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sky is blue

言わなければよかったのに日記

ワインディング・ロード

2004-12-17 21:40:56 | AYU
ダメだぁ。あまり音楽的なこと書いてないよね。精神的なことばっかで。仕方ない。きっと私にとって最初に言っておかなければならなかったことなんだろう(「マイ・ストーリーは突然に」参照)。

ってか、早いとこ書いちゃわないと、一向に年が明けない! というわけで続き!

そんな風にビビッときちゃったにも関わらず、まぁ、何かの間違い(笑)だろうと、どんな歌手だって何年かやればあれぐらいなるだろうと(つくづく私は生意気な奴です)。その曲のタイトルも分からなかったし、そのまま放っておいた。で、ここからはよく覚えてない。順番もあやしい。

確か、誰かが「あゆの新しいアルバム買った?」とか話してたのを聞いて、「新作が出たのか。じゃあ、あのときの曲はそれに入ってるかも知れないな」ってことで、レンタルしたんだ。それが5枚目の『RAINBOW』ってアルバム。あの曲が聴ければ良いな~という淡い期待を胸に、しかし聴いても「この曲だ」と分かる自信もないまま、更にタイトルも分からないから、その曲が入ってるかどうかも分からないまま順番に聴いていくしかなかった。そしたらこれ、15曲入ってて71分50秒もあったんだ。結局、「これかな?」という曲=「Voyage」に辿り着くまで12曲も聴かなければならなかったんだよ。辿り着いたときには私、相当疲れていた。何でも初対面っていうのにはパワーが要ると思うけど、パワーが凄すぎたんだよね。これでもかこれでもかってくらい攻めてきたからね、あゆちゃんは。もちっとリラックスしても良いんでない? でも、そのときの彼女にはそんな余裕なかったんだろうな。逆に言えば、私がそのパワーに追い付けなかったってことなんだけど、試しにちょっと…っていうノリじゃなかった。いきなり曲が多すぎ。情報量が多すぎ。待って待って、こっちは初対面なんだから、と言っても待ってくれるわけもなく。『RAINBOW』自体、それまでの彼女の紆余曲折を共に乗り越えてきた人達だからこそ共有できるものに満ちている、そんなアルバムだったからかも知れない。というわけで、そんなパワーに対抗できず、結構良い曲あるのね、ぐらいな。「Real me」とか好きだな。リズムが凝ってて、コーラスアレンジも巧い。その前の曲「WE WISH」(これもコーラスアレンジが巧み)からの流れも絶妙でこれがまた気持ちイイんだ。というか1曲目から3曲目「Real me」までの流れはオープニングとして最高じゃない? ってアレ? 歌詞に英語使ってんじゃん。このアルバムから英語使いだしたみたい。あと「July 1st」なんてちょっと驚いたな。こんな爽やかギターの曲もあるんだって。

それからはまた、結構たっちゃうんだよね。今度は確か、とある店でかかってた曲で、「これ良いじゃん」と思ってよく聴いてみたら、あゆだったんだ。「forgiveness」って曲。ビョークか?ってくらいのアレンジで、凝りすぎってくらい凝ってた。30作目のシングルだったらしいから相当気合入ってたんだろうね。気合入って入って、入りすぎちゃったんだろうな。結局その年(2003年)の代表曲はその次の「No way to say」ってことになったし(レコード大賞で鼻水垂らしながら歌ったあゆちゃんを見たかった)。それと同じくらいの時期に、たまたまSSTV見てたら、あゆのプロモが流れて。「ANGEL'S SONG」っていう、こんなに底抜けに明るいの今までになかったんじゃん?っていうぐらいの突き抜けた曲。で、そのプロモ見てたらさぁ、あの人(あゆ)、オオカミ女になっちゃったのよ。しかも、壁に掛かった白い丸時計見て。それが月に見えたみたい(見立てたって感じ?)。舞台は銀行らしく、そこに強盗が入ってきて、で、あゆが時計見てオオカミ女に変身して、倒すわけ、その強盗を。………わけ分からん。曲と関係あんの?(この辺は最近あゆ自身がプロモについての考えを語ってるのをMTVで見てちと納得) ううーん。ま、天使のような君が突然現われ…と言えなくもないが(そんな歌詞)。曲もさることながら、プロモでも突き抜けちゃった? 最後は、人間(あゆ)に戻って、得意げにウインクして帰っていきました。………ダ、ダッサー!! やっぱりこいつは?! というわけで、そろそろ気付けよ自分、と。←ハマッてるってことに。

それで、そのころ出た『Memorial address』っていうミニ・アルバムをレンタルしてきた。今度はミニ・アルバムだったから、初心者の私にも丁度良かったのかも知れない。『RAINBOW』というかフル・アルバムは私にはいきなり重すぎたんだね。1曲目はそのオオカミ女の曲(「ANGEL'S SONG」)だったし。そしたら、「ourselves」って曲さぁ、何ですかこれ。<ぎゅっとしてみたり じんとしたり しゅんとしたり>って何よそれ。せっかく力強いメロディ&アレンジなのに。しかも得意げに。その歌詞で転調(っぽいの)までしちゃってるからね。それで突然、<だって最後に意味をもつものなんて愛だけでしょう>って歌われても。ううーん。この人は、どこまでが計算? どこまでが天然? 分からん。でも多分、いや絶対、変な奴だと思う。普通ではないと思う。皆、分かってんのかなー? この人がファッション・リーダーとか若者の代表とかコギャルのカリスマ(爆)とか言われてて良いのか?(もうそんなこと言われてないか) 絶対、変だもの。まともではないもの。私にとっての「浜崎あゆみ」と皆にとっての「浜崎あゆみ」はまるで別人のようだ(笑)。

このミニ・アルバムはミニなだけに聴きやすくて、ウォークマンに入れて聴いたりもしたんだけど、聴いてるとあら不思議、ニヤけてきちゃうんだよね(怪)。そういう<ぎゅっとしてみたり>とか、まぁそれだけじゃないんだけど、歌詞とメロディとサウンドとあゆの声と歌い方とその他もろもろ、すべてが一体となったときのこの感じ。「これ」なんだよね。だから部分部分で語ってもどうにもこうにもならんのよね。こうして私も長々と書いてるわけだけど、字面にしてもサムいだけかも知れないのが辛い。とにかく、どこまでが計算でどこまでが天然なのか分からないけど、私は、あゆの自己プロデュースのその決して良いとは言えない“奇妙な”センスが好きなんだろうな。メロディに言葉を乗せるセンスとか本気で凄いと思う。意味としてだけでなく、音としても。<ぎゅっとしてみたり>とか何じゃそりゃって思うけど、あゆの歌声とメロディとサウンドとすべてが一体となると、まるで前からそうだったかのような、それしかなかったような不思議~な魔法にかかっちゃうもん。数少ないあゆ好きの友達で、珍しく私と「あゆ観(笑)」が近い人と、「あゆはダサさがカッコ良いんだよね!」と意気投合して語ってたもんなぁ。そう、声を大にして言いたいんですが、あゆはダッサいんです。これ、何人の人が気付いてるんでしょう? 少なくとも私は、最初は気付けませんでした。もっとスタイリッシュっていうか何て言うか、そういう人だと思っていたけど、全然違ってたみたい。悪いけど、スカしてるとこ、一切見当たらない。

と言いつつ、私も疑い深くて(笑)、今まで聴いてなかったような音楽を体が欲しただけなのかなとも思いました。気分転換というか息抜きというか。ちょっと疲れただけかなみたいな。でも、いつしか息抜きのつもりが……。それにちっとも息抜きにならない。あゆを聴いてると疲れるんだもん(笑)。友達に「一周したんじゃない?」って言われましたけど、それについては、そうかも知れないし、そうじゃないかも知れないとしか答えられないな。

そしてある日、追い討ちをかけるように、CD屋であゆが私の目に飛び込んできた。しかもウェディングドレス姿。もーーー今度は何?(笑) ウェディングドレス姿だけど、イヤーモニター兼マイク付けてるし、そのためコードが見えてるし、どうやらライヴの写真みたい。ってか、今どきウェディングドレスでライヴって(結構あるんですか? ごめんなさい、私よく知らなくて)。そのコード付けたウェディングドレス姿だけで妙にウケてしまったんだけど、よく見てみると、それねぇ、ヴェールがめっちゃ長いんですよ。冗談みたいに長いんです。あゆはそのカッコーで花道を歩いてるわけなんですけど、ずーーーっとそのヴェールが終わりが見えないのよ。一体どこまで続いてるねん! しかも、引きずっちゃうから、そのヴェールを持ち上げてる(というか上に掲げてる)人達もあゆの後ろに列になってずらーーーっと続いてるわけですよ。で、更に、その人達までウェディングドレスのようなの着てるんですよ。何じゃこりゃー。すいません、これ言葉ではなかなか伝えられないんですけど、私にはこれ笑えるんですよ(笑えなかった方スミマセン)。この人、何でここまでやっちゃうの? お金があるからってそりゃそうかも知れませんがね、私だったらお金があったってそんなことやらないと思います。思い付きませんもん。そのとき私は思ったんです。あゆは笑いも狙っているのだろうか、と。

ああ、書いてて何が何だか分からなくなってきた。だから、それでもう、何が何だか分からないうちに、気付くと、すごく好きになっちゃってたわけですよ。初めのうちは、「ダサさがカッコ良い!」と豪語してたわけですが、最近じゃ分からなくなってきたんです。何がダサくて何がカッコ良いのか。笑えたものも笑えなくなってきました。笑えなかったものも笑えるようになってきました。これがオトナになるということなのでしょうか?(笑) やっぱり、価値観を覆すものをパンクと言うのならば、私にとってあゆはまぎれもなくパンクなのです!(笑) 「Voyage」の衝撃からそれに気付くまで1年くらいかかってしまいました。浜崎あゆみに真に出会うのは大変なことなんですね。だって、真に出会う前から、皆、出会ってしまうのですから。ビートルズと同じです。だから私は断言します。あなたはまだ浜崎あゆみに出会っていません! なーんちゃって。

そして最近、彼女は「INSPIRE」という曲を出しました。それはもう、私にはこっ恥ずかしくて歌えないようなベッタベタな歌詞です。それを堂々とキメキメで、いつものごとく、頭の天辺から足の爪先まで全身全霊で表現しながら歌う彼女。<カ~ッコ悪いことなんかじゃない~>ってお前がカッコ悪いよ!(笑…これまたこのメロディにこの歌詞を乗せるあゆのセンスがタマラナイ) そして私は確信したのです。あゆは最高にカッコ良いんだ、と。およそ皆は、破綻のない人として捉えているかも知れませんが、私には、堂々としているのか危なっかしいのか分からなくなるときがあるんです。完璧主義で整合されてて破綻がないように見える。でも、感じるんだよね。その裏にある、とてつもないバランス感覚を。だって、単純に考えても、私、彼女のあの立場や状況に置かれたら、おそらく気が狂うもん(笑)。あれで破綻がない(ように見えている)こと自体が奇怪だわ。もちろん、良いスタッフや理解者にも恵まれてるんだろう。あゆだからそれを呼び寄せたとも思うけど。とにかく、あゆは機械じゃなくて奇怪だったの!(笑) もっと音楽でそれを出しても良いとは思うけどどうだろう。いや、だからこそ、音楽でバランス取ってたのかも知んない。音楽だけは、整合された破綻のない、ど真面目~な感じで。じゃなきゃ、本当に破綻しちゃうってことで。様々な現象の渦の中で激動の時を生き抜いてきたのだろうし。それでも異端ぶりは隠せないけどね。だから私も引っかかったわけだし(笑)。

ぐわぁ、かなり長くなってしまった。一人で盛り上がっててすみません(恥)。すべては私の無知による盛り上がりに過ぎないかも知れないですが、良いんです。それで楽しくなっちゃったのですから。これからはもっとフツウに(?)書けたらなと思いながら、最後に一言言って、このロングなワインディング・ロードを締めたいと思います。でもやっぱりあゆについてはまだよく分からーん!(爆) ワインディング・ロードは続くのです――。


マイ・ストーリーは突然に

2004-12-16 22:45:40 | AYU
カミングアウトもしちゃったし、ここからはバシバシ書くぞぉ。考えすぎると台無しになることもあるだろうから、これからは勢い重視で書こうかな。でも、誰も読んでくれなかったらどうしよう(笑)。あゆについてはね、カテゴリーを専用に分けようかとも思ったくらいなんだけど、カテゴリーを分けることでなくて、それをぶち壊す(笑)ことが目的のようなもんなんだから、分けるのはおかしいだろと。潜伏期間(笑)が長かったもんで(って程でもないか)、書きたいこと溜まりすぎ。それプラス、取り扱う存在が大きいもんで、それなりに労力も要るわけですよ。誰も知らないアーティストについて書くことほど簡単なことはない。ビートルズや浜崎あゆみについて書くことがどれくらい難しいことか。

とりあえず今回は、「嫌い」から「好き」に、どのように変わっていったかを書ければ良いなと思っています。まぁ、あゆに興味がなくても読んでやって下さい。私のバカっぷりを笑ってくれれば。キモヲタ文章なのはご勘弁を(笑)。

私は浜崎あゆみが嫌いだった。こういうのが売れるんだろうというのをやってるだけな気がして。ちょっと前にブームだった、小室系、特にglobeの真似ごとみたいな感じがしたし(globeが嫌いなわけではない。真似ごとな感じが嫌だったのだ)。最初に彼女の存在を知ったのがいつだったのか覚えてないが、新聞に「浜崎あゆみはバカじゃない」とかいうキャッチフレーズの広告が載っていたのは覚えている。「は? “バカじゃない”も何もあなたのこと知らないんですけど?」みたいな(笑)。そんなこんなで、特に気にとめていなかったが、彼女の名が世間に知れ渡ってきて、その音楽も耳にするようになり、テレビで歌っているところも見かけるようになった(その頃、仕事が忙しくてあまり記憶にないんだけどね)。が、やっぱり、私の感想は「こんなの、こういうのが売れるだろうっていうのをやってるだけじゃん!」だった。第一、生意気そう! 何あの鼻にかかった喋り方! こいつ、完全に世の中を舐めとる~!だった(笑)。生意気なのはどっちだ?っちゅう話なのだが(笑)。そう言えば、よくよく思い返してみれば、私は椎名林檎に対しても、「生意気そう」という第一印象を持っていたのだった。「ここでキスして。」や『無罪モラトリアム』を最初に聴いたとき、「うわぁ~、生意気そう」って。それが今や……ねぇ? 林檎ちゃんについてはその後す~ぐ好きになってしまったのでそんな風に思っていたことさえ忘れかけていたが、基本的に今でも林檎ちゃんもあゆも生意気だと思っている。「何こいつ?」という第一印象のままだ。つまり、悔しいくらい大好き(笑)。

当時私が勤めていた会社でも、彼女の話題が出て、「浜崎あゆみって歌詞には英語を使わないことにしてるんだって。対して、タイトルは曲に対する先入観やイメージの束縛をできるだけなくすために英語なんだって。衣装とかネイルとかビジュアル面も全部自分で考えてやってるんだって」、「へぇ、意外としっかり考えてるんだ~」というような会話が交わされたりしたが、心の中で「な~にが、そんなこと」と思っていた(うわぁ、私こそ嫌な奴!)。数年後にはその中の誰よりも……(笑)。というわけで、彼女の何も聴かず見ずして、私の中で彼女への扉は最初から閉ざされていたようなものだった。その後、人気はウナギのぼり。好き嫌いに関わらず、彼女の情報がどんどんどんどん流れ込んできた。3枚目『Duty』(2000年9月)あたりから音楽性や作風が変化してきたのは、その頃の私も何とな~くは感じていたのだが、最初の印象は簡単には払拭されず、そのような彼女の変化や意志を受け止めることはできなかった。コテコテというかベッタベタなロック・サウンドに乗せて、<wow yeah wow yeah wow yeah>と歌われた日には、ロックのロの字も知らないで<wow yeah>なんて気やすく歌うんじゃない!と思っていたし、<いつか永遠の眠りにつく日まで>と歌われたときには、たやすく死を匂わせるような歌を歌うんじゃない!と思っていた。<自由を右手に 愛なら左手に>では私でも書けるわい!と思ったりしていた。うわー、私ってば本格的に嫌な奴。サイテーだよ。お前は何様だよ。我ながら笑える話だ。というか笑うしかない。ああ恥ずかしい。分かってないのはどっちだ? 気やすく言ってるのはどっちだ? ロックのロの字も知らないのはどっちだ? いつからロックを知ったんだ? 音楽は誰のものでもないのにねぇ。そうやって何かにつけ気にしてることもおかしい。いちいち文句つけたりしてさ。その時点でおかしいんだよね。パワー使ってんだから。私って、大体、好きか何とも思ってないかのどちらかだから、こんな風に過剰に反応していること自体、おかしい。そんでもって、それをちゃんと覚えているんだから。『恋のから騒ぎ』に彼女が出たときも、さんまさんから「どんな音楽が好きか」という質問がレギュラー女性陣に投げかけられ、「リンプ・ビズキット」と答えた女性に対して、「ハード・コアな人達ですよね」と彼女が返していて、「ふーん。知ってるんだ」とか思ってた気がする。ぐわあ~、つくづく私、嫌な奴。ほんと、どっちが生意気だよ!

多分、私は、嫌いと言うより、何かが怖かったんだと思う。その理由は色々あると思うけど、例えば、すごい機械っぽい気がした。サイボーグみたいな気がした。どんな表情で歌っていても、無表情な気がした。彼女は、衣装とかネイルとかメイクとかビジュアル面を語られることが多いけど、そうやって着飾れば着飾るほど、彼女の心の中の空っぽさみたいなものが迫ってくるようだった。曲もなんか、好き嫌いは別として、機械みたいというか計算されたというか、どんなに良くできていても、機械的で記号的な感じがした。それが、ただただ売れるものを作ってるだけという印象に繋がったんだろうし、その空虚さが怖かったんだと思う。よく分かんないけど、これを認めてしまったらいけないような気がした。彼女の前では、音楽すら無意味なんだっていうか。音楽がそこにあるはずなのに、空っぽ。音楽でさえ、それを埋められないんだ、みたいなね。だから、それを認めてしまったら、音楽の負けのような気がしたのかも知れない。だから、認めたくなかったのかも知れない。怖かったのかも知れない。それがまぁデビュー(1998年)から1~2年くらいの印象で、その最初の印象が植え付けられちゃったから、それ以降、聴こうとも見ようともしなかったんだろうなぁ。

それから何年かたったある日――。あれは年末だったかなぁ。ボーッとテレビを見るともなく見ていたら、もうそれが何の番組だったかとか忘れてしまったのだけど、多分年末によくある特別番組で、色んなアーティストが出てたんだよね。で、あゆも出てきたわけよ。「浜崎あゆみさんです」とか司会の人が言って、で、彼女が出てきて歌ったわけ。なんか野外だったような気がするな。お客さんもいた。で、なんの歌だか分かんないんだけど、多分「Voyage」って歌で(歌ったのは1曲じゃなくて2曲目にこれを歌ったような気がする…)、まぁ、歌ったわけよ。で、そのときにドキッっていうかゾクッっていうか、この人もしや?!って思ってしまって、まぁ、それが大きなキッカケだったわけだけど、その衝撃は今でも覚えてるんだけど、それを言葉で説明するのは非常に難しいんだよなぁ。とてももどかしい。何だったんだろうなぁ、あれは(もう1回見たいよー)。それまで彼女のことをずっと見ていたわけじゃないからこんなことは言えないんだけど、今までにない優しさを感じた気がしたんだよなぁ。今まで私が彼女に抱いていた感情がすべて引っくり返されてしまうような。そのときに何が起こったのか今でもよく分からないけど、「本当のような嘘」だと思っていたものが「嘘のような本当」だったのかも知れないと気付かされた瞬間って感じかなぁ。あの日、私の中の何かが引っくり返されたのだけは確かかも知れない。私はロックのロの字も知らないけれど、価値観を覆すものをロックだとかパンクだとか言うのならば、浜崎あゆみは私にとってロックでありパンクなのかも知れないとさえ……。

こんなことを言ったら語弊があるかも知れないけど、とりあえず、そのときは、曲も歌詞も、衣装だとかのビジュアルも、私にとってはどーでも良かったの。ただただ、彼女の歌声や表情に、なんていうか、「きた」のだ。なんでこの人はこんなに満たされたような表情(声)をして歌えているんだろう。彼女の周りだけ、ぽわわ~んって特別な空気があって、その中で彼女は確かに生きている。そんな感じだった。そしてそれは確かに「音楽」の中で、音楽に囲まれて、だった。音楽の中で自分を確立しようとしていたというか、その音楽がどんなものであろうと、彼女にとってはそこがまぎれもなく自分の「居場所」だったんだというか。彼女が本当に伝えたかったのはこれだったんじゃないかみたいな。それを見てしまった。そんな気がした。できれば気付きたくなかったような、そんな気さえする。私は彼女の99%が嫌いだったのかも知れない。でも、残りの1%。それをその瞬間に見せ付けられたのかも知れない。その1%はきっとずっと最初からあった。機械のような99%の空虚さの中でも、その1%はかろうじて死なずにいた。その1%を守り抜いてきた。すべてはその1%のためにあった――きっとそのとき私の中で何かが逆転してしまったんだ。

すべてはその歌声であり歌ってる姿から感じたこと。私にとっては、浜崎あゆみとは、その歌詞でも曲でもなく、ましてや衣装だとかビジュアルでもなく、言動なんかでもなく、「歌声」や「歌ってる姿」にあるのかも知れない。逆に言えば、そういった色々な面のすべてが「歌声」であり「歌ってる姿」に集約されている。私にはそんな気がしてならない。

と言いつつも、ちゃんと(?)好きになるのはまだ先の話で……。第一印象の呪縛は根強いのです(笑)。つづきはまた今度。

ああ、キモくて熱くて長くてゴメンなさい。やっぱり最初だから真面目に書こうと思ったらこんなに……。不真面目(?)にも書きたいところだけれども。笑いも入れたつもりなんだけれども。続きはもっと軽く書けるかと。

続き → 「ワインディング・ロード」


キー・オブ・マイ・ストーリー

2004-12-15 23:43:05 | AYU
随分と間が空いてしまった。これ、日付は2004年12月15日だけど、書いてるのはもう年明けてるもんね(皆様、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします)。せっかくのインターネットだっていうのに、ちっともリアルタイムじゃないよ。いやぁ、書きたいことがあり過ぎるような何もないような、自分で何が書きたいかよく分かってないような、その前に書くべきか書かざるべきか……色々考えてたら、年が明けちゃった。

ええい! もう!

今日はここで一つカミングアウトをしようと思うのです。この日記を始めてから約半年間、色々なことをつらつらと書いてきたわけですが、すべてはこのときのための準備に過ぎなかったと言っても過言ではないでしょう(冗談です)。そして、それは、この日にこそふさわしいと思ったのです。そう、2004年12月15日は「浜崎あゆみ」のニュー・アルバム『MY STORY』の発売日なんです。というわけで、告白します。実は私、浜崎あゆみが好きなんですよー。いや、正確に言えば、好きになりました。なってしまいました。そんなこと、カミングアウトとかいって何を大げさに言ってるんだと思われるかも知れませんが、お許し下さい。おそらく、私にとっては大事件、そんな気がしてしまうのですから。

だって、好きどころか、最初は嫌いだったのです。「大」が付くほどだったかも知れません。それが今では……。今でも、なんで好きになってしまったのか、どうして好きなのか自分でもよく分かってません。むしろ、好きじゃない理由の方が思い付いてしまったり、納得してしまったりするやも知れません。変な話です(そして失礼な話です)。それに、何人かの友人には私が彼女を好きだということを打ち明けたのですが、ほぼ全員、意外だという反応を返しました。皆、私が浜崎あゆみを好きだということが相当意外なようです。カラオケで彼女の歌を歌ってみれば、マイクを手にした私を見て「え? あゆ? なんで?」と本気で理解不能と驚きをないまぜた表情を見せる友人もいました。私が少しでも彼女の話をすると相当可笑しいようで、私が彼女の名を口にしただけで、笑いをこらえ切れない友人もいました(これは私の話し方の問題?)。親でさえ、私の部屋から彼女の歌声が流れてきたのをたまたま聴いて、「あんたがあゆだなんて珍しい。どうしたの?」みたいに言ってきたのですから。ええ、ええ、どーせ似合わないですわよ!(笑)

うん。分かるよ。私も最初は嫌いだったんだし、自分でも驚きだもんショックだもん認めたくないもん(笑)。それに、そういった驚きを見せた友人たちは、少なからず私の音楽の趣味を知っていて、その傾向と浜崎あゆみがあまり結び付かなかったのでしょう。レディオヘッドとあゆの話を同列に同じテンションと情熱でもって話す私に、「頭おかしいんじゃない?」と冗談まじりで言った友人。「うん。頭おかしいんだと思う」と同じく冗談まじりで返した私。うん。分かるよ。分かるけど、分かるけどさー、そんなに驚き? いや、最初は私もネタ的にというかその驚きを自ら楽しんでいたところがあったんだけど(ごめん、あゆ(笑))、だんだんそうもいかなくなってきたのです。気付いてみれば、すごく好きになってしまっていたからです! (完全に私の負け。再び、ごめん、あゆ(笑))

だからといって、何もこんなところで大げさにカミングアウトとかいって書く必要もないとも思いましたが、こんなだからこそ、彼女について私にしか書けないことがあるのではないか? いや、彼女についてだけではない。私の音楽の趣味の傾向と彼女があまり繋がらないというのが世間の認識であるならば(って私みたいな人も一杯いるんだろうけどさ)、私が好きな他のアーティストについても、はたまた音楽についてだって、私だからこそ書ける新しい何かが生まれてくるのではないか!という超自分勝手かつ自意識過剰かつ誇大妄想な思い込みによって(笑)、恥ずかしさをかなぐり捨てて(なんで恥ずかしいんだぁバカヤロー!)、勇気をもって(笑)、書いてみることにしたんです。ってか、これを書かないで何を書く?みたいな(あーあ、大風呂敷広げちゃったよ)。自分でも分かりたいっていうのもあるしさ。

といっても、何から書いたら良いのやら……。もしかしたら、私は、何かを見つけたと思っているけど、何かを見失っているだけなのかも知れないし、目覚めたつもりで、眠らされてるだけなのかも知れない。少ししたら、「あれは間違いでした~」って言ってるかも知んない(笑)。でもさ、分かんないじゃない。私が蝶になってる夢を見ているのか、蝶が私になってる夢を見ているのかは(by 荘子)。って、ちょっと話違う?(笑) まぁ、蝶になってるときは思いっきり蝶でいようと、私でいるときは思いっきり私でいようと、多分、それだけだよ。話違うかもだけど(笑)。とりあえず今回は、長くなっちゃうので、好きだってことのカミングアウトのみさせていただきました。まわりくどくてスミマセン。あ、好きだってこと、秘密でお願いね(笑)。

『MY STORY』の発売日によせて(書いてる日違うけど…笑)。