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ドキュメンタリー映画『岡本太郎の沖縄』(2018)@ユーロスペース(2019.1.25

2019-01-26 14:27:30 | 映画
ドキュメンタリー映画『岡本太郎の沖縄』(2018)ユーロスペース(2019.1.25 ネタバレ注意
監督:葛山喜久
語り:井浦新

trailer

「作家別」カテゴリー内「岡本太郎」に追加します

『沖縄文化論―忘れられた日本』岡本太郎/著





太郎さんの愛した沖縄の旅に関する映画ということで
去年から関東での封切りをずっと心待ちにしていた

関東ではユーロスペースだけなのだろうか?
しかも、毎回11時~と早い時間帯の1回のみ

一体、誰をターゲットにしているのか
もっと幅広い人に観てもらいたいものだ

でも、夜にしたところで、若い世代は、
ラヴストーリーや、ヒーロー、アクションものの話題作に流れてしまうか



10:30少し前にエレベーターに乗ったら「その回は止まりません」と言われた
階段で3階まで行くと、ちょうどスタッフがチェーンを外しているところ 開館は10:30~

その時点では数人だったが、客席は平日でも半分ほど埋まっただろうか
私は後ろの通路端をとれて満足

だけど、ここに来て転んだのは2度目
人が来たのをよけようとして、隣りの席の男性にぶつかってしまい申し訳ない





もぎりはなく、映画に関する冊子を渡された
これは貴重 映画の内容についてこと細かく書かれ、写真も豊富

詳細は、公式サイト内と同じだったのでそちらもぜひ参照のこと
「岡本太郎沖縄訪問マップ」
「製作者のメッセージ」


映画には美しい沖縄の海が何度も映り、潮の香りを感じたかったけれども
近くに座る高齢男性の整髪料のニオイがキツくて、息が詰まるほどだった



【内容抜粋メモ】




120分の映画を観て、最近の映画は2時間、3時間とどんどん長くなる傾向にあるけれども
正直のところ、今作も90分ほどにまとめられたのでは?
沖縄に流れるゆったりした時間を体感させる意味もあったのだろうか

太郎さんのシーンは半分ほどで、昔と今の沖縄の姿を比較するシーンが半分
それなら、NHKスペシャルあたりの1時間番組でもいい気がした

途中、大きなイビキをかく男性もいて、私も時々、眠気と戦った
沖縄の映像の醸しだすアルファ波のせいだったかもしれないけど

ところどころ無音のシーンもあった
語るべきことを語れない複雑な胸の内

私たちはこの島々に生きる人々の思い、暮らし、独特の文化などを
忘れてはならない




冒頭は、太郎を象徴する原色で爆発した絵、太陽の塔、その内部映像


太郎が聞いたある話がいきなり強烈だった

一人息子と暮らす貧しい男がなんの縁か幼い娘をもらう
仕事もなく、餓えた目をした子どもたちを見て、なんとも言えない気持ちになる

ある日、寝ていると、息子と娘が仕事道具の斧を一生懸命研いでいる

「おっとう、これで私らの首を落として殺してくれ」

丸太を敷いて、子どもらはその上に頭を置いた
父親は、震えながらも斧を降り下ろした


まだ戦後間もない沖縄の鮮烈なエピソードが想像で映像化され
映画を観ている間も頭の中で何度も繰り返される



今と昔




繁華街は外国資本のチェーン店が並ぶ現在
村は高齢過疎化が進む これは沖縄だけではない

太郎が沖縄に着いた時、まず目に入ったのは米軍基地
現在も米軍機のものすごい低空飛行、耳が劈ける爆音のシーンが入る

その時は、サラっとひと通り見て帰るつもりだったが
沖縄の深い懐を見るにつけ、加速度的に魅了されていく太郎

ところどころに沖縄取材時の太郎と敏子らの映像が映る
太郎が撮ったのか、「アサヒ」のカメラマンが撮ったのか
無修正のままのモノクロ映像、太郎が撮った無数の写真の中の一部分が挟まれ
今の風景と比較される

「沖縄は変わった」


戦後とはいえ、生き生きと暮らす人々のスナップ
10日間で相当数の写真を撮り、その後、秘密の儀式に合わせて再度訪れている



シャーマンの久高ノロ
メイン、見どころは、ポスターにもなっている久高ノロさん

岡本太郎の沖縄




この表紙の写真撮影は珍しいという

当時、部外者が入ることは一切禁じられ、写真も映像も禁止されていた時代に
なぜ、太郎だけが彼女を真正面から撮れたのか

時々、この著作の朗読なのか、井浦さん本人の感想なのか
映画の脚本のセリフなのか分からない部分もあったけれども
この本を読みたくなった

太郎さんの言葉は、時に映像や写真より強く、深く、豊かな語彙の中に、
その瞬間、瞬間の感動も、複雑な思いもすべて詰まっている

彼女の孫にあたる方が祖母について語るけれども
みんなそれほど祖父母のハッキリとした記憶はないよね

むしろ謎は謎のまま、秘密のヴェールはそのままでいい気がした



イザイホー
ノロさんともう1人がずっと牽引してきた儀式
長く受け継がれ、家内安全、島の繁栄を担う大事な儀式を背負い
「イザイホー」に関しては、とても厳しかったノロさんは
村の人から「久高大将」(だっけ?)と呼ばれていたほど

美しく、気高い女性だった

その2人が高齢で亡くなり、儀式は絶えたが
こうして貴重な映像と、写真によって、記録は辛うじて残された



フボー御嶽




この神の降りる聖所に関しては、私が読んだ著作にも書かれていた
森の中の砂地の空間が、日本人の信仰の原点



平敷屋エイサー
今も続けられている祭り
裸足で踊る青年たちの足元が映る
下はアスファルトで、今のコたちのやわい足の皮が剥けてしまうのではと心配になった

今と昔を比較した写真でも、土だった道は、すべてコンクリートで固められている



闘牛




当時、写真を撮られた少年たちが集まって記憶をたどる
今作は、ほぼ沖縄言葉に敢えて「標準語」のテロップをつけていないのがイイ

話す表情やジェスチャーを見て、想像力を働かせて
ところどころ聞き取れる言葉から心の内を読み取る


「踊り? ウシが勝ってうれしい。だから踊る。それだけさ。」





イルカ漁




当時、子どもだった女性の記憶

「青い海が血で真っ赤に染まった」



風葬
もう1つの見どころ
当時、人が亡くなると海に近い森の中に葬った
壷や四角い箱の中に入れ、波がかぶるので、フタが開いてしまっているのもある







太郎はそれも夢中で撮り、帰ってほどなく雑誌に載せた
それが「死への冒涜では?」と物議を醸した
中には、雑誌に写真が載ったことで心を病んでしまった家族もいたと書かれた

村人が話すには、太郎が「行ってみたい」と言い、現地の者が案内した
「アサヒ」の記者らは、ずっと太郎の旅に同行して取材していたため
その時も一緒に行き、写真を撮る太郎を撮った

風葬を撮ったカメラマンもいたが、それを最初に世に出したのが太郎さんだったということ
「出さないでくれ」とも言わなかったし、そういうことでもなかった

「太郎が棺のフタを開けた」というのはウソ
波がかかり、風化してフタは開いていた
敏子さんは、後のシンポジウムでそれを力説した


なんともマスコミらしい話だ
なんでもいいから話題を作って、雑誌が売れればいいということ


太郎にとっては、「生」も「死」も同等
「死」を特別「忌」とする心が「冒涜」と解釈する


風葬はいいなあ
時間とともに風化し、微生物、動植物の栄養となって自然に還る
波に打たれる場所にあるというのは独特


この旅に同行していた敏子さんも映っている
彼女は、太郎亡き後もたびたび沖縄を訪ねたそう


三線(さんしん)を弾きながら歌う男性の映像が時々挟まれる
帰らない男を島で待つ女の唄は、「西郷どん」のアイカナを思い出した



<その他もらったチラシ>

 





以前見た番宣で気になった番組




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