「あんた達が不自由な生活を
しているのかと思うと……。」
なんて、ライン電話で母が急に言い始めて、びっくり。
ん?不自由な?
この自由気ままな暮らしが?
娘と二人で顔を見合わせた。

この前、ひよこ草を食べたと言ったのが、
誤解を招いたのだろうか。
そう言えば、娘が
「お肉が食べたい。」
なんて、母に言っていたし……
なんでそうなったかわからないが、
母にしたら、私たちがとても
不憫でならないと感じていたようだ。

「えっ?私たちなんの不自由もしていないよ。
自由にカフェに行ってるし、
好きなことさせてもらっているけど。」
母にとっては、私達夫婦が
別々に暮らしていることが、
“かわいそうなこと”になっていたようだ。
母の年代の人は、
“家族は一緒に暮らすのが幸せ”
と言う固定観念がある。
夫は、家族のために外で働き、
妻は、家族のために家を守る。
その為には、
お互いしたいことも我慢しなければいけない。
それが家族というもの。

私にも、やはりそんな観念は
植え付けられていた。
でも、アフリカで出会った家族は、
いろんな暮らし方があり、
お互いに納得していたら、
離れて暮らしていてもOKだった。
中には、日本人のご主人がアフリカで働き
アフリカ人の奥さんが
日本で子供達と暮らしているご夫婦もいた。
結婚してすぐに
女性がアフリカに単身赴任なんてカップルも。
アフリカで過ごした2年間(実質いたのは一年だが)は、
いろんな意味でこうあるべきという
固定観念を壊してくれた。

そんなことも話しながら、
今、私は十分幸せだし、
彼にも好きなことをしてほしいと思っている
というふうに言ったら、
納得してくれたようだった。
いくつになっても、娘は娘で、
口には出さないが、
心配してくれているんだなと思った。

以前の母は、ことあるごとに
「心配だ、心配だ。」
と鬱陶しいぐらい言っていたが、
最近は言わなくなった。
だからこそ余計に
母の愛情を感じた。
私が楽しく幸せであることが、
母の幸せにつながるんだと思った。

そんなわけで、今日もカフェへ。
友達の家に遊びにいくような気持ちで
週一で行きたくなる「ハコニワ」
今日は、初めてのハチミツトーストランチ。
初めてのチーズケーキも
焼きたてでふわふわして美味しかった。

「赤い月」のかおりさんと話すのが楽しくて
ついつい通ってしまう。
面白い人と出会えるのも嬉しい。
今日は一人の背の高い若者が、
ランチを食べにやって来た。
帰ろうと思って外に出たら、
「日本一周ナウ」と書いた自転車が……。
今日は「赤い空歩く人」音1の日。
話しかけないわけにはいかない。
もう一度、お店に戻って、聞いてみた。

鹿児島から北海道まで北上した後、
最後の沖縄を回っている所だという。
「ほう〜、この時期にすごいですね。」
と言うと、すごく恐縮した感じで
「コロナ対策は気をつけています。」
と言われのに、ハッとさせられた。
批判されることがあったかもしれない。
日本一周しただけでなく、
その看板を背負って、
この時期にやり切った
その勇気にただただ感動した。
「赤い空歩く人」の13日間は、
新しい世界に飛び込んでいくことで
視野を広げることができる期間。
勇気を出して、冒険してみよう。

☘️2月6日(土)☘️ 〜マリマヤ便り〜
k54白い魔法使い・赤い空歩く人・音2
愛しゆるしことで人々を魅了する「白い魔法使い」
面倒見が良く姉御肌の「赤い空歩く人」
真面目な努力家の「音2」
心の揺れ動きが激しくなる日。
根を詰めすぎず、
リラックスできる環境を大事にしよう。
自分の人生を
悲劇にするのか、喜劇にするのかは、
自分次第だと覚悟を決めよう。
