別 胡 説 八 道!

    真 是 豈 有 此 理!

どんな形であれ、終わりは目前

2011-09-28 00:13:42 | Weblog
 ついに追い詰められ、来るところまで来たという感じです。民主党の小沢一郎元代表の元秘書3人に有罪判決が出たことに対する反応です。

その最たるものは、次のような報道です。

「事実関係を無視して一方的な心証だけで判決が出たことは、基本的人権を無視した国民への挑戦とも受け取れる」との認識で一致した。しかも、出席者らは、一般にも起こり得る問題として対応していくこ とを申し合わせたとそうです。

 ことは、小沢の「政治とカネ」の問題です。「事実関係を無視して一方的な心証だけで判決が出た」といいながら、小沢は一切、国民には説明してきませんでした。

ところが、「基本的人権を無視した国民への挑戦とも受け取れる」というように、利用価値があると判断すれば、「国民」を持ち出してきます。「国民」とは、下僕というか使いやすい道具にすぎないという認識なんでしょう。

だからこそ、「国民の生活が第一」と、あえて「国民」を持ち上げてきたのでしょう。

さまざまなルートを駆使して情報戦をしかけ、検察批判を展開しています。しかし、「国民」は別に検察を信頼あるいは期待、はたまた支持しているわけではなく、小沢の「政治とカネ」の疑惑の本質を見極めようとしているだけです。

裁判で無罪とされたところで、形式的合法性を得たにすぎません。

ところが、時代錯誤の徒党を組み、数で押し切り一方的に行いを正当化しようとしています。独り相撲をやめ、ふんぞり返ることをやめ、真摯に対応したらと思うのですが、親分子分、御恩と奉公、主従関係のある人たちにそれを求めても無駄。

しかし、時間は誰にも平等であり、止められません。どんな形であれ、いずれは終わりが来るものです。

そのことだけは、知り尽くしている。だからこそ、異常に焦っているのでしょう。実に醜い振る舞いです。

巧妙なすり替え発言

2011-09-05 01:57:21 | Weblog
「福島の痛みを、日本全体で分かち合うことが、国としての配慮だ」

原発事故で放射性物質に汚染された、がれきや土壌の最終処分場についての、細野豪志原発相兼環境相の発言です。

彼は何を言いたかったのでしょうか?

「日本全体で分かち合う」

この省略した言い方は、巧妙なすり替えとしか思えません。

「日本全体で分かち合う」とは、「日本人全体で責任を負う」と言いたかったのでしょう。

ここには、東京電力ならびに国の責任をいっさい考慮しないとする、強硬な姿勢が感じられます。

ましてや、「国としての配慮」と表現するにいたっては、驚愕そのものです。

「配慮」と表現することで、心やさしき政府を演出したかったのでしょうか?

本当は、「国」ではなく「国民」であり、「国民の義務」と言いたかったのでは?

つまり、放射性物質に汚染されたがれきや土壌の最終処分場についての「福島の痛みを日本人全体で責任を負うことは国民しての義務であり、これが国の方針だ」と。

能面づらで、ことを一方的に推し進める政府にとってはもっとも好都合な人物を、最適なポジションに据え付けたといえます。