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BL小説・風のゆくえには~グレーテ20

2018年06月15日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【真木視点】


 今日は4月1日。エイプリルフールだ。

 3月末まで恋人、と言ったのに、結局、残りの3月は一度も会わなかった。

『今度は今度。じゃあね』

 そんな風に電話を切ってしまって以来、チヒロからも連絡はない。

(俺が「今度」と言ったから、その「今度」を待っているのかもしれないけど)

 それでも、この2週間あまり連絡を寄こさないのは、どういうつもり……、と思いかけてため息をついた。

(前にも同じようなことがあったな……)

 あの子の思考は分かりにくいようで分かりやすい。ただ単に、俺が「今度」と言ったから連絡できないのだろう。「3月末まで」を「試用期間」だと思っていたというのは予想外だったが……

(ああ……大人げなかったな)

 俺はおそらく、チヒロに自分を重ねている。だから、俺と同様に家族に縛られているチヒロに、自由を与えてやりたい、と思ってしまったのだろう。押しつけもいいところだ。チヒロは現状に不満を抱いていないようだったのに……


「どうするかな……」

 手元の携帯を眺める。
 チヒロの勤め先となった会員制のバーは、紹介者が必要な上に審査に通らないと入会できないハイクラスなバーだった。
 何人か心当たりに聞いてみたら、ここを行きつけにしている女性を紹介してもらえて、今日、俺の都合が良ければ連れていってもらえるという話になっているのだけれども……

(……気が進まない)

 出るのはため息ばかりだ。チヒロにどう話せばいいのだろう……

(…………慶に会いたいな)

 なぜか無性に慶に会いたくなった。俺の理想の塊のような慶。
 今はもう、慶を口説こうという気持ちはすっかり萎えてしまったけれど、彼の天使のような白皙や情熱に溢れた瞳をみたら、この鬱屈としたものが晴れてくれるような気がする。


 と、思ったのに。


「渋谷先生だったら、人に当直押しつけて帰っちゃいましたよ?」

 慶の勤める病院を訪ねたところ、慶の同僚・吉村亮子に不機嫌顔で言われた。
 慶が「押しつけて」? 珍しいな……

「帰ろうとしてたところ、強引に。なんかすごい慌ててたから『何かあったの?』って聞いたら」

 吉村は肩をすくめて、呆れたように言葉を継いだ。

「『今、あいつに会わなかったらおれは一生後悔する』って、ものすっごい真剣な顔で言われて」
「…………」
「しゃぶしゃぶ食べ放題を条件に代わってあげたんです」
「………そう」

 浩介と何かあったのか……
 バレンタインの日に話した時も、何か悩んでいるようだったけれど……

 あの時の落ち込んだ慶を思い出して、ふーん……と肯いていたら、

「あーああ」

 吉村がデスクにガバッと突っ伏した。

「これで彼女と別れたりしないかなー」
「………」

 本音丸出しの言葉に、ふっと笑ってしまう。笑ったことに気が付いた吉村に「何ですか?」と口を尖らせて言われて、ますます笑ってしまう。

「もー、なんですかー?」
「いや……」

 軽く首をふる。

「あの二人は、別れないと思うよ」
「えー。なんでですかー」

 不満顔の吉村に断言してやる。

「渋谷先生が絶対に手放さないから」
「…………えー」

 渋谷慶は天使のような外見に似合わず、とても男らしい。男らしく一心に浩介を愛している。簡単に手放すようなことはしないだろう。

(『おれは一生後悔する』か……)

 俺も今日のこのタイミングを逃したら、ずっと後悔してしまいそうな気がする。きっと、チヒロは俺の『今度』を待ち続けている。きちんと話さなければ、俺はチヒロに一生疑問を持たせ続けてしまう。

(会いに………行くか)

 この場にいない慶に背中を押され決意する。俺はケジメをつけなくてはならない。


***


 付き合いのある製薬会社の営業マンに紹介してもらったのは、古谷環、と言う名の美容クリニックの医師だった。大きな目が印象的な美人。背も高く、スタイルも良い。42歳、というけれど、42にはとても見えない。俺と並んでも引けを取らないオーラと美貌はなかなかのものだ。

「古谷先生、この度はありがとうござ……」
「ああ、先生はやめてね。下の名前で呼んで」

 彼女の勤めるクリニックに迎えにいくと、会うなりサバサバとした口調で言われた。

「君、真木先生のとこの下の弟君でしょ? お兄さんにはちょっと借りがあってね」
「え」

 しまった、と思った。なるべく家族に繋がらなそうな人脈に声をかけたのに、繋がっていたのか。

「あのバーに知り合いが勤めてるって?」
「あ、いえ、勤めているわけではなくて」

 慌てて訂正をする。兄と繋がっているのなら、余計にチヒロのことを知られるわけにはいかない。

「オーナーが、知り合いの母親なんです」
「母親? 工藤さんのこと?」
「………」

 そういえば、母親の苗字どころか、チヒロの苗字も知らないな。俺……

「双子の息子と娘がいるのよね」
「はい。その娘さんの方と知り合いで」
「ふーん」

 ツカツカツカと高いヒールをものともせず歩きはじめる環。

「息子君はウェイターやってるのよ。ヒロ君っていって、すごく可愛いの」
「ヒロ君……」

 チヒロ……そう呼ばれてるのか……

「最近の私のお気に入り」
「そう………ですか」

 お気に入り……。まだ二週間ほどしかたっていないのに、常連に「お気に入り」認定されるとは。

(チヒロ……)

 モヤモヤが広がっていく……



 そうしてタクシーで連れていかれたのが、赤坂にあるバーだった。
 受付での無駄のない会話のやり取りのあとに、すぐに通された。その対応の良さからも良質なサービスの店だとうかがえる。

「ここからの夜景は絶品よ」
「ああ……確かに。いいですね」

 環のセリフにお世辞なく肯く。ほぼ全面ガラス張り。最上階とあって眺めがいい。店内が薄暗いので、余計に新宿の夜景の光が映えている。

(チヒロが好きそうな風景だな……)

 即座にそう思った。ホテルの窓から夜景をジッとみていたチヒロの横顔が思い浮かぶ。

 促されるまま、一番奥のソファー席に座った。質感の良いソファー。店内の客もみな、上質な感じがする。声高に話す客もおらず、静かなピアノの音が心地よく響いている。

(こんな店で、あのチヒロがやっていけてるんだろうか……)

 なるべく目立たないように、あたりを見渡す。視界に入る限り、チヒロの姿は……

「………いらっしゃいませ」
「!」

 すっと、音もなく、環の横にやってきたウェイターが、チヒロ当人で、あやうく声を上げそうになってしまった。そんな俺に気が付くこともなく、環がニッコリとチヒロに笑いかけている。

「ああ、良かった。ヒロ君いたのね」
「環様、いつもありがとうございます」

 穏やかに微笑んでいるチヒロ……

(……別人だな)

 黒いスーツに、カチッとした髪型のせいか、いつものポワンとした感じとは程遠い仕上がりになっている。

「ヒロ君、この人、真木君。お姉さんの知り合いだって。知ってた?」
「………」

 チヒロは少し目を伏せて、軽く首を振った。そして、

「………お飲み物は何になさいますか?」

 静かに、静かに、そう問いかけてきた。




 それからのことはあまり覚えていない。

 チヒロに他人のように接されたのがショックなのか、チヒロが別人のようなことがショックなのか、何もできないと思っていたチヒロが、極々普通に働いていることがショックなのか……

「私はね、乳房再建手術の実績を伸ばして……」
「………」

 少しアルコールが入って饒舌になった環の声が遠くから聞こえる。チヒロは慣れた風に、時々やってきては、食事を出したり、飲み物の追加を持ってきたりしていて……

 本当にこれがあのチヒロなのか?
 俺の知っているチヒロはいつもポヤ~っとしていて頼りなさげで………

(………耐えられない)
 これ以上、視界にチヒロが入ることは無理だ、と思った。

「………………申し訳ありません」
 話が一段落ついたところで、わざと携帯を取り出し、メールの着信があったようなふりをする。

「急用が入ってしまいまして……」
「あらそう? じゃ、私はまだいるから」

 バイバイと環は手を振って、「今日は私の奢りね」と、ウインクをしてきた。

「次は奢ってね。真木君」
「……………はい」

 挨拶もそこそこに立ち上がる。環の視線を背中に感じたけれど、構っている余裕はなかった。振り返りもせず、エレベーターホールに向かう。

(………なんなんだ)

 自分の気持ちの種類の判別ができない。悲しいのか虚しいのか苦しいのか………


 チンッという間の抜けた音の後にエレベーターの扉が開いた。

(これに乗ったら、どこに行くんだ?………なんてな)

 意味のない自問自答に、苦笑してしまう。

(予定通り、行くだけだ)

 チヒロのいない世界に。

 初めからそのつもりだった。会うのは3月末までだと。今日から4月だ。予定通りだ。

(これでいい)

 俺がとやかく言う必要もなく、チヒロはしっかりと働いていた。その確認もできた。もう、思い残すことはない。何の問題もない。

(なのに………なんだこの痛みは)

 一階のボタンを押した手を離せず、固まってしまう。

(………チヒロ)

 チヒロに会いたい。
 あんな黒スーツのチヒロではなくて、いつもみたいにポヤッとした可愛らしい、俺の………俺のチヒロに………

「………チヒロ」

 つぶやいた声を消すように、エレベーターのドアが閉まり………

 と、思った時だった。

「!?」

 いきなりガンッと音がして、ドアが開いた。開いたというか、閉まりかけたところを無理矢理こじ開けられたというか……

「な……っ」

 開きかけのドアから飛び込んできたのは……

「チヒロ………、!」

 勢いよく抱きつかれ、勢い余ってエレベーターの壁に背中がぶつかった。

「………なんで」

 いいかけて、飲み込んだ。なんで、なんてどうでもいい。今、この腕の中にチヒロがいる。それが全てだ。

「………チヒロ君」
「はい」

 見上げてきたチヒロの額にそっと唇を落としたのと同時にドアが閉まった。

「………会いたかったよ」
「はい。僕も会いたかったです」
「そう………」

 それから、会えなかった2週間分のキスをした。

 

---


お読みくださりありがとうございました!

実はチヒロ君、真木さんにアロマオイルのマッサージしてるときとか、結構テキパキしてたんですけど……真木さん知らなかったらしい。

新キャラ・古谷環(ふるやたまき)さん。ようやく出てきました。

ちょっと立て込んでいるため、次回は一回お休みして、来週金曜日に更新予定です。お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。

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おかげで書き続けることができ、ようやくゴールが見えてきました。本当にありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします!

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