご自慢メニュー
・最寄り駅(用賀駅または二子玉川駅)からエラく遠く、高級住宅地の奥の奥にある(世田谷の秘境?)

それはそれとして・・・、ここは気に入りました。
東京の持つ多様な文化の中で、究極的にご自分たちの好きなスタイルで好きな流儀
のカフェ経営をされているオーナーご夫婦が素晴らしい(因みに月、火、水はお休み。8月もお休みです!)。

心地よいジャズのBGMに送られ,何かとてもほのぼのした気持ちでカフェを後にし、再び駅までの長~い道を歩き始めたのでした。




芭蕉庵で見る萩の花

2009-09-20 17:11:26 | 東京さんぽ・秋

(2009.09.20 関口芭蕉庵)

清々しい晴天の日曜日、近所の「芭蕉庵」に足を向けました。

深川にある俳人・松尾芭蕉の「深川芭蕉庵」の方が世間的には有名であり、芭蕉自身も深川時代に俳人として有名になったわけです。
が、それとは別に現在有楽町線・江戸川橋駅から神田上水沿いにゆっくり歩いて10分ほどの所にもう一つの芭蕉庵があり、
こちらは地名にちなんで「関口芭蕉庵」と言われます。

こちらの庭の池のほとりに、昭和48年に芭蕉280回忌を期して建てられた句碑があり、そこにはあの有名が句が見えます。
   「古池や 蛙飛び込む 水の音」
この句碑の横に咲いている萩の花があまりにも周囲の状況にマッチし、まるで一幅の絵のように私には思えました。

あとでこの庵のオーナーの方とお話しすると、芭蕉はここに住んでいたのではなく
目白安楽寺に住み、ここで神田上水の改修工事に約4年間監督として携わっていたとのこと、その当時(34才~37才)はまだ俳号を、桃青(とうせい)と称し殆ど無名であったこと、伊賀上野・津藩(藤堂家)の武士であったが22才の時に俳諧を極めようと仕官を退いたこと、など等を教わりました。

とは言うものの、私が現在見ている「関口芭蕉庵」は、池といい句碑といい、また萩の花やうっそうとした木々の佇まいといい、すべてが芭蕉らしい雰囲気に包まれています。

ここは私にとっての「本物の芭蕉庵」です。





あっという間の、飛び切りの夕焼け

2009-09-19 20:17:06 | 夕日

(2009.09.19 自宅屋上から)

一日中、はっきりしない曇りがちの日でした。

夕方5時50分頃、ぼんやりとリビングで雑誌を読んでいた私に対して配偶者から鋭い指摘の声が飛んできました。
配偶者 : あ~た(アンタの意?)、ちょっといい感じの夕焼けよ!
私   : うん、そう?・・・(無視)。
(5分後)
配偶者 : ちょっと、あ~た、これはちょっとすごい夕焼けよ!
私   : うん、わかった・わかった・・・(無視)。
(3分後)
配偶者 : ね、これは凄いわよ!
私   : (ここで初めて窓の外を見て、すぐ立ち上がる)
      な、なんだ、このきれいな夕焼けは! 早くおせ~てよ、もう!

この見事な夕焼けは、立ち上がりからフィナーレまで僅か15分、ほんとにあっと言う間の出来事でした。
15分後にはあのドラマチックな大空は暗闇に変わり、東京の秋空は夕闇に包まれてしまったのでした。


夕暮れの東京港

2009-09-18 20:14:36 | 夕日

(2009.09.17 中央区明石町・聖路加タワー展望室から)

日が暮れていく時が好きです。
本日で言えば午後5時~午後6時の間の1時間。

空にはまだ名残の明るい残照、地上のビル群にはポツポツと灯りがともり、水辺にその灯りが映る・・・そんな時間帯です。
日没は、永遠に繰り返される自然現象さと一言では割り切れない、限りないロマンを感じ、何度も見慣れた光景である筈なのにいつもため息が出るほど美しい。

余りにも美しい日没の1時間。その美しさに時間を忘れ魅せられ、このあとの神楽坂での飲み会には見事に
遅刻してしまいました。
「夕焼けがきれいだったので・・」とは弁解出来ませんでした。
Mさん、ゴメン!


鳩山由紀夫さん、頑張ってくれ。

2009-09-16 20:01:04 | 東京さんぽ・秋

(2009.09.16 文京区音羽・鳩山会館)

8月末~本日までの2週間強、このブログへの寄稿を遠ざかっていました。

僅か2週間でしたが、この2週間で季節は夏から秋に大きく変わり、日本そのものも麻生自民党政権から鳩山民主党政権にシフトしました。
その意味では「日本が激変した2週間」と言えるでしょう。

その、新しく日本のリーダーとなった鳩山由紀夫氏の言わば「揺籃の地」が文京区音羽にあり現在は「鳩山会館」となっています。
由紀夫氏の祖父で総理大臣・鳩山一郎氏、さらには由紀夫氏の父・外務大臣を務めた鳩山威一郎氏、由紀夫氏の実弟で麻生政権下の総務大臣・鳩山邦夫氏、そしてもちろん由紀夫氏自身も、鳩山ファミリーはここで生まれ育ち、日本の政治の舵取りとしての政界リーダーとなったのです。
(由紀夫氏はここから程近い小石川高校を経て、同じ文京区内の東京大学工学部を卒業。現在ご自宅は大田区田園調布にあります)。
「鳩山会館」は鳩山ファミリーがどのように勃興したのか、この一族はどのような精神的背景で生きているのか、過去の栄光の歴史のみならず、本日日本の総理となった由紀夫氏という人物についても多くの情報知識を得られる場所です(500円で誰でも入館可能・敷地内散策だけなら誰でも無料。10月になると敷地内のバラ園は特に美しい表情となります)。

私達はこの鳩山会館から至近の所に住み、由紀夫氏が通った幼稚園に娘も通いその子(私達の孫)もお世話になっています。そんなことから「ハトヤマさん」はずっと「私達のごく身近な人」との認識がありました。
(但し民主党の政策は未だよく見えない部分が沢山あり、必ずしも賛成できない政策もあったりして私個人としては完全に民主党びいきにはなりきれません)。

私は、いやしくも国の命運を国民から託される政治家たるべき人物は、確固としたその人独自の人生哲学を持ち、夢を語り、理想を追求する人であるべきだと考えています。
(そうとは思えない人がこれまでずっと政権リーダーとして続きました)。
これまでのところ、私は鳩山由紀夫氏の発言から「明確に自分の言葉で語る人」との好ましい印象を受けています。

ぜひ鳩山由紀夫氏には「友愛の精神」で踏ん張っていただきたい!