goo blog サービス終了のお知らせ 

メランコリア

メランコリアの国にようこそ。
ここにあるのはわたしの心象スケッチです。

ザ・ノンフィクション 犬とネコの向こう側(前編)

2018-06-30 18:43:24 | テレビ・動画配信
語り:石田ゆり子

ゆり子さんがインスタで「ぜひ見て欲しい」と言っていたので興味深く見させてもらった
前・後編ともに55分の番組

いきなり大勢のネコを1部屋に飼っている女性のインパクト大な映像
最初は、この方が「多頭飼育崩壊」なのかと思ってしまった




【内容抜粋メモ】

以下ナレ:
日本は今 空前のペットブーム
イヌとネコの可愛い表情が連日メディアをにぎわしている





でも、その影で飼い主のいないイヌ・ネコが
年間5万5998匹(2016年)も殺処分されている




広島県広島市



飼い主がいなくて殺されるなら、私が引き受ける
広島市の郊外で殺処分と戦っている人がいます

「犬猫みなしご救援隊」本部 代表・中谷百里さん



全国から保護したイヌ140匹、ネコ1000匹(!)と暮らしている(取材当時





中谷さんは元は飲食店のオーナー(毛色の似た仕事だな
フィリピンパブで踊っていた経験もある





もともと動物好きな中谷さんはイヌ・ネコを拾い、店の2階で飼うようになり、
それが保護活動のきっかけになる(自身も救われていたんだな





そんな中谷さんを公私共に支えたのは、店の常連客で
6歳年下の建設会社社長だった田原好巳さん 現・副代表



タハラさんは中谷さんの活動を体を張って手伝うようになる
以来、25年間、2人で保護活動をしている




【2013年】



「広島市動物管理センター」からすべてのネコを引き取り、
結果、広島市のネコの殺処分はゼロになった





今は広島市全体で処分を行っていない
中谷さんの大胆な行動が社会を動かすきっかけとなった

ネコたちはゆったり余生を楽しんでいる

中谷さん:この子たちの天命で死んでいくならいいけど、人間が殺しちゃいけん



活動を支えるのは年間費3000円からの支援者からの寄付
1匹でも多くの命を救って欲しいという支援者の数は3000人以上


中谷さん:
やればついて来る やらなければ誰もついて来んし
私は何がしたいと聞かれたら、これしかない


●2017.10 岡山市 保健福祉局 保健所



中谷さんは岡山市の保健所に行き、行き場のないイヌを引き取ると掛け合う
岡山近郊で飼い主が30匹近くのイヌを放置
このままでは処分されてしまうと聞きやって来た



(まず殺処分制度をなくすことからかなあ

中谷さん:
飼い主としても、うちが引き取ることになったって言うのと言わないのとでは
今後は少し違うのかなとは思う

スタッフ:それは保健所が言っても全然信用しない



中谷さん:そりゃそうだろ 殺すだろみたいな
スタッフ:中谷さんが言ってくださるなら助かります


山間の現場に向かうと、野犬化したイヌたちがいる



(昔は野良犬も野良猫もたくさんいて、みんな普通に共存していたけどな いつから共存できなくなったのか?
 クルマがたくさん走るようになって、轢死が増えていったんだ

法律で禁じられた罠にかかったイヌがカゴに入れられている



中谷さん:罠にかかってるじゃん これ誰が仕掛けたん?

証拠写真(?)を撮る中谷さん

中谷さん:イヌ殺しても何もええことはないでしょう

男性:この辺走り回って困る
中谷さん:たとえば?

男性:履物くわえて無くなる

中谷さん:
それは飼い主のせいでしょう
だからこの子らに対してこういう棒を持つのはいけんことと思うよ

男性:襲ってきたら防がなきゃ これ1匹じゃない 他にもおる
中谷さん:誰か実際に噛まれた?


<保健所の職員が仲裁に入る>

中谷さん:ここの飼い主とキチっと話すべきだったよ こんなに増える前に

飼い主の女性が来る

中谷さん:おばちゃんがちゃんとしなかったから、この子見た?
女性:うん、そうらしいな

中谷さん:
イヌを殺して済む問題じゃない ちゃんと人道的なことをせにゃいけん
話し合うなりなんなりせんといけん おばちゃんはイヌを手放すことを納得したんでしょ?

女性:納得はしてない
中谷さん:可哀相とは思わん?
女性:可哀相

中谷さん:
このままだと地域の人との軋轢はどんどん酷くなって被害に遭うのはイヌよ
何の罪もないのに骨が出とんよ これを見て何とも思わん? 人間として
とりあえず、早くイヌを捕獲して、イヌの身の安全を確保してあげよう

保健所職員がイヌの捕獲を始める 逃げ回るイヌたち
(捕獲の方法も荒っぽい、慣れない手つきだなあ





飼い主は30匹あまりのイヌを残して、数年前に引越し、時々エサをやりに来るだけ
増え続けたイヌたちは、正確には何匹いるか分からない

“公衆衛生上の問題”として保健所が捕獲に乗り出した
捕まれば、殺処分される可能性がある(もっと悪いじゃん
そうさせないために中谷さんらがひきとる



中谷さん:多くの野犬たちは、殺処分じゃけんね この子たちの心情を思うと・・・

飼い主は20年にわたり保健所から飼い方を改めるよう言われてきた

保健所職員:20年前の約束が守られてないからこういう状態になる

(保健所の仕事って何だろう? 殺処分所と名前を変えたらどうだろう?
 やっぱり「動物愛護法」改正に頼るしかないのか?

2018年動物愛護法改正に向けて

28匹引き取り、まずは、世話の必要な子犬を「救援隊 岡山拠点」に運ぶ


「救援隊 岡山拠点」





中谷さんにこの場所を提供した「にゃんともライフ」代表・渡辺桂子さん
もともと中谷さんのファンで、5年前から衣料用品の事務所の一角を貸している



渡辺さん:保護犬・保護猫のために仕事はせんといけんけど、仕事の時にネコがいると楽しい
Q:何匹いる?
渡辺さん:今は16匹

罠にかかったイヌも運ばれる 拠点あってこそ救われる命
罠を外す 彼は獣医さん? 一命は取り留めたが酷い怪我



まだこういう罠が売ってるのか 何のため?
イヌでなくても、タヌキなど「害獣」と呼ばれる動物たちかもしれない

『なぜハクビシン・アライグマは急にふえたの?』(農山漁村文化協会)


【2017.11】



観光バスを改装した「みなしご号」
中谷さんを応援するバス会社の善意で所有することができた
(使わないバスがあれば、使い方を変えればいいよね

このバスで全国のイヌ・ネコを救いに向かうタハラさん
バスには世話の必要なイヌ・ネコの他、途中で保護したヤギ、シカも乗せている






「多頭飼育崩壊」の知らせを受けて出動

中谷さん:
一人暮らしの女性がネコを自称17匹飼っていて、生まれたネコは死んでいるとか
私から保健所に言って、ちょっと行って来いと言われて、まあヤバいんでしょうよ

下見に行った保健所職員と合流

保健所職員:昨日電話してみたが出ない
(これは動物と同時にヒトを救わないと根絶しない

部屋から異臭

女性かえでさん(仮称):
会いたくない! 帰って! 困ってねえから!
これ以上怒らすな! 親猫が子猫を殺すから勘弁してよ!


中谷さん:今日、フード持ってきたんよ

Kさん:
結構です ほっといて! 警察呼ぶから 外に出るなら私、包丁持ってから出るわ
私は家族を失ったばっかりなの これ以上この子たちを取られたくないの


<警察が来た>

警察:こんな状態だから、今日はネコのことは中止にしません? また後日、話をしましょう
(こうして引き延ばしてきたんだな

タハラ:後日は分かるんですけど、次はいつにする?

警察:
そんな連れて帰るかどうかは分からんですよ そんな約束は出来ません
今ここで開いたとして、あなた方が入れるような状態ではないでしょ

膠着状態となり待つこと1時間半 ドアが開き、警察官、保健所職員が入る

警察官:中谷さんと話したいそうです

中谷さんが中に入ると、いわゆるゴミ屋敷のような部屋にたくさんのネコ
40歳のKさん 2DKの部屋に、30匹近いネコがいた





Kさん:あ、分かった 広島は今殺処分ゼロ
中谷さん:そうそう、うちが全部助けてます

中谷さんは広島の施設の様子を見せる

Kさん:
なんかの本で見た うちの内装業(友だち)しよるのが言った
結構キツイおばちゃんだけど、ネコのためだけにしかせん人や

Kさんは現在闘病中
仕事も出来ず、経済的にも逼迫し、一人でネコの世話をするには限界を迎えていた



中谷さん:
本当にうち責任もつんで、可愛がってあげるし、環境いいし、どうかなと思うんよ 子猫だけでも連れて帰る?
ネコも大事だけど、頑張って欲しいんよ
今から生活立て直さんといけんじゃない?
その協力はいくらでもするんで

Kさん:なんか死ぬまで可愛がるって

中谷さん:
そうよ じゃけ、信用して渡してくれて、病気を治しんさいよ
治ったら、うちで働きんさいよ いっぱいネコおるけ、どう?

Kさん:いいわw 子猫だけなら今いいんで

まずは9匹の子猫を引き取ることに
(行動するってスゴイことなんだな 人の心を動かすのはコミュニケーション

中谷さん:
また来るけ 病気を治そう最初に ネコのゴハンは持ってくるわ
で、この子たちをどうするかは考えよう いっぺんに言ってもね

Kさん:オスは引き取って欲しいんよ
中谷さん:男の子は去勢する?

Kさん:うん
中谷さん:電話番号交換せん?

電話番号を交換し、記念撮影



警察:助かりました

中谷さん:エサを持ってきて、去勢手術をして、もっと信頼関係を構築していけば、いけますね

バスに子猫を乗せて、広島に向かう

中谷さん:
人間関係がうまくいかない、人と付き合えない、だから動物にいったと思う
私もそうなんで 私もニンゲンより動物のほうがいいと今でも強く思っているんでね


ああいう風に酷い家にいると、ますます世間から疎まれて、自分も出られなくなって悪化の一途
注意とかはしてはいけない 間違ってはいるけど、ネコ好きなのは事実
同じネコ好きの観点から話を進めて、ネコとその人の関係はネコ見たら分かるんで

ネコが非常にお腹を空かしていたのは見てとれたから ネコが動かない
ネコは賢い生き物だから、動いただけ体力を失うと分かっているから

これは飢餓状態と分かったので 本人もエサを与えたいという気持ちが一番にあると思ったんで
フードをすぐ持っていくと言ったら「ほんとですか?」と言うので、雪解けを待ったほうがいいと思う

(うしろでずっと小首かしげてるヤギさん可愛い




しかし、大変なのはこれから

10日ぶりに本部に帰った中谷さん
各地で保護した動物をスタッフが専用の部屋に運ぶ



まず避妊去勢手術を受ける(そんな設備も備えてるのか/驚 専門スタッフがいるってこと?
中谷さんは、去勢手術がもっとも大事だと言う





中谷さん:
去勢手術するしかない それしか道がないの
コントロールとか、飼い方とか、つべこべ言うなって話
今のネコブームをなんとかしたい
可愛いばっかりで写真撮られて 命はって生きてるんでね



無責任な飼い主が増えれば、待っているのは処分
絶対それは許せない中谷さんの戦いは続く

(あら、ハニ坊にそっくりなコもいる! そういえば、ゆり子さん宅の3人も元保護イヌ・ネコだね
 BGMは♪ファイト/中島みゆき





保護した子犬はトイレトレーニング中 多少の失敗は想定内



罠にかけられたイヌは3本脚になったが元気





ここでは住み込みのスタッフと、パート従業員、10名ほどが働いている
お昼はみんな一緒に中谷さんの手料理を食べる




そこにKさんから「ネコのフードがいつ届くか」と電話が入る

中谷さん:
今日の夕方 ちょっと待って 必ず持っていくけ
毎日かかる すぐに折り返ししないと大変なことになる


●「多頭飼育崩壊」の背景には飼い主の孤立がある
誰にも頼れず、イヌ・ネコに癒しを求めた結果、気づくと大量に増えている
誰にも相談できないまま自体は悪化していく

数日後、みなしご号で向かい、すべてのネコに避妊去勢手術することにKさんが同意した

夜に到着 ネコを預かる



Kさん:
チャコです ごめんな クルマまでお母さん運んであげるから
(黒ネコが)子どもを食いよって、腹がたってお湯かけた
上から下まできれいにしっぽまで大やけど 20匹くらい食った






中谷さん:子猫を食べるのはいろんな理由があって、頭いいコは食べる やっぱり生存競争だからね





17歳のネコ



Kさん:ちっちゃい頃に子宮取られた

すでに手術を受けているアララだけ残ることになった

Kさん:
うちが苦しい時に近寄ってくる しっぽがパッタンパッタン体に当たって
何か訴えてるの 一緒に悩むんだろうと思う 家族だね
なにかしら来てくれるし、一緒に寝てくるし



中谷さんが飼ってくれるのは分かってるんですけど、
オペをしてもらった後、全部返して欲しい
一気に消えちゃうと、うちの神経がもたないんです


(中谷さんに心を開きはじめ、事情を話し出すKさん

Kさん:
オカンが水商売しながらうちができた
小さい頃から親父がどつくんで、小学校の頃、背中にみみず腫れになるまで布団叩きで叩かれて
くくられるから、ずっと家に帰りたくない病で、裸足でオカンの店まで逃げて行ったり
包丁持ってきましたよ 殺してやる言うて

あれダメ、これダメ、全部する前から 何もさせてくれないんですよ
だから私、暴走族入ってましたから
17歳の時に男に目の前で死なれました

大人になって、生きようが死のうがもういいわと思いながら
ただネコだけは生かさにゃいけんと思って



ナレ:
父は数年前、母は1年前に亡くなった
1人で生きる彼女にとって、ネコにすがるしかなかったのかもしれない


中谷さん:
やっぱり社会を変えていかないと、あのコのせいじゃないよ
(同じことを、クリニックで言ったけれども「社会は変えられない」と言われたな
病気治して、うちで働きたいって言うなら、別に私は構わんよほんとに
やっぱり寄り添うものがないと



Kさん:うちが寂しいだけ うちのほうがもたん(本人もほんとうは分かってるんだよね

21匹のネコを渡してくれた

Kさん:よろしくお願いします



岡山県 備前市日生町 牡蠣の養殖が盛んな港町







「日生総合支所」で野良猫の一斉避妊去勢手術を行う







処分される命があるかぎり、増えないようにするしかない
ボランティアが町中から野良猫を集めてきた
ここでKさんのネコも手術する計画

岡山TNR実行委員会・平木のぶ子さん:
私は地元で昨日6匹捕獲した
牡蠣の養殖が有名で、ここにいるとゴハンがもらえるということで、ネコを遺棄する人がいる

港町にネコはつきものとは言え、増えすぎると問題が起きる





岡山TNR実行委員会・橋本一子さん:
虐待されて、殺されて、海に捨てられたりとか
エサやりさんが、すごい攻撃の対象になって
野良猫が増えて、避妊去勢手術が必要になった


大阪から獣医師・後藤さんが到着(1人で全員やるの?!
中谷さんとこの活動を続けて6年になる



地元のボランティアがネコを集め、中谷さんが獣医さんを手配して行う共同作業
費用は寄付でまかなう

こうして麻酔するのか 手伝うのは中谷さん1人?!




<備前市長・田原さんが来る>
手術のためにこの場所を提供してくれた



田原さん:
こういうことをやっていただけてる 正直、初めてでビックリしました
ボランティアということで、場所の提供くらいなら進んでお手伝いしましょうということです

(テレビの取材がなければ、こうして見学をしに来たかどうか・・・
 これまでのトラブルも知らなかったろうし、知っても手を打ってくれたかどうかも疑問

中谷さんはこれまで全国200箇所、約5000匹の野良猫に避妊手術をしてきた
後藤さんは活動当初から執刀している

後藤さん:
誰かがやらなきゃいけない 日本の事情が変わってくると一番いいとは思うんですけど
その日が来るまで、できるかぎり、体がもつかぎり頑張ろうかな

毎回会うたびに、中谷さんにはパワーをもらえる感じですね
私の母親と同い年なんですけど、そうは思えないくらいエネルギッシュで
第2、第3の母親と思えるくらい尊敬している

(目開いてるけど麻酔効いてる?
 手術シーンは少しボカしてほしい とても辛くて見ていられない・・・





中谷さん:長生きしようね 幸せになろうね






手術が終わった野良猫たちはボランティアの手で元いた場所に帰る
(エサやりだけだと、増える一方で、ニンゲンとの軋轢が生まれるという悪循環なんだよね

Kさんのネコたちの手術に取りかかると、3、4匹妊娠していることが分かる
高齢で、栄養状態が悪く、出産には命に危険な状態
望まれない命なら、生まれる前に手術する
この活動につきものの苦渋の選択



手術は夕方まで続き、手術代の下で仮眠をとる中谷さんにKさんから電話

Kさん:
17歳のネコ(アララに噛まれて)血だらけで腫れてます
うちの腕が貫通でボロボロになりました

中谷さん:そこいこうか?
Kさん:できたら

(医者やカウンセラーさんより親身だな


夜中にみなしご号で向かい、21時に到着 腕が真っ赤なKさん
(他のネコがいなくなって、今度はアララさんの心が不安定になったかな?



これ以上トラブルが起きないよう中谷さんが引き取ることになったが、ケージに入れようとすると

Kさん:
もうちょっとおってもいい? 今年いっぱいおらせたいかなと思って
うちのオカンの1周忌くるんで その後でもいいですか?(腕は大丈夫?

部屋は少しだけ片付けられていた

Q:外にゴミが出してあるのは、自分でまとめたんですか?

Kさん:
うん、で、お金ちょっとでも稼ごうかと、アルミ缶売ったら、今1kg85円なんで
(すごい! ヒトってこんなに劇的に変わるものだなあ 医療じゃないんだ

スタッフ:ネコちゃんがキレイな所でお水飲んでるし
Kさん:捨ててあった炊飯器のお釜だけもらって



Kさん:ここに猫っていう字見えます? 同じステッカーを中谷さんにあげる



Kさん:中谷さん、来てくれて良かった

今後もKさんとネコの暮らしを見守っていくことにした


後編につづく

ザ・ノンフィクション 犬とネコの向こう側(後編)



『ワルのり旅行』  眉村卓/著(角川文庫)

2018-06-30 16:42:33 | 
眉村卓/著 カバー/木村光佑 (昭和50年初版 52年5版)

「作家別」カテゴリーに追加しました。


[カバー裏のあらすじ]

常に頭をおさえつけられ、欲求不満だらけのサラリーマン生活。
一度ならず“脱サラ”を夢みるのはサラリーマン共通の心理だ。

だが、ここに生まれた奇妙な企画。
それは、脱サラに成功した元の会社の仲間同士が寄り集まって、
サラリーマン時代そのままの慰安旅行をしようというのだ……。

お決まりのドンチャン騒ぎに野球ケン。
だが、その果てに彼らの見た“地獄”とは……?

SFの鬼才、眉村卓が、現代人の心理を鋭くえぐる“特選奇妙小説集”。表題作他7編収録。




あらすじ(ネタバレ注意

ワルのり旅行
心待ちにしていた土曜は上天気だ
浦上タカシは旅行カバンに荷物を詰める(「カッターシャツ」てゆってるhere
妻ケイコ:きょう締め切りの原稿どないするのん?
浦上:うまいことやって どうせ月曜には仕上げて送るさかい

タクシーで集合場所の難波に向かう
浦上は大阪産業メーカーに勤め、小説が売れるようになって5年前に辞めた

今日は、同じ会社にいて、その後脱サラした仲間と慰安旅行する計画なのだ
誘ったのは今や売れっ子放送作家で2歳下の朝霧

泊まる予定のY温泉旅館にも「大阪産業DO会」と称して申し込む DOはドロップアウトの略
背広、ネクタイ着用、旅行中は今の仕事の話はタブー、あくまで社員として振る舞うこと

マイクロバスに乗ったのは全員で6人
元営業部次長で、今は小さな商事会社経営の垂水氏
主計課長代理だった加古川オサム、今は税理士で稼ぎまくっている
フリーコピーライターになった吉永キクオ
OLから商業デザイナーに転身した竜野ミエ
総務文書係の朝霧、企画係長だった浦上 みな社員時代より高収入を得ている

互いに旧役職名で呼び合い、宴会も派手にやるつもりだ

浦上は、次第に社員時代の思い出が甦ってきた

事務所のドアを開ける時の重苦しさ 人事異動時の期待に満ちた頼りなさ


旅館には「大阪産業御一行様」と書かれていて「DO会」が抜けていた
旅館の番頭らも社員扱いで呼び、ロビーにいた浴衣姿の先客が驚いた様子でこちらを見た

風呂場でそのうちの1人とすれ違い、声をかけられた
「大阪産業の方ですか? 網干課長さんはお元気ですか?」
「元気・・・でしょうな 今は営業次長でバリバリやってますから」
男は頬にひきつった微笑を浮かべた

宴会はあまりに型通りに始まった
6人だけなのに、宴会用の広い座敷を借り、垂水氏が挨拶し、
それぞれ酒をつぎあううち、今の仕事の話になり、
朝霧:これはルール違反でっせ 我々は今、大阪産業の社員やおまへんか

垂水氏は黒田節を唄い、吉永が我流の炭坑節を踊る
加古川「芸者はおらんのか! 金ぐらい、わしが出したる!」

野球拳で浦上は上半身裸にされ、ミエが選手交代したが負けつづけ
「ブラウス取れえ!」「やめて!」ともがいたが寄ってたかって剥ぎ取られてしまった
「なんやブラジャーしてるんかいな もう一番や」

いつの間にかみんな軍歌を歌い、無我の境地で踊り狂い、お膳がひっくり返った

その時、廊下に何人か立ってこっちを見ているのに気づいた
「もう少し、静かにしていただけませんか?」
「天下の大阪産業にケチつける気か?」

先頭がさっきの男と分かり、浦上はどきんとした
「あなた方、自社以外の人間のことを一度でも考えたことがありますか?」

垂水氏が「うるさい!」と言った途端、男は爆発したように加古川を突き飛ばした
あとはもう大混乱 浦上も誰かに頭を殴られ昏倒してしまった

気づいたのは真夜中近くで、朝霧から詳しいいきさつを聞くと
あの男は元大阪産業の資材を納入していた町工場の主で
大阪産業が徹底的に買い叩いたせいで倒産寸前まで追い詰められ
一家心中まで考えたが、なんとか立ち直ったという

その購買課長が昇進したと聞き、すぐ隣りでどんちゃん騒ぎをされ乱暴に及んだが
実は社員でないと告白して謝罪し、警察沙汰にはならずに済んだ

皮肉な話だ 自分たちがあんな目に遭ったのは、社員らしかったからだ
その結果殴られたのは、所詮、彼らはニセモノだということだ

みんなは朝食を食べて帰った
垂水の会社は酷い経営不振でのんびりしていられないと慌てて引き揚げたという

浦上「なんやかんやいうても、これ、あんたの取材やったんやろ?」
朝霧「そやけど、どうにも使えまへんな やっぱし、ニセモノはあきまへん」

電話が鳴り、妻がひどくヒステリックになっていた
「さっき、原稿の催促してきはったよ ほんまに送れるんやね?

浦上はどうにもしらけた気分だった



主任地獄
朝田キクオが外出先から戻ると、心配通り、部下の大内カズエの姿はなく
留守中に何かあったかメモもない 仕事もやりかけのまま積み上げてある

経理社員:
早く祝儀袋を出してくれ 取引銀行の支店長の息子が大学に入ったんだ
大内くんに頼んだのに、また忘れたんだな キクさんも苦労するなあ 同情するよ

朝田は大内の机上を片付けながら、たった1人の部下だが、いないほうがマシだと思う
もとは、定年で辞めた前任者が大内を甘やかし、つけあがらせたせいだ

「庶務は長いこと会社にいて事情に通じた者でなきゃ出来ません
 しかしこのごろの若い女の子は常識がないから、煽てないと働きませんよ」


朝田はこれまでのやりかたを改善し、厳しく指導した
会社が自分を庶務係主任にしたのも、そう期待したからではないか
それが裏目に出た 大内はすっかりサボタージュしている 自分を憎んでいるのだ

大内はイヤリングを忘れて取りに戻り、声をかけると「さいなら」と外に出て行った
総務課長が目撃し、
「今年採用した女の子を1人君のところへ回すことにした 今度はうまく仕込んでやってくれ

数日後、新人の岸久美子がやって来た
美人ではないが、折り目正しく、新鮮に映った

集計表を渡すと大内よりもはるかに上手く算盤をはじいた
「ふん」大内はロッカールームに行き、朝田も止めなかった

半月もしないうちに、朝田はクミコに多くの仕事を任せるようになった
古参のOLを立てなければ悶着が起きやすいと知っていたが仕方ない

「あの子、生意気ね みんな言ってるわ クミコがいない時、大内が言い出した
「みんなって・・・誰が?」
「誰って、みんな 女の子たち全部よ 人のやることまでやって点数稼ぎをしてるんだわ」

朝田は怒りを抑えられなくなった

「君は言われた仕事以外何もせず、座り込んでるほうがいいというのか?
 それじゃOLなんて月給ドロボウじゃないか!

大内は光る目で睨んでいた

1ヶ月ほど経ち、朝田は総務課長から新しい仕事をいくつか押し付けられた
人員を増やしたのは、人助けではなく、最初からその予定だったのだ

次第に仕事はクミコに移り、大内は雑用に転落した
彼女をいじめる真似もしたようだが、クミコは仕事で報復し、
社内ではもう誰も大内の口車には乗らず、クミコに好意的になった

仕事をやる気のない者は辞めてくれればいいのだ
もう退職して結婚してもおかしくない年頃じゃないか?

会社の創立記念パーティがあり、朝田はクミコとともに
大勢への招待状の宛名書きを毛筆で書いていた
何気なく顔をあげるとクミコの顔が大内になり、こちらを睨みつけている

疲れているための幻覚だ
「どうも調子が良くない 今日はこのくらいにしておこう」

エレベーターに乗ると大内が立っている だが、たちまち消えてしまった
そのうち低い泣き声が聞こえてきた クミコには聞こえないらしい

翌朝、出勤した大内は妙にほがらかだった
相変わらず仕事はしないが、朝田やクミコらに話しかけ、笑っている

その日の夕方、帰りの電車でまたもや大内の幻を見た 白い目で睨んでいる
ほぼ毎日、大内の幻を見た 旅行で年休を取った時も、席で睨み続けている

あれは大内の恨みの念の塊ではないのかという気がしてきた
それを吐き出すことで、現実では明るくなっているのでは
彼はそれを誰にも訴えることは出来なかった

朝田は方針を変えるほかなかった 大内の機嫌をとり、仕事をしてもらうのだ
クミコには悪いが、ノイローゼになりそうだった
大内は前よりは熱心になり、躁状態はなくなり、幻も出なくなった

安心して、会社の帰途になじみのおでん屋に寄ると、
「どうして私を今までのように扱ってくれないんです!? 真面目に仕事してきましたのに」

横を見て悲鳴をあげた クミコの姿はまたたいて消えた
クミコを立てれば大内、大内を立てればクミコが幻に出てくると悟った
助かる道は1つ 2人を完全に平等に扱うしかない

1年後 後任の庶務主任は朝田にずけずけ言った

「先輩の女の子の使い方は酷すぎたんじゃないですか? だから部下のない専門職に回されたのでは?
 僕は2人を人間として扱うつもりです」

大内とクミコはいやにあどけない顔をしていた



長い三日間
会社が週休3日制になって以来、どう使うかいい考えがない片岡
昔なら休日出勤をすれば、やり残した仕事が片付き、評価も上がったが、今はそれが許されない
組合がうるさく、会社も輸出関連の大手メーカーで、社員を働かせ過ぎると
海外から非難されるのを恐れていい顔をしないからだ

若い連中は遊び方もうまく休日をフルに楽しんでいる

遊び慣れていない年上の半数近くは、勉強したりして、
それをあてこんだ専門技術学校が激増している

もう1つはアルバイト
休日増加のおかげで急成長したレジャー産業が人手不足で働き口には不自由しないのだ

しかし、それができるのはバイタリティに富む連中だけだ
休日が増えた分、仕事の密度は高まり、疲労もかさむ

1年先輩の山崎氏のモーレツぶりは有名で、スポーツセンターで働いているという

「結構いい収入になる 他人に差をつけるため学校へも行ってるんだ
 スポーツセンターは手不足でね やってみないか? 一度訪ねてきたまえ」と名刺を渡して去った

金曜日
最近、片岡は、まだ週休3日制を採用していない企業にいる学校時代の友人に会いに行く習慣がついている
同窓会名簿を繰って、小さな町工場を経営している男を訪問することに決めた

友人:
君が遊びに来てくれて嬉しい ウソじゃない
だが、このごろ、君の妙な噂を聞いてね 暇つぶしにあちこち訪ねて回ってるというんだ

ここは大企業の下請けで、ろくに休日はない
大企業のしわ寄せをうけて週に3日も休んでいることにいい感じを抱く者はまずいないね
君の悪口を言う者も、一流会社にいることを見せびらかしに来たとしか映らないんだ

それは僻みだ 週休3日の苦しみを考えてくれと訴えたかったが、話もそこそこに町工場を出た

土曜日
昨日以来、もう友人を訪ねる気もなくした もう二度としたくない
そうだ、山崎氏が働いているスポーツセンターに行ってみよう

大きなビルで、ボーリング、スケート、ジムまである
スケート靴を持った青年の一群がわめいている

「おっさん、これどういうこと? 待ち時間がないというから来たのに、
 満員でお待ち下さいってふざけてんじゃないのぉ?


「どうも申し訳ございません 急に団体さんがいらっしゃったものですから

その声は山崎氏だった 青年にど突かれながら微笑を絶やさず
卑屈に身をかがめ、揉み手をして詫びている
会社とはあまりにかけはなれた姿を見て、片岡は見つからないようきびすを返した

日曜日
朝から本屋を覗き、映画を観て、本気で競馬をやるほどの金も度胸もなくパチンコ屋に来た
いつもは損をするが、この日はなぜか調子がよく、2000円の勝ちだった

自宅に近づくと、それまで緩んでいた頬が固くなった
会社では何億という金を動かしている自分が、3時間必死になって
パチンコに勝ったくらいで喜んでいていいのか?

自宅に入ると妻が「今、電話があって、あの山崎さんが亡くなったの 過労による心筋梗塞ですって!」

片岡は不意に笑った 彼も結局、週休3日制の犠牲者だったのだ
笑いながら涙がどっと溢れ出るのを止められなかった



屋上の夫婦
内田テツヤとクニコが結婚してから十数年になる
同い年で、昭和一桁生まれ 戦時中は疎開せず、空襲を体験し、話が合った

テツヤはいつまでもサラリーマンをする気はなく、小説を書くつもりで
2年前、懸賞に入選し、出版したのを機に退社し、独立した

が、原稿依頼は次第に減り、雑文をあちこちに売る状態に追い込まれ
OLを辞めたクニコもなにか収入の口を探さなければならない

そんな時、新聞広告で見つけたのが、このマンションの管理人
都心の貸しマンションで、掃除、家賃の集金、入居者の面倒をみるだけで
少ないながら手当が出て、家賃はタダ

会社勤めのかたわら、株で儲けてマンションを建てた持ち主は小心で、少しの皮肉にも敏感だと感じたが、
5階建てのマンションを見て2人は小さくうなづいた

「僕たちはどこに住むんですか?」

普通、管理人室は1階が相場だが、持ち主につづいて階段を上がり屋上に出た
「ここです 各戸に相当お金がかかり、こうして管理人住宅を別に加えたほうが原価が安いものですから」

組立ハウスの中に入ると新しいだけにモダンで、2DKは今の6畳とは大違いだ
「これでいいよな」

持ち主はホッとした様子だが

「実はまだ電話が入らないんです 各戸に配線してありますが、
 今申し込めば、つくのに半年以上かかるらしい
 1階の階段脇に公衆電話を入れるよう頼んだので、当分それで辛抱してください
 業者から買えばとんだ高値です あなた方がそうなさるなら私は構いませんが」

住み込み契約書にサインした 目くじら立てる身の上ではなかった

1週間ほど経ち、入居者が続々と引っ越してきた
組立ハウスを見て可笑しそうな顔を隠そうもしなかった

OLがまだBG(ビジネスガール?)と呼ばれていた頃から有能だったクニコは

「ここの入居者、若い人ばかりなのに、よく高い家賃を払えるものね
 親のすねをかじってるのよ 人には分というものがあるわ 生意気よ」


自分らの世代ではいつか衝突するのでは、という予感は当たった

クニコが掃除していると、引越しのゴミで酷く汚れていた
本来ならそれぞれがやるべきなのに そこに若い夫婦が階段をおりてきて
ピーナツの皮を平気で撒き散らしていく

カッとなったクニコは2人に注意した「これからはやめてくださいね

「おばさん、管理人って、掃除するのも仕事のうちよね? この人ひがんでるのよ
 屋上のあんな変な所に住んでいるから悔しいのよ 相手にすることないわ」


夫婦は派手なスポーツカーで出て行った

その夜、クニコは悔し涙さえ浮かべ、ようやく寝付いた
久々、知名誌から注文が来たテツヤは原稿を書いているとガヤガヤと外が騒がしい
夜中に酔ってご帰館か!

すぐ下の部屋でステレオの音楽が鳴りはじめた これでは集中できやしない
ブザーを鳴らすと、おかしな帽子をかぶった独身デザイナーが出てきた
男女10人ほどが踊ったり、酒を飲んでいる

「もう午前1時です 他の人の迷惑にもなりますし」
「今日は祝い事があってパーティですよ!

珍妙な服で酔った女が怒鳴った
「この人の部屋を自由に使ってなぜいけないの?」
「あんた管理人でしょ? 我々がどう創造力を養うか分かりっこない 文句があるならいつでも出て行くよ」
今度悔し泣きをするのはテツヤの番だった

マンションの管理人など気楽だろうと安易でいたが、いやでも腰を据えなければならない
クニコはハイツの玄関に何枚も注意書きを貼ったが、夕方には全部引きちぎられていた

「こうなれば意地だわ!」
板に書いて固定すると、そこに「マンション帝国主義打倒」などと落書きされていた
ゴミ箱には、壊れた時計、ヘアスプレー缶、飯の食べ残しなどが放り込まれている

屋上の物干し場は限られているため、後に来た者が、前のを隅に放り出し
苦情は管理人に持ち込まれる そのたびにあとからあとから注意書きを書いたが何の役にも立たない
たまに持ち主が来ても、うまく管理するのがあなた方の仕事だから頼みますという言うばかり

2人は回覧板を回したが、数日後、ゴミ箱で見つかった
もうパトロールしかない 言い返されるたび、気違いみたいにののしると
呆れたように黙り、そのうち2人が回る時だけやめるようになり、不意打ち作戦に切り替えた

「私たち間違ってないと思うわ! 大体、あの人たちに自活力があるの?
 ものは大切に使うべきだし、不時の用意はしておくべきだわ
 私はいつも1、2ヶ月食いつなげるよう蓄えている それにひきかえ・・・」

それでも2人は管理人をやめなかった テツヤの仕事は増えている
ここを出る時は逃亡でなく、卒業でなければならない

そこに団地新聞に連載小説を書かないかという話が来た
条件は良くなかったが、ここには配布されないし、むしゃくしゃを発散させるために飛びついた

ここの住人をモデルにし、うんと歪曲し、劇画化したら、編集者はゲラゲラ笑い
早速次号から掲載しましょうと言った ざまを見ろ

1週間後、ハイツの郵便受けに団地新聞がさし込まれていて驚き、編集部に電話すると
「広告主の要望には勝てなくてね モデルにされた人はかえって喜ぶよ」

その後、非常時のマスターキーも、管理人室のもすべてくるめた鍵束を盗まれた
警察に行くといきまくクニコだが、屋上から下へ降りる鋼製のドアはカギがかかっていた
防火シャッターがおりる音も聞こえる

まだ2人はたかをくくり、「食いつなげるだけ食いつないで頑張りましょう」と言ったが
住人らは一致協力して2人を孤立させた

午前12時過ぎ、音がして、戸口のバリケードを取り除き、見に行くと
「全面降伏せよ 今後つまらぬ干渉をしないと誓えば、ドアを開けてやる」とメモが落ちていた

「馬鹿にしやがって」その瞬間明かりが消えた
「電気を切ったのね」 ガスも出ない

「待て」サイレンが鳴っている 空を見るとあれは「B29よ!」
焼夷弾が落ちてきた 水も出ないため、クニコは風呂場の水をすくった
「これは空襲よ! 水を運んで!」

夜が明け、屋上から見えるのは焼け野原だ 金属棒でドアを破り、外に出ると
ビルすらなく、昔風の半分焼けた長屋があった

戦闘帽にカーキ色の国民服の男がフシギそうに歩いてきた
「あんたら、そんな格好をしてると憲兵に連れて行かれるよ」

ここは昭和20年なのだ 電気が消えた時、彼らは時間を逆行したのではないか?
その到達点は、2人の共通の原体験の瞬間では

そうでないかもしれないが、2人にとってこれから新しく作り直さなければならない世界
すねかじりや贅沢とは無縁のこの世界のほうがふさわしいのでは

「やっていけるか、ここで?」
「ええ」



われら恍惚組合
定年65歳制となり、平社員で60歳を過ぎている中川の周りは、上司も部下も年下
昼休みには、2歳年上の上野とともに、会社の屋上でランチを食べながら将棋をやるのが楽しみ

若い社員たちがバレーボールやバドミントンをしているすぐ横で座り込んでいるため
彼らは思うように動けず、ボールがぶつかりでもしたら嫌味たっぷりと並べることができるため
高齢社員にとって、なにものにも代えがたい愉悦になっている
総務あたりから、あまり嫌がらせをしないでほしいと何度か言われたが、逆に詰問するのが楽しみだ

ある日、屋上のドアに貼り紙があり、オールドミスのなれの果てのクニコら十数人の高齢社員が群がっている
「狭い屋上を有効活用するため、昼休みは屋上をスポーツ以外に使用することを禁止する 総務部」

「こんなもの!」中川は貼り紙を外して、みんなで総務部長に抗議しに行こうと煽った
しかし、部長はそれを予想し、辛抱してほしいと動じない
次は組合に交渉したが、乗ってこない

闘争だ! 今の組合を脱退し、新しい組合を作るんだ!」
名前を「恍惚組合」とし、総務部に持ち込むと認めないと言われ

ストライキだ!」と総務部のドアの前にピケを張った
「表でハンガーストライキをやるんだ! 恍惚組合バンザイ!」

その時、最年長の喜多川氏が脳貧血で倒れ、社内へかつぎこむ様子を見て
若い社員らはゲラゲラと笑い続けた
悔しさでいっぱいの中川に、ある天啓がおりてきた

翌日、高齢社員の座り込みの背後に、ビラを貼った

「現常務取締役のK氏は、新入社員の頃、立て替えたバス代を
 その日のうちに返してもらうため、およそ2時間も会計でねばっていた」


など、今のお偉方の若いころの行状記だ
若い社員らはビラを読んで腹を抱えて笑った

ビラ戦術の思わぬ効果で高齢社員は屋上を自由に使えるようになり
会社は若い社員のため、近くの運動場を賃借することになった

「そうなれば寂しくなるんじゃないかなあ」

「それまで大いに楽しめばいいさ どうせ、そんな先まで考えてもしようがない」

「さて次の交渉は、70歳定年延長だな」



トドワラの女
コピーライターの中谷は約束の午前10時、羽田空港に着いたが、肝心の竹川がまだだ
「彼に俺たちの命運がかかっているんだぜ」とプロデューサーの浦

S保険のCMを作るため、これから十数名で北海道の野付半島まで行くのだ
これが失敗したら、社内での立場が一気に落ちるのは目に見えている

そこに竹川が来た 相変わらずの腰の低さだ
デビュー当時からだが、だいぶ落ち目になってもこんな真似をすると余計に惨めったらしい
竹川にとってこの仕事は、久しぶりの全国ネットだから真剣にならざるを得ない

今度の企画はこのイメージを利用しようと中谷が言い出したのだ
S保険の広告の転換にともない、ここ1、2年のマンネリを変えたいと言って来た

その裏には最近伸びている会社が売り込みをかけていて
うかつなプランだと代理店を乗り換えられてしまう

中谷:
あまり格好のいい広告じゃないほうがいいと思う
S保険は業界では二流だ  威風堂々と訴求するのはやめて
むしろ、へなへなした体裁の悪いシンボルマンを出したほうが効果的な気がします
今は一種の企業不審ムードがある ダークスーツからジーンズへ前に回って掴むんです

たとえば、竹川に荒れ果てた所を歩かせて、滑って転んだりして徹底的に惨めな状態させる
人生はけして楽じゃない 辛いけど、やり抜くしかない S保険 というやりかたです


古手の営業マンも譲歩し、いけるという雰囲気になった

中谷は飛行機恐怖症 それをわざわざ北海道まで行くのは、
竹川が惨めったらしい演技を強要される現場を見たいからじゃないのか?
まだ離陸しないのかという恐怖で、じっとりと汗で濡れる掌を握り締めて目を閉じた

千歳空港に着いて、休むひまもなく丘珠空港、女満別行きのターボプロップに乗った
レンタカーで根室標津へ走り、そこの旅館を基地に、2日間で撮影を終えようというのだ

会社がギリギリの作業を強要しがちなのは事実だが、浦自身はそれを楽しんでいるのではないか?
先発のロケハンを追い、浦は現場を見ておこうと、あきらかに疲れている竹川に言うと嫌とは言わなかった

途中から徒歩で1km半 枯れた樹々の大群にきた
いかにも虚しさと荒廃ムードに満ち満ちている

「先生にはお気の毒ですが、体当たりでやって頂きます
 足首まで泥につかって、しゃにむに歩いていただく」

そこに一人の女が座っている 年齢の見当がつかないが見物人には違いない
「まったく困った奴だ ここへ来てからずっとつきまとって、区別なしに話しかけるから気が散ってしょうがない」

トコと名乗る女は帰り道にもついてきて、竹川をやたら励ましている

「今度来た撮影の人たちの中じゃ、あなたが一番可哀相みたい しっかりしなさいよ 元気をつけてあげる」

ついさっきまでスタッフに何を言われてもハイハイと言っていた竹川がにわかに高姿勢になり、おや、と感じた
だが、そんなことは仕事に関係ない 彼が注文通りの演技をしてくれさえすればいいのだ

竹川はその後もいやに陽気で、一緒に帰ろうと言ったようだが、女は断り、いつのまにかいなくなった
竹川は愉快そうにスタッフを飲みに誘い、食堂に残ったのは中谷一人だった

そこに女将さんが来て、トコのことを話すと、どういうわけか満足した様子だ
「魔物じゃありません?」
彼はその冗談に、一人、声をたてて笑った

翌朝、竹川は昨夜飲み過ぎて遅刻した その謝る態度は元に戻っている
現場に着くとトコがまたいた スタッフが倒木を脇へ放り投げると
「なんてことするの! いくら撮影でもトドワラの木をそんな乱暴に扱ってもいいの?」

竹川は必死で泥の中を歩き、とうとう前のめりに倒れた
滑稽な見世物になると期待していたが、真面目にやるだけに悲壮だった

トコは顔をくしゃくしゃにして泣いていて、竹川をしきりになぐさめている
竹川の顔から疲労が消え、自信に満ち、さっきとまるで違って
傲然と顔をあげて歩いている

演出家:そうじゃない もっと惨めったらしく

竹川:
こんな馬鹿馬鹿しいことをいつまで続けるんです?
その娘さんも見学していてなにが悪い!
そんなに言うなら、僕はこの仕事をやめさせてもらう!

浦は中谷に
「君、あの女のおもりをしてくれないか? 理由は分からんが、竹川はあの女と話すと人が変わってしまう」

中谷はちょっと話したいとトコを離れた場所に呼んだ

中谷:
あの人は、所詮タレントで有名人だ 可哀相なのはこっちだよ
もっとも危ない立場なのは僕かもしれない


いきさつを話すと「気の毒だわ 元気づけてあげなくちゃ」
改めて女の顔を見ると、とても魅力的に見える 声もとても心がやわらぐようなのだ
彼はすっかり自信に満ち、お喋りに没入した

スタッフが帰る用意をしても、中谷はいない トコとまだあちこち歩いているらしい
いやに大きな態度で、散々あてられたスタッフはそのまま残して行くことにした

女将:
そうですか あの人が捕まえられたんですか もう帰ってきません
トドワラの魔ですわ いろんな女に姿を変えて、何年に1度、旅の人を捕まえるんです

それもグループの一番寂しそうで可哀相な人に
トドワラの樹々と通じるからでしょうか
こんな話をよその人に言っても信じないので言わないんです

助け出しに行った人も昔は多かったけれども、捕まった人は帰らなかった
このごろは皆さん忙しくて、助けに行く方もいないようです


(仕事は思ったよりうまくいった その後は次の仕事がある
 中谷はいつも暗い影をもち、必死に仕事をしている自分を皮肉っぽい目で眺めていた
 そんな奴のために、わざわざ時間を割いて助けに行くこともないのではないか?
 女将の話だと、どのみち戻ろうとしないのなら無駄ではないか?
 網走まで何時間で行けるかな

浦はみんなが乗るレンタカーへと歩き出した



トロキン
「あなた、絶対に忘れないでね」と妻から何度も念を押されたトロキンを買い忘れてきたことに気づいた
トロキンとは精神安定剤の商品名で、妻が愛用している

これから都心に引き返すわけにもいかず、薬局も閉まっているだろう
まあ、1日くらいいいだろう

家に入ると「商品研究会があるので集会所へ行きます」とメモと夕食があった
商品研究会とは団地の奥さん方が加入していて、新製品が出たら調べる会で、妻は必ず毎回出席している
彼は集会所まで行って謝ることにした

「どう考えても、陰謀だわ 組織は私たちが今の生活に安住しているのに気づいて
 トロキンの供給を絶ったに決まってる
 あれがないと、私たち四六時中気を抜くことができないんだから・・・」


15、6人の奥さんが話しているのが漏れ聞こえてきた
ドキリとするようなグラマーなK夫人ほか、次々と姿がぼやけるような気がした
まだ酔っているのか 疲れているせいだろうか

「私たちが買いに行けばけして売ってくれないから、家族に探してもらう今の方針を貫かなくちゃ」

K夫人「あなたのところはご主人がお酒を飲めるからカバーできるけど、うちは毎晩ヒヤヒヤしているわ」

タイミングを見計らって中に入ると、もう済んだと妻たちは集会所を出た

2階まで来ると、K夫人の旦那が立っている
妻が一緒に商品研究会に出ていたと聞くと安心して帰っていった

妻:
いつもああらしいの ちょっと奥さんが見えなくなると慌てるのよ
それより、明日は絶対に忘れちゃいやよ トロキン

妻はいやに飲みたがり、ビールをついだ さっきの会話を思い出して尋ねると
妻:女房たるもの、随分気を遣うのよ だから夫には時々アルコールで発散してもらわないと

まあいいではないか 妻には身寄りもなく、彼に寄りかかって生きるよりほかないのだ
なんだか釈然としないまま酔いが回り眠ってしまった

夜中に音がして目が覚めた
「助けてくれえ! ついて来ないでくれ!」K氏が悲鳴をあげている

「おまえは化け物だ! あっちへ行け! こいつは人間じゃないんです!
 ベッドの中でアメーバみたいになっていたんだ!
 その怪物は、僕が見つめているのに気づいて、たちまち人間の姿に変わったんだ」


K氏は狂ってしまったのだ 静めなければ
が、K夫人のほうが速く、夫の体をとらえようとして、K氏は後ろへ下がり、
足が床から離れ、1回転して見えなくなった K氏はコンクリートに叩きつけられこときれていた


妻:
あなたは会社に出勤してよ 今日こそトロキンを忘れないでね
こんな場合だからこそ安定剤がいるんじゃない

夜明けからずっと「死にたい」と言うK夫人をなぐさめ、警察に何度も事情を話し、
完全に寝不足だったが、もうすっかりビジネスマンの顔に戻っていた

夫が出た後、妻は椅子に座ってぼんやりした

可哀相なK夫人 気を緩めて、体形の崩れたところを旦那に見つかるなんて
でもK氏は亡くなってよかったのかもしれない

真相を知った人間を組織はそのままにしておかないだろう
私たちが与えられた使命を果たさず、腹に据えかねているのだ
トロキンが手に入らなくなったのもそのためだ

とても疲れている あの人のいないうちに疲れを取り戻さなければ
気を緩めると、彼女の体はぐにゃぐにゃのピンク色の不定形になった

こういう生活のほうがずっとラクだ
自分の種族の先兵として潜入し、地球人征服とやらをするより
奴隷みたいな今の一人の人間に養ってもらうほうがよっぽど快適じゃない?



青い道化
午後11時半を過ぎても早瀬はまだ来ない
制作部長・瀬戸山は、ディレクターの中谷に
「なんとかならないものかねえ 君、奴とは高校時代、同じクラスだったんだろ?」

早瀬は人気が落ち目とはいえ、世間に知られた歌手だし、ディレクターは所詮、組織の歯車だ
高校時代のヒーローは自分のほうだった 一流大学に入り、あいつはどうしようもないぐうたらだった

早瀬がDJをやる「ゴー・ヤング」は午前2時からの生放送だ
代役のタレントを今から探してもいるはずがない

自分が彼の担当ディレクターになったのは偶然だが、彼は徹底的に利用してきた
やったことのない深夜のラジオ番組でDJを引き受けたのは、ヒット曲が出ず、人気が落ちたせいだ

音楽通の中谷は、早瀬のカバー役となり、1時間半の番組の選曲、お喋りの内容、ジョークまで準備して
スタートから1ヶ月、番組はどうやら続いているが、早瀬は不満だった
もっと早く人気が戻ると期待していたが、そうではないと分かると図々しく、投げやりになってきた

赤坂のバーから来た早瀬は泥酔して入ってきて、ろれつが回らない
水を断り、いびきをかき始めた

瀬戸山:ダメだ 君、なんとかやってみてくれないか?

こうなる前から予想していた ディレクターが臨時に出演するのはまれではない
定石通りなら、早瀬とはハッキリ別のキャラクターを出さねばならないが時間がない

パロディでいこう あの素人っぽい語り口を思いきり強調すれば、
早瀬の番組だという格好がつくし、報復にもなる
あの男、もうおろす時期じゃないのかな




午後の青山通りをクルマで走っている 横には関カツミが乗っている
彼女も高校時代の同級生で、今は広告代理店のコピーライターをしている

ピンチヒッターの話になり、局内では意外に好評だったというと
判官びいきのカツミは理屈をつけた

局に着くと、ハガキの束を持った瀬戸山がいて喫茶室に呼ばれた

瀬戸山:
あんなことが続くようじゃ番組がつぶれてしまう おろすほかないと思う
でも、ほかに適当なのがいない スケジュールが合わないんだ

だが、他の曜日は好調だから番組をやめることはできない
悪いが、しばらく早瀬のあとを受け持ってくれないか?

やはり危惧は的中した いつまでと聞くと
瀬戸山:ここ当分 それ以上は何とも言えない
中谷:つなぎではないというわけですか 酷い話だ

組織の一員として、事情を知り尽くすディレクターとしてそうするほかなく引き受けると

瀬戸山:
次も、早瀬の喋り方を茶化したスタイルでやってほしい
君のスタイルを支持するハガキがたくさんきた

気が進まなかった トーキングの訓練を受けた自分が素人を装い、強調し、売り物にするなど
中谷:ラジオでオマンマをいただいている身ですから 是非もありませんよね

DJとディレクターを兼ねる毎日に局内はかなり同情的だった
仕事を減らすことも出来たがそうはしなかった DJが半永久的になりそうだからだ

交代したことについてマスコミはほぼ無関心だった
巨額を投じてタレントを動員するテレビと違い、ラジオはよほどニュース性でもなければ新聞・雑誌では扱わない
二流局の、週2回程度の番組は無視されるのが常だ

しかし、いわゆるお茶の間相手の「健全」と称する世界はそうでも、深夜には深夜の世界がある
テレビに興味がなく、深夜放送を聞きながら勉強し、創作する若者たちは
いくつかの中からフィーリングに合ったものを選び、リクエストし、仲間と交流する

送り出すほうも、テレビの視聴率競争とは違った熾烈な争いをしなければ
ちょっとした変化が、聴取者の数などに表れてくる

まず、なぜ早瀬が降りたのかという問い合わせがきて、そうしたハガキを一切黙殺して続けた
リクエストをただ読んで感想を言うだけじゃなく、ケンカを売ったり、大仰に共鳴したりした

これはあくまで臨時なのだという意識がそうさせ、1、2ヶ月経つと、新しいファンのハガキが増え始め
やがて急ピッチで人気は上昇していった

理由の1つには早瀬がマスコミから姿を消したせいもある
テレビ、ラジオ出演が減り、レコード会社は警戒して、地方巡業が多くなり
ますます中央での機会が減る

局へは中谷のファンが押しかけ、他のディレクターやアナウンサーが嫉妬まじりの態度を示しはじめた
こんなはずではなかった 自分はタレントではないのだ

瀬戸山に新しいパーソナリティを入れてくれと訴えたが
瀬戸山:君が僕の立場ならどうする? せっかく人気が出ている男を外して、新しい人間を送り込むなんてするか?

それでも、そのうちに終わると言い聞かせた
以前は3、4日おきぐらいに会っていたカツミともしばらく会っていない
評判が上がるにつれ「思い上がっている」と批判するようになった

それが、一緒にご飯を食べないかと電話してきた
レストランに着くと、早瀬も来るという

カツミ:
あの人から、またDJをやらせてもらえないかって頼まれたの
あなたも辞めたいって言ってたじゃない

マスコミはそんな簡単ではない もっと非情なのだ
いったん進行した事態はけして元に戻せない

入ってきた早瀬は痩せて、惨めったらしくなっていた
早瀬:オレを使ってくれないか? ゲスト出演でもいい 助けてくれよ 俺たち同級生だろう?

自業自得じゃないか それをよくしゃあしゃあと
カツミは弱い立場の人間を見ていられないため、こんなことを企てたのだ

中谷:悪いがとても無理だ 局が承知しやしない

2人連れの女子高校生が気づいてサインを求めに来た
早瀬だろうと思ったら、中谷にノートを出したのだ

カツミ:私は知っていてもサインを求めないファンを持つ人のほうが好き

2人は振り向きもせず店を出て行った



DJを始めてもう1年になる
1ヶ月前から中谷の担当には大学の後輩がディレクターとしてついている

カツミたちはどうしているだろう あの後、2人には会っていない
早瀬はまだ諦めずカムバックを図って狂奔しているがどうにもならず、
カツミはなにかと世話を焼いているという

とてつもなく疲れている
いっそディレクターの仕事をすべて放棄してしまおうかと考えたが
DJに専念しなかったのは、多くの歌手や早瀬の転落ぶりを見ていたからだ
DJになったとして、もしお役御免になったら帰るところがない

OA15分前にディレクターが怒鳴った「早瀬が自殺したそうです」
そこにカツミから電話が入った
「よく平気ね! あなたが殺したのに あの人、あなたを呪ってやるって遺書を残して死んだのよ」

中谷:君は分かってない 僕はスターでもない 組織が求める役割を務めるだけの存在なんだ

カツミ:
あなたは組織の一員として命じられたら何でもやるのね 結構よ
ナチスのゲシュタポや、カリー中尉と同じ 呪われても当然よ!
 電話は切れた

テーマミュージックが始まった
不意に、彼を呪って死んだ男の目が浮かんだ
「早く! 声を出して下さい!」

声が出ない 妙な音が聞こえ、彼の唇がひとりでに動いている

「僕は早瀬です 今日自殺しました 友人に見捨てられ、行き詰まったからです
 友人は人間であるより、組織の一員であることを選んだのです・・・
 そいつは、中谷という男です・・・
 僕の地獄からの声です どうか聞いてください」

早瀬の声が、自らのヒットナンバーを唄い始めていた




【解説 藤本義一 内容抜粋メモ】

7年間在籍した大阪府立大学の柔道部の壁に「打倒! 村上!」というような貼り紙があった
大阪大学柔道部主将・村上卓児 今の眉村卓だ

僕が卒業して、シナリオライターとしてようやく一本立ちし、
彼は岡山のレンガ工場の庶務を経て、踏ん切りをつけて文筆一本になり
京都の会合で一緒になった時、初めて分かった
その時、「えへ、まあ、ね」と言ったような気がする 善良不敵人間のような気がした

その後、数年を経て付き合うようになり、また新しい発見をした
彼がミナミのアルサロのカウンターでバーテン見習いをしていた時
僕は裏から氷運びのバイトをしていた時期が一致した

この興味の差が、今の彼と僕の描こうとしている世界の差のように思える

僕は風俗の人間を描こうとし、彼はその組織の中の人間を執拗に描く
眉村の目は、デタラメ機構の中の生真面目人間の生き様を捉える

僕はアウトサイダーで、彼はインサイダーで人を捉えようとする
こういうのが書き屋の資質ではないだろうか


彼の登場は日本SF界の揺籃期、僕の映画作家としての登場は映画斜陽期
彼は「原価計算ひとつ出来ない人間に会社が描けるだろうか」という疑問にとりつかれて
文学との訣別を企ったというが、僕にはまったくそんな疑問はない

彼を知ることでSF世界を垣間見るチャンスを得た
SFにもいろいろな描き方があると知った
真の芸当の底には、したたかな諧謔が無数になくてはならない

彼は軽々と書くタイプではない
何度も机を並べて書いたが、冒頭の数行で苦吟して、鼻の奥をくッくッくッと鳴らし
「ちょっと盲腸が・・・」などと言って腹をおさえている

作品に共通する主人公たちに「屋上に出る」「地下鉄から出る」行為が多く
彼はスタジオを閉鎖した息苦しさの箱と捉えていると知った

眉村魚は透明の半球体の向こうに現代を眺めているような気がしてきた
現代を整って歪んでいる実眼で捉えているのではあるまいか