原孝至の法学徒然草

司法試験予備校講師(弁護士)のブログです。

早稲田大学江沢民事件にみる憲法答案の書き方

2014-06-25 | 憲法的内容

不法行為事案で憲法答案をどう描くか、悩んでいる受験生が非常に多いです。ですので、今日は、早大江沢民事件でどう描くか、ワンポイントレッスンです。

 

<事案の概要>

 

 1 平成10年、早稲田大学(以下、単に「大学」とする。)は、江沢民国家主席(当時)の講演会を企画した。

 2 大学は、講演会の募集は先着順と決め、各学部事務所、国際教育センター、に据え置かれた名簿(以下、「本件名簿」とする)に氏名・学籍番号・住所・電話番号を記入させる方式で募集を開始した(このように、参加名簿は誰もが見ようと思えば見ることのできる状態であった。なお、参加者募集にあたって、「本件名簿は警察に提出する可能性がある」とは告知されていなかった。)。

 3 当時、「民陣」なるグループが江沢民国家主席に危害を加えるかもしれないとの情報があり、警視庁は、早稲田大学に本件名簿を提出するように求めた。

   早稲田大学は、学内で検討した結果、本件名簿を警視庁に提出することとし、実際に本件名簿を提出した。

 4 平成10年11月28日、大隈講堂にて、厳重な警備のもと、江沢民国家主席の講演会が開催された。

   その際、原告らは、「中国の核軍拡反対」などと叫び、禁止事項である横断幕の掲示などをしたため、建造物侵入、威力業務妨害の疑いで現行犯逮捕された。

 5 大学は、原告らに対し、学内の規則に基づき、けん責の懲戒処分をした。

 6 原告らは、大学が警視庁に本件名簿を提出した行為は、原告らのプライバシーを侵害するとして、慰謝料等を求め、本訴に及んだ。

 

以上が、事案の概要。それで、論じる事項は、まずは、本件名簿記載情報がプライバシー権として法的保護に値するか。被告としては、法的保護に値しないという立論をするでしょうが、現実的にはそれはちょっと厳しい。最高裁は、以下のように述べます。

 

「学籍番号、氏名、住所及び電話番号は、早稲田大学が個人識別等を行うための単純な情報であって、その限りにおいては、秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではない。また、本件講演会に参加を申し込んだ学生であることも同断である。しかし、このような個人情報についても、本人が、自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えることは自然なことであり、そのことへの期待は保護されるべきものであるから、本件個人情報は、上告人らのプライバシーに係る情報として法的保護の対象となるというべきである。」

 

ですので、被侵害利益ありということで、不法行為は成立しえます。

 

そうすると、違法性阻却があるか、です。第1審・控訴審は、以下のように述べて違法性阻却があるとします。

 

もっとも、「私生活上の情報を開示する行為が、直ちに違法性を有し、開示者が不法行為責任を負うことになると考えるのは相当ではなく、諸般の事情を総合考慮し、社会一般の人々の感受性を基準として、当該開示行為に正当な理由が存し、社会通念上許容される場合には、違法性がなく、不法行為責任を負わないと判断すべきである。そして、正当な理由が存し、社会通念上許容されるものといえるか否かについては、①当該情報の内容、性質、プライバシーの権利ないし利益として法的に保護される程度、度合い、②情報主体が開示行為により被った不利益の内容、程度、③開示行為の目的、その必要性等、⑤開示の方法、態様等を要素として、判断されるべきである。」

 

被告としては、この考え方に乗っていけばいい。他方、原告はどのような主張をしていたのかというと、

 

「違法性が阻却されるためには、目的外利用の高度の必要性すなわち、目的外利用の目的の必要性、手段の相当性とともに、同意を得ることができなかったことがやむを得なかったと認められる特段の事情の存在(緊急性)が絶対的な必要要件であるというべきである。」

 

このような、「厳格な」基準を出していたわけです。

 

これに対し、最高裁は、

 

「このようなプライバシーに係る情報は、取扱い方によっては、個人の人格的な権利利益を損なうおそれのあるものであるから、慎重に取り扱われる必要がある。本件講演会の主催者として参加者を募る際に上告人らの本件個人情報を収集した早稲田大学は、上告人らの意思に基づかずにみだりにこれを他者に開示することは許されないというべきであるところ、同大学が本件個人情報を警察に開示することをあらかじめ明示した上で本件講演会参加希望者に本件名簿へ記入させるなどして開示について承諾を求めることは容易であったものと考えられ、それが困難であった特別の事情がうかがわれない本件においては、本件個人情報を開示することについて上告人らの同意を得る手続を執ることなく、上告人らに無断で本件個人情報を警察に開示した同大学の行為は、上告人らが任意に提供したプライバシーに係る情報の適切な管理についての合理的な期待を裏切るものであり、上告人らのプライバシーを侵害するものとして不法行為を構成するというべきである。原判決の説示する本件個人情報の秘匿性の程度、開示による具体的な不利益の不存在、開示の目的の正当性と必要性などの事情は、上記結論を左右するに足りない。」

 

と判断して、破棄差戻しをしました。

 

このあたりをベースに、自分なりに答案を作成してみると、力が付くはずです。第1審から判例を読むと、こういったやりとりができるようになりますので、いくつかの判例は第1審から読みたいですね。

 

ちなみに、この事件、懲戒処分(けん責)の無効確認もやっています。第1審は、けん責には何の効力もないので純然たる大学内部事項であるから却下すべきとしましたが、控訴審は、単位認定などの純然たる内部事項とは言えないからと本案の審理に進み、懲戒裁量の濫用はないからと棄却としました。このあたりは、おまけで。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿