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sky is blue

言わなければよかったのに日記

歌は世につれ世は歌につれ

2005-09-14 12:00:51 | AYU
以前、『MY STORY TOUR』のことを書いたときに、

~~あるイベントであゆのドラムを担当することになった人が、「最初はアイドルって冷めた目で見てたんだけど、自分がドラムを担当することになってライヴ観に行ったら、鳥肌が立つほど感動してしまった。楽屋で挨拶されたとき、永ちゃんのようなオーラを感じた」みたいなことを書いていた~~

ってなことを書いたと思うんですけど、その記事がどこにあるのか分からなくなっちゃって。でも、再び見つけることができました。そのドラマーは「牟田昌広」さんで、イベントは『a-nation』でした。牟田昌広さんという方は、私はよく知らないのですが、サッズにいた人みたいです。その他、ストリートビーツのサポート等をされているみたいです。

これがその記事です。

http://www.anan.ne.jp/muta/HP/pages/column/c-36.htm

勝手にリンクを貼らせてもらいましたが、それもこれも良い記事だと思うからで(自分内メモもあるけど)。私なんぞがウダウダ書くのも良いけれど、プロのミュージシャンの現場の声ってのは貴重だと思うし、というか、ただ単に私が嬉しかっただけだけど(笑)、良かったら読んでみて下さい。ついでに、こんな記事もありました(まぁ自分内メモです)。

あゆの作品(主にライヴ)からは、スタッフの愛情や情熱を感じたりするんだけど、エンリケさんのHPなんかを見てもそれはよく分かる。小林信吾さんも、『MY STORY TOUR』のステージには参加できなかったみたいだけど、DVDのオフショットにしっかり映っていて嬉しかったな(ずっとバンマスだったもんね)。というか、あゆのバックを務める人たちって結構凄い人たちばかりかも(参考:「架け橋たる存在」)。一番最初のツアーは打ち込みで、次から生バンドになったんだけど、あゆも最初のメンバー紹介のとき「あゆなんですけど良いんですか?っていうくらいの超豪華なメンバーで」って紹介してたもんなぁ(初々しい!)。え? 金と権力? いやぁ、愛情や情熱までは買えないんじゃない? って、クサイこと書いてんなぁ私(笑)。

あゆもスタッフを愛してるんだろうね。ライヴではもちろんあゆがメンバー紹介するんだけど、たくさんいるダンサーの人たちまで全員一人ずつ名前呼んで紹介するもんね。よく覚えられるわぁって感じ。今回、小林信吾さんが参加できないことでか、新しいメンバーを入れたらしいんだけど、そのオーディションにも参加したらしいし(当たり前のことかも知れないが)。ってか、私は何度、「よっちゃんになりたひ」と思ったことか(爆)。あゆは結構よっちゃんの肩に手を回すんだよねぇ。エレカシ宮本が石君にするように(笑)。あゆ、男前やなぁ(笑)。よっちゃんはねぇ、あゆとも一番絡みますし、裏司会って感じで(笑)。とにかく、誰一人として「ただバックをやってる」って感じがしないんだよね。『MY STORY TOUR』のときも書いたけど、バンドだよね、あれ。

って、クサイ話はお終い!

というかですね、私だって、もっともっとあゆの“作品について”語りたいんですよ! だけど、どうしてもこう、前置きみたいの(笑)ばかり多くなってしまう。なんつーか、イタイ文章ばかりになってしまう(笑)。もっとドライになれんのか! 今までだって散々あゆについて語ってきて、もう呆れられてると思うけど、でも、自分としては、ぜんっぜん、本題に入れてないもん! は~あ、これが大物を語ることの大変さなのか。自分が勝手に振り回されてるだけなんだけどね。

ちきしょー!

叫んでみました(笑)。本当はひっそりやりたいのに、あゆを好きになっちゃったもんだから。よりによって、あゆかよ! ひっそりできねー!(笑) とにかく、「あいつの実力とクリエイティブはもっと正当に評価されるべきである」って、松浦社長も言ってたじゃないか(そうだ!そうだ!)。「それがされないのはスタッフの責任でもあると思っている」とも(そうだ!そうだ!責任感じろ~!笑)。だから、今後はもっともっと“作品について”語っていきたいなぁ。すぐ色んなもんに振り回されがちだけど。

でも、それで良いのかも知んない。ある作品(漫画)のことを「だらしなく不様でさもしく歪んだ自己顕示欲がたまらなく美しい」って書いてた人もいたしさ。「必死で何かにしがみつくそのパッションが伝わってくる」って。話ズレてるかな。

*********

思ったんだけど、「洋楽も邦楽も知らない」「個人主義で決めに行け!」で、自分の音楽遍歴の流れについて、「より身の丈であろうとした」「自分のルーツを探していた」という意味合いを見出してみたけど、そこには「今を生きたい」とか「時代を共有したい」っていうような思いもあったのかも知れない。ビートルズとか、大好きだけど、一時は本当に頭の中をビートルズが支配してたぐらいだけど、でも、やっぱり、今という時代に生きている自分だからこそのものを見つけたいって思ったんだろうな。だって、ビートルズとかさ、どうしたって敵わないんだもん。敵わないっていうか、私の場合、どうしても「時代を共有できない」ってところにぶち当たっちゃうっていうか。もちろん、ビートルズの音楽は、そういうことを超えて胸に響いてくるよ。だけど、ビートルズはビートルズで大切だけど、もっと今も見つめてみたいって、そう思ったんだろうな。これ、随分とカッコつけた言い方に聞こえるかも知れないけど、全然そうじゃないよ。「一緒に成長したい」とか「参加したい」とか、そういうただの欲張りな、ないものねだりっていうか、負けず嫌いっていうか、それもこれも、私が未熟だからだもん。

だから、「今の音楽」、それも、「同世代の音楽」に求めるところってのは大きいかも知れない。だってさ、自分が50~60代になったときとかに言いたいじゃん。「○○をリアルタイムで体験したんだぞ! 私たちの世代は凄かったんだぞ! 若者よ、君らも頑張りなさい」って(笑)。ビートルズは確かに凄いよ。私だって大好きだよ。でも、私たち世代は、それに負けてちゃダメなんだよ。ポールなんて、見てみなよ。新作、何だよあれ。あのポール・マッカートニー(63歳)が、ここにきて未だに音楽とたった一人で向き合ってるよ。それを見て、何も感じないのか若者よ!(って私は一体どこのどいつだ?) だからさ、ビートルズをリアルタイムで体験した世代の人たちが、今の私たちにそれを自慢げ&得意げに話すように、何十年後かに私たちも自分たちのリアルタイムのものを自慢げ&得意げに話したいじゃん! それだけの話だよ。そうすることによってビートルズも違って見えてくるような、そうして初めてビートルズと時代を超えたものを共有できるような、そんな気もして。歴史があるから今があるんだから、歴史を引きずることは避けられないよ。だけど、「歴史に生きる」ことはできないんだもの。少なくとも私は「歴史に生きる」にはまだ早すぎる。「今を生きる」とか「時代を共有する」とか、そんなことまで音楽に求めなくても良いのかも知れないし、それは音楽じゃなくても良いのかも知れないけど、私は、やっぱりそれも音楽に求めてんのかな。どうしようもないな。そんな考えは、時代遅れなのかも知れない。でも……。「歌は世につれ世は歌につれ」――それを体験したいって、そういうことなのかなぁ。

ま、なんだかんだ言ったけど、その音楽自体にグッとこなきゃ何もはじまらないし、それに「今」も「昔」も関係ないんだけどね(笑)。

うーん。なんか、今回の記事は、何を言いたいのか自分でもよく分からないや。これも時差のせい? ま、そんなときがあっても良いよね? この日(9/14)は、特別なことがあったんだ。そのことについては何も書いてないけど、私の中ではそんなには離れていない内容だと思う。たぶんね。何があったのかは、いつか書けたら書こう。


音楽との出会い方

2005-08-06 00:04:04 | AYU
もう過ぎたことなので書かなくても良いかなとも思ったが、やっぱり書いておこう。これだから時差があると…。

この日(8/6)、あゆが、北海道で行われた『a-nation'05』を病欠した。前日に生出演した『Mステ』をビデオで見たが、トークの声があきらかに鼻声。かなり無理をしていたのだろう。

心配だーーー!

ドームツアーのとき、直前に足を大ケガしていながら、予定通りのステージをこなしたり、耳の病気をしたときもあったけど、今回は「病欠」という決断を下した。ヘッドライナーが欠席ってこれ、結構大きな決断だよね? これであゆの大きさを思い知ったかしら(笑)。エイベックスの他アーティストがんばれー!

ただ、病欠にあたってのあゆのコメントを読んで、実はひそかに嬉しくなってしまったのだ(不謹慎)。そこには、ファンやスタッフに対する謝罪とまた北海道でライヴを行うことを約束させて下さいというようなことが書かれてあったのだが、その中にさり気なくこんな言葉が、

私から歌を取り上げたら何も残らないから

この何気ない言葉を、華やかだったり、何もかも手に入れているかのようなイメージから(そんな人どこにいるんだって話ですが)、「またまたー」とウサン臭く思う人もいるかも知れない。お決まりの文句として、特に何も気にしない人もいるだろう。でも、私は嬉しかった! 「音楽に興味を持ったのなんかほんの、2~3年前ぐらい」とか「昔は全然興味なかったのに、音楽の“お”の字も。今もわかってないけど……」とか言ってた人が(正直すぎ!潔すぎ!)、数年後には、自分にとっての歌を「大キライで大スキな関係」と言えるくらいにまで、音楽との関係を築いていた。そして、「私から歌を取り上げたら何も残らない」って言えるところまできたんだね~!ってね。まぁ、そんなのも、何年か前の話だけどね。

「スター不在」でも書いたけど、あゆはスカウトされて歌手になって、上記の発言から本人も認めていることが分かるように、音楽に対して無知で無自覚で無防備なところからスタートしたのだろう。それに、一度芸能界で失敗を経験してる分、今度はもう失敗しても誰のせいにもしないようにと思うあまり、全部自分でやろうと、着るものだったりメイクだったり、音楽以外のところにも凄いこだわって、歌手をやってるっていう感覚がなくなっちゃってたと告白してるし。音楽を楽しむことを忘れてたって。歌うことや詞を書くことと、洋服を選ぶことが同じになってたと。足元を見失ってたって感じかな。それで、あるとき、ハッとトラウマのみに踊らされてたことに気づいたと。その最初の一歩を引きずって、「しょせんはアイドル」とか「あれは音楽じゃない」とか言う人も未だにいるかも知れない。でもね~、音楽ってそんなものなの? 音楽ってそんな、一部の選ばれた人だけのものなの? そんなら、私はすぐに落選だ。それじゃあ、なにかの宗教みたいだ。あゆにはね~、音楽すらなかったんだよ。でも、そこから、音楽を戦う場所に選んで、そこで戦って、あんな言葉がふっと出てくるようになったんだ。だから私は嬉しかった。

あゆから音楽を取ったら何も残らない。今なら声を大にして言える。私にはそれがただただ嬉しい。だって、女優時代は今みたいに光ってないもん(失礼!)。やっぱ、あゆの魅力の根本を成しているのは音楽なんだよ。もはや。「音楽じゃなくても良かった」から「音楽じゃなきゃダメだった」に変わってったんだよ。それが感動だっつうんだよ(何だこの口調)。最初の最初っから、「音楽じゃなきゃ…」なんて、それこそ信じられないっつうんだよ(だから何だこの口調)。もちろん、また見失ったり模索したりするんだろうけどね。音楽との出会いなんて、一瞬のことなのかもな。だからこそ、魅了されるんだろうけど。

どんな風に音楽と出会ったって良い。あゆが音楽を選んだのか。音楽があゆを選んだのか。きっとそんなのどっちでも良いんだ。輝いている人っていうのは、その人が、選んだ人なのか選ばれた人なのか分からなくなってしまう。きっとそんなものだから。

ああ、カミングアウトする前に書いた色々な記事も、実は、あゆへのラヴレターだったってことが、どんどんバレていきますね~(笑)。

ドームツアーのこともちらっと出たし、ついでにこんな話も。「人間として生きてやれ」で書いたけど、一時期は「消費されていく対象となる典型的なアーティストであるというのも分かってる」なんてことも自分で言っていたあゆだけど、実はこんな風にも言っていたんだよね。「自分は今、消費されないものを時間をかけて提示できる立場にあるかもしれないのに、逆に、消費されてしまうものがあふれる世の中に拍車をかけている」。消費されていくのを加速させているのは他でもない自分自身なんじゃないか? 本気で向き合うことから逃げてるのは自分なんじゃないか?って。それだけガムシャラだったんだって私なんかは思っちゃうけどね。ま、そうやってどんどん向き合ってくわけだ。最近も、「前は、特別扱いしないでって強く思っていたけど、もしそうされてるとしたら、それは自分の心のどこかに特別扱いされたいって気持ちがあったからなのかも」とか言ってたしなぁ。「他者は鏡なんだよね」って。

そう、世の中も他者も鏡なんだよ。世の中が不公平に見えるのなら、それはきっと自分の心が不公平だったりするからなんだよな~。大抵は、鏡だったりするんだよね。そうじゃない場合もあるけど。

それでも、そういう色々にプツッと糸が切れてしまい、逃げ出したこともあったという。「Endless sorrow」のころかな。で、逃げて、「何もない」と、「私から歌を取ったら何もなくなる(私には歌がある)」と気づいたんだろうなぁ。「walking proud」とかは、そのときのことが基になってる歌だと思う。うん。あゆから歌を取ったら何もないと思うよ。それが幸せなことなのか不幸なことなのかは、あゆしか知らない。ひょっとしたら、あゆも知らない。だから歌うのかもね。


COUNTDOWN LIVE 2004-2005 A

2005-07-13 11:24:00 | AYU
DVD『ayumi hamasaki COUNTDOWN LIVE 2004-2005 A』を見る。2004年12月31日、代々木体育館で行われたカウントダウンライヴの映像。このライヴ、そりゃ行きたかったけど、年明けたらツアーあるし、年越ライヴを一人で行くのも淋しそうだし(30日にもライヴはあったけど、その日はこれだったんでね)、時期も近いしツアーとそんなには違わないだろうから、良いや~と思っていたら、セットリストを見てビックリ! ツアーとぜんぜん違うやんけ! はぁ、やっぱり、あゆちゃんを舐めちゃダメだった。

「WHATEVER」~「immature」ではじまりますかぁ。つうか、「Duty」に「TO BE」ってどういうことですか? 「Key ~eternal tie ver.~」って。超聴きたいっつうの! こんな懐かしい曲もやってくれるんだぁ。あゆにとってカウントダウンライヴは、2000年からやっていて今回で5回目になるんだけど、エレカシで言うところの野音みたいな感じなのかなぁ。うう~、行きたかったぜ! しっかし、『MY STORY TOUR』でも1曲目「HAPPY ENDING」、予想つかなかったしなぁ。だって、エンディングではじめるんだよ?(笑) やっぱ、あゆってひねくれ者だよ~。それでいて、まっすぐなんだから。まっすぐなひねくれ者!

セットリストだけじゃない。『MY STORY TOUR』の方は、大掛かりなステージ、大きなスケールでアルバム『MY STORY』の世界を表現していたけど、こっちの方はアットホームっつうかシンプルっつうか。同じ会場なのに、感じがぜんぜん違う。和太鼓チームと競演したり、「INSPIRE」でホーンをばりばりに導入したりしてるけど(これは打ち込みかな?)、根っこにある部分が非常にシンプルなんだよね。だからこそ、こういうアレンジが映えるのか。足元がしっかりしてなきゃ、こういうことはできないんだね。

ま~でも、何と言っても、アコースティックですよ! 何だよこれー。こんなのやるんだったら行ったよー。しかも、「TO BE」に「Key ~eternal tie ver.~」ですか。特に「TO BE」なんて、聴きたいに決まってるじゃないか!(「言葉のおもさ」参照) まぁでも、こうしてDVDになってくれて良かった。あゆの歌声が好きな私にとって、アコースティックが良くないわけがありません。あゆ自身もガツンときたみたいね。「懐かしかったね~今の! どう? 良い感じだった?」って興奮&照れ隠し気味に客席に聞いてるもん。そのままサラ~ッとキメておけば良いものを。でも、そんなあゆちゃんが好き☆

「TO BE」は、歌詞に<君>って出てくるけど、これは、自分自身との対話(君=自分)とも取れるんだよなぁ。もちろん聴いた人それぞれが自由に解釈すれば良いんだけど、私はそうとも取れるなって思ったわけ。そう思うと、ますます染み入ってくるわけ。でさ~、そしたら、CDジャケットも、あゆが二人いるやつなんだね。やっぱりそうだよね!あゆちん!って勝手に盛り上がっちゃいます。

ライヴ全体の流れを見ながら、これは後に続く『MY STORY TOUR』の裏バージョンかもって思った。「WHATEVER」~「immature」の初期の曲にはじまって(「WHATEVER」はあゆの最初のツアーの1曲目)、象徴的な「Duty」、そして初めてあゆが作曲した「M」。全体を通して、あゆのこれまでの歩みを一緒にたどるような。それは、『MY STORY TOUR』にも同じことが言えて。だから、このライヴは『裏 MY STORY TOUR』なんだなって思った。

というか、「Duty」にビックリした。「Duty」をこんなに優しく歌えるようになったんだ!って。CDと聴き比べてみれば分かると思うけど、この曲はタイトルからして“義務”だし、ヘヴィな感じで、覚悟を決めて腹を括りだした、自分や色んなものと向き合いだしたことを象徴するような曲だと思うんだけど、だから、歌い方からサウンドから何から何まで、クドいくらいにヘヴィかつディープな曲なのよ。そんな曲をこんなに優しく歌えるようになったんだ~!って、嬉しくなっちゃったよ。やっぱ、変化していくんだね。

「Trauma」で事故発生!(笑) あゆが2番の歌詞を忘れて、2番ほとんど歌えてません(笑)。これは貴重かも。あゆが歌詞を忘れて、しかもこんなに崩れるとこ、滅多に見ないからなぁ。結局思い出せず「歌詞を忘れたよ♪」と歌いながら(笑)、「ぜんぜん分からないよー!」って叫び、間奏部分で崩れ落ち、両手を合わせて謝ってました。よっちゃんに笑われてました。いやぁ、これは貴重。でも、よくよく聴いたら、「evolution」でも歌詞が1番と2番ごちゃ混ぜになってました(笑)。

これは、このライヴに限った話じゃないんだけど、あゆって本当、ファンに向かう気持ちの強さみたいなものが物凄いんだよね。私は、もっと違う印象だった。良い意味でも悪い意味でもなく、もっとこう、私は私、ファンはファンみたいなクールな印象だった。でも、ぜんぜん違った。むしろ、熱い。もしかしたら、テレビとかでちらっと見る感じでは意外かも知れない。私があゆを好きになるずっと前、電器屋でたまたまあゆのライヴ映像を見かけたとき、「何か」を感じたのはこれだったのかもなぁ。懸命にお客さんに向かって投げかけてて、「随分と印象と違うんだな」と思ったのを覚えてるよ。なんだ、そのときから気になってたんじゃん自分!(笑) 大体、クールな人だったら、「evolution」で、ハッピ着て股開いて、「は~、せいや~!」なんてやりませんよね(笑)。

なんかね、これだけ人気があるのは、ファンがあゆを求めているからに他ならないんだろうけど、あゆもファンを求めてるんだなっていうか、なんかそういうのを凄く感じるんだよなぁ。伝わってくる。だからファンも、そんなに求められちゃーこっちも!みたいになるのかな?(笑) ファンじゃない人からしたら、クドくてウザいかも知れない(笑)。

誤解を恐れず言わせてもらうと、“計算された表現”なんて何も分かってないね! そんな人はあゆの何も見てないよ! あの、ファンに向かう気持ちの強さを見てみろよ! まぁ、ちょっと落ち着いて話をしますと(笑)、計算の部分は計算、演技の部分は演技ですよ。“計算された表現”もあながち間違いではないでしょう。しかし、演技だから嘘ということではないし、計算だから心がないということではない。「『自分自身』と『自分の意見』がなければ、うまく演じることはできない」と誰かも言っておりました。演技や計算は、強い意志のもとに成り立つのであって、逆に言えば、それがなければ、演じることなどできなければ、何をどう計算したら良いのかなんて分かりはしないはず。「やりたいこと」がなければ、あるいは、「何をやりたいか/何をやるべきか」を自分自身で把握し理解することができなければ、演じることも計算することも、何一つできないはず。演技や計算と言っても、それは表現の上に成り立つのであって、演じると言っても、結局は「自分自身を演じる」ことに他ならない。そのためには、優れた客観性とかが必要なんだろうな。“計算されたものだからリアルじゃない”とか“演技だから嘘”とか言う人は、自分にその能力がないからひがんでるんだ!(笑) もっと言えば、演技や計算のない表現なんてないんだと思う。

最後は、「winding road」。さっき、あゆのこれまでの歩みが伝わってくるって書いたけど、この曲で締めるなんて、まさに!だね。この曲、『MY STORY TOUR』ではやらなかったんだよなぁ。この曲で泣いてしまってるあゆを見ながら、そりゃー泣くよなって思った。それほど、あゆの想いまんまの曲だから。それほど、あゆの歌唱に説得力があるから。一見すると、ごくごくフツーのことを歌っているようなんだけど、やっぱり、あゆの想いまんまの曲になってるんだよね。だから、どこが計算じゃー!って言いたくなるね、本当。ま、そういう人は、“ごくごくフツーのことを歌っているよう”ってところで止まってるんだな、きっと。

つまり、演技や計算には、自分自身を把握する強い客観性が必要と言ったけど、あゆの“自分を見つめるもう一人の自分の目”という客観性が優れていれば優れているほど、“まんま”になっていくわけだよ。客観的になればなるほど、自分自身(主観)に近づいていくわけ。客観的でありながら、それは主観に向かってる。あゆを聴いてると、自分の中の余計なものが削ぎ落とされていって、シンプルになっていく気がするのはそのせいか。だから、ごくごくフツーの一般的なことを歌っているようでいて、自分の想いまんまの個人的なことを歌っていて、それがまた普遍的なことにも繋がっているんだよ。客観の中に主観を、主観の中に客観を感じ取り、それは演技でも計算でも予定調和でも何でもなくて、それに心を動かされるのであって、それを前にしたら演技とか計算とかどーでも良くなってしまうんだけどなぁ。ま、方法なんていくらでもあるんだろうし、こういう方法もあるってことだよ。

だからこそ、その歌は、“あゆの歌”でありながら、“私(誰か)の歌”にもなり得て、“遠くて近い”なんていう不思議な距離感が生まれたりするのだろう。「あなたと私は違うし同じ」で書いたようなことかな。そう、私にとってあゆは“遠くて近い存在”なんだ。

“時代を読んでる”とか言う人もいるかも知れない。でもそれは、自分自身を探していった結果、そうなっただけなんだ。受け取る側は、何もそこまで考えなくても良いのかも知れない。でも、そうじゃなきゃ、ここまで人気にはなってないだろうしね。売り上げとか数字的な意味じゃなくて、思い入れ度とかそういう意味でね。人は、表層的なものだけじゃ、決して満足できないだろうから。

何年か前、あゆは、「ライヴは最高だけど、その反面、孤独で」と言っていた。そういや、そういうこと、UAも言ってたな。でも、UAは、「前は、ライヴに対して、どうして私ばっかり裸にされて、孤独でって思っていたけど、今は、それは丸っきり私の間違えだったと言える」というように言っていた。今、あゆがどう感じているか分からないけど、あゆもUAみたいに思えてると良いな~。ま、私の単なる身勝手な願いだけどね。


MY STORY TOUR

2005-04-24 18:21:49 | AYU
お知らせした通り、浜崎あゆみ『MY STORY TOUR』、行ってきました。

まず、1曲目が「HAPPY ENDING」なのには驚いた。<幸福な結末>で始まりますかぁ(“私には幸福な結末など似合わない事も分かってる”という全然<幸福な結末>じゃない曲…笑)。この曲は、『MY STORY』の中でも地味な方で、私の中でも印象が薄かったから、これが1曲目だとは予想できなかったぁ。で、サウンドとアレンジの迫力にいきなりビックリ。静寂の中響き渡る低音がカッコ良い~! ドドン、ドドン、ドッドッドッってのが。「スター不在」で「私にとってあゆの音楽は、それまで聴いたことなかった新しさをくれるわけでも、特別に自分好みの音楽ってわけでもなかった」なんて書いちゃいましたけど、1曲目にして前言撤回させて頂きます!(笑) これ、CDではそんなに良いと思ってなかったんだけど、ちょっとエイフェックス・ツインっぽいアレンジに、あゆの静かな抑えた歌声が乗って、何と言っても低音がカッコ良く、この曲が持つ“静かな迫力”ってやつに唸らされちゃいましたよ。そうです。あゆは、“音楽的にも”十分カッコ良かったんです。これを見落としてるなんて、音楽ファンは何をやってるんだー! って、見落としてる音楽ファンって誰だよ! それって自分だろ? 1曲目にして猛反省(笑)。

もうさぁ、そこいらのロックバンドより、全然ロックバンドなの。ギターのよっちゃん(野村義男)はじめ、ベースのエンリケさん(元バービーボーイズ)と、メンバーが大体変わってないから、そこいらのバンドより、全然パーマネントなバンドなわけだしね。あゆ含め、共に同じ道を歩んできてるっていう、バンド特有の運命共同体感って言うんですか? もう、これ、立派にバンドでしょう。演奏も曲自体も相当ロックだし、ロックよりロックだよ!(笑) そんでまた、世間的にはロックと扱われてないところが、ますますロックですぜ旦那! よく分かりませんけど(笑)。

一番驚いたのは、前回のツアー、つまり、私が初めてあゆのライヴを観たときとは比べ物にならないくらい、楽しくてたまらない自分。もちろん、ライヴの内容も前回よりパワーアップしてるし、前回のときはちょうど狭間というか区切りって感じだったから(ミニアルバムしか出してなかったし)、前回よりも今のあゆの気持ちがギュ~と込められてるのをビシビシ感じたし(アルバムも2年振りだったし)、よりエネルギッシュになってはいるんだけど、ここまで違うかって、まず自分の変貌に驚いた。これはやっぱり、自分の気持ちの変化が大きいのかなぁ。前回はまだ、あゆを好きな自分にとまどってたというか、よく分からなかったから。でも、そう考えると、代沢レコードのdaimasさんも日記で書いていたけど、ライヴの感想なんてのは、そういった個人の内面的な要因によるところがほとんどなんじゃないかと思ってしまう。その日の出来とかよりも。

でも、それを差し引いても、前回より格段に良くなってたと思う。前回に引き続き、衣装替えが5回以上あって、もちろんその間あゆはステージから居なくなるわけで、その間バンドが演奏してたりダンサーが踊ってたりはあるんだけど、前回は、やっぱり淋しいというかどこか間延びしちゃうところが私の中ではあって。でも今回、不思議とそういうのがなかった。あゆが下がってたとしても、ずーっとステージ上にあゆがいたっていうか、あゆの存在を常に感じられたっていうか。それは、すべてに意味や意志があったからだと思う。私としては、シンプルなステージをやって欲しいって強く思ってるんだけど、ここまでみせられちゃうと、認めざるを得ないっていうか、参りましたの一言。ま、まだ若いし、シンプルなステージはいずれ、ね。だって、ライヴハウスでやったライヴをTVで見たけど、超良かったんだもん(ライヴハウスだから必然的にシンプルな構成)。あゆにはまだまだやってないことが一杯あるんだよ!

おっと話がズレた。だからね、不思議なのは、映像も使って、衣装替えもあるし、噴水も出るわで(超圧巻)、これだけ構築されていながらも、ライヴ感があるってことなんだよね。構築されてるはずなのに、生々しいっていうか人間くさいっていうかさぁ。だからさ、ライヴをライヴたらしめる決め手は、形じゃないってことなんだよね。どんなに構築されたステージであっても、そこに意味や意志を感じられれば、生身のものが伝わってくるっていうか(これはあゆの歌唱によるところも大きいのかも)。ちゃんとその場で作り上げてる感があるもんね。実際は、計算に計算を重ねてるはずなのに、その場で作り上げてる感があるってことは、やっぱり本当に、その場で作り上げてるからに他ならないんだよなぁ。凄いなぁ。

その場感。ライヴの一番のポイントって、そこなんじゃないかと思った。その場を一緒に作り上げてる、同じ時間・同じ場所を共有しているという実感。それを感じられるかどうかにかかってるんじゃないかと。それが伝わってくれば、どんなに会場が広くても、どんなにステージが遠くても、アーティストを近くに感じられるんじゃないかなぁって。今回、私の席は近くもなかったけど、あゆを近くに感じたような気がするなぁ。ただ、これもまた、自分の内面的な問題によるところが大きいのかなぁとも思ってしまう。自分の気持ちがあゆに向かってたからだけなのかなぁみたいな。でも、やっぱりそれは、自分の気持ちだけでは成し得ないことだしね。

「my name's WOMEN」のムチ最高! ここまでやってくれる人、かつ、やれちゃう人はなかなかいないのです! キタキター!ですよ。で、「ワインディング・ロード」で「音としても、メロディに言葉を乗せるセンスとか凄いと思う」って書きましたが、この曲にそのポイントがあるんです! サビの<私達着飾っただけの人形なんかじゃないから>と<私達夢ばかり見てる人形なんかじゃないってば>の、<から>と<てば>、ここなんですよ! この<から>と<てば>の音とメロディの組み合わせの妙! 私が言いたかったセンスってこういうトコなんですよぉ。昔どっかで、人が作曲した曲に歌詞を書くときは、メロディとの兼ね合いで、語尾の上げ下げとか、あかさたな~いきしちに~とか、そういうのまで考えるって読んだ覚えあるけど(自分で作曲したときはあまり気にしないそうです)、やっぱ、努力に基づいた類まれなセンスがあるんだろうなぁ。で、あゆのセンスの凄さって、聴き手がその凄さに気付かないくらい気持ち良くハマってるっていうか、そういうトコもあると思うんだよねぇ。誰でもデキそうでデキないっつうか。

余談だけど、代々木では新曲の「STEP you」をやってくれて、そのときにあゆが曲の紹介をざっくりとしたんだけど、最後に「よろしくぅ!」って言ったときに、永ちゃんの顔がちらついてしまった。だってあゆったら男前なんだもの。そういや、とあるイベントであゆのドラムを担当することになった人(名前失念)のHPに書かれていたなぁ。その人は、最初、あゆのことをアイドルって冷めた目で見てたんだけど、自分がドラムを担当することになってライヴ観に行ったら、鳥肌が立つほど感動してしまったんだって。で、終演後、楽屋に行ったけれど、たくさんの人がいたし、主役であるあゆに自分がわざわざ挨拶に行くのもあれだからと思って帰ろうとしたら、あゆの方から挨拶にきて「よろしくお願いします!」と言われたとき、まるで永ちゃんに「よろしく!」と言われたようなオーラを覚えたって書いてあったなぁ。この人のために良い仕事をしなければ!って。やっぱ、人を惹きつけるオーラがある人って、そうなんだろうなぁ。

で、本当にあゆはお客さんを見てくれてる&客席を把握してる。さいたまでウェーヴをやろうということになり、ここからこうきてという指示をあゆが出したんだけど、そのときに「400レベルの~」とかスラスラ指示出してて、さいたまスーパーアリーナって座席の配置や名称が分かりづらいのよ。それをスラスラ言ってて、あゆは座席の配置をよく把握してるんだな~と感動。そんでまた、遠~い席に向かって「そこの白い服の人から」とか言って、視力が良いっつうか、ちゃんと見てくれてるんだな~とまた感動。代々木でも、終盤のMCで「『INSPIRE』(2曲目)のときから気になってたんだけど言って良い? 工事現場の格好してる人いない? ずーっと気になってたんだけど」。すると、確かにいた。工事現場の格好してる人が。その人の服が、会場が暗くなったときに光ったりして(暗闇で光るやつ)、気になってたらしい。それを聞いて、ああ、本当にお客さんをよく見てくれてるんだな~とまたまた感動。ステージも、どの席からも観やすいように、せり上がったり色々工夫されてるしさぁ。

MCで質問コーナーってのがあって、ネットで募集した質問に答えてくれたり、帰りに配られるカードに書いてあるサイトにアクセスしてアンケートに答えると、ライヴを終えてのあゆのメッセージがメールで届いたりと、そういうのも、ファンのことをいつも考えてくれてるんだな、ファンとコミュニケーションとろうとしてるんだなって思えて単純に嬉しい。それがまた、変にサービスって感じがしないんだよねぇ。本当に心からファンとコミュニケーションとろうとしてるって感じで。ライヴ観りゃあ、それは伝わってくるもんなぁ。あゆみたいに大きい存在だと余計にコミュニケーションとるのって難しいじゃん。でも、そこにあぐらはかかないっていうか、甘んじず妥協せず、そうやって、質問コーナーだのメールメッセージだのして、コミュニケーションとろうとしてくれてるっていうかさ(前回はなかった)。そんなのやらなくても済むことだからね。そういうのは要らないとか賛否両論あっても、チャレンジ精神ってのは買うよなぁ。そういうことに、アイドルだからとかアーティストだからとか、そういうのはもう関係ないよね。

ああ、今更だけど、私ったら、つくづく「ただのファン」ね(笑)。他の人からすれば、そんなことで?みたいなことでも、ひしひしと幸せを感じられるんだから、「ただのファン」になれるって幸せなことだなぁ。それをバカと言うのなら、バカで良いやもう(笑)。もう、あゆなら何でも良いのかも知んない私(爆)。な~んてね。もちろん何でも良いわけじゃないし、バカはバカなりに、ただのファンはただのファンなりに、思うところはあるんだよ。「恋は盲目」と言うけれど、一番大事なものを知っているが故に、他のことには盲目になれるってことかも知れないじゃん(ええ?)。ま、少なくとも、自分がバカであり、ただのファンであることぐらいは、知ってると思うよ。

そう言えば、代々木のときに、私の近くの女の子が、いちいち「カワイイー!」って言ってたのがウケたなぁ。私が心の中で同じ叫びを上げるタイミングとほとんど同じなんだもん。分かったから、分かったからって感じ(笑)。あ、色々語っちゃって基本中の基本言うの忘れてましたけど、あゆ、カワイイーーー!(超今更)

それにしても、誰かと一緒に行った方が楽しいかと思い、ライヴ一緒に行ってくれるような人探そうかと考えてたけど、だんだん不安になってきた。あゆのライヴに行ってる自分の姿、見られても良いのか?と(笑)。「恋は盲目のただのファン」のカワイイ私の姿を(爆)。あゆについて「だってカワイイんだもん」と言ったら、「あなたにもカワイイところあるのね」と言われたことありますが、はい、あります(爆)。「だってカワイイんだもん」(爆)。

ま、聴いてみたい方は、いつでもあゆセレクション作りますから!(笑)


MY STORY TOUR を書く前に

2005-04-23 14:14:08 | AYU
え~、前回の冒頭でも書いたけど、ここまで書いておいてライヴ行ってないって何だよと。もぐりじゃないのかと。サギじゃないのかと。

もっっっちろん、行ってきたよぉ~~~!

もうバレバレだったよね? これでライヴ行ってなかったら私、大嘘つきじゃん?(笑)

だから、なるべく早くライヴの話を書こうと思ってたんだけど、時間が流れていくうちに、ペンが勝手に色々なことを書き走っちゃったみたいで(苦笑)。だから実際は、前回書いたこともライヴの後に考えたことなんだけど、ブログではこういう順番になってしまいました。「架け橋たる存在」でもチラッと書いたけど、書くタイミングや順番も重要だったりするっていうか、物事を理解するのに、時系列で追うことが一番良いとは限らないってことですよ(当ブログが抱えている時間的問題についての言い訳…笑)。

もちろん(?)、あゆのライヴは、これが初めてではありません。3回目です(エヘ)。初めてのライヴは、去年の4月。ちょうどシロップの『Mouth to Mouse』が発売されたころで、それを買ってから、そのCDを大事に抱えながらあゆのライヴに行ったんだった。しかも、その先週はレディオヘッドのライヴだったんだ。レディオヘッドの翌週にシロップのCDを抱えながらあゆのライヴへ。そんな人、私ぐらいしかいないよぉとか思いながら(こんな私はシロップのこともあゆのことも何一つ分かってないんじゃないかという疑念と日々戦っています…笑)、会場である代々木体育館に向かったんだけど、ノーノー、世の中を舐めちゃいけません! もっと色んな人が世の中にはたくさんいるはずだ! 世界は広いよ!(誰に言ってんだ?) そういや、ROSSOか誰かが表紙の『JAPAN』を手にした人もいて、勝手に親近感を覚えたなぁ。行ったのは、もちろん1人。もう家出るくらいから、ドギマギしてた気がする。そのころは、まだ私の中でもあゆに対して半信半疑だったっつーか(笑)、あゆに対してっていうより自分の中でのあゆへの思いってのが処理し切れてないというか、そんな状態だったからなぁ。ま、今でも処理し切れることなんてないんだけど(それはすべての愛すべきアーティストに対して?)。だから、直前まで行くの迷ってたんだけど、行ってきちゃいました。そのときのことも書き出すと収拾がつかなくなるので、まぁ、1曲目からガツーンとやられちゃった、とだけ書いておきましょうか。衝撃ですよ、衝撃。永ちゃんのライヴを初めて観たときの衝撃に近いね。だから、頭がショートしちゃって、よく覚えてません(エヘ←気持ちワル)。私が普段よく行くライヴとは全然違うんだけど、実は同じというか、根本は何も変わらないということを思い知らされたというか。

2回目は、つい最近。『MY STORY TOUR』のさいたまスーパーアリーナ公演。実は、この日にこんなことを書いたのも、これに行ってきたからなんです。そして、この日配られたチラシに『愛・地球博』の開会式であゆが歌うことが書かれていたんです。そして、3回目が、同ツアーの最終日@代々木体育館ってわけです。シロップもスネオヘアーも、諸事情によりワンマン断念したって言うのに、あゆは行っちゃうのね私。一体どうしちゃったんだろ。数年前の私が聞いたら、どんな反応すんだろ(コワイ…)。

で、今回、2回行ってきた『MY STORY TOUR』についてまとめて書こうかなぁと思ってたんだけど、自分が普段よく行くライヴと違うからってのもあるかも知れないけど、もう何をどう書いたら良いのやら。私には分からんよ。前回までで、あゆについてはアホみたいに(笑)気合入れて書いちゃったから、ここらへんからは、ノリを大事にして、ノリを前面に出して書いてっても良いんじゃないかと。逆に言うと、そこまで書かないとそうなれなかったわけで。我ながらどこまで面倒くさい奴なんだって思うけど(苦笑)。本当は、「あゆ最高だぜー!」とか、そういうんで良いんだもの、本当は。

だからね、もう、まとめるのは無理なんです。あんなライヴをみせられて、私に何をどう書けって言うんです? もう言葉は要らないんです。もうね、断言しますけど、あゆは、ライヴを観なきゃ分からないって!! 逆に言えば、ライヴに来ればすべて分かるって!! 私が前回までであゆについてクドクド書いたことなんて、ライヴに来りゃあ一発で分かるよ。私が書いたことなんて、一瞬で粉々になって吹き飛ぶよ。そして、それで良いんだよ。私の長い文章なんて、愛すべきアーティストに粉々にして吹き飛ばしてもらうために書いてるようなもんだもん(ええ?)。

なので、本当はその場にいなくちゃ説明しようもないんだけど、それだと仕様がないから、それを大前提として適当に思いついたことを、パラッパラッと書ければなぁと。

と、言いつつも、書き出したら長くなっちゃったので(爆)、それはまた別記事で。