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BL小説・風のゆくえには~グレーテ16

2018年06月01日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【真木視点】


「本当にいいの?」

と、二人きりの夕食の席で母に聞かれた。お見合いの話だ。もう何度目かの確認なので、またか、と思いつつ、「大丈夫だよ」と答えたところ、

「でも……『チヒロ』さんは、大丈夫?」
「!!」

 母からの思わぬ言葉に、息が止まるかと思った。何かを飲んだり食べたりしている最中でなかったことが幸いした。止まりつつも、すぐに吹き返して、母を見つめ返す。と、母は申し訳なさそうに手を合わせた。

「ごめんなさいね。あなたの携帯に電話があった時に、画面に書いてあった名前見ちゃって……」
「………」
「しょっちゅう電話あるわよね?彼女じゃないの?」
「………」

 ああ、そういうことか……。「チヒロ」は女性名でも男性名でもある。
 母は、慌てたように言葉を並べた。

「修司もね、英明が毎週のように東京に行ってるのは、彼女がいるからなんじゃないかって言ってたの。それなのにお見合いするなんて……」
「…………」
「まさか、東京と大阪で離れてるからって、結婚することを隠してチヒロさんとも関係を続けようとしてる、なんてことはない……わよね?」
「………。大丈夫だよ」

 にっこりと、笑顔を作ってみせる。

「ちょっと仕事の相談に乗ってるだけで……それも3月いっぱいで終わりだから。4月になったらもう会わないよ」
「そう……なの?」
「うん」

 ごちそうさま、と声をかけて、食器を持って台所に移動する。背中に「本当に大丈夫なの?」と声をかけられ、再び、にっこりと、する。

「大丈夫だよ」

 初めから、決めていたことだ。だから、3月末までは、チヒロとは『恋人』でいる。



***


「俺の恋人になる? 期間限定だけど」

 そう提案したのは、バレンタインから一週間後のことだった。


 チヒロと一緒にいると、自分の気持ちが分からなくなることが多い。

 チヒロの気持ちも、よく分からなかった。
 俺に対して性的な欲求はないらしく、以前2度ほど「そういう」雰囲気に持っていった際にも、まったく乗ってこなかった。でも、好かれている、とは思う。だから余計に、チヒロのその感情はなんなのだろう?と不思議でたまらない。

 でも、それでいいのかな、と思っていた。このあやふやな感じが、癒しに繋がっているのかもしれない。
 そもそも、俺はチヒロのことはタイプではないので、抱く気にもならない。

 そう、思っていたのに……

『今晩、3人でしようよ。前できなかったしさ』
『ね? いいでしょ? チヒロ。ね?ね?ね? 僕、チヒロともしたい!』

という、チヒロの友人コータからの誘いに、『僕はいいけど……』と、チヒロがコクリと肯いたのを見て、驚くほど不快になった。

『俺も構わないよ』

と、すかさず肯いてしまったのは、コータに対する対抗心より、チヒロに対して見せつけてやるという気持ちが大きかったからだ。

(目の前で、俺が他の男を抱いても、そのビー玉みたいな瞳は、透明なままなのか?)

 そんな意地悪な気持ちと、それでもチヒロが何も思わなかったら……、という不安みたいな気持ちが胸の中を渦巻いていた。
 そんなゴチャゴチャな気持ちのまま、コータだけを抱こうとしたのだけれども……

 チヒロの大きな瞳からポロポロと零れていく涙に、目を奪われた。

『僕以外の人をさわってほしくない。僕以外の人にさわらせたくない』

 そう言ったチヒロの言葉に驚いて息をするのも忘れた。チヒロのいつもは何も写していない瞳に、情熱が灯っている……。


 このまま、あやふやな関係のまま、終わりをつげてもいい、と思っていたのに。

 すごく会いたくなる相手は俺一人だと言いきられて……

『真木さんにはいつもすごく会いたいです』

 そう、当然のように言ったチヒロを、抱きたい、と思ってしまった。だから、

『俺の恋人になる?』

と、提案した。……でも、結局いまだに抱いていない。



「………2日、だな」

 チヒロからの最後の電話から、丸2日経つ。『恋人になる?』からは一週間だ。
 それまでは毎日電話やメールがあったというのに……何かあったのだろうか?

(………。こっちからかける?)

とも思うのに、どうもかける気になれない。

(この俺が電話をかけてやるほどの子か?)

 全然タイプじゃないのに。
 そんな変なプライドみたいなものが、邪魔をしている。

(チヒロが慶だったらいいのに)

 そんな変なことも思う。

 慶は、俺の恋人として、本当に申し分のない子なのだ。天使のような美貌と完璧な肢体。輝くオーラ。溢れ出る情熱。あの子ほど俺に似合う子はいない。

(チヒロが慶だったら、何の躊躇もなくこちらから連絡するのに……)

 そんなありもしないことを思いながら、携帯を眺める。夜11時半だ。


 以前、チヒロに「いつでも電話していい」と言ったところ、本当に「いつでも」かけてくるようになってしまったため、「急ぎの時以外は夜11時以降」と約束させたのだ。あの子は素直なので言葉を額面通りに受け取ってしまう。空気を読む、とかそういうことはない。嘘が一切ない。嘘ばかりの俺とは大違いだ。

(俺は嘘つきだからな……)

 家族の誰も気が付かない。嘘ばかりの人間。

『なんで小児科希望なの? 子供好きだっけ?』
『うん、昔から小児科医に憧れてた』

 昔、配属の希望を聞かれ、平気でそんなことを言っていた。本当の理由なんて誰にも言えない。

 理由はただ一つ。ゲイ仲間に医者と患者という立場で会わないためだ。
 成人男性患者のこない科といったら、産婦人科か小児科。この二つの科には、成人男性は付き添いでしかこない。ただ、それだけの理由だった。


 ゲイ仲間には素性を明かしていない。それはひたすらに、家族に知られないためだ。

 俺の家族は、みな優しくて、いい人達で、たくさんの愛をくれて。俺はそんな彼らが大好きで。
 そんな家族の中で異端であることに耐えられず、中学を卒業してからは、一人でアメリカの高校に行かせてもらった。あのままずっとあちらに住めたらどんなに自由だっただろう……

 4月には、本格的に結婚について動くことになる。それが家族の望みだ。息がつまるほど幸せな俺の家族……

 ああ……また、暗闇に堕ちていく。

(チヒロ……)

 チヒロに会いたい。あの子に淡々と体をさすっていてもらいたい。あの子を抱きしめて眠りたい。

(電話……しようか)

 でも……


 なんて、躊躇をしていた、その時。テーブルに置いた携帯が振動した。

(チヒロ?!)

 さっと携帯を取り上げて、画面の表示を見て、

(……………なんだ)

 ガッカリ、した。

「…………」

 ……………。

 ……………。

 ………………え?

 ガッカリした自分に驚いた。

「何、ガッカリしてるんだ俺……」

 画面の表示の名前は……


『渋谷慶』


 そう。あの、慶だ。俺の愛しの天使。完璧な慶。

 俺……何を考えてる?

 せっかくの慶からの電話なのに、チヒロでなかったことに「ガッカリ」するなんて。

 なんだそれは。なんなんだ……



 ああ、本当に、自分の気持ちが分からない……

 そう思いながら携帯を手にして、その振動を感じていたら…………笑いだしてしまった。

 俺は滑稽だな。

「…………分かってるよ」

 どう打ち消そうと、どう言い訳しようと、もう誤魔化せない。いい加減、認めなくてはならない。
 
 待っていたのは、チヒロの電話。今、会いたくてたまらないのはチヒロ。

 俺は、チヒロのことが『好き』なのだろう。



***


 慶からの電話を切ったあと(当然のように慶からの電話は仕事の件だった。あいかわらず真面目な好青年だ)、チヒロに電話してみた。しかし、電波が届かない場所にいるか電源が入っていない、との無情な機械音声が……

(何かあったのだろうか……)

 姉のアユミに聞いてみようか、とも思ったけれど、やめた。丸2日連絡が来ないだけで何を言ってるんだ、と自分でも思うからだ。

 とりあえず「このメールを見たら何時でもいいからすぐに電話して」とだけ打って、ソファに沈んだ。

 耳が痛くなるほど静かな中にいるせいか、嫌な思いが頭の中をグルグルと回ってきてしまう。

(まさか………)

 誰か他の男と一緒にいるのだろうか……
 あの子は少しズレているので、貞操観念もおかしなことになっていそうだ。

(………きちんと約束するべきだったな)

 今は俺が『恋人』なのだから、他の男とは仕事以外で関わるな。

(………そんなこと言ったら、あの子はどうするだろう?)

 なぜ?という顔をしながらも、「分かりました」とうなずきそうだ。でも、この独占欲を嫌がるだろうか?

(………。嫌がっても、約束させるだけだけどな)

 今度会ったら……今度会ったら………

 そんなことを考えながら、夢と現実を行ったり来たりしていたのだけれども………

 チヒロからの電話で目か覚めた。朝6時前だ……。

『急なお仕事で長野に行っていて、今、深夜バスで帰ってきました』

 いつものように淡々と言うチヒロに、全身の力が抜けてしまう。

 仕事中は電源を切れ、バスの中では電源を切れ、という言いつけを守って、今の今まで、ずっと電源を切っていたらしい……

「そういうときは、行く前に言って? 連絡もないし、携帯も繋がらないから心配したよ」
『…………』

 …………。

 キョトンとしているチヒロの顔が見えるようだ……

『何かご用でしたか?』
「……………」

 この子は、俺の気持ちを考えたことがあるのだろうか。………ないんだろうな。

「……………。用はないよ。ただ会いたかっただけ」

 若干、投げやりに言ってやる。と、間髪をいれず、

『僕も会いたかったです』

と、チヒロが言った。

 ………………。

 ………………。

 その嘘のない言葉だけで充分だ。

 ………なんてことを思うなんて、俺も相当おかしくなっている。


---


お読みくださりありがとうございました!
ようやく認めた真木さんの図、でした。

次回火曜日更新予定です。お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
おかげで今日の分も何とか無事に書きおわりました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします!

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