ぼくの背中には醜い黒いアザがある。
母に叩かれ続けてできたアザ。
誰にも、誰にも見られたくない。
こんなものを見られたら嫌われてしまう……
***
夏休み。昨年同様、おれはバスケ部の練習に明け暮れていた。
そしておれの親友、渋谷慶も、昨年同様『海の家』でアルバイトをしている。
それはいいんだけど……
「ナンパって……桜井、したことある?」
「………え」
「あるわけないか……」
クラスメートの山崎と二人、見つめあって、はああああっと大きくため息をつく。
振り返ると、少し離れたところで、溝部と篠原が「声かけろ!」とゼスチャーしている。
……無理です。
なんでこんなことになったんだろう……とため息しか出てこない。
ことの発端は、昨日の部活が終わった直後に篠原が、
「明日練習休みだし! 海行こう海!」
と、女子バスケ部の女の子達に声をかけまくって、全員から断られ……
「じゃあ、現地調達しよう! 桜井行くよ!」
「えええっ無理っ」
と、篠原の強引な誘いを断っている最中に、野球部の練習終わりの溝部に遭遇。昨年同じクラスだった篠原と溝部は、あっという間に話が盛り上がって、
「渋谷のバイト先の海なら文句ないだろっ。山崎も誘うからっいいな?!」
と、断り切れない状況に陥ってしまい……
それだけならまだしも、なぜか、無理矢理ジャンケンをさせられて、負けたおれと山崎が女の子に声をかける、ということになってしまって……
「えーっと? 3、4人のグループで、同じ歳くらいかちょい上くらいで、かわいい子……って」
「かわいいの基準が分からない……」
「だよね……」
山崎と二人でうーん、と唸る。
正直いって、山崎と二人きり、というこの状況も、おれ的には緊張するので避けたいところだ。
篠原や溝部は放っておいても勝手に喋って勝手に盛り上がってくれるので、楽なのだ。でも、山崎は大人しいし口数も多い方ではないので、気まずくなるというか……話していても、上滑ってしまうというか……。山崎がダメということではなく、クラスでもバスケ部でも、大勢でいる分にはいいんだけど、一対一はどうしても苦手だ。
(でも、考えてみたら、渋谷もそんなに口数多い方じゃないんだよな……)
なのに、渋谷との時間は居心地がいい。渋谷とはずっと一緒にいても気まずくなるなんてことはないし、無言の時間も苦痛ではない。
(でも、渋谷と話した時も、一番はじめはおれ、空回ってたっけ)
だから、他のクラスメートとも慣れれば少しは緊張しないで話せるようになるのかな……
(……無理だろうな。渋谷とはすぐに打ち解けられたもん。やっぱり渋谷は特別……)
「もー、桜井も山崎もいつまでボーっと突っ立ってんの!」
「あ、ごめん」
篠原の声に我に返る。しびれを切らせた篠原がプリプリ怒りながらやってきたのだ。
「だいたい、桜井は海だっつーのに、なんでシャツ羽織ってんの? 暑くないの?」
「あーうん。暑くない……」
「つか、見てるこっちが暑いんだけど?! 脱いだら?!」
「それは……」
ぐっと答えにつまってしまったところに、
「篠原っ、んなことより、あれあれあれ!」
あわてたように溝部が篠原の腕を引っ張ったので、助かった。
シャツは……脱ぎたくない。脱いだら見えてしまう……
「おおおっほら、桜井、山崎! あれ!!」
「え」
あごで指された先には、女子3人組。ちょっと派手じゃないか? 少し年上かもしれない。
「声かけて! ほら!」
「えーーっ無理無理無理っ」
「なんでーほらー、あ、行っちゃう行っちゃうっ」
「あー、もう、篠原っ、オレ達でいくぞっ」
わらわらわらっと、篠原と溝部がその3人組のところへ走っていく。
「わー……ホントに行ったよ」
「ね」
残された山崎と再び顔を見合わせる。でもそれ以上は会話が続かず黙ってしまう。……気マズイ……。
どうしよう……おれ達も篠原たちのところに行く? でも……
と、何だか気が遠くなってきていたところで、
「浩介! 山崎!」
「わわっ」
いきなり腰をつかまれた。振り返ると、これでもか、というくらいキラキラしたオーラを発しているおれの親友、渋谷慶がニッコニコで立っていた。
「良かった会えて! おれこれから一時間休憩なんだよ!」
「あ、そうなんだ」
ホッとした。これから一時間一緒にいてくれるんだ。
「で、何やってんだ? あいつら」
「ナンパだって」
肩をすくめた山崎。
「あ、でもダメだったみたいだな。戻ってきた……」
「ほんとだ」
篠原と溝部がしょぼんと肩を落として帰ってきた。
「ダメだった……」
「短大の1年生だってさ。年下はちょっと、って言われちゃった」
「やっぱり年上だったんだ?」
「年上のお姉さまと遊びたかったのに……」
「お前らなー」
がっかりしている篠原と溝部の腕を、渋谷はバシバシとたたくと、
「せっかくの海、何しにきてんだよー。おれ休憩一時間しかないからとっとと遊ぼうぜー」
「やだ。お姉さまと遊びたい」
「なんだそりゃ……、と?」
「あれ?」
先ほど断られた、という、短大生の3人組がこっちに向かって歩いてきてる。なんだ?
3人組はヒラヒラと手を振りながら、
「ねー君たち。やっぱり一緒に遊ぼうかー?」
「え! マジですか!!」
「やった!!」
ぱあっと明るく返事をした篠原と溝部。お姉さま方はニコニコと、
「君たちもお友達なんだよね?」
「え」
お姉さま方の視線の先……、あ、そういうことか。
3人とも、渋谷のことを見てる。そりゃね……渋谷のこの顔、鍛え抜かれたこの体、お近づきになりたいよね……。
さっきから通り過ぎる人も何人も振り返ったり、コソコソ話したりしている。渋谷は芸能人張りの容姿とオーラを持ち合わせているのだ。
そのことに気づいているのかいないのか、篠原と溝部は大はしゃぎだ。
「はいはい! 友達です友達! おれたち5人で来ました!」
「そう」
3人は顔を見合わせ肘でつつき合い、くすくす笑っている。
渋谷は、というと……
「どうでもいいから早く泳ごうぜ?」
「わわわっ」
「わあっ渋谷っ」
おれと山崎の腕を引っ張って海に向かって歩きだした。慌てて溝部が追いかけてきて、篠原がお姉さま方に何か言っている。
「渋谷っ、お姉さま達の目当てはお前なんだからお前がいなくなったら困る!」
「なんだそりゃ」
なんだ溝部、気がついてたんだ。でも当の渋谷は全然わかっていない。
「意味わかんねーこといってないで泳ごうぜ?」
「わかった!わかったからちょっと待て!」
と、いうことで……
泳ぎたい渋谷を納得させるために、お姉さま方を大きな浮き輪に乗せて沖にでることになった。
渋谷はただ泳ぎたい、おれは泳ぎが苦手、ということで、結果的に、篠原、溝部、山崎の3人が浮き輪を引っ張ることになった。初めは少し不満げだったお姉さま達も、そのうち楽しそうな笑い声をあげるようになって一安心。
足が立たないところまできた時点で、おれは引き返そうと思ったのだけれども、
「仰向けで浮かんでろよ。引っ張ってやるから」
「う……うん」
渋谷に言われて、仰向けになってみる。
「わあ………」
思いきって仰向けになってみて驚いた。
耳に水がはいって、喧騒が遠くなる。音が奇妙に響いている。
ゆらゆらと波に揺れていて、気持ちいい。初めての感覚だ。でも渋谷が腕を掴んでくれているので少しも怖くない。
「こんな景色、初めてみた……」
「いいだろ?」
腕を掴んでくれたまま、渋谷も横にならんで仰向けに浮かんだ。二人でぷかぷか浮いたまま空を見上げる。空の青が高い………
「怖いか?」
渋谷の少し心配そうな声に、軽く首を振る。
「ううん。慶がいてくれるから怖くない」
「…………そっか」
渋谷がいてくれれば、どんなところでも怖くない。おれはどこへでも行ける気がする。
「あ、いいな~オレもやろう」
山崎が反対側の隣にプカリと浮かんだ。山崎の引っ張っていた浮き輪に乗ったお姉さまが「かわい~~」と言ってクスクス笑っている。
「気持ちいいな」
「うん」
ほら、渋谷が隣にいてくれると、山崎とも緊張しないで話せる。
渋谷がいてくれれば、おれはなりたい自分になれる気がする。
その後……
渋谷がバイトに戻ってしまったら、お姉さま方はあっさりと「バイバイ」と行ってしまった。
でも、篠原と溝部と、山崎までもがこれで自信がついたのか、女の子に声をかけはじめたため、おれは早々に渋谷のバイト先に避難した。
昨年同様、店の奥で焼きそばを作っていた渋谷……
「お前はナンパ、いいのか?」
「わかってるくせに意地悪いわないで」
プウッとふくれてみせると、渋谷がケタケタと笑った。さらにブウッとしてみせる。
「おれは見知らぬ女の子なんかとより、慶と遊びたい」
「わかったわかった。あと2時間でバイト終わるからちょっと待ってろ」
渋谷が笑いながらまた店の奥に引っ込んでいくと、近くにいた女の子のお客さん達が「聞いた? あと2時間だって」とコソコソ話しだした。
(また声かけられたりするんだろうな)
渋谷といるとよく女性から声をかけられる。でも渋谷はいつもバッサリと断ってくれる。それが優越感をくすぐるってことは秘密にしている。
(渋谷……おれの親友)
大好きな親友。自慢の親友。
おれは渋谷がいてくれれば、なんでもできる。
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お読みくださりありがとうございました!
深夜に投稿しました人物紹介に引き続き、本編『月光編』になります。
夏休み!海!男の子達だけでわきゃわきゃ遊んでたら、観察したくなりますよね~?(←腐ってる)
浩介の慶に対する依存度が高すぎてちょっと心配な感じですが……
今まで通り、一日置きの7時21分に更新することを目標としております。
また明後日、よろしくお願いいたします!
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