『しむしむ言わせて』2

フジファブリックの志村正彦さんをめぐる、私の喜怒哀楽日記をお届けしております。シーズン2。

心境の変化(長文)

2014年11月16日 | シーズン1より

連続投稿失礼します。

いやね、お休みということで時間を持て余しているのです。はい。


本日はSLS2014を観まして、その後2009に戻る…ということをしておりました。山内時代と志村時代の対比。どっちも良いね。


私は志村正彦、という人が大好きで、ファンになった当初から志村時代の曲ばかりを聴いておりました。3人がどんな音楽を作っているのか気にはなっていましたが、私は志村君が好きな訳だし、それで良いと思ってました。


正直3人体制の曲を聴きだしたのはここ1年くらい。そのきっかけとなったのが、3人体制のライブを観に行ったこと(しかも1人)でした。


今月末の10周年武道館ライブにあたり、沢山の方にライブを観に行って頂きたい…と思いまして、昨年11月(シーズン1)初ライブ参戦した後の私の心境の変化を書いた記事を再掲載したいと思います。この感想が迷っている方の後押しになれば良いなぁと。


今は心の底から山内時代のフジも大好きですが、当時はとにかく拒絶反応がスゴかった為、好き勝手書いていて、失礼な発言をしておりますことご容赦下さいませ。



以下、2013年11月23日(シーズン1)より。



志村君が天国FES2009へのお呼びがかかり、来月で4年経ちます。どんだけ長いツアーなんだ。


天国には大好きなミュージシャンが居すぎて長居しているのかしら。


FAB STEPツアーへ参戦しまして、早いもので2週間が経とうとしております。


志村亡き後のフジライブ参戦を決めるまでの葛藤。それはかなりの長期に渡るものでした。


志村君が命をかけて作ったフジファブリックというバンドを応援したい。

でもやっぱり3人体制のフジファブリックを見るのが怖い、そーくんボーカルの歌を聞きたくない。


そんなこと思ってはいけないというのは重々承知でしたが、正直拒絶が自分の中でかなりありました。


実際チケットを取ってみたは良いが3ヶ月以上アルバムを聞くことは出来なかったし、ライブ参戦の1週間前にやっと聞いたくらい。(しかもレンタルだし)


正直な所、全然曲が頭に入ってこなかった。(現在のファンの方、失礼な発言をお許しください…)


もちろん今のフジファブリックも素晴らしい曲達が沢山あります。それは本当に解ってます。でも志村君が好き過ぎて私の心が拒絶してしまったのです。


そんなこんな葛藤の中で、ライブ参戦終了。(その時の感想は記述済み)


ライブ中、今回のツアーのテーマについてお話していたそーくん。(ちょっと記憶があいまいなんでニュアンスで書きます)


『以前、フジファブリックは“四季盤”という四季をテーマにしたミニアルバムを出していて、それがすごく良くて、またそういうのが出来ないかなという話をしていて。今回はダンスミュージックというテーマでツアーをしようと思ったんです。メンバーが作った曲をそれぞれ入れて、加藤さんが作った曲、ダイちゃん、志村くんが作った曲も入れて。』



因みに志村君が作った曲は、

①Hello
②パッションフルーツ
③夜明けのBEAT
④ダンス2000
⑤銀河

この5曲。


ライブ曲目をちゃんと4人で割ってあった。


そーくんが志村君の話をしたのはここだけなんですが、なんというか…。


私はメンバー3人があまり志村君の話をしないのが嫌だったんです。

3人で活動を始めた時しばらくは志村君の位置をずっと空けてくれていたのに、いつのまにかそれもしなくなって。

もう志村君の事忘れちゃったのかな…とか、どんどん進化していく3人を横目で見ながらそういう風に考えてしまっていて。


それについて母に話した時に、母が


『人って思い出話は沢山するでしょ。3人の中でまだ志村君が“過去”になってないから話しないんじゃないの?』


と言っていて。すごく納得しました。



しかしここでもあくまで頭での理解で、その後も拒絶は相変わらず続いていて。


そして今回ライブに参戦して初めて、

『あぁ、何だ。フジファブリックには今も志村君がちゃんといるじゃないか。』


と感じました。何というか言葉ではうまく言い表せないのですけど。


ライブ参戦後、3人体制の曲を聞いても拒絶反応が起きなくなりました。



今も勿論志村時代の曲ばかり聴いていますが、フジファブリックALLにしてランダム再生しても、そーくんの声飛ばさず聞ける様になりました。


そーくんの声でも4人の作品として聞けるようになったからだと思います。アルバム『MUSIC』以降のこのFのマーク。





よく見ると下は3本なのに上は4本になっているんですよね。


やっぱり4人でフジファブリックってメッセージなのかなぁ、と考えずにはいられません。


もしこのブログを見ている人の中に志村君が居ないフジを拒絶し、私と同じように苦しんでいる人がいるなら是非、1度生で彼らを見てみてください。


もしかしたら少しだけ、何か変わるかもしれません。






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三倍速で生きた天才

2014年08月03日 | シーズン1より


志村君が2009年12月24日に29歳という若さで、天国に行ってしまって4年半が経ちます。


当時、そんなに熱烈なフジファブリックファンではなかった私。
このニュースをテレビで見たとき、何とも言えない違和感を覚えた事だけ記憶しています。


死因は不明。


クリスマスイブ、自宅のパソコンの前で椅子に腰掛けたまま眠るように亡くなっていたそうです。


相変わらず整ったかわいい顔で、ただ眠っているだけかのように。


前日にはバンドの忘年会に参加しており、とても元気そうだったといいます。


以下、2009年12月10日の志村君のブログ。


《 1ツアーやるとなると、1ツアーに1回は必ず風邪をひいていた過去のフジファブリックですが、最近全然ひきません。

体調もかなり良好です。どこも痛くも痒くもない。

インフルエンザが流行っているみたいですが、僕らは大丈夫です。

ここまで健康だと逆になんか…年末にこう…風邪が来そうで怖いのです。

もうこうなったら、フツーにライブの無い来週あたりにむしろ風邪ひいときたい。 》

(志村日記2より抜粋)


…何で?

何で死んでしまったの?

いくら考えてもやっぱりよく分からない。


どうしても知りたくて、色んな情報を見ました。医学書だって読みました。


志村君は何年も、睡眠2時間、夕食は食べないという生活をしていたそうですね。


人間は寝ないとホルモンバランスを崩して、自律神経を壊してしまう。


その生活を心配する友人に、『慣れれば大丈夫だよ~』と言っていたそうだけど。


志村君。


大丈夫じゃなかったじゃないですか。


もっと早く気付いてよ。


2009年夏頃にはひとりで階段登れない位体力落ちてたって聞きました。
そんな状態でなぜライブ出来たんですか?


あなたをそこまでして突き動かすものは一体何だったんですか?


人間の体って不思議なもんで、病気にかかるのも体力がないと無理なんだって。


最早、風邪をひくことも出来ないくらいあなたの体力は無くなっていたのでしょうか。


心臓を動かす力も無くなってしまっていたのでしょうか。


日々ストイックに音楽と向き合い、戦っていた志村君。


アルバム『CHRONICLE』のインタビューで嬉しそうに『これからやっとフジファブリックが始まるかな、デビュー5年目にしてやっと始まるかな。』と語っていた志村君。


まだやりたいこと沢山あったんだろうな。やっぱり悔しかったかな。


三倍速で生きた天才。



あなたがそこまでして私達に伝えたかった想いって一体何だったのですか?



その答が知りたくて、私は今日もあなたが想いを込めて創り出した音楽を聞いています。
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天才の紡ぐ音楽

2014年08月02日 | シーズン1より

私は志村君の書く歌詞が好きです。


短編小説のような、短い言葉でまとめられた綺麗な文が好きです。


それらはとても綺麗で澄み切っていて、恐らく志村正彦という人でなければ書けなかったであろう言葉達。


志村君の書く歌詞の魅力や私的感想は、過去の記事にも書かせて頂いておりますが、今日は《音》についてお話したいなと。


以前少し書きましたが、フジファブリックの曲の魅力、それは一風変わった歌詞とやけに耳に残るメロディ。


ジャンルとしては『オルタナティブ(型にはまらない)ロック』と呼ばれ、ロック、バラード、テクノ、ポップ等、バラエティに富んだ様々な曲があります。


巷でよくあるお決まりのパターンというものがフジには無く、聴いていて飽きない。おもしろい。『これって同じバンドの曲?』と友人が言った位。


セカンドアルバムの『FAB FOX』でジャケ写にFOX(キツネ)が使われているのも、《七変化》という意味合いを持たせたかったから、とのこと。(志村談)


その言葉通り、様々な曲調を味わえるのがフジファブリックの曲の魅力。


その殆どの曲を志村君が作っていたわけですが。


私が一番びっくりしたのが、志村君が本格的に音楽携わったのが高校生になってからだということ。


志村君の曲って、ギターもベースもキーボードもドラムも、曲の中にそれぞれ見せ場があるんですよね。それぞれ個々のパートがしっかりあって、それらがうまーく混ざり合ってるんです。

まるでオーケストラの原理。志村君の好きな《のだめカンタービレ》の原理。


これって普段聞き流していたら気付きにくいけど、実はものすごいことなんですよね。


だって、全部の楽器のこと把握してないとそんな事出来ないんだから。


私は小さい頃からピアノをしていたし、学生時代はオーケストラにも所属しておりました。(バイオリンです)。自分で言うのも何ですが、割と音楽には携わってきた人生だと思います。


そんな私から見て、『何で高校生から音楽を始めた人がそんなこと出来るんだろう…』と不思議で仕方ないのです。


『茜色の夕日』という名曲を音楽を始めて3年そこらで作ったというすごさ。『浮雲』を聴いたときの感動。


どんなに考えても結局、行き着く先はやはり『天才』の二文字。





そして…私達には到底知り得ない努力と、直向きな音楽への熱意の賜物なのでしょう。



そんな天才の紡いだ音楽は本当に本当に素晴らしく、私を魅了して止まないのです。


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